52話 悪鬼
「サチ?どうだった!」
走っている僕らの元へサチが戻ってきた。
「ワワン、ワン……ワワワン」
「なんだって!」
「なんて言ってるんですか?」サトちゃんが聞く。
「わからん」
毎回やってるな、これ。ウミ通訳!
「安穏寺さんは無事。まだ到着していないって。先にサチが安穏寺さんの元についたけど、慌てて戻っている途中でユイが何かを見つけて足止めしてるのを見たから急いで来たって」
「なんだって!ユイが!?」
たったあれだけの言葉でこんなに語れるサチに驚きつつも、ユイが気になる。
「先に行くぞ、ウミ!」
そう言って僕はスピードを上げた。驚くウミとサトちゃんを置き去りにして本気度をさらに上げて走った。砂よりマシ!汗を吸った道着よりマシ!袴より走りやすい!スニーカーだから足の裏も痛くない!そう思い込んで全力で走った。バカみたいな根性論で部活を乗り切って良かった。
「ユイ~どこだぁ!無事かぁ!」と息を切らせながら出せるだけの大声で叫んだ。
「なによ?うるさいわね」
あれ?空を飛んでいるユイ発見。ん?
「どうしたのよ、あなたそんなに走れる人だったの?驚いた」
「いや、サチからお前が何かを足止めにしてるからって聞いて必死で……」
え?
「え?必死で?フフフ」
いや、喜ぶな。どういう事なんだよ。
「さっき見つけたわ。邪悪な鬼のような物。空から2~3発撃ち込んだけど全く効かないわね。お手上げよ」
一体何を打ち込んだんでしょうか?怖くて聞けない。しかもそれが効かないってどういう事よ。
「すり抜けるだけで当たらないわ。見える物は触れるっていうあなたの理屈が当てはまらない物ねあれは」
「という事は相手も触れないって事よな?直接パワー系で攻撃してくることは無い?」
「理屈はそうなるわね。鬼って言うと角があってマッチョをイメージするけどそれだけじゃないから」
「うう~物理が効かないとなると攻めあぐねるな」
「例えるならサチの怨霊がいくつも重なり合って鬼になった感じかしら」
「最強最悪やん……」
「ただ……不思議なの。その鬼の核となる部分に人の存在を感じたのよ」
「え?ユイのビームをすり抜けて物理無効の人なんてありえないだろ?」
「そうなのよね。わけがわからない感覚だわ」
なんだそれ?霊なのか妖怪なのか鬼なのか謎の存在。
「で、そいつは止められたの?」
「無理……まさに安穏寺跡地に向かっているわ。再封印するつもりかもね」
「また解放すりゃいい話だけど、こっから先も相手するのダルいな。人を食ったり怪我させたりしないのならまだマシだけど」
「それがね……」
なんだよ。
「藪の中を移動していたのよ」
「ふむ」
「藪をかき分けてたわ」
「ん?なんで?すり抜けるんじゃないの?物理無効なら」
「それがわからないからわからないのよ!」
「人が襲われる可能性もあるんじゃないのか、それ」
「あり得るわね。だから核が人間ぽいって言ってるのよ」
「ビームは通り抜けるけど、人っぽい鬼ってか?物理攻撃無理と見せかけてそいつは物理ありかもしれんって、無敵やん!どうやればいいのか」
そんな話をしている間にもヤツは安穏寺に進んでいる。
「ユイは上からそいつを監視して。ウミも追いついて来たからユイの位置を見ながらそこへ向かうよ」
「わかったわ。飛んで連れて行かなくていいのね?」
「なんか恥ずかしいし」
「そうね……妙に意識してしまいそう」
そう言ってユイは先の方に飛んでいきくるくる回ってホバリング状態。あそこか。確かに安穏寺さん方面に向かってるな。
「ソラ君、速すぎ!ハァハァ」
「鍛え方が足らんのじゃ、少年よ。今度の相手はちょっと面倒だぞ」
「ハァハァ」
「はよ息を整えろ、もやしっ子!」
「いや、ソラ君が異常なんだよ。アスリートより速いっておかしいでしょ?ふぅ」
「常に本気はしんどいからセーブしてる。やる時はやる、そんだけだ。基本いつも本気じゃないからダラダラしてるけど。体力無いのも事実。多分明日は動けない予定だからよろしく!」
「断言されても……あそこ、ユイだよね?あれどういう状況?」
そこでさっき話した内容をウミに伝えた。聞いている間にウミもサトちゃんも回復したようだ。
「なるほどね。ちょっとどうしたらいいかわからない相手だね。ビーム無効、怨霊系の鬼、物理無しのようでありながら核に人を感じる。わからないね、さっぱり」
「でもまぁ行くでしょ?」
「ソラ君ならそうするよね、フフ」
「安全圏で見ておきます!」
それでいい、サトちゃん。
「行こうか!」
見るとユイがまた威嚇で3発連続でビームを飛ばしている。地鳴りがするくらいの威力だから当たるとひとたまりもないな、人だったら。全くセーブしていない。
地鳴りがする方向へ3人と1匹で走っていくと、そこには鬼?というか異形の者が立っていた。どっかで……あ!なまはげに似ている!あれはお面だけどこれは生身でこの顔か。怖え~。
「武器は持ってないみたいだね」
「素手だな。足元を見たら歩いたところは草が倒れてる。って事はそこに存在しているって事だな。物理効かないわけないよな。ユイ!打ってみて」
「ハイ!」と返事してユイがそいつめがけてビームを落とした。確実に当たる軌道だ。光がそいつに当たる瞬間、そいつは払うしぐさを見せる。するとビームが一瞬歪み元の軌道に戻り地面に当たる。
「どういう理屈だ?なんで捻じ曲げられる?」
「どうなってるの?上からだとすり抜けたようにしか見えないけど」
そうだろうな。
「こいつ、ビームを強引に曲げてるわ。そんな事が可能かどうかわからんけど、そうしているな、こいつは」
「神の技だね、こうなると」とウミ。
「ああ、神業ってやつか?神は神でも悪神が集まった鬼って言ってたな」
「ヒダル神の神とは次元が違うね。僕らに何かできるのかな?」
「ユイ、そこから祈ってみて」
ユイは羽ばたきながら祈ってみた。なまはげもどきの悪鬼は……変化なし。
「ウミ!読経を」
そう言うとウミは読経を唱えたが相手に変化なし。クソっ!そんな事をしている間にこっちに向かってきた。動きが遅いのが救いだな。
「ウミ、印を切れ!」
ウミは素早く指で密教の印を切った……お?足の動きが止まったぞ。こいつ霊じゃないから読経は効かんけど、邪の類だから印が効いたか?でも空海の流れを引くウミの印をしても足だけかよ。バケモンだな。
「ソラ君、これ多分短時間しか拘束は無理だ。兄さんの見様見真似の印じゃ通用しないよ、ヤバい」
「わかった!俺がやる」
リュックに縛って背負っていた金剛杖を構えて久々にやる……
「オギャーン!!」
と気合一閃、最上段から手加減抜きで思いっきり相手の面を打った。手ごたえあり!物理攻撃が届いた。空海さん直筆サイン入り金剛杖の威力を思い知れ!
「ぐぁあああああ!」
「やった?」とユイの声。
ち……違う。僕の声だ。
「痛てぇえええええええ!」
金剛杖がはね返され僕の手に激痛が走った。金剛杖は折れていないが相手に全く攻撃は通っていない。なのに衝撃で僕の右の手のひらに鋭い痛みが走った。なんだこれ?こんな事、今までの妖怪の類を相手にした時は一度も無かったぞ。ヤバさのレベルが違う。でもせっかく足止めできているこのチャンスを諦めるわけにはいかない。金剛杖を握り直して突きを繰り出す。人間なら鍛えようがない喉元なら……と飛び込んだら、突き出した金剛杖を掴まれ体ごと上に放り投げられた。あんなに動きが遅かったのになぜ?ヤバい、頭から落ちる!受け身を……
「ダメっ!」
頭から地面に激突寸前にユイがギリギリ空中で足をキャッチしてくれた。
「クソっ!お前、何なんだ?人か?神か?鬼か?返事しろ!」
と叫びながらさらに面を打ちに飛び込もうとした所をウミに羽交い締めにされた。
「ソラ君ダメだ、手……それじゃ戦えない」
え?どういう事?と思って右手を見たらおびただしい出血。最初の攻撃をした時に衝撃で手のひらが裂けていた。持っている杖が血で滑る……。まだ、まだいける!左手がある。
「おらぁ!」
とそれでも左手一本で上段から振り下ろした時にウミの持つ杖で弾かれた。
「ソラ君!一体その手で何ができるの?素人の僕に跳ね返される程度の力で。左手の握力も最初の攻撃で痺れてるんでしょ?早く右手の血も止めないと危ないよ」
くそ……その通りだな。両手の感覚がもうない。血も止まらん。
「おい!聞こえるか?お前!」
と悪鬼に話しかけるが反応がない。こっちの声は全く聞こえていないみたいだ。低音で何かをブツブツ言っているがよく聞こえない。荒神さんが呪文を唱えていたと言っていたな。これか?あいにく僕らは神でも霊でもないから封印なんてされない。
「ウミ!こいつをこの場所に、安穏寺さんのとこに行かないように、仮でいいから結界を作って封じ込めよう」
「えっ?そんな事できるかどうか……解放ならできるけど、封印なんてしたこと無いよ」
「さっきやった事の逆だよ。こいつが荒神さんにやった事をやり返せ。完璧じゃなくていい、一時的にでいいから」
「できる自信が無い……」
「無くてもやれ!手順を思い出せ!お前なら全部覚えているはず。その記憶を逆再生しろ。あの時何をどうしたか。俺もサポートする」
そう言って荒神様の祠を解放したのと逆をウミが思い出しながら封印していった。僕が見たあの時の状況も細かく伝えてなんとか即席の封印は完成した。
「こいつ、まさか自分でやっていた封印を自分にされるとは思ってもいなかったろうな。先にウミが印を結んで足の動き止めてて正解だったな」
「でもこれ、祠も無いし仮封印だから1日くらいしか持たないと思うよ。地面に直接書いたから雨が降ったらアウトだよ」
珍しく弱気なウミ。
「お前、さっき俺の物理攻撃が一切効かないから諦めただろ?悪鬼とは言え神だからきっと叶わないって頭から思い込んで。違うんだよ。こいつがそんなに強くて偉いならアデヤさんに代わって本当の神になろうとするはずさ。それをせず祠を封印しようとしているのはアデヤさんよりはよっぽど格下だからだよ。アデヤさんの世を守るためにやってる行為さ。こいつはアデヤ教の悲しき下僕だよ」
「なるほどね、そういう解釈もできるわね。じゃあ私より下じゃない!なんで祓えないの!納得いかないわ」
きっともう違う類のバケモノになったのに、それすらもわからなくなってるんだろうな、この鬼は。
「そうか、そういう事か……アデヤさんの為に動いていたのが壊れて狂って鬼と化したのか」
ウミも納得したか。
「となるとこの悪鬼は元アデヤ教徒?もしくはその成れの果てなの?」
「とりあえず倒し方がわからんのが今の状況よな。打つ手がない。邪を払うなんてこれまでやった事無いぞ。妖かしや霊相手に説教したりぶん殴ったことはあったけど。全く話が通じないから俺にもどうしようもないな……」
血を流しすぎたかな。意識がヤバい。
「一旦ここは引いて明日出直そう。万が一封印が弱まって出られた時の為に安穏寺さんの所へ行って対策を考えよう」
「そもそも明日、俺動けるかな?……既に手も動かないし身体も限界かも、ユイ……」
「あなたさっきもう一緒に飛ばないって……」
「ごめん、前言撤回。安穏寺さんに……」
「仕方ないわね!もう」
ユイがリュックに入れていた救急セットで応急処置をしてくれているのを感じながら、僕は気が遠くなっていった。
薄れていく意識で感じていたこと。初めての敗北。それも完敗。僕らのこれまでの経験なんて全く役に立たなかった。ユイがあの時助けてくれなかったら僕はどうなっていたかわからない。こっちの世界でこんな大怪我をしたのも初めてでショックを受けていた。
甘かった。
*(53話へ続く)*




