46話 安芸
「ユイ、あのさ」
「なに?」
「俺ら一度アデヤさんと話さないかんと思う」
「うん、僕も思ってた」
「なにを?」
「アデヤさんのやりたかった事、できなかった事、俺らがしている事に対しての本音、今後の関わり合い方など。最初は敵と思ってたけど、なんか違う。殺されるかと思ったら何度も助けてくれている。俺、こっちきてよく言ってるじゃない?それぞれの正義って。俺らは俺らの考えで正しいと思ったことをやってるけど、アデヤさんはアデヤさんの考えがあって宗教の統一をしたんだろ?それの意図も理解できるようになったのよ。ただほんの少し考えが違う」
「私もそれを感じてはいるわ。仲間になってから特にね。最初はあなた達の動向を見張るという役目もあったけど、そもそもママなら私なんていなくても全部お見通しだもんね。女神だもん。ママも色々考えたんじゃないかしら。宗教統一の難しさや即転生の難しさ。理想と現実の違い。神でも間違いは起きると思ってるんだと思う」
「それが今の僕らに対する態度になってるのかな。僕らの弔いをサポートしてる気すらしてきたよ」
「そうだよな。邪魔してこないもんな。吉田さんの時なんて確実に光の道を作って導いてくれてたもん」
「ママと話し合いね……あなた、神と対等に喋れるの?相手は神よ?あなた達は人間。神の声を聞ける人なんて、預言者と同様よ。人間界で神並みの影響力を持つ人になるって事だけど覚悟はあるの?」
「ないね」
「ないよね」
「なんなの二人とも!」
「相手が神だろうがなんだろうが知らんよ。話す必要があるから話すだけ。そもそも俺らは仏教徒。神より仏さんの方がありがたいと思ってるわけよ。それも信仰の自由だろ?ふふ」
「そうそう、元が空海だからしょうがないよね」
「で、その空海さんとマブダチだったのが天狗?」
「みたいだね」
「その天狗が本当は……」
ユイ、その匂わせやめろ。なにもんなんや天さん。
「アデヤさんの元彼で聖女の父!」
それでいいよ。
「あなたね、女神が田舎の山を支配してるだけの天狗と釣り合うと思ってるの?」
「ん?」
「すごい逆玉の輿だね!」
確かに!ウミ、鋭い。
「あなた達本当におめでたい人ね。まぁいいわ。ママに降臨してもらうように話しましょうか?それとも私らで天界に行く?」
「天界行くとサチが成仏しちゃうかも」
おい、サチ、くぅ~ん言うな。
「女神様一人で忙しいやろうけど、ちょっとアポ取ってみて。まだ天に登りたくはないな」
「わかったわ。どうしてもママに時間が無かったら私が仕事の手伝いにいってもいいし」
秘書みたいやなユイ。
「まぁおいおい対話の時間を作ろうってことでよろしく」
「大きく丸のポーズしてるよ、アデヤさん」とウミ。
あ、まだクリップオンサングラス無事やったんか?僕のサングラスどこやろ?リュックのポケットに入れてたけど……ゴソゴソ。
「あ、消えちゃった」
間に合わんかったか!
「最近眉間のシワ減った?お母さん」とウミがユイに尋ねる。
「そう言えばそうね。なんか少し穏やかになったような」
「俺らのすることを少しは理解してくれてるのかもな」
そんな事を話しながら歩いていたら突然足が動かなくなった。
「あれ?……なんか力が入らん」
「なにふざけてるのよ、最御崎寺じゃあとか言ってたのにもう疲れたの?」
前を歩いているユイが呆れてる。いや、ふざけてなんかいない。なんだこれ?
「ユイ!ソラ君に!」
え?なに?
「あ!ソラ!あなた」
え?え?サチが唸り声を上げている。なにが起こった?そして僕は前のめりに倒れた。意識はあるのにもう自分の身体が自分の思う通り動かない。
「ウミ、これって妖怪の仕業じゃ?」
「うん、クワン……呼び方はそれぞれだけどヒダル神がソラ君に」
「いつもと違って一番後ろを歩かせたのが間違いだったわね。一番弱い人間を狙ったのよ」
散々な言われようやな。なんだそのヒダル神って。
「ユイ、なんか食べ物持ってない?なんでもいい。飴でもグミでもチョコでも」
「突然そんな事言われても……あるけど」
あるんかいっ!ユイがポシェットから男梅の袋を取り出す。なぜに男梅。酸っぱいの苦手やねん。
「ソラ君口開けて!入れるよ?」
と僕の答えを聞く前にウミが口を無理やり開いて男梅を放り込んだ。すっぱ~~~~~!
「熱中症予防に持っててよかったわ」
違うのもっとけよ、ユイ!塩飴でいいじゃん。でも舐めているうちに体に力が戻ってきた。半身を起こしてリュックの底で眠っていた偏光サングラスをかけると、僕の腰あたりになんかおる!なんじゃこれ!頭巾姿の貧相なおっさん。霊体?いやサングラス越しだから妖怪の類だな。僕の出番か。
「お前、なんじゃこらぁ!俺が弱いと思って取り憑こうとしたな?残念やったの!この中で一番怖いのが俺じゃ!」
と言ってぶん殴ろうとする手をウミが止めた。
「なにすんぞ!」とウミに食ってかかると、
「この妖怪はね、お腹を空かせて行き倒れて亡くなった人の霊が怪異になって道を行く人に取り憑くんだよ。すると取り憑かれた人は極度の空腹になって動けなくなるんだ」
水木しげる先生の妖怪大百科の知識か?すごいなウミ。
「おい、とりあえず話し聞こか。呼び方はヒダル神でええか?クワンがええか?」
「ヒダル神?何をえらそうに言っておる?お前は何者だ?寝言は寝て言え」
はい、殺す。ウミを見ると仕方ないなという顔をして頷く。OKしばく。頭巾の上から頭にげんこつを落とす。
「ああああああ~痛ぁあああ~なんで、なんでわしに触れられる!皆わし見ないし触れないはずなのに」
「会社員じゃボケッ!」と言ってもう一発げんこつ。
後ろからサチが威嚇をした。それを見たヒダル神が「え?なんでこれは犬神様?」と驚いている。ただの幽霊犬じゃ。怒ってるのは僕だけじゃなかった。
「あなた随分偉そうだけど私と勝負してみる?」
ユイの指先に光が集まってきている。これはあかんやつ。
「摩訶般若波羅蜜多心経」とウミが読経を始めるとヒダル神が震えだした。ウミも場数を踏んできて霊だけじゃなく妖怪の類に読経の効果が出てきてるな。
「とりあえずこんな俺達だけど抵抗する気持ちまだある?俺もげんこつだけちゃうけど」
金剛杖を上段に構える。もちろん本気でしばく気はないけど、立場をわからせないとね。
「お前ら、一体なんなんだ?こんな大勢でこんな痩せた弱々しい男に卑怯だぞ」
あ、卑怯とか言う?
「サチ!」
お前だけでええやろ。はい、あっという間に腕に噛みついた。警察犬が相手の抵抗を無くす為にやる感じね。首を振るとヒダル神が振り回されとる。
「犬神様、犬神様!すみません!お許しください」
サチ、やめていいぞ。
「改めて話しする気になったか?俺ら空海様の生まれ変わり。あっちは知らんかも知れんけど箸蔵の天狗と今この国を統治している女神の娘、こっちは犬神の母親になる予定だったごっつい怨霊の成れの果て。わかった?」
「恐ろしい人たちだ……なんであんな隙だらけでさもおぶされって感じでぼーっと歩いてたんですか!罠ですか」
失礼やのこいつ。
「失礼ね!ソラはいつも通り普通に歩いてただけよ。たまたま一番後ろを歩かせてたからあなたみたいなのが取り憑けたのよ。運が良かったわね。ソラ以外だったらあなた問答無用で消されてたわよ」
怖い、怖い。ウミはまさか殺しはしないだろうけど、なんだこれと思って印を結ぶと多分速攻で祓われちゃってたね。確かに運が良かったな、ヒダル神。
「ほんで?お前はなんで悪さをする?」
「悪さですって?わしはただ連れて帰って欲しいだけですわ」
「え?連れて帰る?」
「わしは家に帰りたいだけです。歩けなくなったから道行く人に声をかけても皆、知らん顔をするんじゃ。ず~っと呼びかけても誰も止まってくれん。仕方がないのでこっちから黙って背中におぶってもらおうと乗ると、皆すぐにへたり込んでしまう。早く村へ行ってくれと思うが、何か食べ物を口にするやつは元気になるとスタスタ足早に逃げていき、何も食べ物を持っていないやつは動かなくなってこの場で死んでしまう。じゃからわしはずっとここから動けんのじゃ」
「お前……村に帰ってどうする気だ?」
「どうって、嫁も子もわしの帰りを待っとるが。早く帰らんと皆心配してるじゃろうし」
「ソラ君、この妖怪……」
「そうだな、わかってないな」
「お前さ、ここでどんくらいいる?」
「どんくらいって、夏が何回来たかの。100じゃきかんくらいかの」
「100回か、100年以上だよな」
「嫁さん、お前が家を出た時いくつくらいだった?」
「40前じゃったろうか」
「足し算できるか?」
「当たり前じゃ、商売人ぞ。コーチまで野菜を売りに行った帰りじゃ」
「40に100を足すといくつだ?」
「140に決まっとろうが」
「そうすると奥さん、140歳だな?お前は奥さんより歳上か?」
「3つ上じゃったが……」
「足してみろ」
「100と43……か。143歳……そんな長生きするのはバケモンじゃ!」
「その通りなんだよ。お前、とっくに死んでるんだ。死んで無念の思いが強すぎてここに念が残ってさ。時間が経ちすぎて妖かしになっちゃったんだよ」
「妖かし?さっきからわしの事を変な呼び方をして失礼な奴らと思っていたが、一体……」
「あなた、ヒダル神と人に呼ばれてるんですよ。疲れて『ひ~だる~』から来てるとかなんとか言い伝えがありますが。亡くなって悪霊になって妖怪に変化してしまったんです」
「そんなバカな話があるか。わしは帰らなきゃならんのじゃ」
「とっくに死んでるよ、お前も奥さんも子供もさ。自分でいったじゃないか、140歳も生きたらバケモノだって。分かれよ」
「分かれよって言われてもずっとここで人の背中におぶさって家に帰ることを夢見ていたのに、はいそうですかって言えますかいな」
「般若波羅蜜多~」
ウミが読経を始めるとヒダル神はやはり苦しみ始めた。
「わかった?あなたはそういう立場になったのよ。私が祈るとあなたはこの場で消えてしまうのよ」
「そんな無体な話があるか。わしは野菜を売りに……売りに行って……金を……金を賊にここで奪われて……足を折られた」
「足を?」
「そして……動けなくなって木の根元に座り込んで助けを待った。何人かはわしの目の前を通っていったが……知らん顔をして通り過ぎた。コーチに行く商人か……声をかけたが無視された。そしてわしは腹を空かせ、喉が乾き……死んだ?わしが?わしが死んだ?なに?わしがかっ!」
「死んでるんだよ、とっくに」
「なに?本当にわしは死んで悪霊となったのか?そして……わしを無視して通り過ぎた商人が商いが終わりコーチに戻る時に、背中に取り憑いた。そしてその商人は動けなくなり、同じ様にここで飢え死にをした?わしが?わしが殺した?」
「あのさ、多分それお前を見捨てた商人とは別人だよ。時間的に。そもそも顔見てないだろ?お前、たまたま通った商人に取り憑いて殺しちゃったんだよ。それで物の怪になっちまったんだと思う」
「なんと、なんと……わしは通りすがりの人を殺めてしまったのか?」
「うん、犠牲者は多分一人じゃないと思うぞ。俺もあのまま一人で旅してたら食べ物無くてそのまま死んでたかもしれん」
「一番悪いのはお前を襲った賊だよ。悔しくて悲しかったよな?苦しかったよな?でもそれで人を殺めていいわけでもないよな?わかるよな?」
「わかり……ます。わしの罪は重い……ですな」
「お前の村はどこだ?」
「え?」
「お前の住んでた村はどこだ?」
「あ、はい。安芸ちゅう比較的大きな町でした」
「ああ、タイガースがキャンプするとこな?子供の頃見に行ったわ。鳥谷カッコよかったなぁ」
「え?なんと?」
「こっちの話」
「わかった。俺の背中に乗れ。ただし取り憑くなよ?乗せるだけだ。運んでいってやる。んでお前の住んでた町まで届けて、そこでお前を祓う」
「え?連れて行ってくれるんですか?」
「ここで祓ってもええけど、そっちがええか?」
「いえ、消える前にもう一度家に帰りたい。ずっとそればっかり考えていました。お願いします」
「ちょっとでも俺の体力吸ったらこの幽霊犬がお前食いちぎるかも知れんぞ。わかったな?」
「はいそれはもう。犬神様には逆らいません」
おい、こいつは幽霊犬やと言うとるし。
「犬神よりこっちの人らのほうが怖いから気をつけとけよ」
「私も入ってるのかな?怖い人に」
と言うユイが既に怖い。
「最御崎寺への途中やからええよな?ウミ、ユイ」
「まぁ私はいいけど。ちゃんと祓うのよ。一応罪はかなり重いと思うから」
「それはな。人を殺めた妖怪だからちゃんとするさ」
「ヒダル神、あなたを僕らは祓わなくちゃならないけどいいんだね?見過ごすと他の人が困るかも知れないし」
「そうだな。事情はわかる。けどそこは申し訳ないけどお前を祓う。祓われると一旦は上に登ることにはなるけど、そっからようわからんけど地獄に行く可能性もあるけどええか?」
「死んでからずっとここから動けなんだ。この場所から離れられて故郷を見られるなら本望ですわ。人と喋るのももう100年以上ぶりです。こんな事をいうのもおかしいですが、まっことありがとうございます……」
とヒダル神は頭を下げた。お前も元々は山賊の被害者だったんだよなぁ……胸が痛む。やっぱり慣れてくると土佐弁が出るのね。
「乗ったか?行くぞ。黙って周りの景色楽しんどけ」
---
なんとかかんとかお天道様の出ている時間に安芸に着いた。高知までではないけど思ったより繁栄してる町だ。町に入るとでっかい商店がある。なかなか高知でも見ない大店だな。安芸って町にもこんな豪商もいるんだな。
ヒダル神は町に着くなり道案内を始めるがもう100年以上前の記憶、色々変わっているようで物珍しそうに通りをあっちへこっちへ行きまくる。
「そこの通りを右に曲がって……そうそう。あ、この店ずいぶん大きくなって。上手い事やったんやなぁ。そこをまっすぐ、あ、あそこの看板変わっとるな。商いも変わっとる。商売とはまっこと難しいもんじゃ」
おい、ヒダル神、背中でうるさいぞ。
「お前どこに行こうとしとるんや?もうかなり町中歩き回ったけど、ここの飯屋はどうじゃったとか、あそこの子がどうしたこうしたとか。お前の思い出の地を巡らされてるだけか?俺ら」
「なんかもう碁盤の目状に四方八方歩き回った気がする」ウミもそう思う?
「一ヶ所通りをあからさまに避けてたわね?なぜ?」
ユイ、ホント?気づかんかった。
「それは……」
「昔、あなたの家があったとこでしょ?早く行けばいいじゃない。それが目的でしょ?」
「お前、自分がいなくなった後、家がどうなったんか怖いんだろ?働き手が黙っていなくなったら嫁さんも子供も路頭に迷うしかないわな。でもしょうがないって。お前のせいでも無いし。お前は人に殺された。でもお前も家族が待っている商人や旅人を殺してるんだぞ。被害者であり加害者だからな。同情はするが、酌量はできんぞ」
ヒダル神は言葉を発しない。止めろとも言わないので、避けていた通りに入っていった。この辺りは路地を入ったとこだから商売には向かない場所だな。少し進むと空き地が見えた。背中でヒダル神が震えている。ここやったんか、お前の店。無くなってしもたな。背中が冷たい……泣くなよ……きっと浦島太郎みたいな心境なのかな。帰ってきたらもう家も無くなって100年以上時が過ぎてたって。
「すみません、ここにあったお店ってどうなりました?」ウミが道に打ち水をしていたおばあちゃんに尋ねる。
「ああ、ここかねぇ?私が嫁に来た頃にゃあ、古い家はまだあったけんど、人は住んでなかったがよ。その家も潰して、長いこと空き地になったちゅうがやき」
「そんな前から」ユイが言う。
背中でヒダル神の嗚咽が聞こえてきた。我慢しろ。お前が生きて帰ったってこの場所じゃろくな商いできないって。立地が悪いよ。
「じゃあもう住んでた人もどこに行ったかわかりませんよね?」
「ああ、ここの人かねぇ?場所も悪いし手狭になったとかで、大通りに店構えちゅうがよ。ほら、大通りの大きな店があっちゅうろ?」
「え?大通りの?なんて屋号ですか?」
「中屋っちゅう、安芸で一番の大店になっちゅう。元々はうちの家とそこの空き地と隣の家に挟まれた店じゃったき、中屋って名乗っちょったらしいけんど、今は大きな辻の角に建つのに『中屋ってどういうこっちゃ』って、皆不思議じゃ言うて言いよらーねぇ」
僕らはおばあちゃんに礼を言って、さっき見た大通りの店に向かった。「中屋」、これかっ!来た時にでかっ!って驚いた店じゃん。
「お前の店の名前、中屋であってるの?」
「はっ……はい」
さっきから泣きっぱなしやの。とりあえず話聞くわ。
「ごめんください~忙しそいとこすみませんけど、ここの店主さんにお会いしたいんですが」
「店主は多忙につき私が代わりに……」
と番頭さんみたいな人が出てきて言うけどそれじゃ話にならん。
「私はコーチの山内様の使いである」
ごめん、食客、ウソ言いました!殿さん。慌てて奥に走っていき店主を呼んでくる番頭。
「お待たせしました。いかような御用で?」
中年の細身の男性が現れた。誠実そうな男だな。
「上様より聖女様を領内にご案内せよとのご命令で安芸を訪れた。ここが町で一番の大店と聞き、少し話を聞こうと思ってな」
「お殿様の?アデヤ教の聖女様?これはよくぞお越しいただきました。なんなりとお申し付けください」
「ここの店はいつからここでご商売を?」とさも諸国漫遊のついでに立ち寄った風の聖女が訪ねた。
「はい、私の先々代まではこの先の細い路地を入った所で野菜などを売る小さい店を営んでおったのですが、商いが大きくなり手狭になったのでそっちを畳んでここに移ってきました。ここは大通りなので人もたくさん通るので、今では野菜だけではなくご覧の通り何でも屋になりました。和三盆などはこの辺では珍しいのでよくコーチからわざわざ買付に来る人もおります」
「和三盆ってサヌキの名産では?どうやって仕入れを?」
「それが、八百屋を始めた初代というのがおりまして、高知に行商に行って何も言わず戻ってこなくなりまして。コーチに女ができたとか、商売に嫌気がさして逃げたとか陰口を叩く人もいたんですが、初代の人となりを知っている人はそんなわけがない、そんな不義理をする人じゃないと言って、残された初代の嫁と子を援助してくれたらしくて」
「へぇ~親切な人がいたんですね」
「その中の一人がサヌキの善通院という所の赤門筋にある商店の大旦那さんで、初代とはコーチの丁稚奉公先で親しくしてたそうでその縁で、奉公が終わってお互い店を持ってからも取引をしていたとのことです。そこは今でも手前どもとは大口の取引先として商いをさせてもらっております」
「初代がいなくなって気落ちするどころか、残されたうちの先祖は人一倍努力し信用を得て商売も軌道に乗って、周りの人の助けもあって私が初代から数えて4代目の今に至っております。ありがたいことです」
ああ、また背中で泣き出した。まぁ良かったな。
「色々ありがとうございました。とても参考になりました。もう少し町を見たら次の町へ向かいます。アデヤ神様のご加護がございますように」
とユイが祈る。
「ヒダル神、良かったな。お前の子孫は立派にやってるよ」
「ありがとうございました。またここに帰って来られて本当に良かったです。店を見るのが怖かったですが……本当に周りの人に助けられたようで」
「お前が生前してきた事が返ってきただけや。死んでからは悪い事してるけどな」
一応釘を刺す。
「あなたの事を今の店主も口にしてるってことは、ちゃんとあなたの人生に意味はあったんだよ。無念の思いはあったろうけど、それまでの行いのお陰で今もあなたの思いは繋がってるんだ」とウミ。
それらしいこと言うようになったな、高校生。
「ほんじゃボチボチ行くか?ヒダル神。もう思い残すことは無いよな?」
死刑執行人みたいな気持ちがして気分は晴れない。
「はい、本当にありがとうございました。こんな私でも……行き先は地獄でしょうが、上がらせていただけますか」
「もちろん。長い事一人で辛かったな。お疲れさん」
と声をかける。
「最後にひとつだけ。わしの店のあった空き地で送ってくれないでしょうか?」
ああ、思い出の場所やな。もちろん。
「じゃあ懐かしい場所で送ってやるわ。行くか」
と背中に声をかけて空き地までみんなで行った。夕焼け空になってきたな。皆無言で空き地まで歩いた。
「あれ?あんなのあったかしら?」とユイ。
見ると空き地の入口に花瓶が置かれて花が生けられている。なんじゃこれ?と皆で見ていると、さっきのおばあちゃんが家から出てきた。
「店は無事見つかったが?女将さんとすれ違いになったね」
「女将さん?」
「ああ、さっき新しい花を置いて帰ったとこよ」
「あの花?何のために?」
「どうも中屋のしきたりらしくて、ここを出てからも毎日女将さんが、夕方店を閉めたあとに花を活けに来られゆうがよ。店がここにあった時は玄関先に。空き地になってからもずっと、毎日来ては花を供えて、朝店を開ける前に来て拝んでから花瓶を持って帰りゆうよ。聞いた話じゃ初代の奥さんからずっと続けちゅうそうながよ。いなくなった中屋の初代の店主の為にって。初代が帰ってきて玄関に花も無かったら寂しそうじゃきって。とっくに亡くなっちゅうと思うけんど、今も頑なに守ってやりゆうが。えらいねぇ」
「待っててくれた、ずっと。ああ……もう心残りはひとつもありません。ありがとうございます。本当にありがとうございます」
号泣していたかと思うと、ヒダル神はウミの読経もユイの祈りもないまま、僕の背中がスッと軽くなった……。濡れた背中が冷たかった。ヒダル神、お前自分で上がれたのか。今まで上がらなかったのは僕らと出会ってここに来るためだったのか?100年以上もさ、ヒダル神よ。
「ソラ君、一人で上がったよ。静かに」
そうか。
「泣き腫らした目だったけど、すっきりして受け入れた感じだったわ」
そうか。
「悪いことしたやつやけど、好きでしたわけじゃなかったろうに。なんかスッキリせんのぉ!」
「でもこれから被害は無くなるだろうし、苦しんでた妖かしも解放されたよ。プラスに考えようよ」
「そやな!そうしよう。中屋の店主にはもう花はいらんって教えてあげようか?」
「野暮ね。今までそうしてきてたんだから、続けさせてあげたらいいわ。中屋の人たちはこれからもそれを続ける限り、彼のことは忘れない。祈りの気持ちが通じれば彼も地獄から戻ってこれるかも知れないし」
「あ、ユイ!アデヤ教にも地獄ってあるの?」
「そんなもんあるわけ無いでしょ!即転生よ」
「じゃあ、あいつはどうなんのさ?死んだ時は仏教の世で上がった時はアデヤ教」
「知らないわよ!ママがなんか考えるでしょ」
と言うとウミがさっとクリップオンサングラスをかけた。
「めっちゃ苦い顔してるけど……」
アデヤさんも悩んでるんか。
「まあどうせワンオペで転生間に合ってなくて空の上でも渋滞しとるやろ?ひょっとしたら行列待ちの間に奥さんに会えるかもな!それはそれでありやな」
うん、そっちの方が希望がある。
「よっしゃ!全く想定外の事してしもたけど、安芸から次の町に行くぞ!」
「バカね、もう星が出てるじゃない。イヤよもう歩くの」
そういやヒダル神を背負って疲れてるな。
「よっしゃ安芸で一泊して明日の早朝出発!」
そう宣言して宿屋を探して安芸の町を僕らは彷徨うのだった。
*(47話へ続く)*




