39話 桂浜
吉田さんが重い話を語り出した。余計な茶々を入れるとふざけてるみたいになるので以下、吉田さんの語り。僕は黙っておく。
「それがいいわね」とユイ。
「うん」とウミ。
「わん」とサチ。
さっきも見たリアクション。お笑いで言うところの天丼やな。言わせるな恥ずかしい。
「改めて吉田じゃ。もはや下の名は関係なかろう、勘弁してくれ。昔の話じゃ。わしは尾張の出身で山内の殿と各地を転戦しておったわ。殿はどんどん出世されここに来る前は掛川におられた。長宗我部の改易でここ土佐の国に転封になったのはお前らの知っての通りじゃ。ここ高知に長宗我部は城を築いておった。さっき話に出ていた浦戸?そこに城なんぞはわしの知る限りなかった。殿が高知の城に入る際にひと悶着あった。長宗我部の家臣には上士と郷士というもんが存在しとった。上士とはまぁわしらみたいな仕事のもんじゃな。まぁ俗に言う侍じゃ。一方で郷士というのは信長様よりもっと前の時代、田畑を耕して生計を立てつついざ戦じゃとなったら、家伝の刀、槍、鎧を持って駆けつける一領具足と呼ばれる者たちの事じゃの。そりゃ昔から長宗我部の頃から上下の差はあったわ。常に戦や政専門の上士と普段は日に焼けて土をいじっている郷士。でもこいつらがおらんと米もろくに取れやせん。それを上士は蔑ろにしておったので昔から多少は仲が悪かった。多少じゃの。
さて山内の殿様が城に入るという時にひと悶着と言うたが、そんな生やさしいもんでは無いかったの。まぁ有り体に言えば反乱が起こった。上士の連中はうちの殿様を従順に迎え入れようとしとったが、郷士がそれを良しとせず山内の殿の入城に大反対して、戦じゃな。山内の兵土佐の郷士が殺し合い、と言うか一方的に郷士のほとんどが討たれた。わしもその場におったよ。どうしようもなかろうが。わしが何を言うたとて決まったものをひっくり返すことはできんよ。物の道理が理解できない郷士が謀反を企んで失敗した、そういう事じゃ。
その後は郷士もすっかり大人しくなって真面目に城の周囲での農作に励んでおったわ。そもそも謀反に参加してない連中だしの。反意のあるもんは既に殿の入城前に一掃されたからの。郷士どもはきちんと決められた税も治め、山内の治世は安泰じゃった……。
土佐に入城してしばらく後に家老がわしにこう言うた。普段からよく働く郷士たちを慰労してやれと。飲み食いの金は全て藩が出すので盛大に歓待してやれとな。わしは喜んだよ。入城当初に謀反を企んだ郷士達の首級が所狭しと並べられているのを見て、なにもできなくてやり切れん気持ちでおったからの。
わしは商家や町の飯屋、酒屋に手配して大宴会の準備をしたわ。そして高知城下だけでなく周辺にも触れを出し、少しでもたくさんの郷士を労ってやろうとした。1日がかりの桂浜での大宴会じゃ。
そしてその日は想像以上の、真っ黒に日焼けした土佐中の郷士が集まってくれたわ。200人は超えておったろうか。畑仕事で日焼けした筋骨隆々逞しい男達じゃ。山内侍なんぞ寄ってかかっても三人がかりで一人を相手にできるかどうかじゃろうの。元服したてくらいの細い弱々しい少年もおったの。余興の相撲大会では中年の体格の良い男に片手で投げられ、周りに笑われ悔し涙を流しておったわ。『次こそは負けん』言うてな。
力自慢の男たちが昼から夕暮れにかけて大笑いしつつ相撲の取り組みを続けたわ。負けたやつはなみなみと注がれた酒を一気に飲み干しておった。さすが土佐の男じゃ。とりわけ体格のいい男が接待役のわしらに相撲を取ろうと言ってきた。わしら接待役は羽織袴ぞ。そんな事できるわけなかろう?だがわしらの中にもお調子者がおっての、ではわしがと出て行って片手で振り回されて頭から地面に落とされとったわ。おかしゅうてわしらも笑いこけたもんじゃ。勝った男はは接待役責任者のわしに盃を差し出し飲めと言った。そして『こんな宴席を用意してくれてまっことありがとう!』と笑った。日焼けした肌に真っ白い歯を見せていい笑顔じゃった。わしは返杯してそいつは嬉しそうに一気飲みしたわ。
日が暮れてからは松明を点けての宴会じゃ。土佐中からの選りすぐりの酒に肴、それはそれは楽しい時間じゃった。どいつもこいつも笑顔がまぶしかったの。まだまだ夜はこれからじゃと皆でワイワイ騒いでおる時に突然わしに城からの使いが来た。使者はわしにこう言うた。これを酒に混ぜよと。見慣れん白い粉じゃ。なんぞと訝しんで聞くと、悪酔いを防ぐ薬だという。そんなもんこいつらに必要なかろう?放っておいても明日の朝まで飲み明かすぞと言うと懐の封書を差し出した。なんぞと思い松明の下で開くと、郷士達を酔わせて動けなくなったところを撫で切りにして未明に浜に埋めろと書いてあった。何をバカな事を!、そんな事ができるわけなかろうが!わしは即座に拒否したわ。するとその使者は上意であると。殿さまがそんな事言うわけなかろうが!誰だと聞いても上意であるとしか答えぬ。いったいどうしろと。わしは黙ったわ。すると使者は諾否をと迫る。否に決まっておろうが。しかしその時、家族の事が頭に浮かんだ。この場に接待役で来ている連中にも家族があろう。悩みに悩んだ。答えるに答えられん時間が過ぎていったわ。
よっぽどわしは暗い顔をしていたんじゃろうな。さっきの酒を酌み交わした男がわしの所に来て『飲みや』と杯を渡してきた。そんな気分には到底なれんわいの。『どうしたがぁ~』と笑いながら背中をバンと叩いて向こうへ行った。無理じゃ、こんな男たちを手にかけれるわけなかろうが。否……と言いかけた時、息子の顔が頭に浮かんだ。わしが拒否したら嫁や息子がどうなるじゃろう。接待役の連中やその家族は……。悩んだ末に『諾……』と声を絞り出すと使者は『よう決心なさった』と耳元で囁き去って行った。汚れ仕事はわしの仕事かよ。
わしはそこらじゅうで郷士達と酒を飲み交わしている接待役達をそっと集め仔細を告げた。その時接待役を任されたのは30名ほどじゃったかの。わしが人選した者達だ。皆、人懐っこい気持ちのいい奴らじゃ。腕に自信の有るやつなぞおりゃせん。その人数で酔っているとは言え200人もの屈強な男を斬れるか?そもそも刀の刃がもつのか?まず人を斬ったことがある者が何人おる?相手に組み伏せられて首をへし折られて死ぬやつもでるじゃろう。無理じゃ。でもやらにゃどうもならん。
酒に薬を盛った。わしが盛った。手が震えて止まらなんだ。それを郷士達に次々飲ませていった。あらかた酔っぱらっている連中じゃ。多少味が変わってもわかるものか。あいつを除いてはの。
震える手であいつの盃に酒を注いだ。カタカタ徳利を持つ手が震えたわ。明らかに不審よな。そいつはそれをひと舐めして異変に気付いたようじゃった。気づいた上でわしにこう言った。『土佐の男がこれっぱあの酒で酔うてたまるか。どんぶりに注げちや!』と。そこからは薬の入った酒を皆が知らん顔して同じ様に丼でがぶ飲みじゃ。おかしいと思った者も他にいたじゃろうが、意に介さずあちこちで一気飲みをし、お代わりの催促じゃ。なんらかの薬入りの酒ぞ。痺れ薬だったのかの。わしにもわからん。知りたくもない。
そのうち酒だけじゃなく薬も回ってきたのじゃろう。そこかしこで酔い潰れたような郷士達が横になり始めた。様子を見てぼちぼち頃合いかの、そう思って仲間の接待役達に合図をした。みな置いていた自分の荷物の中からゴソゴソと刀を取り出して腰に据えたわ。中には刀を抜いてじっと刃を眺めている者もいた。何を考えていたのかの。ただ時間だけが過ぎる。誰もやりたくないんじゃ。そりゃそうじゃ、さっきまで一緒に酒を飲み笑いあった者達ぞ。
『何しちゅーがぜよ?』と寝ていると思っていた男が声を出した。例の男だ。『それでわしらを斬る気か?』わしらだって斬らんでええもんなら斬りたくは無いわい。『上からの命令か?』と聞かれるがわしに答える事は出来ん。『そりゃ言えんわいの。じゃがわしらはお前らに斬られてやる道理はないぜよ』とそいつは言った。思わずわしらは身構えた。『土佐の男が酒に酔って斬られるわけにゃあいかんきね、のう!』とそいつが言うとあちこちで『そうじゃぞ!』『酒に飲まれてたまるかちあ!』『わしゃまだまだ飲めるがぜよ』と声が上がる。ふふ、皆本当は起きておったわ。狸寝入りじゃの。
そいつは静かに言った。『山内の殿さんのやり方はよう分かった。そもそもわしらぁ高知の城で仲間と一緒に死に損ねたもんじゃき。今さら自分の命が惜しいとは思わんがよ。ただ山内の殿さんの思惑通りにするのは面白ないきね』と。
『わしらは相撲とって汗かいたがじゃき、これから水浴びでもしようと思うがよ。おい、おまんらもついてこんか?誰が太平洋の向こうまで泳ぎ切れるか競争じゃ!』
そう言うと褌一丁の男が白波立つ太平洋に飛び込んだわ。それに続けとばかり後ろから次々と褌の男たちがわあわあ言いながら海に飛び込んでいったわ。『異国まで泳いで行くがか!』『そりゃたまるか!』と最後まで煩かったの。荒波にもまれながら先頭を泳いでいる男は気丈にもこっちを振り返って『わしらは山内に騙されて闇討ちにあったがじゃないき!相撲を取って酒に酔って太平洋に飛び込んだだけじゃ!それだけじゃ!』そう言って波間に消えていった。続いた男達もどんどん姿が見えなくなった。
元服したての若い郷士がおったがそいつは酒もまだ飲めなんだ。海に入っていく所を男に同行を止められ『おまんは残れ。わしらの最期を見て残った家族たちにおまんが伝えろ。わしらは酒に酔って泳ぎに出ただけじゃ、と』暗にわしらのせいじゃないと言ってくれているようなもんじゃ。
その一番最後に海に向かった男にわしは頼まれた。頼むから残った家族達を粗末にしないと約束してくれと。わしはまかせてくれと言うた。そしてすまんと言った。男は白い歯をニッとわしに見せて笑って海に入っていった。『ええか土佐の男の意地を見とけ!誰も死なんぞ。死体もあがらん。全員太平洋の向こうまで泳ぎに行くからのハッハッハ』と高笑いしながら泳いでいった…。
その後わしは城に戻り家老に食ってかかった。家老は顔色も変えず『上意だ、控えよ』と。わしはその後、殿様に手紙を書いた。今回の次第と郷士達の家族の待遇改善、接待役の連中の身の保全などじゃな。それを書き終えてわしはその日、腹を切った。わしの願いを書いた手紙は殿には届かなんだ。家老によって破り捨てられたわ。殿は何があったのかも知らんまま時が過ぎた。家老も殿もとっくにあの世よ。わしだけが、ここに残ったのよ」
う~ん……救われん話やな。お家大事で処置をした家老が悪いんか?そもそも反乱を起こした郷士が悪かったんか?吉田さんが悪いんか?違うよなぁ。
「吉田さん、桂浜行くか!そこに郷士達がまだおるかもしれん。そのせいであなたの心残りが消えないのかも」
「確かに……でもその郷士達って怒ってるのかな?なんで空に上がってないんだろう?」とウミが不思議がる。
「それはな、誰一人遺体が上がってないんじゃよ」と吉田さん。
「郷士の若者が残ったじゃろ?彼が『みな太平洋を泳いで行った』とな、だから郷士の家族もそう理解した。そう思いこもうとした。だから誰も殺されていない、死んでいない事になったのよ。だから葬儀もしていなければ墓も無い。ずっと弔われておらんのだ。奴らはまだ何百年経っても泳いでいるのかもしれんの」
死んでも死んでない事にされたのか。悲しいなぁ。
「よし、ウミ、ユイ、俺らで弔うぞ!ただの行方不明?んなことあるかい!」
と言うとサチが足を噛んできている。あ、サチも行こうな。
「吉田さん、あんたも行くか?一緒に」
「行ってええのかの?」
「強制はせん。辛い立場なのもわかるし。それでも行けるなら連れて行くよ」
「ぜひ、頼む」
わかった。
「サチ連れてきて」
「わん!」と言って吉田さんの袴を引っ張る。
「わし、自分で行けるぞ」
「逃げたら困るし」
「逃げるか!」
まあ念のため?でもまぁ大丈夫か。
「サチ、やっぱりええわ、離してあげて」
そう言うとパッと口を離して僕の足に嚙みついた。腹減ってたんやな。ちょっと重いけど引きずっていくか。
「じゃあ桂浜に行こう!その前に宿で着替えて準備やな」
「ソラ君、今回って人数多いじゃない?」
「全部で200人くらい言うとったな」
「ちょっと多いから手伝い欲しい」
「ユイがおるやん」
「私がいてもいきなり二百はちょっと無理よ」
「ウミ、まさかひょっとして?」
「そのひょっとしてだよ。ぜひ力のありそうな人には協力してほしい。安穏寺さんの時みたいに」
「じゃあ帰ってリーちゃんに頼むかぁ~!」
そして僕らはサイタニ屋に戻るのだった。
*(第41話へ続く)*




