38話 郷士
「ちなみにお侍様、我々はあそこの女人のただの付き添いですが、あなた様のお名前をお伺いしてもいいですか?」とひそひそ声で言う。見えない空間に話しかけるの自分でもキモイ。
「わしか、わしは山内様が家臣、吉田……いや、ただの吉田で良い」
「では吉田様、この祈りが終わりましたら我々と一緒に着いて来てもらえますか?少しお話ししたいことがあって」
「わしに話す事などない。なんの義理があってそなたらと話すことがあろう」
かしこまったらちゃんと普通に喋れるんだな。さっきは驚いて尾張弁丸出しだったけど。
「ウミ、この人聞き分けないから逃げないように捕まえて後で連れ出して。サチ、そのまま咥えて離すな」
イタタタタと声が聞こえた気がしたけど知らん。
ユイの祈りの時間が終わって、なにやらユイに手渡されている。きっといいものだろう。そこはちゃんと受け取れよ。……あ、さすがユイ。これはもらっていいって判断したんだな。対価だ対価。三人分の日当だ。
僕らはまた家老みたいな人に先導されて書院を後にした。ダンディ家老がまたユイの手を取って誘導しようとしたので、先にユイの手を握ってエスコートしたった。ざまぁみろ。不服そうな顔してこっち見てるけど知らんがな。気やすくユイに触るな。ユイはユイで照れるな、こっちも恥ずかしくなる。
「なにやってんの?」そういうなウミよ。
出口で荷物を受け取って帰途につく。ユイは駕籠でまた宿まで送られるそうなので着替えてから合流しろって事にした。居場所は言わなくてもあいつなら勝手に僕の居場所を掴むだろう。最悪アデヤさんがGPSみたいに見張ってるし見失うことはないだろう。
「ソラ、見えてないけどちゃんと吉田さん連れてきてる?」なんか知り合いのおっちゃんみたいなトーンになってる。
「うん、吉田さんってばかなり非協力的だからサチがかなりアクティブに引っ張ってるけど」
アクティブ?気の毒に。時折「うっ!」とかうめき声が聞こえるけど知らん。
「ところでさ、ソラ君」町を歩きながらウミが言う。
「なんなんや?ウミ君よ」
「前から言おうと思ってたんだけどさ、ここって高知城だよね?」
「そりゃそうだろ?」
「安穏寺さんの話じゃ岡豊城を捨てた長宗我部の殿様が高知城に来たって言ってたじゃない?」
「そうやな。なんか変?」
「僕らの歴史とは違う!」
「へっ?どういうこと?」
「安穏寺さんの話の腰を折る事になるから言わなかったんだけど、そもそもは浦戸城ってとこに長宗我部の殿様は入ったのよ。山内一豊が掛川から転封されて来たのも浦戸城。そこで長宗我部の残党と言うか一領具足と呼ばれる、普段は農業をしつつ戦闘もする侍達の抵抗にあって入城に苦労したというのが僕らの世界」
「微妙にずれとる感じやな」
「うん。全く同じでは無いね。まぁアデヤ様の存在もそもそも違うけど」
などと話していたら吉田さんが突然話に食いついてきた。
「一領具足だと?なぜその言葉をお前たちが知っておる?そんな言葉はもう存在しないはずじゃ」
「え?まぁそれはうん……色々と先祖から聞いたみたいな?」と適当にごまかす。
「長宗我部の者か!?お前らは」
なんか見えんと話しづらいな。メガネメガネ……吉田さん、めっちゃお侍さんしてるじゃないですか!ビシッと。袴の裾がくたくたになってるのはそこの幽霊犬のせいですね、申し訳ない。
「ああ、完全にそうではないですけど、一部そうです」
「どういう事じゃ?」
「うちの先祖が郷士だったみたいですけど……」と答える。
「ご……郷士じゃと?まだおったんか」と絶句する。
悪い事言ったかな?ワナワナ震えてはる。
「ちょっと場所変えますか?人目もありますし」
と町の外に連れ出した。冷静に考えたら僕ら以外に吉田さん見える人おらんやん!余計な手間やった。とりあえずでっかい木が生えてるとこの根っこがいい感じに出てたので、その上に僕らは腰をかけて話し始めた。
「さっきも言ったが先祖が郷士だと?郷士がおったのか?」
「う~ん……微妙に違うかもしれませんが、少なくとも僕らの世界ではいましたよ」
「僕らの世界とは?」
「僕らが住んでいた世界です。こことはちょっとだけ違うんですけど、うち以外にもたくさんいましたよ。それにこっちの世界でも見たことは無いけど話は聞きましたし」
「本当か?本当にまだ郷士が……」と顔を押さえる。なんだ?この人。
「お花いりませんか?」
とそこへ、僕らの姿を遠巻きに見ていた薄汚れた格好をした小さな女の子が籠に入った花を差し出してきた。その辺の河原に咲いていた花を集めて紐でしばっただけのものだ。いらんなぁ…花瓶もないし。
「全部もらうよ」とウミが言うと、少し驚いた顔をしたあと深々とお辞儀をして走って去っていった。まてまて……。
そこからはもう地獄。次から次に子供らがやってくる。薄汚いを通り越した浮浪児の群れ。買ってくれと何かを持ってくるのはマシな方。金をくれとしがみついてくるものも多数。無礼打ちにしたろか!……しないけど。
「ウミ、なんかテレビで見たスラムで暮らす子供みたいやのぉ。隙を見せたらこれ始末におえんぞ」
「ごめん、つい……ダメだね、全く根本的な解決にならなかった。悪手だったよ」と反省している。
「いくら払ったの?」
「相場がわかんないからアデヤ銅貨1枚だけだよ。たったそれだけであんなになるなんて思わなかった」
サイタニ屋1泊で銀貨1枚。その100分の1だと日本円で100円くらいじゃん。たったそれだけであんなに目の色変わるんか、こいつら。
「あの子らはなんじゃ?」
「僕らにもよくわかりませんが、話に聞くと郷士の家の子が売られたり捨てられたりして町の周りに住み着いているとか」
「なに?郷士の子ら……だと?」
「食うに困って子供を売る親、捨てる親がいて困ってると町の人が言っていましたよ。やがてその子らは盗賊や山賊みたいな輩になって迷惑かけているとか」
「なんと……真か……そんな事に。わしが守ろうとしていたのは……」とまた顔を覆って泣く。
侍が泣くなよ。
「なんなのこの人。泣いてばっかりで辛気臭いわね」とユイ参上。町娘の格好に戻ってる。いきなり現れて辛辣やのぉ、相変わらず。
とりあえず今あったことをユイに説明する。アデヤ教の責任もあるんちゃうか?
「なるほど……あなた、転封された当時の山内の要職にあった人なのね?」とユイ。
「ああ……殿様にお目見えできる末席にいたことはあったの」
「あなた、自死したわね?」
ん⁉
「なんかの責任を取って切腹したのね?」
「責任?責任など取れておらん。あの子らを見たら確信した。ただの犬死じゃ、わしゃあ」
「僕らになにがあったか教えてくれませんか?」
「あ、そうだ。その前にユイ、ここって俺らが知っている歴史とちょっと違うぞ。頭からこうだと決めてかかると足元すくわれる事になる」
ふふん、リーダーらしく忠告しておくのだ。
「え?何を今さら。時間差並行世界で全部同じなわけないじゃない。バタフライエフェクト一つで仕組みがらっと変わるのよ?パパとママが介入している時点で違うに決まってるじゃない。蝶の羽ばたきどころか天狗の羽ばたきよ。そりゃ変わるに決まってるじゃない。あなたね、いつからパパがこっちの世界にいると思ってるの?」
え?知らん……。ていうかみんなわかってたのか。僕だけ能天気に司馬遼太郎読んで調子に乗ってただけってか。くぅう恥ずかしい~。その場でみんな否定しなかったくせに。
「別に否定する意味すらないと思ったからよ」とユイ。
「うん」とウミ。
「わん」とサチ。
……待て!お前は絶対わかってへん!
そんなくだらない話をした後で吉田さんは、重たい話を僕らに始めたのだった。
*(第39話へ続く)*




