36話 因縁
安穏寺さんの言葉や城の霊は比較的聞き取りやすい方言だったけど、高知に入るといきなり高知弁メインになるのね。おもろいけどこれ人に伝わるのかね?全員坂本龍馬が喋ってるみたいに聞こえるぞ。少し小太りでいいとこの商売人の若旦那みたいな風体の兄ちゃんなのになんか不思議な感覚。
「あ、こんにちは。僕らは昔あった霊場を旅してまわっている者です。ちょっと用事があってコーチに立ち寄りました」
「あんたらの持っちゅう杖……それ、お遍路さん用と違いますろうか?」
「え?なんでわかるんですか?あなた、もしや隠れ仏教徒ですか?」
いきなり安穏寺さんつながりか?
「大きな声でろくでもないこと言いなさんな。うちは代々アデヤ教の家ながです。そうやのうて、その杖、うちの蔵にぎょうさんあるき、もしやと思うて聞いてみただけです」
「え?蔵に?」
「そうながです。うちの家は代々コーチで宿屋をしゆうがです。旅の人がおったら客引きのために町の入口で声をかけるがですけんど、珍しいもんを持っちゅうき聞いてみたがです。それ、お遍路巡りで使う杖ですろう?うちの宿でも泊まり客に売ったり貸したりしよったそうです。それが今じゃ使われんなって、ぎょうさん蔵の隅に転がっちゅう。あんたら寺もないのに、なんで巡りゆうがです?」
「そこはまぁ色々ありまして」
「まさかあんたらこそ隠れ仏教とか?そうやったら教会に報告せないかんなりますき」
「違います、私はアデヤ教徒よ」
と言ってユイはアデヤさんへの祈りのポーズを見せた。うわ、こいつやっぱり小女神や。何気なくやっても自然と空気が変わって真言宗の僕でも拝みたくなる。そのくらい完璧な祈りのポーズ。宿屋の若旦那も合わせて祈りのポーズを取る。
「ああ、これは失礼しました!あなたは教会本部の巫女様ですろうか?色んなアデヤ教会の司祭様、司教様の祈りを見てきましたけんど、こんな気持ちになったのは初めてながです。祈りの瞬間にアデヤ様が見えた気がしました」
そりゃそうだろ。半分アデヤさんやもん。
「もしお決まりでなければ、うちの宿を使うていただけませんろうか?うちの当主も巫女様が逗留してくれたとなれば喜ぶと思いますき」
「アデヤ教の巫女さん?まあ御子さんで間違いはないな」
「確かにそうだね」
今度から御子って呼ぶかと心で思ったらユイに腕をつねられた。でもここはアデヤ教のフリでいる方が動きやすいかも。
「助かりました。じゃあすみませんけど案内してもらえますか?」と若旦那に頼む。
「かしこまりました。お代は結構ですき、ぜひ」
「ああ、それはダメです。きちんと宿代は取ってください。もし本当にいらんと言うなら支払ったお代で町の外にいる子供らにメシでも食わせてやってください」
そう、町に入る前に見た光景。浮浪児とでも言うのだろうか、汚いなりをして町を出入りする者に物乞いをしたり、そこらに咲いている花を売りつけようとしたり、荷物を持つから賃金をくれと言ってきたりする子どもたちがたむろしていた。
「ありゃ郷士の子らです。ろくに働きもせんと子どもばっかり増やして、食うに困ったら子どもを売ったり、売れん子はああやって捨てられて、人に迷惑をかけて育つがです。大きゅうなったら徒党を組んで悪さばっかりする嫌われもんです」
と若旦那は顔をしかめる。
「ユイ、あれは母ちゃんの救済には関係ないんか?」
小声でユイに聞く。
「……ある、はず」
「じゃああの現状はなんなんや?」
「わからない」
まあユイのせいじゃないわな。
「あの子らはずっとあのまんまなんですか?お城の殿様はなんとかしようと思わないんですか?」
「声を小そうに。郷士と上士の間には色々あるがです。昔から。町人には計り知れんところでね。じゃき私らも見て見ぬふりながです」
「それってどうなん?」
つい大きな声が出た。イジメの構図と同じじゃん。イジメを見て知らんふりしてるならお前ら町人も同罪じゃ。
「分かっちゅうがですよ、言いたいことは。あんたが言うことは正論ながでしょう。でも生きるいうんは正論だけじゃできんこともあるがです。子どもには分からんかもしれませんけど」
「大人じゃ!歳は24じゃ。数え歳で言うたら25!」
「えっ?私より歳上ですか?顔も考えも幼いき、ずっと下かと思うちょりました」
こいつバカにしとるの。しばいていい?
「ソラ君、僕らの価値観をここの人に当てはめちゃダメだよ。いつもソラ君が言っているように立場が違うんだから。どっちにも正義があって譲れないんでしょ?そこをちゃんと聞いてから考えなきゃ。子どもじゃないんだしね」
とウミがピシャリと言った。
「そちらの兄さんはしっかりしちゅう。所帯持ちですろうか?」
「え?僕は18歳ですけど」
「まっこと!」と目を丸くする。
「そっちが兄さんでこっちが弟かと思うちょりました」
身長だけで決めてないか?
「どうでもいいわよ」と冷静にユイがツッコむ。
これで一旦場はおさまった。確かに若旦那が悪いわけでもないし、熱くなった僕が悪い。ユイサンキュー。
「着きました。ここがうちの宿ながです。古い建物ですけんど、どうぞ楽にしとうせ」
古いって言っても築100年くらいか?アデヤさん統一後の建物だから洋館だ。神戸の異人館みたいな風格があるぞ。屋根の上に風見鶏……じゃなくてあれは……クジラ!
「うちは魚料理が自慢ですき。中でもクジラは評判えいがですわ」と自慢げな若旦那。
魚料理?クジラ?
「クジラも?」
「クジラもここらじゃ珍しゅうない魚ですき」
クジラが魚?
「ソラ君、昔はクジラって魚扱いされてたんだよ。海で取れるし。だからイノシシも建前上、山クジラって呼んで食べてた歴史があるよ」
変に詳しいのぉ。
「いらっしゃいませ!」と厨房の奥から元気な声で女の子が出てくる。年の頃はウミくらいかな?チャイナドレス風の服を着ているけど中華系なのかな?
「こちら、お泊りのお客様やき。部屋に案内してもらえるか?」と指示し僕らに「何日でも心ゆくまでごゆっくりしてください。後で当主にも挨拶に伺わせますき」と若旦那が言う。
ユイを紹介しようって感じかな?アデヤ教のただならぬ立場って思ったのかな。
「ではこちらへどうぞ~」と女の子が案内してくれる。
「君もこの家の娘さんなの?」と僕が尋ねると「いえいえ、私は使用人です。もっぱら調理担当です。魚も得意ですけど異国の料理も得意ですよ」
ん?この子の言葉は標準語?
「色々聞いて申し訳ないけど、君はここの出身じゃないの?その……言葉がちょっとこっちの言葉と違うような」
「お分かりになりますか?うちの祖父の代にコーチに来ましたがその前は上方、それ以前はもっと東の方にいたそうです。もともとは隣国の出身ですので、私も家族に伝わる伝統衣装を着て仕事をさせてもらっています」
「ちなみに名前聞いてもいい?」
「名前ですか?名前もコーチの人と違って変わってます。リー・チャンと言います」
あ、なんか服装から想像はしてたけどやっぱり向こうの国の人?
「厨房の仕事って言ってたけど、ひょっとして辛い料理や豆腐を使った料理とかごま油とかよく使う?」
「よくお分かりになりましたね?」と目を丸くする。クリクリの目が可愛いな、と思うとユイが足を踏んでいた。
「リーさんの先祖はなんで日本に?」とウミが聞く。
「大きな声では言えませんが、アデヤ教の前にこの国やもっと大きな国で信仰されていた仏教と共に、言葉も風習も違う他所の国から来たと聞いています。もう仏教なんて誰も信じる人はいなくなったのに、何のためにご先祖様は来たんですかね、フフ」と笑う。
「ほんじゃリーちゃんはアデヤ教なの?」と聞く。
「なれなれしく呼ばないの!」とユイが怒る。
「なんと呼んでくださっても結構ですよ。リーちゃんでも嬉しいです。うちと言うかここの御主人様が熱心なアデヤ様の信者ですので私も一緒にお祈りさせていただいております」
なんか引っかかる言い方やな。
「リーちゃんの家は?」と単刀直入に聞く。
「私の家ですか?私の家にもアデヤ様の像あります。聖書もあります」
あります、ですか。その様子を見ていたウミがこっそり印を結んでいた。それを見てリーちゃんがハッと目を見開いた。
「密教わかるんですね?」とウミが微笑む。
うん、皆まで聞く必要ないな。リーちゃん困った顔してるな。もう触れないでおこう。
「僕ら四国八十八か所を回ってるのよ。アデヤ教徒が封印したところを。詳しくは言わないけど僕らの立場ってそんな感じだから」と笑いかける。
「でもそちらのお方は……」ユイをちらっと見る。
「この子はアデヤ教だけど僕らの仲間だよ。巫女さんみたいな感じかな?」とユイにふってみる。
「私はアデヤ教会の扱いとしては聖女とされているわ」
え?ウソ?知らんかったけど?ウミもポカーンとしている。
「そ、そうなん?知らんかったけど……なんかそんな子みたい、はは」
そりゃ僕も狼狽するわ。
「それじゃあ晩御飯は腕によりをかけて作らせてもらいます」
とリーちゃんは言って戻っていった。びっくりした顔してたな。
「ユイ?マジで聖女なん?」
「そりゃ、女神アデヤの娘だもの、なんらかの役職はついてるでしょうに。フリーなただの娘だと思ってたの?」
思ってた。留学してたしさ。
「ほな天さんは?」
「パパは逃げたからノーカウント」
「ほなアデヤさんはこの世界ではシングルマザーって事?」
「違うわよ。女神だからそういう事しなくても子どもは産めるの」
「そういう事とは?」ニヤニヤしながら聞いてみる。
「あなたおっさんね!セクハラで訴えるわよ!」
いや誰に訴える。
「そういう事って?」
ウミ……お前は素で聞いてるな?このお子ちゃまめ!憐れむようにサチが「くぅ~ん」と鳴く。受胎告知みたいな感じにしてるんかな。ギリシャ神話とか日本の神話は割と神様が結婚して子どもを生んでるイメージだけど、まぁ神様の事やからようわからんしどうでもいい。
「話は変わるけど、リーちゃんって仏教と関係ある家系みたいね」とウミ。
「ひょっとしたら空海さん関連やったりして」と気にかかっていることを言ってみる。
「まさか……そんな事ないでしょ」とウミが同意を求める目でこっちを見る。
知らんがな。世の中色んなしがらみがあるもんだよ。
「あのさ、言ってなかったけど聞きたい?」
「突然何の話よ。リーちゃんの話は終わったの?」
「いや、それはそれとしてだけどさ。俺、土佐の郷士の系統なんやけど。多分先祖は長宗我部の家臣」
「はぁ?何の冗談?あなた実家の畑があったとこの寺燃やされてアンチ長宗我部だったじゃない」
「それは母方。父方は高知だって言ったろ?ハーフだって」
「ソラ君、それマジの話?」
「マジもマジ。バリバリの郷士。高知の山奥のどえらい所にじいさんの実家あってさ、同じ郡の近くの村の坂本さんが坂本竜馬の曾祖父さんぞ。近所の人らめっちゃ土佐勤王党」
「じゃあなんで長宗我部嫌いなのよ!」
「ん?俺ばあちゃん子やったし」
「バカじゃないの!」
「じゃあ長宗我部の血を探す時、安穏寺さんじゃなくても良かったのでは?」とウミ。
「アホ抜かせ、殿様となんて血縁関係無いわ!こっちは辺鄙な田舎の国境の護衛ぞ。ご先祖様は殿様見たことすらないんちゃうか?」
「あんたの家の血筋ってどうなってんのよ。ややこしいわね!そのおかしな性分もそのせいかもね」とユイ。
「もっとややこしいこと言おうか?もっと先の先祖は平氏だよ。実家に伝わる話では屋島の合戦で敗色濃厚となった時に、源氏にビビって逃げたんよな。この前行った徳島の祖谷とかも平家の落武者伝説で有名よな。うちの先祖はもっとビビってさらに先の高知の山奥まで逃げた……なんと安徳天皇を連れてな」
「は?安徳天皇って壇ノ浦で三種の神器と一緒に海に……」とウミ。
「そう伝わってるわな。うちに伝わる、と言うか高知のその地域では安徳天皇は落ち延びて年寄りになるまで暮らしてたらしいで、源氏に見つからんようにな。割とでっかい墓もあって史跡になってるぞ」
「ああ、そこの事は知らなかったけど色んなところにそういう伝説は残ってるみたいだね。まぁ後世の人の願望がほとんどだろうけど」
「あなた、一体何なのよ?なんかもうよくわからない因縁がぐるぐる巻きね。さらに空海上人でしょ?頭が痛くなるわ」
「普通の駆け出しの葬祭プランナーだぞ」と胸を張る。
「あ、あともうひとつ言っていい?」
「うるさい!ややこしくなるから言わなくていい!」
とユイにピシャリと怒られた。まだあるんだけどなぁ……。
「ソラ君の話を聞いてると、リーちゃんとも僕らに関係が出てきそうな気がするよ」
「ま、そうやったとしたら出会うのは必然やったんかもな。まぁどっちでもええやん。晩ごはんは中華かな?」
「恐れ入ります。巫女様、父がご挨拶申し上げたいと申しております。お時間いただけますろうか?」
若旦那が外から声をかけてきた。
「あ、全然入ってきてもらっていいですよ。あとこの子、巫女さんじゃなくて聖女らしいです。すみません」
「あ?えっ?ええええええ?聖女様!?し、失礼しました。町の教会に使いを出してまた改めます!」
と言ってバタバタバタっと走っていった。走って往復したんだろうに。
「なあ、ユイ。聖女ってそんなえらいん?」
「さぁ?小さい頃しか教会にいなかったし。学校に行くようになってからはパパのとこに行ってたから正直わからない。多分聖女でよかったと思うけど不安になってきたからママに聞いてみる」
そんな曖昧な感じなの?
「ママ?私のポジションってアデヤ教会ではどんな感じ?……うん、……うん、……あ、そう。わかった。じゃあね」
「どんな感じって?」
「ママの代理よ、だって」
「それってこの世にいる神じゃん。司祭とか大司教より上じゃん。キリスト教で例えたら法皇より上じゃん」
「そうみたい」
「旅していいんか?っていうかそんな神の代理が俺らの世界で小学校通っとったんか?元友達が知ったら腰抜かすぞ」
「あっちはアデヤ教自体が無いじゃない。天狗の娘の方がまだインパクトがあるわ」
そういう肩書もあったなこいつ。土佐と讃岐のハーフのアイデンティティがとても小さく思える。
「あなたは空海様の生まれ変わりってのがあるでしょ?」
「実感ゼロだもん。ウミはまだ力があるけど俺なんていつも霊に取りつかれるだけじゃん」
「ソラ君、僕やユイは霊をタコ殴りできないし、霊を言い負かして納得させるなんてできないよ。ソラ君の能力だよ!」
言い方……。
「そうよ、怨霊殴って体が臭くなったらシャワー貸してあげるし、特別にシャンプーも使っていいわよ」
慰めてる?
その時コンコンとノックの音が聞こえた。
「聖女様、教会の準備が整いましたので今からお越しいただいてもよろしいでしょうか?司祭もお待ちしちゅうがです」
と若旦那が息をきらして伝える。
「え?やだけど」
と扉を力強く開いてユイが言う。なんか怒ってる?
「え?なぜに?」
「なぜにって別に私はこの町の教会に来たわけじゃないもの。旅してるって言ったでしょ?なんでそんな行きたくもない教会に行く必要があるの?」
「いえ、聖女様ですし、神にお仕えする方でしたらぜひ教会へ……」
あ、ユイの何かがキレる音がした。
「信仰なんて場所でするもんじゃないの!どこででもできるのよ。あなたの神はどこにいるの?教会に行かないといないの?祈りは教会でしかできないの?アデヤ教で何を学んだの?そんな事、女神は言ってないでしょ?宗教を統一するとは言ったわ。そのために信者を増やせともね。でもね、立派な教会?いらないわよ。そんなお金があるなら町の外の浮浪児達をどうにかする方法を考えなさいよ。教会を解放して宿舎にだってできるでしょ?何もせず仕方ないとか言うのはバカじゃない?正論がなんで正論かというと正しいからでしょ?それを突きつけられて仕方ないとか言うのは怠慢でしょ?まずはやってみなさいよ。祈りなんて自分の身ひとつでどこででもできるの。教会なんていらないわ!」
うぉ……ユイが僕みたいな事言いだした。町の入口の浮浪児見てこいつも同じ気持ちだったんだなぁ。若旦那には気の毒だけど僕は嬉しいぞ。
僕らも信仰に場所はいらないと思う。じゃあ何のために霊場の封印を解いているか?その地の信仰の記憶を呼び覚ますため。かつて自由に信仰を選べた時代に戻すようにやっている。建物なんてどうでもいい。だから僕らは寺を再建とかには手を付けない。いつかその地で信仰を思い出した人が掘っ立て小屋でも祠でも地蔵でもなんでも建てりゃいい。鳥居でも教会でも何を選んだっていいんだよ。強制されて一つを選ぶ状況が面白くない、それだけ。
「ユイ、落ち着いて。お前が怒ると教会なんて一瞬で粉々になるから」
ちょっと大げさにウミがなだめる。舌出しとるの。
「こ、これは失礼いたしました。仰るとおりながです。ご無礼をお許しください。その上で伏してお願い申し上げます。何卒、この場で一緒に祈らせていただけませんろうか?」
平身低頭謝ったうえで諦めず一緒に祈らせて欲しいと頼む姿勢、めっちゃ敬虔なアデヤ教徒であることには間違いないな。
「わかりました。少し言い過ぎました。ただアデヤ教に過分な祈りの場所は必要ありません。一人座れるスペースがあればどこでも祈れるのです」
そう言うと板の間ではあるが土足で歩いている床の上に跪き、祈りを始めた。いつも霊を送る時のポーズだな。慌てて若旦那も同じポーズを取る。遠目にやり取りを見ていたここの主人や使用人達もそれに合わせて跪いて祈り始めた。無言……なんやな。
それに少し遅れてウミが手を合わせて般若心経を小さく唱え始めた。すると使用人に混じって祈りのポーズを取っていたリーちゃんはぎょっとした顔をした後、ウミと同じポーズで声を出さず般若心経を唱えていた。
ビンゴだな。
*(第37話へ続く)*




