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第4話 メリーさん?

これまでに23番札所まで回り終えていた。


元の世界の言い方をすれば23番、薬王寺。徳島の海岸沿いをまわって順調だったのだ。でもその先、高知県に突入となったときに二人で話し合って、一旦拠点のコトヘラに戻ることにした。


理由?


シンプルにめっちゃ遠いから!


ちょっと心が折れた。


徳島はめっちゃ寺と寺の間が近かったりして、1日に複数詣ることもできた。でも高知は遠いのよ……。


そして僕らの頼りにしている地図はといえば、ウミの非常用リュックに入っていた四国八十八か所がプリントされたまさかの手ぬぐい! 贈答用で総本山善通院でも販売しているよ! これが川や池で洗濯して酷使していたらプリントが薄くなってきた。ちょっと心もとない。でも紙の地図を社長にもらったとしても道路なんて全然ちゃうし、大体の場所がわかればいいかな、という空気にはなっている。とりあえず八十八ヶ所のうちで漏れさえなければ。高知の山中の一ヶ所漏れてた~とか後で気づいたら地獄。


---


コトヘラに戻ってきた翌日。


セーブポイント?である善通院跡地の、蝶々結びの目印の前に立つ。


アンテナを確認して、電源オン。


「もしも~し! 社長~? 僕、僕。いや、オレオレ言うてへんやん。詐欺ちゃうわ! 業務命令で出張したっきりのソラですよ! ごめんやけど、また買い出しお願い。こっちめっちゃ蚊とか虫多いんよ。蚊取り線香とぶら下げるやつ。ほんで今度山越えるから熊よけスプレーと熊よけの鈴ふたつ! この前、山行ったとき熊よけにラジオを大音量でって思い出してスマホで鳴らそうとしてん。ソーラー充電大活躍! 基本満充電。電話のときしか使わんし。で、ラジコ起動してんな。ほな圏外……。そりゃそうやわな! 異世界やもんな。Googleマップ使おうとしたけどGPS飛んでないの思い出したわ、はは」


「お前、よう喋るのお~ちゅうか、ワシ社長ぞ? わかっとるか?」


「いや、アドレス帳で社長って検索して出したからわかっとるでしょ」


「お前~! 社長に向かって……」


「はいはい、じゃあまたコーナンで買ったら戒壇とこの奥から放り込んどいて。置き配でええけん。くれぐれも手を引っ張り込まれんようにな。こっちの暮らしは過酷やで。あ、あとポケットティッシュも何個か入れといて。除菌ジェルも欲しいな」


「どうでもええけどお前、たくましくなったなぁ」


「そりゃ歩いてお遍路めぐりしとるみたいなもんやしな。でかけたら基本野宿よ、野宿。有りえへん。超インドア派の僕がアウトドア三昧ですわ。あの空前のキャンプブームをスルーしてた僕がほぼ毎晩キャンプですよ。ほんま堪らんわ。あ、あとご住職にウミはめっちゃ成長しとりますって伝えといて。ほんまに見違えるくらい坊さんしてる。帰ったらあいつマスコミで引っ張りだこになるんちゃうかな。ルックスもイケてるし。ほな!」


言うだけ言って電話を切る。


電話の向こうで「お前~! 社長に対する口の聞き方がぁ~」とか言ってた気がするけど、知らん。


社畜な僕は定期的に社長に業務報告をしつつ、最低限必要な物資をリクエストしては送ってもらっている。時間を待ち合わせてハゲオヤジと喋るのもきしょいので、勝手に隙間から放り込んでもらってはここに落としてもらっている。


僕とウミの間では「置き配」と呼んでいる。


廃墟と化した善通院跡地を訪れる人なんて誰もいない。忌み地として避けられている場所だし、アデヤ教以外の邪教の遺跡みたいな扱いだ。ゆえに僕らからしたら逆に安全地帯なのだった。


---


そのころから、気になることがあった。


ウミ曰く、アデヤ教の神さん——見えるらしい。


こっちに来たばっかりの頃は「空の高いところが光ってるなぁ」くらいだったらしい。でもJINSのメガネを手に入れてからは、光の中に人影が見える気がしたと。


そして僕らが札所をまわって封印された寺や神社を解放するたびに、その人影が近づいている気がすると。


ウミが歩いていて気になるところを探すと、埋まったお地蔵さんやらお稲荷さんやらをバンバン見つける。それを所定の位置に戻したり手を合わせたりすると、明らかに近づいている気がすると。


メリーさんかいな、オカルト話が出てくる。


「もしもし私メリー、今、駅前にいるの」みたいな。


そのうち電話がかかってきて「もしもし私アデヤ、あなたのテントの前にいるの」とか言われたらさすがにビビるわ。


「俺が思うに、俺等があちこちで封印解いて昔の信仰対象を解放してるやん? 近所の人がそれ見てそこに手を合わせたりすることで、アデヤのパワー落ちて空から落ちてきてるんちゃうか? あれ、八十八ヶ所巡って結願したらその辺の地べたに座っとるかもよ」


というとウミが空の方を見上げて、


「遠目にも今、めっちゃ嫌そうな顔してるん見えたで」


どこまで本当かわからんけど、マジで落ちてきそうやな、アデヤさん。


「どんな神様なん?」


「ん? いまんとこまだめっちゃでっかいよ。奈良の大仏さんよりでかいんちゃう? で女神様やな。西洋風の」


「誰に似てるん?」


「あえて言うならハーマイオニー」


「美少女やん!」


「でもでかいで」


「それはちょっと勘弁やな」


「うわ、こっち睨んだ」


「なんか雷とか落とされたりせえへんやろな?」


「そんなんとはちゃうみたいやで」


「いきなりグールとかゴブリンとかケルベロスとかけしかけてきたり」


「ラノベ全開やな」


「女神さまってなんか怒ったらそんなんしそうやん?」


「ハーマイオニーは?」


「天使!」


「ほなそういうことにしときロリ兄さん」


「ロリ? まてぃ! 聞き捨てならん。死の秘宝PART2の時はもう20歳超えとったやろ? 合法じゃ!」


「いや、知らんしな」


空の彼方でアデヤさんが盛大にため息をついた気がした。


知らんけど。


---


さて。


高知が遠い問題を一旦棚上げにした僕らは、コトヘラで英気を養うことにした。


といっても別に温泉があるわけでも、うまいメシ屋があるわけでもない。サブさんの店でいつも通り物々交換をして、廃屋で寝て、川で体を洗う。そういう生活だ。


「ソラさん、一個聞いていい?」


「なに?」


夕暮れの廃屋で、ウミがエアマットに寝転がりながら言う。


「俺、東大行けるとか言ってたやん」


「そりゃお前の記憶力はバケモンやからな」


「いや、忘れられへんのもしんどいのよ」


「え?」


ウミは天井を見たまま続ける。


「見たもの全部覚えてるやん。嬉しいこととか楽しいこととか、そういうのはええんよ。でも……嫌なこと、怖いこと、悲しいこと。そういうのも全部ずっと覚えてる。忘れられへん」


「……そうか」


「小さい頃から見えてるやん、霊とか。あれも忘れられへんねん。子供の頃うちの門のとこで見たおばあちゃん、悲しそうな顔してたなぁってずっと覚えてる。夜中に思い出したりする」


「それは……しんどいな」


「まぁ、でも」


ウミがこっちを向いて、ニカっと笑った。


「こっちに来てからは、ちゃんと送り出せてるやん。成仏して上に行くのも見えるし。なんか、意味あることしてる気がして——嫌いじゃないわ、この仕事」


「……そか」


「ソラさんはなんで葬祭プランナーになったん?」


「俺? 俺はな——」


そう言いかけて、外でカエルが鳴いた。


「……また今度な」


「もったいぶるな~」


「うるさいわ。寝ろ」


「へいへい」


虫の声が遠くで響く中、異世界の夜が更けていった。


---


翌朝。


「よし! 高知、行くか」


「行くか!」


気合を入れ直した僕らは、再び歩き出した。


荷物はいつも通り。ウミのリュックと僕のリュック、コーナンの袋。置き配で届いた蚊取り線香と熊よけスプレーと鈴が新たに加わった。


鈴をリュックにつけると、歩くたびにちりんちりんと鳴る。


「なんか遍路っぽくなってきたな」


「ほんまやな。鈴って昔のお遍路さんも持ってたんちゃうかな」


「持ってたんちゃうか。魔除けとか道標とか、色んな意味があるみたいやで」


「そういえばウミ、お前般若心経って全部言えるん?」


「言えるよ」


「今言ってみて」


「え? 歩きながら?」


「うん」


ウミはしばらく間を置いてから、歩きながら静かに唱え始めた。


摩訶般若波羅蜜多心経——。


朝の空気の中に、澄んだ声が溶けていく。


僕は何も言わずに隣を歩いた。


お経が終わると、ウミが照れくさそうに言った。


「なんか恥ずかしいな、人前で唱えるのって」


「いや、ええやん」


「ええ?」


「すごいなと思って」


「……もうええて」


耳まで赤くしたウミは、足を速めてさっさと前を歩いていった。


空の彼方で、アデヤさんがまた何か言いたそうにしていた気がした。


知らんけど。


僕らの、長い長い旅はまだまだ続く。


---


*(第5話へ続く)*


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