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第3話 唯一神と瓦礫の下の…

コトヘラの町に来て、数日が経った。


この世界のことが、少しずつわかってきた。


この世界の人々が信仰している神様——「アデヤ」というのがいる。


一昔前に起きた飢饉や災害から救済する代償として、他の信仰を全て棄却せよ、と言った神様だ。当時、干ばつ、イナゴの蝗害、疫病と、にっちもさっちもいかなくなった殿様がそれを受け入れ、他の寺やら神社やら祠やらを全て破壊。信仰の自由を無くし、唯一神アデヤのみを国教にしたのだという。コーエーの三国志風にランダムで起こるバッドイベントが集中したのね、わかります。


アデヤの教えはこうだ。


「人は皆等しく、死んでもすぐ生まれ変わる。だから死は悲しまなくていい」


ほ~。


でもアデヤ教になってからしばらくは平穏に過ごせたようだったが、世代交代が進むとあちこちで不思議なことが起こるようになったらしい。


「夜中に亡くなった父が悲しそうに枕元に立っている」とか、「馬から落ちて亡くなったはずの男がその場所に立っているのが見えた」とか、「墓場で白いものが夜な夜な動き回っているのを見た」とか。


アデヤ教では即、生まれ変わっているはずの人が、なぜ?と不思議がっているのだそうだ。


ウミとも話したけれど、「それってただの幽霊っしょ?なんか未練があったりするんじゃね?」となった。その事をこっちの人に話しても「幽霊って何? ありえないでしょ。神様の祝福のもとすぐ生まれ変わってるんだから」と聞く耳を持ってくれない。


「なぁウミ君よ」


「なに? ソラさん」


「無いものを無いっていうより、無いものをあるかもよ?って伝えるのむずいな」


「そうやね。亡くなっても即リボーンって認識だったら、恨みとか念とかわからんよね。ご先祖様とかも拝まんみたいやし」


「そりゃな。墓やって埋めたらしまいやもんな、ここ。だってそこにお参り行ったとて、もう世界のどっかで生まれ変わってるちゅう話やもんな。でも誰か確認したんかっちゅーねん。即生まれ変わりって」


「チベットのダライ・ラマくらい厳密にやってたら納得やけどなぁ」


「ある意味言うたもん勝ちよな。アデヤ教恐るべし」


「恐るべし!」


---


ここコトヘラの町で、僕らが来てそうそう行きつけにしている店がある。


野菜から金物、なんでも売っているドラッグストアみたいな店の店主、サブさん。本名はもっと洋風な長ったらしい名前だけど、みんなサブと呼んでいるので僕らもそうしている。


実はサブさんのお父さんが、さっきのオカルトな話の当事者だった。亡くなったお父さんが夢枕に立つ、というやつ。


ちなみに僕らはこっちのお金を持っていないので、基本はコーナンで買ってきた物資と物々交換して生活している。ウミとも相談してルールを作った——こっちにないものは渡さない。ただし消えてなくなるものは有り。トイレットペーパーはこっちには当然ないけど、水で流れるし、薄い紙は重宝される。


そのトイレットペーパーと小麦粉を交換しに行ったとき、サブさんからお父さんの話を聞いた。ちなみにサブさん、トイレットペーパーを巻紙のようにしようと墨汁たっぷりの筆でお品書きを書こうとして破れて慌てたそうだ。どうでもええけど。


「ウミ、サブさんのお父さんの話どう思う?」


「ん? まぁ普通に成仏してないだけちゃう?」


「でもアデヤ神様の信徒やぞ?」


「信徒かも知れんけど、それ自分で望んだことかな?」


「だってこの世界は唯一神、一神教やぞ?」


「でもさ、人それぞれやん? お上からこうせえ言われてやってるけど、みんな納得しとるかな? 昔は色んな神さんおったんやろ、ここも。それを強制的にってどやの?」


「どやのって言われてもどやの?」


「質問に質問で返しなや」


「すまん! わからん!」


しばらく黙ってから、ウミが言った。


「あのさ、蝶々結びした目印あるやん? 善通院跡地の」


「おう、それがどした?」


「あそこ、善通院やと思う」


「うむ」


「山や川の場所、僕らんとこと同じやん?」


「うすうす感じてた」


「で、廃屋で寝てたやん?」


「寝てたね」


「あそこ……僕の部屋があった場所」


「そうなんや? 位置的に行くと……母屋があって……うん、その辺やね。この前リュックとか取りに行った」


「ぶち壊されとったな、総本山善通院があったとこまるっと!」


「ああそうか……アデヤ教になるときに全部ぶち壊されたんやな」


「黙っとたんやけど……最初の夜、一人で過ごしたやんか?」


「そやったね」


「あん時、廃墟の瓦礫の中、色々見て回っとってんな」


「そうやったんか」


「あった……瓦礫の下に」


ウミがリュックの中から手ぬぐいに包まれたものを取り出し、そっと広げた。


少し焦げた木製の——大日如来の仏像。


祭壇を組むときのご本尊様のサイズだ。へ~こっちにもミニサイズの御本尊様あるのね。


ん???


大日如来だとぉ!!


この世界、なんや? 異世界ちゃうんか? いわゆる並行世界? パラレルワールド?


「お前、どう思う?」


「何が?」


「この世界って俺等の住んでた未来やと思う?」


「違うと思うよ。ひょっとしたら途中までは流れは一緒やったかもやけど……どっかで別物に分岐したんちゃう?」


「どっかで?」


「根拠はないよ。無いけど、そもそものところは似てる気がする。山の形もそうやし、言葉もほとんど一緒やん? 外国やったら王様おるやん? やけどここでは殿さんって言うてるやん」


「あ、そういえば殿様言うてたな」


「うん。やけんここは日本の四国って思うほうが、なんとなくしっくり来る。ソラさんも思っとったやろ?」


「え? まぁ……善通院のあった場所から南に走ったらコトヘラやろ? むちゃくちゃ琴平やん! いっちゃん最初に思ったわ、ぶっちゃけ!」


「そうやんな、どう考えてもここ金毘羅さんの門前町やんな? そやからあそこの山登ったら残骸あるんちゃう? 奥の院とかの」


「見とないの、そんなん」


「そやな、僕も……」


---


なんとなく、この世界のことがおぼろげながらわかってきた。


殿様のおった時代からこの世界はまだ続いているんやな。きっと明治維新とか迎えずそのままの状態なんやろうな。


「で? どうするよ? 帰るにしても帰り方わからんし、なんとかしていかないかんけど」


「ソラさん」


いつもヘラヘラしているウミが、真面目な顔して言う。


「あのな、確信はないんやけど……唯一神、アデヤ。これが悪さしとる気がする」


「悪さ? この神様のおかげでだいぶ前のピンチ救われたんやろ?」


「うん、そんな話やったなぁ。でもさ」


「でも?」


「なんで他の神さんや仏さん潰さなあかんの? みんなが信じてきた信仰を捨てさせる必要あんの? おかしない?」


「おかしない言われたらおかしいんちゃうの? んなもん人の自由やろ? 俺等の世界やって、わけわからん新興宗教から昔ながらの仏教やらイスラム教やらキリスト教やら色々あるんやしな」


「やんな? なんで神さんがそれを強制すんのやろ? 意味があるんかな」


「先に言う! 知らんけど!」


「知らんのかい」


「知らんけど……あれちゃう? 信仰する人の数によって神さんの格が上がる的な? ラノベで見る展開やけどそんなんちゃうかな?」


「神さんの世界にもヒエラルキーあんのかな? 信者数ノルマとか」


「世知辛いのぉ~」


「ま、うちもお布施多いと嬉しいしわからんでもない」


「天下御免、泣く子も黙る総本山善通院の三男坊!」


「それ言いなや。上に兄貴2人おるんやで。僕なんかノーカンや」


笑いながら、顔を見合わせる。


「なんかさ、サブさんの話やけどさ。あれ普通に成仏できてないやん、お父さん。きちんと弔えてない。なんのための神さんなんやろ?」


「みんな何に祈るん? 今の不満を祈ったりお布施することで次はいいとこに転生できますようにって? ほんだらみんな同じような恵まれた生活ばっかり望むんちゃう?」


「あえて次の人生も辛い農夫になるぞ!とか思う人おるんかな?」


「町に住んでるアデヤ教を信じてる人たちの子どもも、田んぼしているお百姓さんの子どもも……あの子ら前世で、次はお百姓さんにって願ってきたんか? ちゃうわな! アデヤ教……うさんくさいのぉ」


「うさんくさい!」


「即輪廻転生なんて無いわな?」


「無いと思う! 知らんけど」


「お互い適当やの」


「わからんもんはわからんもん」


そう言って、二人で笑った。


「ほなどうしよう?」


「僕らしか多分この異常さわかってないよね? わかってないけど、実際に思いを残して彷徨ってる霊がいるならなんとかしてあげたいね」


「そうやな。幸いここには新米葬祭プランナーと坊主の卵がおる。なんとかなるんちゃう?」


「なんとかなりそうやね」


「ま、俺、オカルトとかあんまり信じてないけど」


「信じてないん?」


「目に見えるもんしか信じんよ。俺理系やし」


「え? 僕は見える」


「え? 見える? なにがいな?」


「霊……」


「え? うそやん」


「小さい頃から見えるんよ。人じゃないもんが。霊だか妖怪だかなんかわからんけど」


「へ~そうだったんですね」


「なんで丁寧語。だから昔から道歩いてたらなんかおるって思うし、寺でもちょくちょく見るし。見たら忘れられん。思い出す。忘れたいのに、前にこの門の脇におばあちゃんおったなとかず~っと覚えてる。たまらんで」


「ということはこっちに来てからも?」


「んにゃ見えへん」


「え? おらんの?」


「さぁ……」


「さあってなんやねん」


「いや、コンタクト使い捨て使っとったけど持ってきてないから初日に捨てた」


「お前、視力悪いままこれまでおったん?」


「うん、まあ全く見えへんことも無いし」


「指で目の端ひっぱってツリ目にしてみ」


「ツリ目? ほい……うわ! めっちゃピント合う! すごっ!」


「見えにくいときしかめっつらするんと一緒じゃ」


「いやこれめっちゃ見えるし」


「……お前、非常袋ちゃんと全部チェックしたか? スペアのメガネとか入れとるんちゃうの?」


「あっ!」


そう言って非常袋のそこをガサガサ漁ると——出ました、JINSのケース。


「うわぁ! あったぁ!! 入れとったわ、前に」


「せやろ? 俺も入れてるもん。ちゃんとかけとけや」


「うん」


嬉しそうにメガネをかけたウミは、町の通りに視線を動かした。


そして。


「きゃぁああああああ!」


女子みたいな声を発して、その場に倒れ込んだ。


お前、何見たんや?


---


「気がついたか?」


「ここは一体……私は誰?」


「よし大丈夫やな」


「いやぁびっくりした。めっちゃいてはる」


「いてはるか……」


「なんなんこれ。霊が大名行列しよるんかと思たわ」


「見えんでよかった」


「みんな墓場に向かって行ってはまた戻ってきてを繰り返してるわ。なんの修行なん」


「誰も成仏できてないってことちゃうか? 神様に祈りはすれど、故人様には誰も祈ることもない。墓にお供えも無ければお花も無い。墓参りの習慣もないから、単なる埋葬する場所やの。墓石も無いし、かろうじてここに埋めたよって目印で適当な石置いてるだけやん。ただの遺体処分場じゃ」


「アデヤさん流で考えると、亡くなったら即転生やったよね。この行列の実態はなんなんよ」


「俺には見えんけど、他にも見えとる人はおるっちゅうことよな? サブさんも見えてるし」


「これ表沙汰にするとアデヤ教の教えはおかしいんちゃうかってなるわね」


「まぁ口封じされるかもな」


「でも放っておけんわ、これは」


「うん、さっきも話したけどきちんとしよう。元通りに。神さんも仏さんも。今んところ大事になってないけど、これ色々まずいことになると思う」


「そうやんな。アデヤさんはええけど、蔑ろにされた仏さんや神さん、土地の神さんも大概怒ってると思う。お堂や祠を壊したからってそれで終わりちゃうし。神様仏様はそんなんで消えたりせえへん」


「とりあえずここが俺らのおった四国としようや。とっかかりとして——総本山善通院のボンよ! 八十八ヶ所、なんとかしよか?」


「ええアイデアやなあ。途中で他のお寺さんや神社の跡も見つけたらお詣りしようよ。なんとなくそれっぽいとこ行ったら感じるし。何より今の僕には眼鏡がある!」


きらーんとレンズが光った気がした。


---


そっからである。


まずは二人で、大名行列の皆さんの墓がある墓地に行って、盛大にお経を読んだ。


ウミはご住職に渡された衣装一式と数珠をつけ、香を炊いて読経。僕は葬儀の格好をして簡易な祭壇を作った。コトヘラ一の品揃えを誇るサブさんの店からあれこれ借りて、なんとかそれっぽく。焦げ跡のついた大日如来様の御本尊の前で、なんちゃって見習い坊主のウミは見事に法事をやり切った。


除霊じゃない。そんなおこがましいことは僕らにはできない。


ただ祈った。亡くなったまま放置された故人のご冥福を。これまで何年、何十年、百年以上? アデヤ教が国教になってから彷徨っていた魂を、ここから解放してあげたかった。


しかし、ウミのやつ。


賑やかしとか言ってたけど、作法から読経から——完璧だった。


まだ葬祭プランナーとしてはひょっこの僕だが、下手なお寺の坊さんよりよっぽど綺麗な、とても綺麗な読経だった。経本をパラパラとめくる手さばきは、まるでカードを扱うマジシャンのようだった。言葉だけじゃなく動作も一度見たら覚えられるのか。そりゃ八種競技のフォームも一流アスリートみたいになるわな。


一段落ついたのでミネラルウォーターを渡す。


水を飲みながらウミが言う。


「めっちゃ上がって行ったわ。こっちに手を合わせながら行く人もおったけど、最近の霊じゃないみたい。生前は仏教を信じていたのに、亡くなる前にアデヤ教に変わったんやろうな。そういう人は頭を下げつつ拝みながらあがっていきはったわ。最近の霊の人はポカーンとしながら、頭の先に紐がついて引っ張られるみたいに上がっていきはった。ご先祖さんが呼んでたんかな? わからんけどめっちゃ上に上がるのも渋滞してたわ。どんだけ待ってはったんやろ。毎日毎日何年も墓場から町の通りを歩いては、誰かに気づいて欲しかったんやろうなぁ」


「サブさんのお父さんも途中でサブさんに気づいて欲しくて枕元に寄ってたんやな」


「サブさんが見える、感じる人でよかったな。サブさんの話がなかったら俺らも気づかんかったし、お前もメガネかけてないままやで」


「ほんまやな。サブさんのお父さんさまさまや」


「あとで道具返しに行くときにちゃんと、無事空に帰ったよって伝えてあげんとな」


「うん! まぁサブさんのお父さん、見たこと無いけど……」


「俺等こっちに来る前に亡くなってたしそりゃな」


---


「サブさん、助かったわ! 道具ありがとう」


「おお、終わったんか? 変わったもん使うんやのぉ。教会に行ってお祈りするんかと思うたけど、ちがうんやの」


「そう。ちょっと馴染みのない方法でお祈りしよったんよ。ウミの実家がそっち系でな」


「ねえ、サブさん。亡くなったお父さんって、ちょっと頭が薄かったり?」とウミ。


「え? なんで知っとるん? 見たこと無いのに。お前らがこの町に来るちょっと前に亡くなっとんど」


「なんで知っとるん? ウミ」と僕。


「……そこでおるんやけど」と苦笑いするウミ。


なんでや? 成功したんちゃうんかい。


「ちょっとこっちへウミ君」と手招きして店の外へ連れ出す。


「お前、何が見えとるん? まだおるん?」


「いや、そこでおるんよ」


「なんでやねん! さっき大名行列空に返したんちゃうんかい?」


「いや、49日終わってへんのやわ」


「へっ?」


「サブさんのお父さん、まだ49日終わってないんやて。まだその辺ウロウロしてるみたいよ。でも今日の法事でなんとなくは理解してくれてるみたいやけど」


「そこはウミ君、うまいこと説得してとっととお空に……」


「シャイやねん、彼」


「シャイってなにがいな?」


「サブさんのお父さん」


「うそ~ん」


「マジマジ」


店に戻る僕たち。


「ねえサブさん、お父さんって商売人やったんやろ? どんな感じの人やったん?」


「それがよ、商売人のくせに恥ずかしがり屋で客の呼び込みもできへん人でなぁ。母ちゃんかワシがおらんかったら商売にならんかったわ。ほんま。おらん人のこと言うのもあれやけんど」


マジでした。


「なんか下俯いてはるわ」とウミが小声で言う。


モジモジすんなよ、おやっさん!!


そっからめんどくさいけど、とりあえず詳しくサブさんに説明して、半信半疑ながらもお父さんの容姿をきっちり言い当てたウミの力を信じてもらえたのだった。


そしてあの日、サブさんに声をかけられた「おかんき」の話につながるのだった。


ふ~。


---


こうして僕らはコトヘラの町を拠点に、定期的に旅に出るようになった。


旅に出ては四国八十八か所だったと思われる場所を訪れて、破壊された寺の痕跡を見つけては祀っている。弘法大師みたいに寺を建立とかはできないけれど、百年くらい前に取り壊されたであろう寺社仏閣の廃墟の中から象徴的な物を見つけ出しては、念を込めて瓦礫を集めて祠みたいな形にして読経して回っている。


近所に住む人は最初は遠目で見ているだけだけど、アデヤ教を信仰する前には別の信仰があったと知っている高齢の方もチラホラいて、僕らがお詣りし終わったあとに同じように手を合わせてくれる人もいたりする。


別に布教をしようという気もないし、信じるものは何でもいい。


ただ、信じるものは決して強制されるべきではないと思う。


そして元の世界の言い方なら——これまでに23番札所まで、回り終えていた。


---


*(第4話へ続く)*


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