第2話 置き配と異世界初日
暗闇の中を壁伝いに奥まで進む。
ふっ、やっぱり光が見える。マジかこれ。
蓄光の時計を見ると18時5分前。とりあえず声をかけてみる。
「ウミさんや、ウミさんや、そこにおいでかえ?」
「うぉおおおおお、ソラさ~ん! 待ってたよぉ~! 腹減った~! マクド、マクド!」
いや、お前、緊張感なさすぎやろ。まず飯なんかい。
「おお、持ってきた持ってきた。でもそれより前に試したいことあるんやけど」
「え? 腹減ってるんやけど」
「いや、我慢せいっ! 段取りあんねん。今から隙間に紐垂らすけん、そっちで掴んでみてみ」
「ほ~ん。紐? わかった」
コーナンで買ってきた荷造り紐の端を、光の見える隙間に差し込む……って、指先から体ごと持っていかれそうやん! 慌てて手を離すと、しゅるしゅると紐だけ隙間に吸い込まれていく。適当なところで切って、戒壇の柱に結びつけておいた。
「お~い、ウミよぉ~。紐そっち行ったか?」
「なんやおもろいことなっとるわ。空中のようわからん位置から紐出てきた」
「お前、それ引っ張れるか? 試しに体持ち上げてみ」
「うん……無理」
「諦めるの早いな! 蜘蛛の糸みたいに辿って登ってこれへんのか? 芥川龍之介のやつみたいに」
「いや、登るも何も、位置が目線なんやけど」
「うえっ? そんな下の方なん? イメージとちょっと違う」
「知らんやん。なんか引っ張ったら手応えはあるけど、紐の付け根に入る余地ないでこれ。なんかおもろいな、駄菓子屋であったやつみたい。紐引っ張って中の景品当てるやつ」
「そんな感じなんや?でもまぁそっちに物質が届くとわかったら、バンバン荷物ぶち込んでやるわ」
「マクド、マクド!」
「うるさいなぁ、それは最後じゃ。お前の荷物から放り込むからの。あ、その紐、他の人に見つからんように適当なとこで切っておいてな。また後で使うけん」
「ん、わかった。わからんけど」
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次々と物資を隙間に近づけると、えらい勢いで吸い込まれていく。
ウミの防災リュック、靴、ご住職から預かった坊主三点セット。
「なんかようわからんの来たけど、なんなん?」
「おやっさんからの餞別や。サボらずそっちでも修行しとけとさ。親心やの~」
「いや、そっちでもって……僕、普段から修行なんてしてないよ。毎日走っとっただけやし」
「お前ゴクウか! 界王拳でも使う気やったんか?」
「なんでやのん。陸上部やのに走らなあかんやん。基本、基本」
「坊さんの修行は?」
「してへん」
「お前、たまに袈裟着て檀家回りしてたやん」
「え? あれ? 賑やかしやん、法事の。おとんが人足らんから来いって。数珠持ってサイドボーカルみたいにメインのおとんのトーンに合わせとけばええみたいな?」
「どこまでほんまやねん」
「まぁ小さい頃からお経は読んでたよ、兄貴に混じって見様見真似で」
「ほなそれ続けたらええやんってことやな」
「へいへい。荷物はこんなもんかな? あとは……マクド! マクド!」
「待て。まだあんねん。受け取れよ」
僕のリュックとコーナンで買い出しした袋をどんどん隙間に放り込む。簡易テントでかいな。まぁ放り込むけど。
「なにこれ! いっぱい来てるけど僕こんな持たれへんよ」
「心配すな、俺のや」
「え? どういう……」
ウミが最後まで言う前に、マクドの袋を大事に胸に抱えて、足から隙間に滑り込んだ。
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すっぽんって音が聞こえてきそうな勢いで引きずり出されて、ぽんと落ちた。生まれ落ちるってこんな感じなんかね?知らんけど。
その眼の前には、間抜けな顔をしたウミが立っている。
「やぁ! 久しぶり! これマクドな。炭酸抜けとったらごめんな。ちょっと時間たったわ」
「いや、ソラさんなにしてるん? なんで……」
「マクドの袋ダイレクトで放り込んだらコーラこぼれるやん」
「なにをバカな事を……そんなんやったらいらんのに」
悲しそうな顔をしているウミ。なんか可哀そうやな。
「ウソ、ウソ! 冗談や冗談。業務命令! 仕事や。お前のお守りを社長に命じられた。やけん出勤せんでも出勤扱い。在宅勤務みたいな? そんな感じや」
「むちゃくちゃやなぁ……戻れるかどうかもわからんのに」
「まぁなんとかなるやろ! 知らんけど」
「知らんのかい」
「ま、とりあえず必要そうなもんは持ってきた。文明の利器も多数取り揃えてまっせ。乞うご期待。それはさておき、とりあえず腹減ったの。マクド食おうぜ! ベンチとか……ないわな?」
「そんな気の利いたもんありゃせんよ」
「とりあえずブルーシート持ってきたから座って食おうぜ! 話はそれからや。あとモバイルバッテリーも持ってきたからお前の携帯充電しとけ!」
そうして僕は、異世界最初の夜を迎えたのだった。
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……といい感じで終わりかけたけど、そこはしがないサラリーマン。
一応社長には一報入れとかないと。ホウレンソウ大事。
会社スマホをリュックから取り出して確認する。空中からぶら下がった紐の前に立つ。うわ、マジでアンテナ1本立ってる。すごいな、これ。
「もしも~し! 社長~? 無事合流したで。安心して。あと、ウミの家にも一本電話入れといて。僕からするんはご住職さんちょっと怖いから。社長はご住職さんと古い付き合いやから大丈夫やろ? 二人ともいまんとこ無事。いまんとこな! 晩御飯もビッグマックとコーラとポテトしっかり食べてましたんで安心してください。あと、ここピンポイントで電波ギリ入る感じやから、そっちからかけてきても多分圏外。電池もったいないからここ来たときだけ電源入れて一方的に連絡するわ。鳴ったら5秒で出てな! 遠出したら電話できんけど、まぁ便りがないのは元気な証拠。ほな!」
一方的に電話を切る。
電話の向こうで「お前~! 社長に対する口の聞き方がぁ~」とか言ってた気がするけど、知らん。
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業務連絡も終わったし、今後のことを考えないといけない。
「ソラ、この紐やけどさ……目立って人に切られたら俺等終わるぞ。紐の端を蝶々結びして、目立たんように目印にしとこ」
「目立たん目印の意味がわからん」
「ええねん。この場所の雰囲気覚えて、この辺来たら蝶結び探して、そこに来たら電波通じるってことや。一応地面にも石かなんぞ置いとくか?」
そう言って適当な石を見つけてきて目印を作る。一つだと見間違えそうやからと、いくつも石を拾ってきてストーンヘンジみたいなのを作りやがった。
子どもがおったら絶対蹴られるやろ、これ。
「よし! 今日やるべきことはこんくらいにして、ウミが昨日寝たっていう廃屋まで行って今夜は寝よう!」
あたりはもう真っ暗だ。
「ウミ君、では今夜の寝床に案内してくれたまえ!」
リュックを背負って両手にコーナンの袋を下げた僕と、これまたリュックを背負ってマクドの袋のニオイを嗅いでうっとりしているウミは、暗闇の中、未舗装の土の道を石につまづきながら歩くのだった。
「ってソラさん! 携帯あるんやったらライトつけたらええやん」
そうだった!
携帯のライトをオンにすると、あたり一面がぱあっと明るくなった。
リアルな漆黒の闇って、また一味違う。なんかカエルみたいなのが鳴いてるし虫の声も聞こえる。いや、結構怖いなこれ。なんやねん「ぼう~ぼう~」って鳴いてるのは。
異世界1日先輩のウミは、スマホのライトがなくても闇夜に慣れているようで、さっさと前を歩いていく。
「君、すごいな? なんでそんな夜道を歩けるの?」
「昨日明るいうちに歩いたもん。1回通ったら目をつぶったままでも歩けるやろ?」
「え? そうなん?」
「そりゃそうでしょ? 道とか1回通ったら覚えるでしょ?」
「いや、無理。ナビ、もしくは地図必須」
「そうなん? 本とか1回見たら覚えるけどなぁ……ソラさんちゃうのん?」
マジ? こいつ実は天才とかだったの? お経適当って言ってたやん。
「お前、なんでお経はわかってないん? 1回で覚えられるんやったら」
「あ~言葉や文字は覚えてるよ。ただ中身がわからんってだけ。意味はわからんけどお経唱えることはできるよ」
「……ひょっとして歩くときも何歩前に歩いて次は右に何歩みたいな?」
「うん、そんな感じかな。見たものが意識せずに文字や数字で頭に入ってる感じ?」
「お前、普通に自力で東大行けるやん……」
「そうなんかな? でも僕、音楽とか苦手やし」
「音楽とか共通テストに出ん!」
そんなバカな話をしている間に、廃屋に着いた。
廃屋……なんか意図的に壊されてるような気がしなくもないけど、まあええか。
リュックから空気で膨らませるエアマットを取り出し、足でシュコシュコ空気を入れる。地べたじゃなくて板の間なのはありがたい。コーナンでエアマット2人分買っといて良かった。ウミも感動している。
社長の先行投資じゃ、ふふ。
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そうして異世界初日の夜が、静かに更けていった。
翌朝、ウミが昨日言っていた「煙が見える方向」に向かって歩き出す。
しばらく行くと、第一村人発見——というか、普通に町があった。
ただ、中世ファンタジーを思わせるような物は一切なし。建物の作りは和風じゃない。でも金髪の人もいない。ちょんまげも。洋風の建物に、どこか日本人っぽい人々。着てるものは中世ヨーロッパっぽいな。
イライラする違和感だ、これ。中世ファンタジーかタイムスリップした昔の日本か、どっちかふってくれたら受け入れられるのに。
まぁ着物の集団に、上下アディダスの若者とユニクロの感動スーツの若造が紛れ込んでいる時点で、向こうからしたら違和感ありまくりだろうけど。
しかし何の啓示も無いのね。ステータスオープンとかも全くないし。リアルだわ~。リアルな生身の男2人が迷い込んだだけ。
なにしたらいいんだ、これ。
この町の名前は「コトヘラ」。
そしてここが、僕たちの新しい拠点になった。
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*(第3話へ続く)*




