第1話 掟破りの逆回り
これは、僕、葬祭プランナーである藤井 空、若干24歳が体験した不思議な話である。
葬儀に関わる仕事をしている割に、幽霊だのなんだのとは全く無縁だった僕が、まさかこの先、霊だの怨霊だの妖怪だのとアホみたいに絡むことになろうとは、全く想像もしていなかった。
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異世界に来て10日目
昼ご飯を飯屋で食べて表通りに出ると、向こうから顔なじみの雑貨屋の店主、サブさんの声が飛んできた。
「お~い、ソラ~! 今夜は親父のおかんきやけん、よろしくなぁ~」
「は~い。日が落ちる前には、ウミと一緒にうかがいますね~」
僕はそう答えながら手を振った。
ウミは、僕と同時期にこっちの世界へやってきた高校生だ。実家は、由緒正しい四国八十八ヶ所の総本山・善通院。そこの三男坊である。子供の頃から親父さんの法要について行っていたので、坊さんの真似くらいならできる、なんちゃって坊主だ。
さっき頼まれた「おかんき」とは、四十九日まで七日ごとに行われる読経供養のこと。亡くなった方を弔うために、親戚や近所の人が集まってお経を唱えるのである。
それを今、僕とウミがやっている。
僕がここに来たのは、トラックに跳ねられたのでも、ブラック企業で残業中に突然死したわけでも、後輩と食事に出かけようとしているときに通り魔に刺されたわけでもない。
呼ばれたから、自分で来た。
そう。さっき話に出てきた、なんちゃって坊主のウミに。
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ウミは高校3年生。
兄二人はすでに仏教系の大学を卒業し、それぞれ修行に出ていた。ウミは「将来は好きにしていい」と言われており、寺のことは後回しにして、陸上部の八種競技に全力を注いでいた。
僕とは、葬儀の仕事で寺に行くうちに仲良くなった。
「僕、部活も終わって暇だし、ソラ君のところでバイトしながら将来のこと考えようかな」
「バイトか~。社会勉強としてはありやけど、お前、この辺で葬儀あったら顔さされるんちゃうか?」
「じゃあ裏方でいいよ。祭壇運んだり、幕を張ったり、花輪届けたり……って、僕まだ免許持ってなかった」
「そんなん、俺のサポートでもええけどな。社長に言うとくわ。いつから来れる?」
「明日からでも行けるよ」
「じゃあ初日は俺が迎えに行くわ。9時頃、門の前でな」
そう言って、その日はウミと別れた。
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翌日、9時ちょうどに寺の門の前へ到着。……おらん。
5分経過。来ない。あと10分待ったら、僕が会社に遅刻してしまう。あいつどこやねん。しょうがない。母屋に行って聞いてみよう。
「お世話になっております。善通院葬祭のソラです。あの~ウミ君、今日からうちでバイトすることになっていて、迎えに来たんですが、起きてますか?」
インターフォンから、お母さんの心配そうな声が返ってきた。
「ウミなんですけど、昨日の夜から姿が見えないんですよ。防犯カメラを確認しても、外へ出た形跡がなくて……」
マジか。神隠し?自分の家の庭で?確かに境内はとんでもなく広い。隠れる場所はいくらでもある。でも、昨日約束したのに、いきなりすっぽかすか?
なんか緊急事態な気がする。ひょっとして、あそこか?
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実はこの寺には、割と有名な地下回廊がある。通称、「戒壇巡り」
ウミからは「子供の頃のトラウマがある」と聞いていた。暗闇の奥まで行くと、ほかの人には聞こえない話し声が、自分にだけ聞こえてくるらしい。言葉は分からないけれど、あれはきっと悪霊だと、ウミは言っていた。
ヤツはそこに呼ばれたのでは、と思った。地下には、暗闇の中に大人一人が腰をかがめて、やっと通れるくらいの通路がある。そこを手探りで進む。
現代社会では、ほぼ経験することのない漆黒の闇。ポケットにはライターがあるけれど、使うと負けな気がして、あえて使わず進む。
「ウミ~! ウミ~!」
声をかけるが、僕の声は通路を一周して、後ろから追いかけてくるだけだった。ここじゃなかったのかな……と不安になった頃、突き当たりの壁から小さな声が聞こえた。
「ソラ君!?」
マジか。
「ウミ! どこや? 隠し部屋でもあったんか?」
「なんとなく思い立って、昨日の夕方、戒壇を逆回りしたら光が漏れてるのが見えてさ。そこの板の継ぎ目を軽く押したら、なんか広いところに出ちゃった」
「広いところって、なんやねん! はよ戻れや。おかん、心配しとったぞ」
「いや、戻り方が分からないんだよ。こっちは明るいから、その継ぎ目も見えないし。ソラ君、そっちに何か明かりある?」
スマホのライトを最大にして、板から漏れる光の方へ向けて振ってみる。
「うぉ、なんか空中にうっすら白い筋が見えた。なんかわらける」
「空中って、お前……そっち、寺の下の隠し部屋ちゃうんか?」
「うん? ここって広っぱ? 見たことあるような山も見えるけど、善通院ではないなぁ。あの山の形、象頭山ちゃうかなぁ。川も見えるし、向こうの方に煙も見える。人はいるんじゃないかな」
この状況で、よくそんなのんきに言えるもんだ。
「で、お前、そこで何してたの?」
「昨日の夕方から来て、この辺うろうろしたけど、基本、原っぱと瓦礫。昔、教科書で見た空襲の跡みたいだった。水は川で飲んだ。生水怖い……」
そりゃ腹壊すわ。
「廃墟みたいなところがあって、屋根があったから、そこで寝てた。スマホのライト酷使してたら、電池切れちゃったよ」
「つながるんやったら、電話したらよかったやろ!」
「めっちゃした! 父さんにも母さんにも! でも、かけてもすぐツーツーってなるんだ。電源入ってないって。あの人ら何時から寝てるんだよ! おかげで充電切れちゃった!」
なるほど。これまでの経過を簡単にまとめると、こうだ。
とにかく大変。
「よし、ウミ。状況は分かった。あとは、おやっさんとお母さんと学校には事情を説明しとく。強く生きろ。後のことは心配いらん」
「いや、ちょっと待ってよ! 今日から一緒に働こうって、昨日約束したじゃない! ここから引き上げてよ」
「引き上げるったって……」
「ちょっと壁の隙間、見えるでしょ? そこに指入れてみて」
言われて指を近づけた瞬間、ものすごい勢いで吸い込まれそうになる。
思わず手を引いた。指一本でこの威力。手を入れたら完全に持っていかれる。
「ウミ~、無理。俺がそっちに引っ張られる。異世界に迷い込んだバカが、一人から二人になる未来が見える」
体育座りで、二人並んで空をぼーっと眺めている姿が浮かぶ。うん。やめとこ。
「マジか……。しょうがないなぁ。じゃあ、とりあえず僕の部屋に置いてある避難用リュックと、あと色々持ってきてよ。食べ物……マクドでええわ。あと調味料とかナイフとか」
「贅沢言うな。まぁ、異世界で無双できるくらいの、あれやこれやを持ってきてやるわ。ドラえもんみたいに、ちゃっちゃらーん♪ らいたぁ~! それ見て村人が、うぉおお! みたいな?」
「どのくらい発展してるか分からないよ。人が空歩いてるかもしれないし、魔法でファイヤーとかしてるかもしれないし」
「まあええがな。ダイソーで適当に、あれこれ買って差し入れしたるわ」
「分かった。なっちゃったものはしょうがないし、前向きに生きるよ。両親には、ウミは死んだもんと思って、って伝えといて」
「らじゃ!」
「……軽いね、ソラ君」
「ふふふ。自分の身に起こったことではないので、割と俯瞰で見られますね」
「楽しんでるやん」
笑いながら、その場を後にした。
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ウミのお母さんへの説明と、ご住職との面談を全部済ませて、善通院を後にする。ご住職はこちらの話をひと通り聞いて、こう言った。
「ほう。戒壇を逆回りしたと。よく分からん世界に迷い込んで戻れない。携帯はつながる……わけ分からん話ですな。でも、実際にいなくなったのは事実ですし、君が私たちに嘘を言うメリットもない。分かりました。あいつはいないものとして考えておきます」
「え、あなた……」
お母さんは、そりゃそういう反応になるよな、と思った。ご住職はさらに続ける。
「あいつの部屋から、必要そうなものは全部自由に持っていってください。いつか必ず帰って来られると信じて、あっちの世界でもきちんと勉強してこいと伝えてください。あいつ、般若心経すら適当にむにゃむにゃごまかしていたので、数珠と経文も一緒に渡してください」
「あの、僕一人で行くだけでよろしいので?」
「ははは。僕の身体じゃあ、そこの地下の奥はちょっと窮屈ですわ」
……納得。
途中で詰まるな、これ。お母さんは、まっすぐな目で僕を見て言った。
「何かあったら、自分の身を第一に。ウミは体力もありますから。まずは、あなた自身を大切にしてくださいね。あなたのお母さんも、きっとそれを願っていると思います」
いや、うちの親は、しばらく仕事で出張してるくらいにしか思ってないと思います……。なんかすみません。
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次に向かったのは職場。社長に事情を説明すると、意外にもあっさり受け入れられた。
「そうか~。まあ、月にロケットが行く時代や。不思議なこともあるもんやのぉ」
「で、ちょっとボンのために買い出し行くけん、軽トラ借りるで。荷物渡したら、夜勤には間に合うようにするわ」
「夜勤? そんなもんええぞ、お前」
「いや、僕おらんかったらどうすんのさ?」
しばらくやり取りした後、社長はぼそっと言った。
「業務や」
「……は?」
「業務や。給料はこれまでどおり出す。出張手当もつけてやる。家賃も借上げ社宅扱いにするから気にすんな。車のローンは引き落としやろ? 善通院の花輪の倉庫にでも置いておけ。バッテリー外しとけよ」
「社長? なにそれ。僕にあっちの世界に行けと? なんでやねん」
「お前、善通院のボンになんかあったら、わしらここで商売できんようになるぞ? 八十八ヶ所の総本山のご住職のご子息様やぞ? お前がうまいこと立ち回ったら、うちの会社は安泰じゃ! 無事戻ってきたら二階級特進!」
「それ、死んだ前提では? 平社員が二階級上がっても係長? 今、平社員僕だけやん! 係長なっても、周り課長とか店長とかの肩書ばっかで、一番下っ端のままやん!」
「お前が戻るまでに、新卒なんぼか採用しとくやん」
……何年スパンで考えてるんでしょうかね、これ。
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業務命令が出たので、自分の荷物も用意することにした。ウミもいるからってのもあるのかな。不思議と怖さを感じない。逆に、妙な高揚感を感じていた。
Tシャツ3枚、ジーンズ1本、礼服一式、デニムのエプロン、スニーカー。スマホとモバイルバッテリーと防災セット。
そして、南海トラフに備えて買っておいたAnkerの携帯型ソーラーパネル!まだ使ってないから、めっちゃ楽しみ。
あと、おかんに連絡しとかないと怒られるな。
トゥルルルル……。
『ただいま近くにおりません。御用の方は――』
はいはい、オレオレ詐欺対策ね。知ってるよ。
「あ~、ソラやけど。これから仕事で、ちょっとしばらく留守にします。来月戻るのか、年単位なのか、戻れないのかよう分からんけど、今までありが……」
電話が切れた。……しまらんのぉ。最後の挨拶になるかもしれんのに、留守電、しかも途中で切れるとかめっちゃハズい。
スーパーとコーナンで買い出しをして、大荷物を抱えて善通院へ。キャンプ気分やな。簡易テントも買ったし。まぁ経費、経費。
あ……領収書、いつ渡そう。
善通院に着くとエベレストにでも挑みそうな格好の僕を見て、ご住職も少し引いていた。
「ど、どしたん、それ?」
「色々わけありで、僕もあっち行こうかなぁ~ってなりまして」
「……社長の指示で?」
口ごもっていると、ご住職が親指を立ててグッジョブのサイン。あはは、社長、わが社は安泰ですよ。
その後お母さんとご住職から、それぞれ手紙を預かった。袈裟など一式と、数珠などの道具一式も。
「君にウミを頼むとは言えない。君に責任は何もない。ただ、ありがとう」
ご住職のその言葉だけを受け取って、僕は戒壇巡りを逆回りにした。ひとつ考えがあった。
コーナンで買ってきた荷造り紐を地下の柱に結び、例の裂け目まで垂らしておけば、向こうの世界で出入り口の目印になるはずだ。
暗闇の中を、壁伝いに奥まで進む。ふっ。やっぱり光が見える。マジか、これ。時計を見ると、18時5分前。
「お~い、ウミさんや~、ウミさんや~。そこにおいでかえ?」
「うぉおおおおお~、ソラく~ん!待ってたよぉ~!腹減った~!マクド、マクド!」
いや、お前、緊張感なさすぎやろ。まず飯なんかい。
(第2話へ続く)




