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異世界怪異巡礼譚 ~異世界に仏がいてもいいじゃないか~ 社畜リーマンと見習い坊主の裏四国八十八ヶ所巡り  作者: 杏林 尚
城攻め

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33話 いざ岡豊城へ


「ただいま~」


ユイの部屋から一瞬で安穏寺さんの家にアポなし帰宅。リビング直行。


「うわ!また前触れもなく突然現れるのぉ!」


そこに驚いた顔で立っている安穏寺さん、でも言葉とは裏腹にばっちり法衣を着こんでいる。体格が良い分ものすごい風格。馬子にも衣装?ちゃうか。


「あれ?安穏寺さん、力が上がってます?」ウミが突然そんな事を言う。


「本当に凄い。その法衣を着たからかしら?昨日別れた時と全然違う。僧侶としての覚悟が力を強めたのかも……」ユイも驚いている。


「ところであの……そちらの女性にょしょうは一体?」


「え?何言ってるの、ユイやん。元から一緒にいたでしょ?」


「いやいや、そんな全然違って……あ、髪の毛も色が……」


「ん~?安穏寺さん、今、どこ見た?」


目線がエロいんだよ。太もも見たな?僧侶としての覚悟言うたとこやん!


「会った時言ったでしょ。ユイは天狗と女神の娘だって。色々あるんだよ」


「ああ、そうだったの。しかしまあなんと驚いた……女神とはこんなにも神々しいもんか」


「ああ、安穏寺さん見たことないもんね。見てみる?外見たらおるで、空の上に」


そう言って僕のサングラスを差し出す。


「見てみるってあんたそんな簡単に……」


そう言いつつ物は試しにと窓の外から空を見上げる安穏寺さん。


「うぉおおお!めっちゃでっかい女の人おる!この国の人とは顔立ちが違う!言われてみれば確かにそこの娘さんに似とる。今まで見たことの無い美人やわ」


そう言ってサングラスを外して返してくる。正直な人だ、うん。


「アデヤさん、美人って言われてめっちゃ複雑な顔してるよ」とウミ。


まぁ褒められて嫌な気はせんわな。


「ママはパパ一筋よ!」とユイ。でもアデヤさんちょっと嬉しそうなんやろ?


「よっしゃ、安穏寺さんも準備万端。じゃぁウミも法衣に着替えて。俺はまぁいつも通りやけど。あとユイ!」


「なに?」


「お前、大人になってめっちゃかわいいんやけど、そのまんまやとちょっと悪目立ちするわ。これからの旅でその見た目はアデヤ教の教徒からしたら生き神様と同じ。アデヤさんの使いの小女神とか思われそうやから、若干黒髪に戻して見かけも少し地味に……。宿屋とかでは気を抜いて戻してもええから、外歩き用にちょっとこっちの世界に寄せてみて。できるやろ?天さんの娘やし」


「ソラのくせに言っていることは理解できるわ。で、ソラはどっちがいいの?」


「え?黒髪も金髪も両方好きだけど?」選べん…どっちも捨てがたい!


「バカなの!」


なんか照れてるみたいやけど、一瞬隠れて次現れた時にはしっかり黒髪に戻してくれたし、服装も露出多目の冒険者風からまた白のドレスに戻しちゃった。残念!あれはあれでいいものだ。


「よっしゃ!準備できたら勝負かけよか!俺らなりの城攻めや」


「城攻めって……余計怨霊たちを怒らせそうじゃないの」ユイが眉をしかめて言う。


「これまで正攻法に攻めようとして歴代の安穏寺さんは近づけもしなかったんだろ?俺らは頭と体使ってとりあえず城内に突入じゃ。守りじゃなくて攻めの姿勢で行かな、はね返されるぞ」


僕らは安穏寺さん案内のもと、軽く打ち合わせをしつつ城に通じる道を近寄れるギリギリのところまで進む。あ~これは向こうから丸見えやなぁ。


「ウミ、どう?見つかってる?」


「見つかるも何も城の周囲、上の方まで大勢の霊達がうごめき合って巨大な塊になってるから、多分ずいぶん前からこっちの動きは丸見えだったと思うよ」


「どうするんじゃ?これ以上はわしの力じゃ無理ぞ。わしも引きずり込まれて取り込まれそうだわ」


息苦しそうな安穏寺さん。近づくにつれ、はぁはぁ言うとる。


「安穏寺さん、自分で限界決めんといて。今までの安穏寺さんならここまでが限界だったかもしれんけど、今は法衣着てきちんと腹決めて霊を慰めに来たんやろ?『悪霊を払うぞ!』って敵対心むき出しで恐る恐るやってきた歴代の安穏寺さんとは違う。まだ行けるはず」


「そうですよ。建前上は手伝ってもらうとは言いましたが、本当は僕らは安穏寺さんの補助です。怒れる霊達をおさめるのは儀式を行った若い僧侶と長宗我部両方の因縁を持つ安穏寺さんしかいないんですから」


「そうか、そうだの。確かにそれが筋だ。両方の原因を作ったのは図らずもわしの先祖だ。決着をつけるのもわしじゃないと道理が通らんの」


「そう!でも安穏寺さん一人じゃ無理だろうから、僕らが儀式をきっちり手伝います!サチ、先に行って霊達のところで少し暴れて注意をひいてくれ」とサチにお願いする。


サングラスをかけて足元のサチに指示を出すと「ワン!」と返事をしたサチは、それまでのかわいいモフモフから真っ黒い大きな塊になり、犬神と呼ばれていたころのような恐ろしい暗闇となり、城の周囲を包む黒い揺らめきの中に突っ込んでいった。あいつ、本当はあんな恐ろしい妖気出すんか、ヤバいな。


「うわ、久々にサチが本気出したね」とウミ。


「あれ、なんや……あんなヤバいの抑えこんどったんか?あんたら」とビビってる安穏寺さん。


いや、ただのペットやけど……。幽霊犬だけどね。


「よっしゃ!霊達の意識がサチに向いた。ユイ!悪いけど俺らに認識阻害かけて!」


「そういうのは事前に言ってよ!なんで作戦会議も無しに突っ込むのよ」さっき軽く段取り伝えたじゃん。サチががーって行ったらみんなでサクッと中に入ってウミとユイがガンガン行って、安穏寺さんが拝むって。


「え?なんとなくノリわからん?何事も現場対応。現場至上主義」


「それを無策って言うのよ!」


あ、怒ってる。しばかれるぞこれ……。


「おお~悪霊達の気配を感じなくなった……」


安穏寺さんの息遣いがゆっくりになった。文句言いながらもちゃんと速攻でやってくれた。


「あ!ユイ、ちゃんとやってくれたの?ありがとう~~~~!!」心からの感謝。


「仲間でしょ!」と笑ってVサインするユイ。こんなユイ初めて見た。なんかちょっと泣きそうになった。


「じゃあこのまま行こうか、今のうちに」


もうちょっと感慨にひたらせてよウミ。


城の城門の左側でサチが砂煙を立てて大暴れしている。つむじ風どころか竜巻みたいにまわりの物を巻き上げつつ、悪霊の濃い紫がかった霧のようなものとサチの真っ黒い闇が絡まりあってえらいことになっている。パッと見はサチの方が極悪な悪霊に見えるのは気のせいか?このままあいつが悪霊を食らいつくすのではなかろうか?


「よっしゃ、とりあえず大手門から城内に入ったら昔、若い僧侶が儀式をした曲輪くるわに向かうぞ」


そう言って城内を目指す。


ユイの認識阻害は普段は、僕らから見えないようにユイが天さんの山小屋へ戻る時や着替える時に使っているが、中から外は見えてもこっちからは全く何もわからない。ただ消えただけ。きっと霊達も僕らは全く見えも感じもしていない。


もう紫の霧だか雲だかよくわからん中を、僕らはえっさほいさと山を登っていく。山城って本当にしんどい!地元の丸亀にも天守閣が現存していて、遠足と言えばそこだったけどめっちゃ登るのしんどい。たどり着くころにはもうライフがゼロになっているかも、とか思ってたら、ウミが背中を押してくれていた。ええやっちゃ。


「運動不足なんだよ、ソラ君は。もっとちゃちゃっと登りなよ!」おこ?おこなの?


「そう言うけどの、昨日も天さんの山小屋から坂道下りてというか転がって筋肉痛ぞ。無茶言うな」


「使えないわね!こんな時に。もっとおじさんの安穏寺さんなんて駆け足で上がってるわよ」とユイ。


あの人、見るからにスポーツマンやん。ウミだってそうだし。あれ?ユイは女子なのになんで?お前ずるしてるやろ?


「ずるって何よ!ちょっと力使ってるだけよ」


「わけてわけて……なんか知らんけど~」


と甘えるとなんか背中が温かくなった。と同時に筋肉痛が消えて普段通りに!うん、ナメクジがカメになったくらい?


「力の無駄遣いしたわ!」


ごめんね、ユイ。僕のポテンシャルではこれがもう限界。疲れて無くてもこんなもんさ。


ヒーヒー言ってるうちになんとか到着。ウミと安穏寺さんは認識阻害を個別にかけてもらっていたのでとっくについてストレッチしてた。ユイは僕を叱咤叱咤し続けてずっと着いてきてくれた。激励はないんですかね?


到着するなりリュックから荷物を取り出し、祭壇を組み始めるウミ。僕も今回の事を社長に話すと黙って社長が渡してきた高級蝋燭とお香を取り出した。話を聞いて「それは誰も悪ない。ボタンの掛け違いの結果や」と社長は言っていた。当時ボタンは無かったぞと思いつつフンフン頷いてもらってきたけど、ちょっとした行き違いで最悪の事態になってるって事よね。


「ウミ、それは何?なんか見た事あるけど」


「これはね金剛杵こんごうしょだよ。ヴァジュラって呼ばれる事も多いかな。うちの家に伝わる仏具で一説には空海様が残されたって父さんが言っていた」


「それホンマだったら国宝ちゃうんか?文化財やろ?ええんかそんなん持ってきて」


「父さんは寺に伝わるもんは寺のもん。家に伝わるもんは家のもんだからええんちゃうの?って」


そんなもんなんか?それでええんか善通院ご住職!


「なにに使うん?」


霊を切り裂き滅する技が飛び出すのか?そのおどろおどろしい両サイドの爪は!めっちゃ攻撃力高そう。


「仏様の知恵を借りられるんだよ。この爪の間から先を覗くと因果が見える」


「ほう!全然わからん!」地味過ぎやろ。


「これを覗くと人の恨みや怒りや悲しみの糸が見えるんだよ。この城の霊達も色んなものが複雑に絡み合って少しの誤解がこじれてこじれて取り返しがつかなくなっていると思うんだ。その絡まりの元をほどいてあげたらみんなも納得してくれるんじゃないかと思って」


「なるほど!わからん!」


「ウミ、ソラはバカだから放っておきなさい。準備できたら認識阻害を解くから。一気に対決よ」


「ユイは僕の言っていることをわかってくれたね?ものすごく複雑でたくさんの糸が絡まりあってると思うから、ものすごい作業になると思うけど手伝ってくれる?」


「仲間でしょ?」と小首をかしげて笑う。かわいすぎるなぁ、こんな時に。


「ほな蝋燭と香炉に火を入れるぞ。安穏寺さん、途中で色々あるけど気にせず一心不乱に読経続けてな。ウミとユイが因縁をどうにかする。安穏寺さんはサチに守らせるから」


「あんたはどうすんじゃ?」


「僕は葬祭プランナー、この儀式を滞りなく執り行う責任者です。いざとなったら力技でなんとかします!体を張る担当ですから」


「サチ、もうええ!戻って来て安穏寺さんを守って。ウミ、ユイ、用意。準備ええか?」


全員が頷く。よし、スタートだ!


「ただいまより、岡豊城を護りし英霊達と長宗我部家との契約解除の儀を執り行います。一同合掌、礼拝らいはい


と僕が宣言するとウミとユイとサチは手を合わせ頭を下げる。サチは前足か……。そしてゴーンという荘厳な鐘の音とともに低い声で安穏寺さんが読経を始めた。ウミもそれに唱和する。2人の違う音程の読経が耳に心地よい。ただウミは忙しい、口で唱和しつつ紫の霧やら雲やらわからない塊に向かって金剛杵を掲げ覗き込む。お経の合間に一点を指さす。


「ハイっ!そこ!」


と言ってそこに向かってユイが手を横に払って何かを切るポーズをする。もつれた糸の端をユイが手刀を振ることで1本1本丁寧に切っているのだろう。それを何十回、何百回と繰り返す間にもうかれこれ1時間は過ぎようとしている。


「ワン!」


時折、安穏寺さんの近くで座っているサチが空間に向かって噛みつく仕草をする。霊が安穏寺さんに何かを感じて襲い掛かっているのを止めているのだろう。


僕は時折風が吹いて蝋燭の火を消そうとするのを体で覆って消させまいとする。悪意だな、これは。紫の霧から意図的に儀式を邪魔をしようとちょっかいをかけてきているんだ。香炉の炭に社長にもらった抹香を落とすと煙が立ち上がり、そこの空間は紫の霧が晴れる。


「ウミ大丈夫か?」


読経の声が時々途切れるくらい消耗している。ものすごい集中力がいりそうやし。一方安穏寺さんは姿勢も崩さず一定の速度で読経を続けている。トランス状態みたいな感じかな。ユイはユイでタフだけど、ウミが指し示す方向を切るポーズを続けているが少しテンポが遅れてきた気がする。


本当は見ないつもりだったけど、久しぶりに眼鏡をかけて何をしているのか見てみた。


紫の霧のようなものは悪霊の霊体……亡くなった時の色なんかこれは。薄透明な紫の人の体が幾重にも重なりあって濃い紫となっていた。それが何千という数が集まり絡まりあい、お互いどうしていいかわからないくらいもつれて、絡まった糸のような大きな一塊になっていた。


ウミはそれらの因縁の一人一人の糸の端を見つけてユイに「そこ!」と手で指し示し、それをユイは手刀で1本1本切り離していた。既に切り離された怨霊は曲輪でフラフラどうしていいのかわからず漂っていた。浮遊霊という状態なのかな、これは。


「ユイ、辛そうだけど大丈夫か?」


「見てわからない?こんなに大量の念が複雑に絡まりあってるとは予想外だったわ」


ユイは限界近いか。でもまだまだあるぞ、これ。


「ウミ、お前はまだ大丈夫?」と聞くと黙って頷く。頼もしいやっちゃ。さっきまで声が怪しかったのにまた復活してる。


「サチ!お前はユイを手伝って、因縁の糸を噛み切れ!できるか?」


小首をかしげた後ユイの様子を見て「ワン」と吠えた。僕より理解早いな、幽霊犬のくせに。


「安穏寺さんはどうするのよ?一番狙われるわよ。そもそもの恨みの対象なんだから」


「その為に俺がいるんだろ?眼鏡をかけた俺様は霊が見えるんだからな」


「あなたなんの力も無いじゃない。どうすんのよ」


「俺は見えないものには手は出せん。でも見えるもんはいけるやろ?カッパも大蛇もしばいたぞ」


「どんな理屈よ!」


と呆れながらもユイはちゃんと仕事は続けている。いい子だ。


「サチ!お前、本気でやってええぞ。ウミ、ピッチ上げて。2倍、いや3倍で」


涼しい顔で頷くウミ。すごいな。ユイは実戦経験が少ないからしゃーない。サチが2倍頑張れば早く終わるさ。そして僕は安穏寺さんのフォローに入る。読経中の背中側に立って安穏寺さんに襲い掛かってくる紫の霧を引きはがす。相手が人を触れるってことは人も相手を触れるってのが僕の持論だ。できて当たり前。


「これきりがないくらい襲ってくるのぉ。はがすだけじゃなくてしばいてええか?」


とウミに聞く。目でOKの合図。よっしゃ、僕のターン。次から来る奴は覚悟せえよとばかりに、これ見よがしに肩を回す。


最初に来たのは立派な鎧武者。かなり固そうと思いつつも、しゃーないから殴る。覚悟して殴ったものの、なんかボヨンって感触。中身はヨギボー?みたいな感じでパンチが入る。その瞬間弾かれたみたいに霊体は飛んでいく。飛んでいった先では若干紫が薄くなったような気が……あ、衝撃で因縁の糸切れてる!弾き飛ばすつもりが結果オーライ。これはええことに気付いた。


「ウミ!なんか知らんけど俺のシバキでも力技で糸切れるわ。ユイとサチと俺で3人分……いや、サチがユイの2倍、俺はウミの指示なしでボコボコ行ったら5人分は行けるの。よし8倍のペースで行くぞ!そっからは安穏寺さんに近づく霊体はすぐにしばいて、近づかないやつもこっちから行ってボコボコにする。言葉が悪いな。正確にはポヨンポヨンにする」


「なんであなたにそんな力があるのよ!普段なんにもできないくせに。どうして因縁の糸がそんなに簡単に切れて飛んでいくわけ?私の手刀より速いってどういうこと?」


と納得いかない様子のユイ。


「そりゃまぁ空海様の生まれ変わり?多少は関係あるんちゃう?知らんけど。でもまぁ直接触ってるからだろ?お前のは非接触。俺は直接……なので……まぁ多分体にはよろしくないなこりゃ」


「普通は触れないのよ!普通は」


さっきも言ったけど僕の理屈は相手がこっちに干渉してくるなら、こっちもできなきゃ不公平ってだけ。物理的に影響してくるならこっちもできなきゃおかしいじゃん。でもまぁ霊に触るたびに僕の体にも紫の怨念が溜まっていくのがわかる。前に犬神もどきのサチが体に入ってきた時みたいに一気じゃなく、悪いものが徐々に溜まっていく感じ。ただただ恨みつらみの念を溜めていっている。あまりよろしくない状態。それでも僕はしばき続ける。安穏寺さんには近づかせない。


「般若波羅蜜多~」


安穏寺さんの声がしわがれてきた。さすがにちょっと辛そうで額に汗が滴っている。ユイはとっくに限界だし……元気なのはウミとサチだけか。体力バケモンだな。


ふ~っ、曲輪も漂う霊でいっぱいになってきた。紫の塊ももうあとわずか……終わりが見えてきたな……。


「ユイ、ユイ……」


「なによ!忙しいのよこっちは」


「悪いけど安穏寺さんのカバー頼む。サチ、お前はユイの分3倍働け……」


「何言ってるのよ!忙しい時に」


とこっちを見たユイが僕を見て驚いた。もう体はボロボロだ。見た目はそれほど変わっていないかもだけど、殴っていた手は土色を通り越してもう黒っぽい。顔色はもっと悪かったろう。もう手も動かなくなってきた。体には紫の重たい念でいっぱいだ。ちょっと殴り過ぎた。サチの時もこんなんなってたのかな?


しかし安穏寺さんを襲ってくるのはどれもきちんとした鎧を付けた武者ばっかりだったな。たむろしている雑兵を殴る時よりより強い念がドロッと入ってくるからきつかったなぁ。全部の糸が切れてきちんと空に上がれるといいなぁ……と思ってたら気が遠くなった。


「ソラ!ソラっ!しっかり!」とユイの叫び声が聞こえた。


今、命狙われたら無抵抗で殺されるな。アデヤさんのビームなんて避けられない——などと失われつつある意識の中で思ったら来た!空が光ったと思ったら一瞬で僕の体を打ちぬいた。そのまま意識を失った……。


「起きなさい!ソラ!」


とほっぺたをユイにビンタされた。


「ハッ!俺は今まで一体何を?どのくらい気を失っていた?」一応お約束。


「1秒」


「へっ?」


「1秒よ!浄化の光を放ってママが助けてくれたすぐ後にほっぺた叩いたもん」


「え?助けてくれた?なんでアデヤさんが?」


「なんでもいいから続けるわよ!もう大丈夫でしょ?さ、早く」


あれ?手の色が元に戻ってる。体の重いのも抜けている。浄化?アデヤさん何したんや?


「ママはこれまでずっと城に憑いている悪霊達は長宗我部の殿様との契約だから何も手出しできなかったの。さっきあなたに溜まった念は、悪霊達からあなたに移ったもんだからママの力が有効になったのよ」


「ああ、神様でも人と霊の契約には干渉できなかったのか。ということはもう少しやの。後は糸がほぐれた霊たちを説得じゃなく納得させられるかどうか」


「口じゃなくて手も動かしなさい、安穏寺さんもう限界よ」


あ、ほとんど声が掠れて聞こえなくなってるな。ウミは相変わらず淡々と小さくなってきた紫の霧にサチへ因縁の糸を指示し続けているけど。バケモンやな。サチも3倍ってたのに、ユイが僕のお世話をしていたもんだから4倍で早送りみたいに飛び回ってる。あいつちょくちょく霊の煩悩かじってるなぁ。めっちゃ元気やん。太るぞ、幽霊犬。


「よし、ユイ、お前は休んどけ!フォローサンキュー。後は俺がやるわ」


ユイもギリギリだった所に僕が倒れて安穏寺さんのフォローを代わってもらっていたのでもう無理みたい。実戦経験がまだ足らぬのぉ。僕のせいだけど。ユイはその場にへたり込んで、祈りのポーズに入った。


「よっしゃ!なんか知らんけど、始まる前より元気になったぞ?アデヤさん、色々別のもんも注入してくれたんか?」


めちゃくちゃ体が軽くなり、ウミとサチがほぐしている因縁の糸を断つ邪魔にならないように横に回って、小さくなった塊を殴りつける。


「ソラ君、無茶苦茶やな……なんでそんな事できるのよ?」ウミが呆れる。


「人に悪さするやつは逆に人から悪さされる覚悟がいるんや。幽霊が人を呪って首を絞めれるならこっちも絞めれるはずやろ?物理対物理なら強いほうが勝つ!見えんかったら気のせいかと思うけど、眼鏡かけて乱視矯正したら見える。見えるもんなら殴れる!」


「すごい理屈だなぁ、相変わらず。その理屈ならソラ君は鎧武者より強いって事だね。戦士より戦士だね、フフ」


いや、そんな事言うてる場合か。安穏寺さんももう声出てない。


「ウミ、読経を安穏寺さんと変われ。サチ、安穏寺さんカバーして。後の残りは俺がやる。読経しながら霊が他所にいかんようにしといて。長宗我部と契約してない余計な奴らも怨霊に取り込まれて一体化してたわ。そいつらはしがらみないからほどけた途端逃げようとしとる」


「了解!じゃあ全部ほぐれたら指示して。安穏寺さん回復したら仕上げしないと」


サチは安穏寺さんのまわりをぐるぐる回って警戒している。ユイは息も整ってきたみたいで祈りのポーズも崩れていない。もうちょい。


「安穏寺さん、ウミが一旦変わるから息整えて最後に備えて」


と言ったけど、トランス状態で声も出てないのに口だけ動いている。背中をバシッと叩いて正気に戻して落ち着かせる。さあ仕上げの前の仕上げや。


「オラオラオラオラオラオラオラオラ~」


とどこかで見たスタンドみたいに、すっかり小さくなった紫の霧の塊を殴りつけ、因縁の糸を強制的にほどくというか断ち切っていく。切られた方はポカーンとした顔でそこら辺に漂っている。


「あとちょっとぉ~」


数が減るに従って、身なりのいい怨霊になってきた。そして最後の1人……今までの誰よりも強そうな武士だ。これは……僕のパンチじゃ無理かも……当たらない。鎧で身を固め動きづらそうなのに、軽く見切られて避けられる。逆に隙をついて僕を支配しようとさえしてくる。ヤバいなぁ。強すぎる。僕の理屈で行くと……勝てん。


「ソラ君!これ!」


とウミが読経を止めて投げてきた……金剛杵。国宝級のもんを投げるなバカもん!慌てて落とさないように両手で受け止める。先がとんがってて痛いがな。ちょっと血が出たわ。と、その時それが鈍く光った。その光を見て鎧武者の動きが止まった。ん?なんじゃ?わからんけど止まっているものなら余裕で殴れるぞ、と思い渾身の力でそいつの顔面を!


殴ろうとした時、その武者は胸の前で手を合わせていた。合掌?……殴る手が自然と止まり、なぜか武者を抱きとめていた。武者はおもむろに自分の刀を手に取り最後に残っていた1本の糸をプツンと切った。その瞬間、崩れかけた城の地面が小さくブルっと揺れた気がした。


切れた糸の先をたどると安穏寺さんの小指に巻き付いていた。……約束か。昔々の命がけで守った主君と、それを仲立ちした若い坊主との。それを今までずっと待ってたんだな、武者……いやお侍さんよ。


「ウミ、ありがとう!全部糸はほぐれて切れた。あとはみんなと契約終了の儀式をして帰すだけだ。安穏寺さんも大丈夫?」


「ああ、わしは大丈夫。落ち着いた。さっき地面が揺れた時、わしの重たいもんも軽くなったわ」


「じゃあソラ君!合図を」


「それではこれより、長宗我部家代表と長宗我部家臣の皆様の契約終了の儀を執り行います。皆様には長宗我部家の末裔である安穏寺住職より長年に渡る不義理を謝し、安穏寺代理の僧の末裔でもある同じく安穏寺住職より誓約の儀式の不手際を謝し、この地を離れ御心の休まる地へといざない申し上げます」


とっさに考えた言葉だから合ってるかどうかなんて知らん。伝わりゃええ。


「善通院住職の子である僕が証人として立ち会います」とウミが宣言する。


霊たちのざわめくような感覚がある。さすがに善通院は知っているか。


「知らないと思いますが私は女神アデヤの娘、そして父は箸蔵の天狗です。私も証人として立ち会います」


ざわざわが大きくなる。


「進行役の私は善通院葬祭の者です」


いきなり盛り上がった空気がシーンと静まり返る。なんぞそれ。


「ちなみに私と、先程の善通院の息子は空海上人様の生まれ変わりです」


と言ったところで盛り上がりは最高潮に達した。


「やはりそうか……」と霊の集団から声が聞こえた。さっきのお侍さんだ。


「あなた、話せるのか?あんな状態だったのに理性は保ててたのか?」


「理性はあったがわし以外のもんが後から後から絡みついてきて押しつぶされて制御できなんだ。わしが殿様と一番近い存在だったから最初の因縁じゃ。そこにどんどん怒り狂ったもんが積み重なってきた」


「すまなんだ……すまなんだのぉ~ほんまにすまなんだ。わしがお前らを見捨てて城を出たばっかりに」


安穏寺さん、どうした?


「長宗我部の殿様だよ」とウミ。


下ろしたんか?


「自分で来たのよ」とユイが言う。


「……殿?殿、その話はわしらは既に納得ずみでございます。ただ問題はその後です……わしらはまた捨てられた」


「そうよのぉ。わしが決めたわけではない。それでもお前たちを死なせたのはわしじゃ。お前みたいな優れた武人をみすみす死なせてしもうた。そしてお前らを捨てたのもわしの子孫じゃ。本当に申し訳ない」


と涙を流す。


「城を離れる時に、皆さんに黙って出たのがまずかったです。その時に約束を破棄して皆さんを天に帰すべきだったのです。そういう契約にしなかったのは儀式を行った僧侶の失敗です。みんなが良かれと思ってやったことが、ちょっとどこかでずれてしまっていたのです」とお侍さんに僕が説明する。


「本当に長い間、苦労をかけた。わしだけ先にあの世へ行っておった。本当ならここでお前らの最後の一人まで見送るべきじゃった」


「殿……」


「これからみなさんを一人一人天に帰します。どうか安らかにお眠りください。安穏寺ご住職……殿様には最後まできちんと見送っていただきます」


「イヤだと言ったら?」とお侍さんは僕を睨みつける。


「それは僕らへの挑戦で?」と聞き返す。脅す気は無いけどやるならやるぞ。


ウミ、ユイ、サチがお侍さんを見つめる。しばらく見つめ合った後、


「あっはっは!空海さんと天狗様に逆らう?女神も後ろにおると?。逆らえるわけなかろうが。それになんだあの犬……我らよりあっちを先に成仏させるべきだろう?」


サチ、やっぱり怨霊なんか?まぁかわいいからええけど。


「殿、わしは悲しくはあったが殿を恨んではおりません。そして城を守るという契約も殿の為と思えば納得して受け入れました。城を捨てられた時もわしは理解していました。家が大きくなるということはそういう事もあろうと。ただ行き場を無くしてしもうた。そして下の者も同じく行き場をなくし、その気持をどうにもできなくなりこういう形になってしまった」


「すまん、すまん」


「いえ、違います。こうやってわしらが浮かばれずもつれ合って怨霊、怨念の塊となった事でまた殿と出会えた。祝着至極にございます。これぞわしらの願った終わりですわい、カッカッカ」


「お前たち……」


侍大将のお侍さんの後ろには、たくさんの武者の霊、質素な格好の雑兵もいる。皆が並んで微笑んでいる。


「送っていいですか?」


「おお、たのまい!ありがとうの、兄さん。後ろの連中はあんたにビビっとるわ。まさか素手で殴られるとはの。呆れる」


「じゃあ、安穏寺さん、殿さんが下りてきてややこしいけど、またお経読んで送ってあげて。ウミも頼む。ユイは迷ってる人がいないよう、まっすぐ上がるよう祈ってあげて。サチは逃げる人いないか見張り頼む」


そう差配して皆を送り出す。もうすっかり夜になってしまった。月明かりが眩しいな。僕も一緒に拝もう。安穏寺さんが読経を始めると霊たちも手を合わせ、準備ができたものから空に上っていく。サチがそのまわりを飛んで警戒してくれている。これまでで一番多くの霊を空に送った。

挿絵(By みてみん)

「あなたで最後ですね」と侍大将の霊に声をかける。


「ああ、ありがとう。いつか誰か来てくれるかと長い間待っていた。お前たちのおかげで殿様にも会えた。悔いもない。感謝しかない。まさか空海上人様まで来てくださるとは。ありがとう……」厳密には他人ですが。


「わしも行くぞ」


と安穏寺さんから殿様の霊がスーッと出た。安穏寺さんは読経を続けている。殿様は隠居した普通のおじいさんにしか見えんな。


「殿、久しぶりにお会いしたらえらく小さくなりましたなぁ。すっかり老けて」


「そういうな、わしもこの城で必死でやって死んだんじゃ。その姿はお前も見とろうが。」


「そうでしたな、確かに最後まで見届けました。しかし思い出の中の殿はまだ合戦の先頭に立つ姿ですわ。まだわしの生きとる時の記憶が鮮烈に残ってます。なんど手ずから褒美をいただいたか」


「そうだの。懐かしいの。あの頃一緒に戦ったお前らがわしの一番信頼できる仲間じゃった」


「わしらを、わしだけじゃなく家来達も仲間と申してくれますか!」


「ああ、上も下もない、まぎれもなく仲間じゃった」


そして2人は泣きながらしっかりと手を握り合い、ゆっくり空へ上っていった。僕らは見えなくなるまでずっと見つめていた。


最後の一人までちゃんと見送ると言いつつ一緒に上がったな、殿さん。あわてんぼうさんか。


「安穏寺さん、全部終わったで」


と声をかけるともう放心状態。疲れたわな。


「さあ、帰るか!帰ってメシ食って寝たら、また出発だ!」


「せっかちね!疲れてないの?」


あ~なんか元気だな。


「アデヤさんがなんかしてくれたからめっちゃ元気」


「ママ……ねぇ」


と空を見上げるユイ。ふふふと笑顔になった。なんだ?


「ウミ、疲れたろ?帰ろうや」


「僕は全然平気だけど?」


さすが鉄人……。


「よし!道具片付けて帰ろう!」


次はどこかなぁ~


*(第34話へ続く)*


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