29話「落城」
「城が落ちたのは必然だった。敵対する勢力にまさかの連合を組まれ孤立無援となったこの城はそれでも必死で抵抗した。そして多くの城兵が城の外に討って出ては多勢に無勢、儚くも討ち死にした。最後は城に四方を包囲され追い詰められた。それでも長宗我部歴代の名だたる武将たちは活路を見出さんと討って出てはことごとく討ち死にだ。残された城兵たちはそれでも殿さんを守れ!と必死の抵抗を続けた。長宗我部の殿さんは最後まで城を枕に討ち死にするつもりだったと聞いている。『みんなわしと死んでくれ!』とまで言って、城兵を奮い立たせたとの事だ。『殿さんとここで死ぬ』、それが残った城兵達全員の願いだった。ところがだ……敵将の一人が殿さんを憐れんで極秘で使者を出した」
「敵が?」
「そもそも憎み合って対立した者ばかりじゃないからの。仕方なく連合を組んだものの長宗我部を滅ぼしたいわけでもない者もいたのだ。そいつは深夜こっそり自分の陣に手薄な場所を作り、長宗我部の殿さんと一部側近を逃がした」
「え?こっそりと?」
「そうだ。家来に一緒に死ねと命じた張本人が夜中に何も告げず城を去った。夜が明け殿さんがおらんと知った城兵に士気など有るわけないわの。城はあっさり落ちた。残った城兵は自刃する者あり、ヤケクソに飛び出し敵に討たれる者あり。それはもう城内、城外問わずあちこちに遺体が積み重なっておったそうだわ」
「殿様に捨てられた浮かばれない城兵たちがあれか?」
「そうでもありそうでもない」なんだこのとんちみたいな話。
「城は落ちたが殿さんは落ち延びた。隠れておる間に仲立ちする者も現れ、敵方と和睦してなんと城に戻れることになった」
「え?自分がこっそり逃げて落ちた城に同じ殿様がしれっと再入城?」
「そうだ。恥がどうじゃという場合でも無い。殿さんは殿さんでその先を見据えて、恥を捨て実を取ったんだな」
「分厚い面の皮やな。部下を見殺しにして逃げときながら」
「そういうな、殿さんは殿さんの立場がある。城は落ちたがまだこの地に領民は残っている。考えた末の最善の策がそれだったんだ、その時は」
「なるほどね」
「そしてそこからだ、問題は。殿さんは自分の為に討ち死にさせてしまった家来達を心から悼んで供養しようとしたんだ。実はその頃から夜な夜なうめき声が聞こえる、誰もいないのに襖が音を立てて開く、深夜に人魂が飛ぶなどの噂が殿さんの耳にも入ってきていた。そしてある日、とうとう殿さん自身も目撃したんだと。武勇で誉れ高くひときわ目をかけていた侍大将の霊を。これまで何度自分自身で褒美を与えたかわからん、それはそれは頼もしい武者だった。そいつが怒るでもなく、泣くでもなく、恨めしそうにするわけでもなく、悲しげに枕元に立って殿さんを見つめていた」
「怖いと言うより切ないわね。命がけで守ろうとした主君がこっそり逃げてまた城に戻って、平然と枕を高くして寝てる姿を見るなんて。城を枕に討ち死にせよって命じた張本人がよ。ありえない」
言葉がきついぞユイ。
「そしてそれからほどなくして城からの使いが安穏寺に来たんだ。なんとか彷徨える英霊を慰めてくれとな」
「なるほど、それで安穏寺の住職が供養をしたけどって感じ?」
「違う。当時の住職はそんな力も経験も持ち合わせておらなんだ。もし不慣れな自分が弔っても、また霊が出たとなると自分の身に危険が及ぶやもしれぬ。我が身可愛さで当時の安穏寺住職は代役を立てた」
「代役とな?」
「そうだ。当時、たまたま寺に居候しておった流れの若い僧だ。そいつは自分の事を空海の生まれ変わりと称して色んな寺をまわっては、ただ飯をくらい、法要の手伝いをして不相応な金品を受け取っておったそうだ。そいつに当時の住職は頼んだ。報酬としてかなりの金を殿さんから受け取ったそうだ。若い僧の仕切りで盛大に慰霊の儀式はとり行われた。記録によるとそれはそれは立派にその若い僧はやりとげたそうだ。さすがは空海様の生まれ変わりと褒め称えられてな。褒美もさらにたんとはずまれたそうだ。そやつは間違いなくかなりの力を持っておったのだろう」
「じゃあ霊は?そんな力がある僧侶が慰霊したならこんな事になってないんじゃ」
「そう、それからはもう城の中にも外にも一切霊が出ることは無かったそうだ」
「え?あっさり霊障は解決してるじゃん。それじゃあ今のあれはなに?」
「その若い僧は弔いの儀式で長宗我部の殿さんの謝罪と約束を霊たちにさせた。殿さんは自分が落ち延びた事の謝罪、そして彼らを死なせてしまった事への謝罪、その後恥も捨てておめおめ戻ってきた事への謝罪。そして霊達との
約束とは、残した家族を子々孫々庇護する事。毎年の法要と死者への感謝を忘れない事。その代わり、霊達は今後主家にあだなす事はしない。長宗我部家繁栄の為に城を見守り続ける事。それらを互いに若い僧を通じて固く約束した」
「それだけ聞くと、ええ話やな」
「その後、長宗我部家はこの岡豊城を拠点として繁栄した。その陰では討ち死にした武者達の力もあったのだろう。あっという間に以前は『四国』と言っていたこの地方を統一して四国の覇者となった」
「僕らの歴史と同じだね」とウミ。「でもその後……」と呟いた。
「そう、毎年の慰霊の儀式は長宗我部家の慣習として毎年続けられてはいたが、繁栄を極めさらなる段階を目指すにはこの城は小さく不便過ぎた。そして何代か後の城主はあっさりとこの城を捨てた」
「え?捨てた?」
「そうだ。この城を廃城として取り壊し、居城をコーチ……かつて高知と呼ばれた開けた場所に新しく城を建てそこを国の中心とした。この城を、英霊達に黙って約束を裏切り出ていった」
「そんな……また黙って捨てたのか」
「数代前の城主の約束なんて、今の城主には古臭い言い伝えとしか思えなかったのだろう。一方的に約束を反故にした」
「なるほどなぁ。ひどい話だ」
「子々孫々まで長宗我部家を、この城を守れと命ぜられたのに城が、自分たちが協力して繁栄させてきたこの城が、まさかの城主の命で取り潰される様を見た霊たちはどう思っただろうな。そして一番いかんのが、弘法大師の生まれ変わりを名乗ってた若い僧だ。生半可に強い術で霊たちをこの城に縛り付けていたのだ」
「守り神として、この城にとどまり続けるよう魂を縛ってた?」
「そうだ。約束が終われば自然と成仏させるようにもできたはずだ。にもかかわらずその僧は良かれと思ってやったのだろう、霊たちが城外の領民に迷惑をかけないようにという意図もあったのかもしれん。いずれにしろ霊たちをここから動けないように術をかけて縛り付けた」
「悪気はなかったのか……霊が外で悪さしないようにって。悪循環だったな」
「殿さんが出て行き、城が捨てられ守るべきものもなくなり約束も反故にされたにも関わらず、霊たちはどうしていいかわからずそのままずっと何百年も縛り付けられたままだ。時が経つにつれ守り神として祀られていたはずが、恨みに変わり、それが怒りとなり憎しみそして怨念となり、年月が経つにつれもう誰にも手が付けられなくなってしまった」
「わしの何代か前の先祖が力があるという事で、安穏寺に乞われて住職となった。元々それなりに力のある家系だったらしいからの。そしてあの忌まわしい岡豊城に慰霊の為に出向いた。結果は無惨なものだった。当時はまだ城門のあった所を通って中に入れたそうだが、読経が始まると脇僧として連れて行った若い弟子は泡を吹いて倒れそのまま亡くなった。経を読んでいた住職自身も目が潰れて盲目となった。その時、何を見たんだろうな。目が見えないまま弟子を引きずって手探りで門の外まで出てきたところを檀家の人に救われたという事だ」
「まだ今ほど怨念がひどくない時期でももうそんな障りがでるくらいヤバかったんだな」
「それからわしの先祖はこの地に残り、子を成し、修行をし力を蓄えて何度も慰霊を行なおうとした。その度に何もできぬまま傷ついて戻ってくるの繰り返しだ」
「じゃあ安穏寺さんも?」スキンヘッドに聞いてみる。
「いや、アデヤ教の世になり表立ってそんな事ができると思うか?袈裟を着て歩いただけで仏教狩りに捕まってしまうわ。わしらはただ定期的に集まってここでお題目を唱えるだけしかできん」
「それでええんですか?」
あ、思わずいらん事を口走った。
「どういう事や?」
明らかに怒りがにじんでる。ええい、言うたれ。
「それじゃいかんと思てるから言われて腹立つんでしょ?なんとかしたいけど、それもできずに毎日畑仕事して、夜は檀家集めてこっそりお題目。信心するだけならそれでもいいですわね。でも安穏寺さん、あなたの先祖がここに来たのはそんなことをする為じゃないですよね?呼ばれた意味がありますよね」
「ソラ!言いすぎ」とユイがフォローに入る。
「あの浮かばれない霊をなんとか慰める為にこの地に来て、その為にご先祖は何度も何度も挑んでは傷つき、それでも今度こそという思いで次の世代に思いを託してきたんじゃないですか?その後悔と願いをその代々伝わる書物に書き連ねてきたんじゃないですか?」
「そんな事はおたくに言われんでもわかっとる。わかっとるがもうわしの手では手に負えん。霊がいないとされるこのアデヤ教の下ではもうどうしてやることもできんのだ」
「ふっ、だから僕らがいるじゃないですか」
「ん?」
「逆です。さっきウミが言ったでしょ。僕らがやる。安穏寺さんに手伝ってもらいたいって」
「コソコソやらんでええんですよ。仏教狩り?知らんがな。僕らもう23か所札所をまわって封印解いて来ました。途中札所じゃない寺も祠も神社も目に付くものは片っ端から寄り道して封印解いてます」
「何のために?」
「何のため?と言われると面白くないからですかね。人の考えや信仰は押し付けられるもんじゃないです。自分で考えて自分で信じたいもん信じたらいいと思うんですわ。僕は葬式の仕事してますけど、仏教、神道、キリスト教、無宗教でもなんでも依頼を受けたら用意して送り出しますよ。人を送るのに理屈はいらんでしょ。その人の信じる形で送ったらいいと」
「葬式の仕事は寺の仕事じゃろが?」
「まぁ色々あるんですよ。簡単に言うとアデヤ教を強制されるのおもろないから僕とウミ、アデヤさんの娘のユイと幽霊犬で邪魔してまわってるんですわ。ここも気に食わんからやっちゃいます!まずは安穏寺さん、あんたの寺の封印を解く。その後一緒に城に行ってご先祖さんの思いを果たしましょ」
「私はママの邪魔はしてないわよ!」
はいはいそうですね。
「封印解除って、その後はどうなるんだ?信者もおらんのに。そしてなんであんたらは生かされておる?アデヤ教に真っ向から歯向かっておるのに」まあ素朴な疑問よな。
「ん~僕らは潰された寺を再建なんてできませんし、する気もないです。あと僕らがアデヤさんに見逃されてるのはまぁなんか色々事情があるみたいで」天さんのニヤケ顔が頭をよぎった。僕らを排除すると天さんがすねて、復縁不可能になるからだろうな~。
「ほな何をしとるんだ?色んなところで封印解いて。世の中を余計面倒にしとるだけじゃないんか?」
「ホントは信仰を復活させたい。アデヤ教独占じゃないように。でも安穏寺さんみたいな僧侶って基本もういないんですよね。お経も本尊も建前上存在しない。なので封印が無くなったからってそこに突然寺ができて住職が入ってにはならんのです。でも僕らはそこでアデヤ教信徒の施した封印を解いてウミが読経をする。お経を聞いて昔はここには寺があったんだぞって記憶をその土地に思いださせる。僕らのいたところでは仏像に魂を入れるとかお墓や仏壇にも魂を入れるってのがあります。僕らはその場所に魂を入れます。ほんでいつかそこで誰かが土地の記憶を感じて自然と手を合わせてくれたらいい。なんでもいいんです。なんかありがたそうだから手を合わせようかなって。それが積み重なっていつかまた新しい信仰が生まれればそれでよし」
「ものすごい事をしとるんだな」
「全然。森を歩いてて雄大な滝を見たらなんか心が洗われて手を合わせたくなる。でっかい古木を見てたらつい手を合わせてた、みたいなもんです。きっと空海さんもそれを感じる場所に寺を作ったんじゃないかな。知らんけど」
「きっとそうだと思うよ。なんかあるからその場所を選んだんだよ」ウミが同意する。
「空海さんはなんも無い所に何かを感じて寺にした。それが壊されゼロになった。そのゼロに僕らは1を足している。そのうち誰かが1を足してくれて、その1がいっぱい集まったら100になり寺になるのか教会になるのか、道場になるのか神社になるのかそれは知らん。こだわりはない。そのまわりの人が好きに決めたらいい。僕はこれを信じなさいと強制する気はないから。それこそイワシの頭飾って拝んでもいいくらいです」
「お前、おっきな男やのぉ~」と安穏寺さん。
「そうかな?ウミの方がだいぶおっきいけど」
「頭悪いわね、ホントに」とユイ。
わかってるわ、そこでぼけるのが僕だ。
「さて、ウミよ、城の事情はわかったよな?なんか算段ついたか?」
「うん、でもちょっと面倒かも。……血がいると思う」
「血ってか?ここに来て一気に西洋呪術の世界観?ファンタジー編突入?」
「違うよ。霊達を鎮めるには長宗我部の血をひく人がきちんと礼を尽くしてから契約解除しないと、いつまでも彼らは浮かばれないから。約束した当事者じゃないとできないよ。だからアデヤさんも今まで手が出せなかったんだよ」
「ああ……契約の解除か。そこまではわしの先祖も頭がまわっておらんかったな。弔う事、祓う事に注力し過ぎた」
「いや、例え契約解除に気付いたとしても長宗我部の人じゃないとどうしようもなかったって事だし、しょうがないですよ。でも長宗我部ってもう滅亡したんじゃ……」
「そうなんだよ、僕らの歴史では大阪夏の陣でね。だからちょっとそういう面では難しいかもね。滅亡したからその親類の筋を当たらないとだけど、どこにいるのやら。役所で戸籍謄本取れるといいけど」
「マイナンバーいるのぉ」
「二人してバカな事言ってるんじゃないわよ。これは元の居城のあったコーチ周辺で聞き込みかしら?」とユイ。
どんだけ時間かかるんだよ、これ。
「あ、わし長宗我部の血筋」と安穏寺さんが手をあげる。
「はぁ?」
*(第30話へ続く)*




