28話 安穏寺
やっぱりスキンヘッドは、僧侶として仏に仕えている身を体現していたんだな、安穏寺さんは。
「100年以上前、アデヤ教一色にこの国が塗り替えられた時、人々の暮らしは一変したわ。これまで守られてきた信仰、習慣、文化全てがアデヤ教に支配されたのだ。わしが生まれた時はそれが当たり前だったが、うちの先々代はその親世代からそれ以前の暮らしを伝え聞き、それを守るべく次の世代へ伝えられるように仏具の数々、経、過去帳など寺の成り立ちからこれまでの事を書き留めた書物をそこの囲炉裏の下に隠しておった。仏教、神道などアデヤ教以外を信じる者はアデヤ教信徒に捕らえられ、どこかへ連れ去られて戻って来ん」
「なるほどね、アデヤさん登場で一気に文明開化したみたいなもんやな、強制的に」
「そうだね、明治維新政府がやった廃仏毀釈に神道まで加えてアデヤ教のみにした感じだね。さらには刀狩やキリシタン狩りみたいに家々から信仰の対象となるものを奪い廃棄させ、住民同士で相互監視させたんだろうね」
「概ねそうやな。国がアデヤ教に染まる前に、一応は一斉にお触れがあったそうだ。その時に粗末な家も、地震や火事に強いという事で、これまでの木でできた家をここみたいな石やレンガを使った建物にいついつまでに作り変えよ、という命令が庄屋から伝えられた。それにかかる金や資材はアデヤ教が出すという事で皆喜んで丈夫な家に作り変えたさ」
「まずは飴を与えたのか、アデヤさん」
「『まずは』、と言う点はちょっと違う」
「ん?どういうこと?」
「アデヤ様は国の宗教をアデヤ教のみにすると決めなされた。それまでも教義で死=即転生をうたい、広く信仰を集めてはいた。そしてある程度してタイミングを見て一気に国民に強制した。アデヤ教以外認めんとな」
「ほら、信仰の自由を奪う独裁者じゃん」
「独裁者?それも違う。アデヤ教は貧しき者からは金を取らん。富める者からのみ布施を受け取る」
「え?」
「仏教が全盛の時もあったろう?信徒からお布施を募り寺を新しくしたり、財宝を集めたり、贅沢三昧する宗派が」
「今も昔も変わらんのぉ」
「そいつらは金があるところだけじゃなく、無いところからも布施を集める。その日の暮らしすら危うい者からも『地獄へ落ちる』などと虚言を吐き、信じさせ金を作らせる。子供を売る親もおった。借金してまで布施に奔走する者もおったそうじゃ」
「ホンマに今と変わらんの……」
「アデヤ様はそれを一切禁止した。聖職者の贅沢や不正は見逃さない、清廉潔白な者しか仕えさせない。また信徒の布施も自由。逆に貧しい者には施しを与える。強制はあったが実際はそれほど抵抗するものがおらなんだ。アデヤ教の方がそれまでの金まみれの仏教や、神道よりいいと思ったものも大勢いた」
「結局は飴じゃん。でもムチがないな。安穏寺さんも『アデヤ様』って言ってるし」
「そうだな。アデヤ様をわしは憎んではおらん。敬意もある。ただわしには、わしの家には仏教があった。そしてわしは仏様を信じておる。それだけじゃ。そしてこの元寺の周りにも昔から安穏寺の檀家としてわしを頼ってくれる人たちがまだおる。だから皆でアデヤ教の目を盗んでは仏様に祈っておる」
「でもアデヤ教以外の人は捕らえられてどっか連れていかれるんだろ?拷問とかかけられて処刑されてるんじゃないの?」
「違うわよ、バカ。アデヤ教の教団施設でアデヤ教について詳しく教えられるのよ。教義を身に着けたらあとは自由よ。教団施設のある町でね。元の場所に戻るとまた異教に戻る可能性があるから」
「そこよ!俺が許せないのは。強制的に拉致して洗脳して教団施設で飼いならしてるだけじゃん。そこでその人の信仰は殺されてる。いいか?宗教なんて強制されるもんじゃないんだよ。自分に合うと思う教義があれば信じたらいいんだよ。そしてやっててなんか違うと思ったらやめていいんだよ。自分が一番大事でいいんだ。宗教の為に死ぬとかおかしいじゃん。宗教って生きてる人を救うもんだろ?自分の宗教を守れば他はどうなってもいいの?おかしいじゃん。なら俺はそんなもんいらん。自由を選ぶ!いうなれば『ソラ教』だな。俺は俺を、俺だけを信じて、俺らしく生きて死ぬ。それでいい」
「あんた……宗教を、自分を、空海の教えを全否定してるわよ?」
「あ……」
「まあソラ君の言いたいことはわかるよ」とウミ。
「え?あなたもわかるの?」とユイが驚く。
「何を信じるかなんて自分が決めたらいい。僕はたまたま生まれながらに真言の家に生まれた。お経にも早くから触れてきたから真言のお経も読めるよ。でもその教えを自力で理解するにはまだ全然及ばない。これからも人から教えを乞う事も必要だろうね、まだ子供だから。僕はソラ君と旅をして色々教えられている。ソラ君の突拍子もない行動で気づきも多い。そんなソラ君を心から信頼しているしね。そういう意味で言うなら僕も『ソラ教』の信者かもしれないね、ふふ」とウミが笑う。
「あなたたち二人そろって……やっぱり空海ね、色々ぶっ飛んでるわ」
「おう!」「うん」
「空海さんだって宗教なんて関係なくどんな人にも寄り添ってたんだよ。『同行二人』って言ってお遍路さんで札所をまわっているときは、1人でいてもみんな空海さんと2人でまわってるんだよ。巡礼の間、ずっとそばで守ってくれてるんだよ。旅行で外国から来て巡礼している人の横にも、国内観光で八十八か所まわってる無宗教のおっちゃんの隣に分け隔てなくいつもいてくれる。宗教や宗派なんて関係ないんだよ。今、巡礼している俺らの横にもいるんじゃね?」
「あんたたち何分割まで対応できるのよ?AIみたいね。現世で2分割してさらに一度に複数相手って」
「例えが微妙やけどまぁそんな感じ。もっと自由でええんちゃう?ガチガチに固めなくても。人生の一部に宗教ってあっていいけど、宗教が全部になるからややこしい。選挙の時くらいじっとしとけばいいのに毎回電話してくんな」
「なに言ってるのよ急に」
「まぁまぁ。あんたらが言うほど悪いもんでもないよ、アデヤ教は。確かに生活は強制的に変えられたがの。わしらみたいに他に信じるものがあって手放せないもの以外は、案外なじんでいるじゃないか?」
ふとコトヘラの町を思い出した。たしかに活気あったなぁ。霊が大渋滞してたのもアデヤさんが至急救済する必要無しと判断された霊って事みたいやしな。ま、それでも放置はいかんよな。そこは納得せんぞ。
「で、安穏寺さんはここでずっと隠れながら信仰を続けてるの?近所の人たちと」
「そういう事じゃな」
「では4点目です!」
「最初に質問3つありますいうとったやないか?」
「では4点目です!昔からの寺の歴史みたいな書物もあるって言ってましたよね?安穏寺さん、当然全部読んでますよね?」
「ああ、父から仏具一式と一緒に書物も引き継いだ時に徹夜で全部読んだ。寺の建立の頃からずっと代々の住職が書き連ねとる。昔は妻帯禁止じゃったから同じ血筋じゃなしに、代替わりする時はよその寺から呼んで住職になってを繰り返しておった。ただだいぶ先になって、妻帯が黙認されるようになってからはうちの先祖が引き継いでおる」
「そんじゃ本題に入りますね。さっきも触れたけど、安穏寺さん、岡豊城にうねってるやつなんで放置してるん?絶対怨念渦巻きまくってますよね?」
「あれか……あれはわしには祓えんよ。アデヤ教に訴えても霊なんて存在しないって門前払いだ。そう言われるともう祓う力のあるもんなんておらんよ。アデヤ教かわしみたいな隠れ仏教徒しかおらん。仏教徒の横の連携も取れんから他に隠れ仏教徒がおるかどうかもわからんしの。自分で言うのもなんやがわしもそれなりに力を持っているつもりじゃ。そのわしが城の近くに寄ることもできん」
「サチがちゃんと見えてたから安穏寺さんの力は大したもんだよ。僕はほぼ見えないからねぇ。ま、メガネあれば見えるけどね!」
「なんのプライドよ。私たちのバフがかかってるから見えるだけじゃない」
「うむぅ~」
「安穏寺さん、あれを僕らで何とかしたいと思うんですけど、協力してもらえます?」とソラが珍しく自分から切り出した。
「あんたらに祓えるんか?」と安穏寺さん。
「祓えませんよ」
「祓えんのやったら何を協力するんや」
「僕らに祓う力は無いんです。祓いはしないけど弔う事はできる」
「意味がわからんのぉ」
「強制的に除霊はできないんです。そんな力は僕らにはないです。でも死者を悼んで道筋を示して空に戻すことはできます」
「それがお祓いやないか」
「全く違うんです。強制的にここを去れ、出て行けとは言いません。彼らは理由があってそこにいるんですから。僕らはその理由を聞いてより良い方法を話し、結果として空へ上がる事を納得してもらって帰しています。でも相手が話を聞いてくれる姿勢まで持っていくのが大変で、何度も死にかけました。ソラ君が」
「そう僕の担当!……っておい!」
「それを首の皮一枚でギリギリ生かすのが私」とユイ。
もっと余裕持って助けてよ。
「協力って言うのはもっと情報が欲しいんです。あのお城がなぜあんな状態になったのか知りたいんです。きっと寺の記録に何か書かれてあるはずです」
「それをわしに聞くか」
「ぜひ聞かせてください。なにがどうなってあんな怨霊渦巻く、人が近寄れないような城になったのかを」
「長くなるぞ……安穏寺の恥の歴史でもあるし、城の、人の苦しみの歴史でもある」
「聞かないとずっとあのまま、あの霊たちは永遠に苦しむことになります」
「……承知した。わしにも知恵を、力を貸してくれると嬉しい」
「まぁあのお城の状態は流石にママでもどうしようもないと思うわ」とユイ。
「あの城はって、アデヤさん、あそこだけじゃなく基本的に霊なんてスルーしてるやん」
「手が足りないのよ!パパが逃げたから。でもそれだけじゃないのよ、あの霊たちは。ママが救おうとしても手が出せないの」
「最強ママンが手を出せないと?」
「あれは誰も手を出せんのだ……そもそも人を寄せ付けない」
そう言うと安穏寺さんは静かに語り始めた。
「寺の恥と城の悲劇の話だ……」と重い口調で。
「あ、コーヒーお代わりください、長くなりそうなら」
黙ってユイが頭をはたいた。苦笑いしつつ安穏寺さんはコーヒーのお代わりを入れてくれた。
「ふ、気張った気持ちが緩んだわ。変わった男だの、あんたは。まああんたらも身構えず聞いてくれ。城が滅ぶなんてのは戦国の世のならいだと昔の住職も書いてある。そこかしこにあった話さ」
「そうだね、悲惨な落城をしたのはここだけじゃない」
「なのになぜここがあんなになったかじゃ」
「ゴクリ」
またユイが頭をはたいてきた。「口でゴクリとか言うんじゃないわよ。自然と唾を飲み込む時に出る音をわざわざ口で言うバカいる?」
はい、ここに。僕は重たい雰囲気が苦手なんや。
*(第29話へ続く)*




