24話 次への準備
「あ~しんどぉ~」
明け方やっと宿屋に戻ってきた。途中もう早起きの人は起き出して畑に行ったりしている。疲れていてもすれ違う知らない人にも愛想をふりまいて「おはようございます!」などと挨拶してしまう。仕事を離れても善通院にいる頃のクセが出るんだなぁ。社長から「この辺の人は全員お客様や。いつかは絶対うちのお客様になる。そう思って外では変なこと絶対するな」と釘を刺されていた。ま、永遠の命でも無い限りはいつかはうちの葬儀社のお客さんにはなるんだろうな。なので僕はとりあえずすれ違う人誰にでも挨拶するようになっていた。
もともと香川の中でもさらにえらい田舎育ちだから、狭いコミュニティでほぼ見たことある人ばかり。自然と身についていた。僕もどこそこにいる誰々の子のソラって認識されていたので下手なことできないしね。悪さしたら知らない大人でも普通にしばかれるし、速攻で親の耳に入った。さらに親にしばかれるという。
なので常に営業スマイル、挨拶は欠かさない。身体はめっちゃしんどいのに。手も痛いなぁ。革手袋ももう使いもんならんな。ボロボロだ。
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宿の店先にはモフモフが繋がれていた。ちゃんと先に戻ってたんや。相変わらず馴れ馴れしいのぉ。尻尾を振り回して僕に飛びついてきた……はずが、なんか僕の後ろの空間にジャンプしてる。なんや?
「見えてないけどサチを感じてるんでしょ?」
「あ~お化け犬か……そんなんおったのぉ」
「なんで数十分前の事忘れてるんよ」とウミ。
忘れるか……ずっと足にまとわりついて歩きにくかったちゅうねん。僕の歩く足と足との間を8の字にくぐろうとするのなんなん?嫌がらせ?
「めちゃくちゃ懐かれてるわね、ソラ。動物には好かれるって本当なのね」
「動物以外には嫌われるみたいなニュアンスに取れるけど」
「フン」
「僕は好きだよ、ソラ君」槍を片付けながら真顔でウミが言う。
「暗に俺が自分で自分の事好きって言ってるみたいな気色悪い感じになるからやめてね、ウミ」元は一緒だったんだろ?なんかきしょい。
「さてと……一旦色々片付けて飯食って出発しようか。あ、その前にどっかで天さんと連絡取ってローパちゃんにメモ渡してもらわんとなぁ」
「そうだね。革手袋もズタズタになったもんね」
クゥ~んと申し訳なさそうにサチの声が聞こえる。あ、こいつちゃっかり部屋の中に入ってきたんか。ま、普通の人には見えないもんな。そういう僕もサチはメガネ無しではぼんやりモヤくらいにしか見えんけど。
あれ?メガネ無しでは、ってそんなん昔は全く見えてなかったぞ。いつの間にやらなんか見えるようになったみたい。
「私やウミの近くにいればそれなりに見えるわよ。私達の感覚で強化されてるんだから」
「え?何それ?スキル?スキル発現?」
「違うわよ。あなたになんの能力もないでしょ?私達の力のおこぼれよ」
「じゃあ元の暮らしに戻ったら見えなくなるのか?」
「そういう事」
「よかった」
「よかった?」
「俺の仕事してて見えたらいややん。ご遺体搬送する時とかにじっと見られて『あ、もっと丁寧に!』とか『ドライアイスの位置ちょっとズラして』とか『この線香の匂いきついから別のに』とか注文増えたらかなわん。司会している最中に自分の死を自覚して泣きわめいてるとことか見たら、俺、つい話しかけてしまうわ。『ちゃんとお経聞いて心の準備してや!』って。まあ言うこときかんかったらウミ呼ぶけど」
「やめて、巻き込むの。宗派違うかったらややこしいやん」
「大丈夫!アデヤ教の人だってちゃんと空に上がってる」
「それとこれとは……」
「この前も俺ブチ切れたやん?宗教が違えばって。でもな、ウミの読経でソラに戻すのは理屈が違うと感じてる」
「?」
「宗教、言葉、文化は違えど、祈りの心は一緒かなって。御経とか聖書とかコーランとか宗教によって色々あるけど、結局祈りの『音』みたいな……」
「音なの?」
「ん~言語化は難しいな。ソラの読むお経の中身は理解できないけど、この人は自分の為に祈ってくれてるってのがわかるってのかな。祈りの思いの『音』を聞いてみよう感じてみようって前向きに思ってもらえるのかな。聞いているうちに胸がスーッとしてきて、みんな上がろうかって思ってくれてる気がするのよね」
「音ねぇ?」とユイ。
「あとは所作、仕草、態度、姿勢、そんな感じ。ソラだけじゃなくユイもだけど、見ていると胸が熱くなってその後心がスーッとなる。この人は、この人たちは心から自分を思ってくれている。この人たちの指し示す方へ行ってみようってなるんじゃないのかな?ま、俺は死んでないからわからんけど」
と僕が言うと「ワン」と足元でサチが吠える。お前も感じたんか、それ。と、下の階から宿屋のお姉さんが「あれ?うちの子2階についていっちゃいました?」と声をかけてくる。
「あ~違います、違います。犬の吠え真似をツレの女の子が」
足を蹴られる。
「サチ、バレたら宿の人がビビるからシーッな。『犬神憑きの客じゃぁ~』って騒ぎになる。わかった?」と足元に向かって言うと「ワワン!」と大きく返事した。それをやめろっての。慌ててユイが可愛く「わわん♪」と人の声で下に向かって聞こえるように言った。フォローサンキュー。
「面白い考えだね、ソラ君」
「いやぁ~お大師様……空海さんだわな。彼があちこちで化け物や霊を治めたとかいう伝説を考えてたのよ。日本だから日本語は通用するにしても、霊なんて無宗教の人もいれば神道を信じてる人もいたろうにどうやって浄霊とかしてたんかなって。結局相手を思う心が伝わればいいんかって思ったのよ。キリスト教やイスラム教、ユダヤ教とかの相手に伝えるには、って考えた時にね。そうじゃなきゃ理屈があわん」
「理想論ね。そんな浅いもんじゃないと思うわよ」
「その通り。俺の人生なんてまだ20数年。わかるわけ無いわ。でも推論上等、憶測上等、根拠なし全然OK。トライアンドエラーでダメなら何度でもやり直したらいいじゃん。まだ時間はあるさ。俺だって自分が死んでうらめしや~って出て、いきなり十字架持って聖水かけられたら未だにブチ切れる自信あるわ。あれは死者への祈りなんか?ちょっとちがう気がする」
「その前にあなた、こっちの世界で死ぬかもよ」
「ユイがいるから大丈夫!信頼してるもん。お前は俺を助けてくれる」
「何言ってるのよ!見てるだけだってば!手伝いなんてしないって言ってるでしょ」
「呼んだ?」
ドアを開けて両手いっぱいの大荷物の天さんが入ってきた。
「娘ちゃん……じゃない、ユイ、早朝便で来いなんて言うから慌てて店が開く時間にダッシュで行ったよ。社長に伝える暇ないからもうパパが直接行ってきたよ。シャチョゾンならぬパパゾンだね!」と嬉しそうな天さん。親バカここに極まれりだな。
「天さんどうしたの?いきなり」
「え?いきなりってどういうこと?ユイから連絡きてこれとこれとこれって細かく伝えてきたんだけど」
「ユイから?ローパちゃんにメモまだ渡してないけどどうやって連絡ついたの?」
「普通に念波っていうか、テレパシー的な?」
「もうパパゾンやら直接買付やらテレパシーやら隠す気ゼロやなあんた。まあ知ってたけど。社長パシリに使う意味なかったやん」
「意味はあるぞ。あれからワシ、自分の正体バラしてあっちで社長と友達になったからの。お前の会社行って事務員さんや先輩にもお前の働きぶりも聞いてきたぞ。お前の人柄とか将来性とかも」
「なにわけわからんムーブかましてくれてるねん。俺の人柄を天さんが知ってどうすんだよ」
「そりゃ将来の……」
パカーン!っとユイが天さんの頭をスリッパではたいた。そんなのいつ持ってたんだよ。
「天さん達ってテレパシーで通話できたんかいな。向こうの世界ともどこでもドアみたいに行き来可能なら、なんで先に言ってくれないのさ」
「お前らが考えた事を尊重してたのさ。善通院廃墟のちょうちょ結び、社長への連絡、買い出し、ワシへの連絡——お前ら何もない中で色々考えてやってたやないか。それをワシからこっちの方がってって言うのはおかしいやろ?今回はユイからのお願いやから緊急で用意したまでや」
「そんな急にいるもんも特に無いけどなぁ」
天さんが持ってきたものを見ると——僕らの着替えの下着、ウミの少し破れたジャージの替え、少なくなってきた調味料、インスタント食品、新品のエアマット、プロテインバーやら歯磨き粉やら無敵のダクトテープ……あ、今朝言ってた新品の革手袋まで。
僕とウミが雑談であれが足らんだの減ってきただの、あれ欲しい、これ欲しいと言ってたのを全部ユイは覚えてくれてたんだ。革手袋なんて今日社長へ頼まなきゃって言ってたばかりのを最速で補充してくれてたのか。
「ユイ、ありがとう」と心から感謝して言った。
「あなたが死んじゃうとパパに怒られるから仕方なしよ」
そう言いながら、僕らの必要なものを判断して足らない物を追加で頼んでくれている。しっかり僕らの事を見てくれているんだな。まるで母ちゃんみたい。
スパーン!「あなたホントにバカね!」と言って天さん同様頭をスリッパではたかれた。音だけで全然痛くないじゃん、これ。怒ってるのはポーズだけじゃんユイ。かわいいなぁと思うと「なによ」とユイは下を向いた。天さんはニヤニヤしている。ウミは……サチとじゃれてた。こいつはホントマイペース。
さあてと、支度はできた!朝メシ食ったら次は、次こそは高知へ行くぞ!待っとれ高知。
「あ、領収書もらったけど、多分また必要経費とお前の自腹で細かく分けられるぞ。そこはちゃんとしますからって事務の橋本さんが言うとったわ。あ?通帳コピー見る?切なくなると思うけど」
「見ん!破って捨てといて!あ、個人情報のとこちゃんと細かくちぎってや!」
*(第25話へ続く)*




