164話 出立
「で、夜番の人に聞くって知恵は無かったの?」
ユイが冷たく言う。
「だってさ、初めて来た城だぞ。どこに警備している人がいるかなんて知らんよ。トイレなんてどうせ建物の裏だろうと思って、外出て探しまくったわ。女性用トイレってどんなマークや?って」
「ソラ君、この時代に男性用、女性用トイレなんて分かれてるわけないじゃん」
「寝起きやぞ。そこまで気が回るかいや。背中で漏らされたらどうしようかと思ってたわ」
「で、間に合ったんですか?」
とリーちゃん。
それ聞く?
「間に合うも何も……明け方近くになってシカちゃんが目を覚まして、『ソラ、何してる?』って」
「何してるも何もないよね」
ウミが笑う。
「シカちゃんがおしっこって言うから必死でトイレ探してるんやんって言うと、『シカ、神、しっこしない』って、どっかの聖女様みたいなこと言うんだよ!なんじゃそりゃ!」
「まあ神様だから。私だって別に行かなくて平気よ。人として暮らしているから、極力人と同じように行動はするけど。シカちゃんも一緒でしょ?」
ああ~、そう言えばシゲさんも別にリュックにぶら下がったまま垂れ流したりしてなかった!
「多分、寝ぼけてサトちゃんがトイレ行ってたのを見て、寝言を言ってただけなんじゃないかな」
冷静にウミが言う。
「じゃあ俺の睡眠時間は一体……」
「お疲れ様ぁ~」
サトちゃん、元はと言えばあんたが……。
「で、当のシカちゃんは?」
と問うと、リーちゃんが、
「サチちゃんと一緒にシロの散歩に行くって、お城から出て行きましたよ」
と答える。
朝から元気なこっちゃ。
ん?
「おいおい、普通の人がシカちゃんの散歩見たら、ただの幼女の独り歩きやん。シロもサチも見えんやろ?攫われたりしないか?」
「攫われても、シロとサチがいるんでしょ?大丈夫でしょ」
ユイが笑う。
いやいや、それでももし万が一のことがあったら。
「ソラ君、大丈夫だよ。アオ君がこっそりついて行ってくれてるから」
ああ、だから姿が見えなかったのか。
アオ、ナイス。
「みなさん、食事の用意ができました。こちらへどうぞ」
カタクラさんが呼びに来てくれた。
若は毒見係と別の場所だろうな。時代劇で見たことあるぞ。
「さあ、こちらに」
案内されたのは大きなテーブル。
ん?
「ソラ、お主はこっちじゃ」
若が自分の隣の席を指さす。
「ウミはそこ。ユイはこっちじゃ」
次々と席を指示していき、一番末席にカタクラさんが座った。
「若っ!口の利き方がなって無いわよ。兄上、姉君に対して『お主』とかなに?」
サトちゃんが指導する。
「え?え?」
戸惑ってるじゃん。
今までずっと一番偉い人扱いされてたのに、無理もない。
「サトちゃん、まあええやん。そんなはっきり線引きせんでも。お互い遠慮せん関係でいこうよ。なあ、若」
「う、うん。そうだね……そうして」
「ところで若、そっちの席は?」
「ああ、ここか……」
と言っているところに、シカちゃんがドロドロになって帰って来た。
サチもシロもドロドロだ。
「シカちゃん、何してたんだよ。そんなボロボロになって」
「ん?合戦」
「合戦?犬と猫相手に?」
「うん」
「幽霊相手に戦ってたら、他の人から見たら一人ではしゃいでる頭の痛い幼女じゃん!見られたりしなかった?」
「大丈夫。見えない。空堀で戦った」
「空堀で?だからそんなにドロドロになるんじゃんか!そんな汚い格好で入ったらお城の人困るじゃん」
「ん、ごめん」
「とりあえずカタクラさん、手足洗わせてやって。あと見えないと思うけど、そこの獣二匹にも水ぶっかけといて」
「に、二匹?か、かしこまりました」
トコトコついていくシカちゃんと獣たち。
どんな戦い方をしたらそうなるんだよ。
散歩じゃねえのかよ。
合戦て……。
「す、すみません!シカちゃんたちを見失いました!すぐに人を集めて捜索を!」
アオが駆け込んで来た。
こいつもドロドロやん。
「どうした?見失ったって」
「シカ様一人で歩いて城を出て行ったのですが、突然空堀に飛び込んだかと思うと、そのまま走り出して……僕も本気で追いかけたのですが、目で追うことすら叶わず、見失ってしまいました。しばらく堀の中を探しましたが、突風で泥やら水が飛び散って、目を開けることもできず……」
突風か。
多分シカちゃんとシロとサチが空堀を追いかけっこして、通りすがりざまにアオに泥団子でもぶつけて遊んでたんだろう。
「アオ、ちょっと……」
「はい?」
「頭に猫の毛がついてる。お前、シロに頭踏みつけられてるで」
「いつの間に……」
「まあええわ。シカちゃんたち、とっくに帰って水浴びさせてるから、お前も綺麗にして来い。水場はチェック済みやろ?」
「はい、もちろん。来てすぐにお城の図面は頭に入れました」
ゴツン!
僕はアオに軽く拳骨を落とした。
「ソラさん、何を……」
「お前がシカちゃんをトイレに案内してたら、俺の睡眠時間は削られんかったんや」
「え?なんのことです?」
「それは八つ当たりですよ、ソラさん」
まあそうやけど。
待てよ!
「カタクラさんが爆睡してなかったら!」
と矛先をそっちに向けると、
「ソラ君、それも八つ当たり」
「そうだ!サトちゃんがトイレに行かなければ」
「うふふ、それもダメですよ、ソラさん」
アオイさんにも言われた。
「くそぉ、このやり場のない怒り……そうだ!サトちゃんに酒を飲ませたシゲさんが悪い!シゲさんどこだ!」
「シゲさんは夜中にソラさんに言われて、和霊様の社を作ってるんじゃないですか?フフ」
「ああ、そうだった!やらせたまんまで忘れてた!」
「じゃあシゲさんが悪いってことにして、その罰はソラ君から深夜の重労働を与えられたってことでチャラでいいじゃない」
なるほど……怒りが収まった。
さすがウミ。
「シカ、戻った。アオも」
「じゃあご飯いただこう!シカちゃんの席は……」
「シカは僕の隣」
若が空いていた席を指し示す。
「うむ」
と言って普通に座るシカちゃん。
「ちなみに聞くけど、なんでなんです?妹なんでしょ?」
「僕とみんなを繋いでくれたのはシカだ。僕がこんな晴れ晴れした気持ちで朝を迎えられたのは、シカのおかげだ」
「なるほどなぁ。でもさ、シカちゃん、なんで若と俺らを繋げようとしたの?今まで詩歌様になって色々やってくれたけど、そんなことしたこと無かったじゃん?」
昨日の踊りの理由を聞いてみた。
「一人、辛い、寂しい……」
僕はコーチの田舎の荒れ果てた神社の残骸の上で、一人ぼっちで百年以上、神様が戻るのを待っていたおかっぱ頭の少女の姿を思い出した……。
「シカちゃんが若の気持ちを一番わかってたってことか。情けないな。化け猫騒動だけ解決したら終わりと思ってたわ。猛省するわ。ありがとう、シカちゃん」
「今、みんないる、楽しい。だから」
「若も一緒にってことだな。まあカタクラさんも一緒にしちゃったけど」
「あの、実は私も天涯孤独の身でして……父は先代のお殿様の後を追い……」
そうだったのか……。
「え?カタクラさん独り身ですか?」
サトちゃんが身を乗り出す。
「サトちゃん、カタクラさんの姉だから駄目だよ」
「え?姉?なんで~」
自称二十二歳だけどな。
「サトちゃんはアオとビジネスカップルでいいの!」
---
「シゲさん、凄いの作ったなぁ」
「まあの。これで和霊殿も満足じゃろ。あいつは依代ができたら勝手に帰ってくるだろうから、特に儀式もいらんぞ」
「ありがとう。こんな立派なのができるとは思わなかった」
「シゲさん、本当に凄いです!装飾もピカピカで高級感があります」
「そうじゃろう。こんなのを半日で作れるわしって凄いじゃろ?ソラ、感心したか?え?」
「ウザっ!」
「ソラ、これができたらもう町を出るのか?」
「うん。もともとウーワの国で自由に動きたいから、若のお墨付きもらいに来ただけやからな。まあ、ちょくちょく来るわ。緊急の時は若の兄ちゃんのアオが走って来るか、ごっついカラスが手紙を運んで来る」
「そうか。わかった。僕からの身分保証の書状も作ったから持って行ってくれ。ウーワ国内のことであれば、どこの代官所でも通じると思う。花押も押したし」
「ありがとう。まあ、なんか困ったらいつでも連絡してよ。若からの連絡は……和霊様使え」
「和霊様?」
「ああ、もうすぐ和霊様もここに戻って来る。和霊様はなんかあったら手伝ってくれるって言ってたから、各地にある封印を解いた和霊様の祠や社から連絡くれるやろ。和霊通信網やな。和霊ネットワークだな」
「よくわからないけど、ここで祈ればソラたちに伝わるんだね?」
「うん、多分。知らんけど」
「最後まで適当ね」
ユイが笑う。
「よし!じゃあウーワ最初の霊場目指すぞ。若、またな!」
「うん、またね、兄さん」
「いや、なんか照れるんやけど……」
男三人でにやける。
「姉さんたちも」
「くぅ~、なんか行きたくないかもぉ~」
サトちゃん、置いて行こうか?
「じゃ、行く」
「うん。シカ、ありがとう」
「シカ様」
「わかった、シカちゃん」
---
また山だ。
最初にウーワの城を見下ろした峠まで来た。
「あれ?お城の雰囲気変わりました?」
リーちゃんが振り返る。
「最初にあった禍々しい雰囲気は減ったわね」
とユイ。
「そうじゃなくて……なんか地味?になったような」
「それはソラが……」
うるさい、言うな!
シゲさん。
「でもさ、見てよ」
ウミが写真入りのガイドブックを取り出し、宇和島城の写真を見せる。
「このお城は瓦で作った鯱が見事なんだってさ」
「あー、ほんとだー。確かに落ち着いた瓦の色が渋くていいなー。大人の城って感じー」
棒読みで僕は言った。
「ソラ君、両方パクったんだね」
ウミが小声で言ってきた。
「こっちの方がいいから結果オーライで!」
「ソラさん、あっちに関所があります」
先行していたアオが言う。
「ふふん、関所な。今回は裏山をこっそり抜けるんじゃなくて、大手を振って堂々と通れるぞ。殿様のお墨付きだ」
---
「怪しい一行だな?大道芸人かなんかか?」
「いえ、ただの旅人ですよ」
「この大人数で旅か?」
「はい」
本当はさらに幽霊犬と幽霊と神様もぶら下がってるけど。
「手形はあるか?」
「手形はないんですけど、ウーワ国内を自由に通行できる証明書があります」
「証明書?」
ふふん。
こっちには若からもらった花押入りの書状があるんだ。
僕らの通行許可証。
『御免状 以下の者、ウーワ国内において一切の行動の自由を保証する。
国主兄 ソラ ウミ アオ
国主姉 ユイ リー サト
国主母 シカ』
……シカちゃん、若の母になってる。
これ見て役人さん信用するかな。
でも、きちんと花押も入っている。一か八か!どやっ!じーっと文面を読み込む役人。
「ささ、どうぞお通りください。道中お気をつけて」
うぉ、役人の態度が変わる。
人相改めも無く、すんなり通して大丈夫か、この人。
「シカちゃん、若がシカちゃんのこと、母だってさ」
「うむ。シカ、母、なんで?」
「いや、全員なんでだわ!」
*(165話へ続く)*




