162話 呑込
「詩歌様、この人、まあ神様ですけど、踊りの素養ありますかね?」
一本さんに手取り足取り教えてくれている詩歌さんに尋ねる。
「動きが一本調子で面白味が無い」
さすが一本さん。踊りまで一本筋が通ってる!
「わしに踊りができるかよ。無理言うな」
「なんか動きが狂言みたいやなぁ。『このあたりの者でござる』って言ってみてよ」
「アホっ!わしをおもちゃにするな」
「ソラ君、神様で遊ばないの」
ウミに怒られた。
「そうね、人にばっかりやらせないで、あなたもやりなさいよ。ズルいわよ」
ユイが言う。
「なんかズルいって言われたら心外だな。よし、俺もやる!若殿様!ちょっと裃貸してください。洋服ばっかりじゃなくて、昔の衣装も残してません?扇子も欲しいな。派手なやつ。一本さんとお揃いがいいな」
「あるぞ、ソラ。兄のが丁度よかろう。そっちの一本という者は父の物を使うがよい」
「若っ!実は一本さんて、こう見えて一応神様なんですよ。丁重に、丁重に」
「ソラ君、もうお殿様を捕まえて『若』呼ばわりしてるけど大丈夫?」
「よいよい、好きに呼べ。お主らのことはよくわかった。コーチのヤマウチ様の客分と言うのも納得じゃ。あの方は面白いことには目が無い方じゃ」
「若は?」
「わしもじゃ」
話が分かるな。
それから僕は靴下を脱いで着物に着替え、板の間で一本さんと共に詩歌様に舞を叩きこまれたのだった。練習するうちに一本さんも動きが滑らかになり、艶めいた踊りになって来た。扇子も使いこなして、カッコよくないか?これ。もちろん僕もだ、そりゃ決めポーズ!
「唐傘こぞうが、なんか彫りの深いスペイン人風の情熱的なダンス踊るようになったぞ、おい」
月9に出てたトレンディ俳優のような色気がある。
「一本さんカッコいい!」
サトちゃんが囃し立てる。
一本さんはニヤリと口の端に笑みを浮かべ、頬の横で手をパンと叩く。フラメンコかいっ!なんかイメージと違うぞ。
「ソラよ、これ、なかなか面白いのう」
額に汗を浮かべた一本さんが言う。しかし……。
「ねえ、一本さん。俺ら、ずっと一本だたらって名前から一本さんって呼んでるけど、人間の時はなんて名前だったの?」
「お前、それを神に聞く?せっかく築き上げて来たわしのイメージ、壊してしまうじゃろ?」
「唐傘こぞうしかないわ」
「お前のう……。まあええ。わしは帯刀重盛と名乗っておった」
「え?名字持ちだったの?」
「うむ」
「なんかカッコええ名前やなぁ」
「そ、そうか?」
「名前で呼んでもええ?」
「ふふ、わかった。お前の好きにせい」
「わかった!みんな、今後一本さんがこの姿になった時は、シカちゃんを詩歌さんって呼ぶみたいに、ちゃんと名前で呼ぼう」
「いいね。そうしよう。そんな二枚目で一本さん呼びは違和感あるもんね」
ウミが言う。
「そもそも、わしを一本さんて呼ぶ人間もおらんがの……」
「じゃあみんな賛成やな?よし、今後、一本さんが人間の格好をしている時は全員『シゲさん』と呼ぶこと」
「え?え?わし?シゲさん?なんで?名前は重盛やけど?」
「うん、だからシゲさん。みんなわかった?」
「わかったわ、シゲさん」
ユイが言う。
「え?わし、たてわきしげもり……」
「これからもよろしくね!シゲさん」
サトちゃんが言う。
「シゲ、シゲ」
詩歌様も復唱してる。やっぱり呼び捨て?まあ格下だもんな。
「じゃあシゲさん、練習追い込みかけて、マスターしたら衣装着替えて和霊さん呼び出して!」
「わし……これからシゲさん?なんで?なんで?」
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甲高い笛の音が鳴り響く中、若とその側近だけは同席を許した。何も無い高い場所から雅楽の音色が聞こえて来て、二人ともびっくりしている。最初は僕らもびっくりしたけど、神様ってそんなもんって思うようになったわ。
「ソラ殿、私のような者が同伴させていただいてよろしいのですか?」
僕に問うその青年は、名をカタクラと言う。初代ダテの殿様と一緒にこの地に来たそうで、由緒正しき家系だそうだ。
これまでも色んな大人たちに囲まれていた若だが、今回はその中でも最も信じられる人を近習として、常に側に置くことを進言した。カタクラさんを推したのはリーちゃんだ。
「コーチで宿屋で働いて、色んな人を見てきました。学校でも。教会の人、商人さん、郷士さん、いっぱい出会って、人を見る目には自信あるんです」
ってことだったので、ユイも頷き、アオも「いい人選です」と言うくらいだから、きっとそう。若に何かあっても、きっとカタクラさんがなんとかしてくれるだろう。
音楽が流れ、その奥から詩歌様が薄い煙に包まれてゆっくりと現れる。その後ろには、シゲさんこと一本さんと僕が裃姿に着替えて進んでいく。
詩歌様、歩いてないよなぁ……板の間の上をすーっと滑ってる感じ。僕とシゲさんは足袋を履いて、バタバタ音を立てて歩いて行く。
広間の中央で詩歌様が立ち止まり、鈴をシャンと振り下ろした。四方にシャンシャンと振り鳴らしてから、化け猫に向けて大きく上から下に手を振り下ろした。
「あ!叩きつけられる?」
と思ったけど、死神の時のようなことは無く、化け猫は静かに頭を下げた。
一通り鈴を鳴らしてから、雅楽の演奏はさらに大きくなり、詩歌様はゆったりと舞い始めた。
教えられた通り……でもなく、僕らは風に煽られたやっこ凧のように、アホ面のままふらふらと詩歌様の周りを舞い踊る。苦笑が漏れているのは気のせいか?サトちゃん、覚えとけ!
徐々に踊りに慣れて来た僕たちは、息を合わせて扇子を片手に舞い踊る。
舞が進むにつれ、広間に溜まっていた瘴気のようなものが祓われ、辺りが浄化されていく。祭壇の鏡が光を反射した先には霞のようなものがかかっていたが、それがだんだん人の形を取り、恰幅のいい初老の男性の姿となった。
「和霊殿!」
シゲさんが声をあげた。
「これは……!誰じゃ?」
シゲさんをまじまじと見る和霊様。
「わしじゃ……と言ってもわからんか。一本だたらじゃ、一本だたら」
「なんと?あの片目片足の唐笠こぞうと言われておった一本だたら殿か?見違えたぞ!」
そう言って互いに肩をパンパン叩き合う。
やっぱり神様の間でも唐笠こぞうって言われてたんやん。
「久しいのう、和霊殿。どこでどうしておったんじゃ?」
シゲさんが話している間も、詩歌様は目を閉じて踊っている。動きを止めると和霊様が帰っちゃうもんな。
「詩歌さんごめんね。しばらく踊り続けて」
声をかけると、目を閉じたまま頷く。
「和霊様、初めまして。一本だたらさんの仲間のソラと申します」
「おお、ご丁寧に。ここにわしを呼び出してくれたのは貴方かな?ありがたい」
「ありがたい……ですか?」
「ああ。今まであちこちに散らばっていたわしの魂が、呼んでくれたおかげでここに寄り集まって形を成せた。まだ魂が全部集まったとまでは言わんがの」
「ああ、御霊の一部が宿っていた祠やお宮がアデヤ教徒に潰されて、ウーワにバラバラに戻って来てたけど、今まで一つに集まる手段がなかったんですね」
「そうじゃ。戻ったはいいが依代が無くての。あちこちにてんでバラバラで漂っておった」
「はからずも詩歌様と俺らの踊りで、ある程度集まることが出来たってことか。でも全部じゃないんだなぁ」
「ソラ君、ソラ君」
ウミが小声で呼ぶ。
「それって、僕らが封印を解いた中に、和霊様の祠とかもあったんじゃない?一旦ウーワに集まってたのに、僕らが解放したから、そこの御霊は元いた場所に戻って行ったんじゃない?」
「ああ……各地に散らばってるって言ってたから、そうかもしれんな。まあ、あるべきところに戻ったんやから、それはめでたいんちゃうか?ウーワの町のお宮とかも解放したら、そこに和霊様の大元の本体は戻れるやろ?」
「そうだね。和霊様の安住の地を元に戻さなきゃね」
コソコソとウミと打ち合わせをしていたら、
「で、何でわしを呼んでくれた?」
和霊様が言う。
「ああ、そうでした、そうでした。和霊様はシロって猫をご存じですか?」
「シロ?シロはわしが生きていた頃にかわいがっていた白猫じゃ。家が暴徒に襲われた時に離れ離れになってしもうたがの。なぜそれを?」
「そこに……」
化け猫を指差す。
「おお!な、なんと!お前は、お前はシロっ?シロか!しばらく見ぬ間にすっかり大きくなって」
ずこーっと僕らは膝から崩れ落ちた。吉本新喜劇か!そうじゃないやろ。
「いや、大きくなったなじゃないんですよ。見てください。白猫なのに体は白くないでしょ?乾いた血の色で黒ずんでるんです。この猫、あなたの仇討ちってことで、ダテの殿様の血を根絶やしにする気で、殿様の子孫に報復しまくってたんです」
「なんと、お殿様の子孫に……お前、なんてことを……」
和霊様が化け猫を見る。
「にゃぁ……」
化け猫が小さく鳴く。さっきまで饒舌に喋ってたじゃんか。
「こいつ、実はあなたと同じ夜に殺されたんですよ。同じ布団の中で上からブスリと。殺されてからは、あなたの復讐のために、あなた同様に下手人たちを呪い殺していたんだそうです」
「わしと一緒に?わしは今まで、シロが死んだことも知らなんだ。たかが猫になんとむごいことを……」
「ご存じなかったんですね?そいつ、あなたとダテのお殿様が和解して神様になったことも知らんかったみたいです。和霊様とご家族や使用人はきちんと弔われたみたいですけど、そいつは……」
「なんと、そういうことか!気づかなんだわしのせいじゃ。あの夜、わしがお前を抱いて寝なければこんなことには……」
「そいつ、あなたが和霊様となって城から消えた時からは、静かに寝てたそうです。でも、あなたがウーワに帰って来た気配を感じて、それからまた復讐を始めることにした。復讐の相手はもういない。じゃあ和霊様の家への襲撃を止めなかった殿様だ!殿様がいなくなればあなたがお城に戻って来る、そう思って……」
「なんという短慮な。シロ、誤解じゃ。そうじゃない。お殿様のせいじゃない。わしに嫉妬した同僚が全部企んだことなんじゃ。わしは復讐を果たし、殿様とも和解して神となった。それをお前に知らせてやれなかったのは、わしの落ち度じゃ……。殿の子孫に手をかけさせてしまったのは、わしのせい。わしは、わしは神を下りる……」
「何を言う、和霊殿!」
シゲさんが慌てている。
「わしのせいじゃ。わしがシロをしっかり見守っていれば、お殿様にこんな……」
「にゃぁ」
化け猫が小さく、寂しげに鳴いた。
「シロ、すまなんだ。わしと一緒に地獄へ落ちよう。わしも復讐のために人を殺めた。お前もそうじゃな。わしと一緒に行こう。わしと一緒に罪を償うんじゃ」
「にゃぁ……」
化け猫が和霊様に駆け寄り、胸に飛び込んだ。あまりの大きさに和霊様はよろめく。
その間も詩歌様は静かに踊り続けてくれている。アオイさんは刀を抜くのも忘れて見守っている。化け猫に害意は無いと分かってるんだな。
「やい、化け猫。和霊様はちゃんとお殿様と和解して神様になった。だから、お前の道連れで地獄に行かすわけにはいかん」
「わしはわしの責任を果たす!シロを死なせたのも、化け猫にしてしまったのもわしじゃ。今度はわしが責任持ってシロと一緒に罰を受ける」
「バカ言っちゃいけません。じゃあ、これまであなたを祀って来た人たちの祈りはどうなるんです?封印されて祠も壊され、今や誰も和霊様の存在なんて知らないと思ってます?そんなわけないです。僕らが解放した祠や寺院、神社、みんな近所の人が手を合わせに来てますよ。何が祀られてるのかはわかってないかもしれない。家に帰れば熱心なアデヤ教徒かもしれない。それでも、その地に何かを感じて自然と手を合わせてくれている。そんな存在のあなたが地獄に行ったら、その人たちの気持ちはどうなります?放置するんですか?ただのアホですか?」
「ソラっ!」
ユイが怒鳴る。知るか!
「あなたは人々に信じられている自覚と責任を感じるべきです。もうただの怨霊じゃないんです。殿様との契約の上で神様になったんだ。神様が勝手に消えることなんて許されるわけがない」
「じゃあ、こいつは、シロは?シロはどうしたらいいんじゃ?一人で行かせるわけにはいかん」
「和霊様、気持ちはわかります。でも、こいつはダテの殿様の血筋の人を殺し過ぎた。こいつのせいで若殿様は今や一人ぼっちだ。許すわけにはいかんでしょうに」
そう和霊様に告げた時、若が叫んだ。
「ソラ!頼む!シロは、シロはわしの唯一の家族だ。これまで僕を支えてくれたんだ!シロを地獄へ行かせないでくれ!頼むよっ!頼むから……」
最後は悲鳴のようになっている。
若、一人称が僕になってますよ。やっと子供らしい本音を言えたんですね。
でも。
「若、はいそうですかってわけにもいかんですよ。そいつは既に妖怪なんですから」
野放しになんてできるわけない。さっきも言った因果応報だよ。
「サチ!そいつを食え!」
僕は命令した。
「御意」
サチは答え、化け猫の喉元に食らいついた。
紫の血しぶきのようなものが舞う。若は顔を覆って泣いている。和霊様は膝から崩れ落ちて泣いている。生前はきっといい人だったんだろうな。僕の仲間たちもみんな黙って見ている。
化け猫はサチに食われてどんどん小さくなり、やがて見えなくなっていった。
「サチ、腹いっぱいになったか?」
「ワン!」
答えるサチは、透け感ゼロの単なるスピッツになったようだ。煩悩、呑み込み過ぎたか。
「よし、出せ」
「ワンっ!」
そう言って口を開くと、中には半透明の白猫が。
「シロ、シロっ!」
和霊様が駆け寄る。
「にゃあ」
白猫は答えて、和霊様の胸に飛び込み顔に頬をこすり付けて甘える。和霊様に抱かれると透明度が落ちてだんだん普通の猫のように見えてきた。
「ソラ……殿。これは?」
「ん~、化け猫はどっかいなくなりましたね。多分地獄に落ちたんでしょう。あれ?どっからか白猫の幽霊が紛れ込んで来たみたいですけど。和霊様知り合いかなんかですか?懐いてるだいだし、もしそうなら引き取ってもらっていいですか?」
「おお……シロよ、すまなんだのう」
和霊様はその場に座り込みぎゅっと白猫を強く抱きしめる。白猫は満足げに和霊様の腕の中で顔を洗う仕草をする。
猫を抱きしめた和霊様は、
「各方、手間をかけました。これからは私がしっかり責任を持ってシロを……」
「待って!」
声をあげたのは若だった。
「シロ、シロを連れて行かないで」
ん?
「若、さすがにこれは……なぁ、化け猫やし」
ユイに振ると、
「いいんじゃない?」
「いや、ちょっとそれはさすがになぁ。ウミ」
「シロちゃん次第でいいんじゃない?」
「待て待て、人殺しやぞ?さすがに若の両親兄弟を皆殺しにした化け猫を、若の側には置けんだろうが?」
「化け猫なんてもういなくなりましたよ。フフ」
「いや、アオイさん、それはちょっと無理が……」
「ソラさん、私と同じでいいじゃないですか。若様の側で、若様とずっと一緒に。シロちゃんは歳を取りません。私と一緒。これから先も長い時が待ってます。いつか時が来れば、和霊様の元に戻ればいいんです」
「和霊様、僕からもお願いします。必ずお堂を作り直します!時々シロと一緒にお詣りします。だからシロを」
「アデヤ教徒がお堂にお詣りしていいのかね?」
和霊様が問う。
「僕は、いえ、ここウーワのダテは仏教徒です!一神教なんてクソくらえです。僕は和霊様でもなんでも祈れます。祈ります!人に押し付けられた教えなんて守りません」
「仏教徒か。そうか、そういうことか。わかった。シロを君に預ける」
「ありがとうございます」
「シロよ!」
「にゃあ?」
「お前は、これまでの償いとして、和霊の使いとしてこの若殿様を全身全霊で守り抜け!それがこれからの使命じゃ。神として和霊がそう申し付ける!よいな」
「にゃあ~」
わかっているのかわかっていないのか、猫は大きなあくびをして和霊様の腕を抜け、しゃがんでいる若の腕に飛び込んだ。
「ソラ殿、感謝する」
和霊様が頭を下げる。
「いえ、こっちも予想外の展開で、こんな結末は想像していませんでした。この後、お堂をシゲ……一本だたら様と復旧して、封印も解除しますので、そこでゆっくりお休みください。各地に散らばった祠も解除して行くので、また集まった魂が離れて行きますけど、お覚悟を」
「よいよい。ソラ殿のやりやすいようにやってくれ。それと……わしごときが言うのもなんだが、各地でなんぞ困ったことがあれば、いつでも頼ってくれ。もっとすごい後ろ盾があるから余計なことだとは思うが」
和霊様は詩歌様、ユイを見てそう言った。
「僕、人使いも神使いも荒いのでお覚悟を」
「ほう、それは怖い、怖い」
笑いながら和霊様は手を振って帰って行った。少し背中が寂しげだったな…まあ百年もすればシロは和霊様のもとに戻りますよ、多分。
「詩歌様!お疲れ様。もう終わって大丈夫です」
「ソラ、シゲ、二人とも踊れ」
「え?やっと終わった感が出てたのになんでまだ?」
「踊り足りぬ。ほれ、そこの若殿様、近習も、ウミ、リー、サト、アオ、アオイ、サチ、おぬしらも踊れ!ほれ、そこの猫もじゃ!」
なんかよくわからんまま詩歌様に命じられて、僕らは輪になって踊る羽目になった。なんか目がおかしくなったのかみんなキラキラして見えるなぁ。踊りすぎてハイになっちゃったのかな、こりゃ。
そっからさらに一時間みんな一つになって踊り続けた。なんで……なんで……。
絶対全員、明日は筋肉痛だな。シゲさんはおっさんだから明後日かもな。
*(163話へ続く)*




