161話 猫
「三百年前にお前に何があった?」
そう問いかけた僕に、化け猫はシャーッと牙を剥いた。サチが前足で軽く頭を押さえると、すぐ大人しくなった。
「なにゆえお前に話す必要がある!この下郎!」
威勢がいいなぁ。リアルで下郎って初めて言われたわ。一応こいつの事情を聞こうかと思ったんだけどな。
「あのさ、化け猫が犬神に勝てると思うのか?単純な話でさ、猫と犬が一対一で戦ったら、普通どっちが勝つと思う?」
「黙れ!無関係な輩が妾のやることに口を挟むな!」
化け猫が叫ぶ。輩呼ばわりされてしまった。しかし勇気あるなぁ、こいつ。周りを僕らに囲まれているのに。
「ソラ君、一応僕も金剛杖用意しとくね」
ウミも杖を振り出して素振りしつつ戦闘態勢。アオは素手で行く気だ。サトちゃんの前ではアオイさんが霊刀をいつでも抜ける態勢で待機している。いや、本気出したらアオイさん一人で瞬きする間に終わるぞ。
「やい、化け猫。お前はあまりに世間を知らん。お前、お殿様一族をずっと殺してきたらしいけど、たとえお前が自由になって一匹でかかってきたところで、ここの誰一人殺せんどころか傷一つ付けられんぞ」
あ、リーちゃんはまぁ知らんけど、多分カンフーとか使えるやろ。初めて会ったときチャイナ服を着てたし。
僕にそう言われた化け猫は、周りを囲んでいる僕らをぐるりと見渡し、一番小さいシカちゃんをロックオンした。勝てると思ったのか?
「あ、化け猫よ。その子が一番怖いとこやで。やめとけ」
あ、シカちゃんがニコリと笑ってる。詩歌さんになってボコボコにする気か。
「シカちゃんストップ!この程度なら詩歌さん出なくても俺らでなんとでもなるから」
残念そうな表情をするシカちゃん。また必要なときに暴れてね。
「そこの猫よ、お前程度の妖かし風情、我が主は歯牙にもかけぬ。観念せよ」
静かな声がした。サチか……。
「ということで、お前に勝ち目は一切ない。理解した上で俺の話を聞け。お前が化け猫になってまで人殺しを続けた理由を言え。ま、先に言っておくけど、だからと言ってお前は許さん。お殿様の身内をお前は散々殺してきたやろ?やったことの償いは必要だからな。たとえ正直に喋ったからって俺は許す気はない。人を殺すからには、自分も殺される覚悟を持ってやれってこと。因果応報ってやつか。人にされて嫌なことは人にするなよって話」
「ソラ君、そんなこと言ったら喋るものも喋らなくなるよ。どっちにしても裁かれるなら、その猫、言うだけ損じゃん」
「それもそうか。でもネチネチ拷問して聞き出すのも俺の趣味ちゃうしな。わかった。さっさと殺す!」
「ソラはバカなの?殺すって何よ?もう死んだから化けて出てるんでしょ?」
「007でそんなんあったな。『007は二度死ぬ』とか。ショーン・コネリーやったっけ」
「ソラは本当にバカなのね」
ユイが呆れる。
「まあええ。化け猫を殺せなくても消し去ればもう終わり。ウーワの殿様一族を苦しめ続けた呪いは、これで終わるってことやな。よし、猫よ、お前はもう喋らんでええ。とっとと楽にしてやる」
フジマサと違って、生きて反省させる必要ないしな。死んでるし。
「悔しや、この怨み……必ずダテ一族に……」
あ、こいつなんか喋ってる。めんどくさいなぁ。
「だからそれを言えって初めから言ってるの!言い分あるんやろ?言ってから消えろよ。この期に及んでうだうだうるさいねん。こっちの寝つき悪くなるから、はよ全部喋れよ」
みんなニコニコしてこっちを見ている。最初から僕が化け猫をとっとと消し去ると思ってなかったな。心の内がバレてるやん。
「ほれ、言いたいこと言えや。なんでお殿様一族を苦しめてきた?」
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一息ついて、化け猫は静かに話し始めた。
僕らは車座になって話を聞いた。当事者の若殿様も一緒に僕らの輪に加わった。殿様の横にはアオイさんが立て膝で構え、化け猫がおかしな動きをしたら居合で切り捨てられる状態で待機。このメンツで言うと、近接戦ならアオイさんが最強だと思う。ユイは高火力広範囲攻撃、アオイさんは一撃必殺。いいな、この布陣。
「妾は、とある高貴な方の家で飼われていた猫であった」
「家老職だった山家さんちの子だね」
ウミが言う。ハッとした目でウミを見つめる化け猫。
「なぜ知っておる?」
「この本に書いてるし」
おお……それは妖怪図鑑!
「なんと!妾と主の受難が書になっておるのか?なんということよ。あの夜、主はいつも通り妾とともに静かに眠っておった。そこに突然、覆面をした侍どもが現れ、主も奥方様も、子も使用人も容赦なくことごとく惨殺された」
「うん、山家さんの活動をよく思わない不平藩士たちが関わっていたらしいね」
「ほう、そこまで知られておるか」
「事件の顛末はあらかた書いてあるね」
「妾はそこで、主と共に寝ておるところを布団の上から刺殺されたのよ」
「猫まで?」
「屋敷におるものは全て命を奪われた。その後のことは、その書に載っておるのか?」
「うん、その襲撃に加わった者が、その後次々と不審な死を遂げたって書いてるね」
「そうじゃ。妾と主人たちは襲ってきた連中を悉く呪い、一族を根絶やしにすることを誓ったんじゃ。そして実行した」
「でも、それで思いを遂げたんじゃないのか?なんで今度は殿様一族をお前は狙った?見当違いじゃないか」
「主たちと一緒に妾も敵討ちを果たしていった。ところがある日突然、主は城から居なくなった。それからも妾は城でじっと主の帰りを待っておった」
「ソラさん、それって……」
リーちゃんが言う。ああ、多分そう。
「化け猫よ。お前、一人……じゃなくて一匹でずっと主を待ってたんか。それな、実はお前のご主人と殿様は和解したんやで」
「和解?」
「ウミ、説明して」
「うん。次の代のダテのお殿様が、城内の怪異や不幸の原因を人を使って調べさせてね。君の主の名誉を回復した上で、犠牲になった人たちをきちんと供養したんだよ。君のご主人様は和霊って存在になって、ウーワだけじゃなく、もっと色んな所で今度は神様として祀られるまでになったんだ」
「神様に?主がか?聞いておらんぞ」
「うん。時間をかけて神様になったんだよ。ご主人様が城からいなくなったのは恨みを捨てて、今度は国を守る立場になったからだと思うよ」
「守る?ダテを?神に?なぜじゃ?なんで主は?妾は……妾はそんなことは聞いておらん。妾を捨てて主は城を出て行ったのか?主のために妾は、妾は……うおおお」
化け猫の慟哭が聞こえる。主と家人はちゃんと供養されたけど、たかが猫一匹ってことで放置されてたのか。それとも殺された猫の存在すら認識されてなかったのかもな。
「でも、なぜここ数代で今度はお殿様の一族に不幸が続いたんでしょうか?ここ百年くらいでしょ?」
サトちゃんがメモを見ながら首を傾げる。
「主が、主が帰って来た……気がしたんじゃ」
化け猫が言う。
「姿は見えずとも、何百年経とうと主の存在を妾が忘れるわけがない。主の手の温もりを未だに覚えておる。主が消えてしばらく大人しく城で眠りこけておったが、ある日突然、近くに主の存在を感じた。妾や主を殺した連中はとっくにおらん。となると、そいつらの暴挙を止めなんだダテ一族にも責任があろうが。こいつらがいなくなれば、主はここに戻ってくるような気がした。ダテ家を根絶やしにすれば、主が城主になって戻ってくると……」
「暴挙を止めなかったからって、それ、ただの八つ当たりやん。そもそもやで、主が戻ってきたって死人は城主にはなれんよ……」
僕は呟いた。
「それでも!」
化け猫は言う。
「どんな姿でもここに、妾のもとに帰って来てほしかったのじゃ」
「そうなら、とっととダテ家を根絶やしにすればよかったじゃない?なんで若殿様生かしてるのよ。おかしくない?」
サトちゃんが言う。おいおい、そこに若殿様おるんやぞ。
「そうじゃが……妾は、妾はこの殿様を手にかけることはできなんだ」
「なんでだ?」
「こやつは生まれた時から妾を見ていた。ジーっと不思議そうに。それからも他の誰にも見えておらぬのに、こやつだけは妾を抱き上げ、撫でてくれた」
「お殿様の見えないものが見える力か……」
「主がおらなくなって、久しぶりの手の温もりじゃった」
「あ、そうだ。お殿様が助けられたって言うのはどういうことや?」
「幼いこやつは、遠い親戚や配下の者から常に命を狙われておった。元は妾が蒔いた種じゃ。こやつの両親、兄弟を殺してしまったがために、今度はこやつに取って代わろうと、色んな連中が手を変え品を変え刺客を送り込んで来たわ。毒、待ち伏せ、事故死に見せかけようとしたりの。その度に妾が警告を発したり、逆にそいつらに取り憑いてやったわ」
う~ん、どんな話やねん。
「なんかもう、もの凄い悪循環!本末転倒!意味不明」
心からの僕の声である。若殿様は黙って聞いている。
「呪い殺そうとした城主一族を、今度は化け猫のお前が助けてたって話か?笑い話にもならんの」
「笑わば笑え。もうじき消えゆく身よ」
自嘲気味に化け猫が言う。その時、殿様が口を開いた。
「……シロ、お前、喋れたんだなぁ」
え?気になるのそこ?
「お前が今まで色々助けてくれてたんだな。ありがとう」
「いや、殿様、それは違う。そこは間違えたらダメなところ。殿様のご両親、ご兄弟の仇ですからね!」
僕は制止した。
「それでも!」
こんな短時間で二回目やな、その言葉。
「それでも寂しい時はシロが一緒にいてくれた」
「いや、そもそもなんで殿様が寂しくなったのか、その原因から目を逸らしたらダメですよ」
なんか調子狂う殿様だ。
「でも、なんで化け猫の復讐がまた再開したんです?」
アオが言う。確かに……。
「それって、アデヤ教の狂信者のせいじゃないですか?」
リーちゃんが言う。
「ひょっとしたら和霊さんの祠や祀られている神社を壊して封印したから、あちこちに分かれていた和霊さんの御霊がウーワに戻って来て、その存在感の高まりにシロちゃんが反応してしまったのでは?」
リーちゃん、シロちゃんて……。本人に聞くしかないな、これは。
「ユイ、神さんにアクセスできる?」
「アデヤ神なら……」
「却下!」
「シカちゃん、前に火葬場で八百万の神様集めたことあったよね?集められない?」
「あれ、昔からの神。シカ、古い神様、知り合い。新しいの、知らない」
「え?神様にコネとかあるの?若手の神様は交流無し?」
「ん」
あ、詰んだ……のか?新しい神様なぁ……新しい……。
「一本さん!」
「ん?」
「一本さん、ちょっと前まで人間やったやろ?」
「まあ、数百年は前やけどのう」
「なら神様の新人じゃん!話題の和霊様知ってる?」
「和霊殿か?まあ、知らんことは無い」
「シカちゃん、呼び出す時ってやっぱり舞うの?」
「うむ、舞う。詩歌の方が、呼びやすい」
「よっしゃ、じゃあ一本さん体復帰記念も兼ねて、詩歌さんと踊ろうか?」
「なんで?わしが?踊りなんて」
「ソラ、何考えてるの?」
「ん?和霊さん呼んで、化け猫の処分考える」
「シカちゃん、一本さんに踊り教えて」
「うむ」
「一本さん、人間の姿になって」
「え?いや、なんで急に?」
「お殿様、この広間借りますよ」
「わし、踊りなんて無理じゃ~!」
*(162話へ続く)*




