160話 残滓
「見えてたんですか?」
僕はお殿様に問う。
「ああ、近習どもには見えておるまいが、わしは見える。昔からな」
「ウミ、お前と同じやな」
「うん……僕より大変だっただろうけどね」
「どういうことじゃ?」
聞かれてウミが答える。
「お殿様、僕らはこの世界の者じゃないんです。いきなりこんな話をしても信じられないでしょうけど」
「ふ、この時代に般若心経を聞かされたわしには、受け入れるしかないわ」
「ありがとうございます。僕とそこのソラ君のいる世界は、宗教は多様にあります。アデヤ教自体がありません」
「なに?アデヤ教が無い?多様な宗教?なのに争いは起きぬのか?」
「起きます。広い世界で毎日あちこちで起きています。それでも人々は、自分の信じるものに祈りを捧げて暮らしています」
「争いがあるのに多様性か?それでいいのか?」
「いいも悪いも、全員同じ方向見る必要あります?色んな背格好の人もいれば、色んな髪型の人もいる。みそ汁一つとったって、それぞれの家にそれぞれの味がある。別にいいんじゃないですか?統治する側の理屈は違うんでしょうけど」
僕が口を挟む。
「ソラ、邪魔!」
ユイに叱られる。でもウミ的にはナイスって顔でこっち見てるぞ?
「お殿様、ソラ君の言う通りで、僕らの世界では色んな考えが認められています。それでも僕が人に見えない物が見えるということは特殊で、気味悪がられていました。だから人には言わないようにしていました。それがこのアデヤ教の世界で、皆、転生するという教えの中で、いるはずの無い者が見えるお殿様は孤独だったんじゃないですか?」
「孤独……か。皆、死んでしもうたの」
「皆?」
僕は思わず声を出した。
「わしの父母兄弟、皆死んだわ。祟りというやつか……」
「なぜお殿様だけ無事なんですか?」
「見えるからじゃ。聞こえるからじゃ。危険を知らせるモノがおるから、わしは生き延びておる」
「見えない誰かが助けてくれているんですか?」
「逆じゃ……わしの一族を苦しめるため、血を途絶えさせぬように生き永らえさせておるのじゃ。真綿で首を絞めるようにわしを生かせて、子孫を残し、その子孫をもいたぶるために血を繋げさせている。だから、わしはわしの代で終わらせてよいと思っておる」
まだ若いのに悲壮な決意だな。殺さず、子々孫々なぶるつもりとはまたえげつない。
「和霊……がらみですか?」
「いや、それは片付いたと伝わっておる。祠も作って安置した上に、ウーワのみならず和霊を神様と祀って、それ以外の場所にも祠などを作っていたと」
「お殿様!それ、危ないかも」
「ん?どういうことじゃ?」
「アデヤ教の狂信者が寺社仏閣以外の祠、お堂も破壊、封印してるんです。僕らも目につく限りは封印を解いてまわってるんですけど、和霊を慰めた祠が百年以上前に壊されたおかげで、悪いのが全部城に戻って来たんちゃいますか?」
「ああ、ソラ君、それはあるかも。アデヤさんのネットワークじゃないけど、祀られてた枝葉が壊れて、また幹に戻って来たのかもしれない」
「うむ……確かにそれまでは平和じゃったが、曽祖父の代から不幸が続いておる。関係しておるのだろうか?」
「ソラさん、待ってください。一度供養されて和解したとされた霊が、祠が壊されて戻って来たからって、主家にあだなすことをします?憑りついて殺すまでやりますか?」
サトちゃんが冷静な意見を言う。
「祠をなんとかしてくれ、もう一度供養してくれならわかりますけどね」
リーちゃんも続く。
「本当に和霊が元凶なのか、調べた方がいいと思う」
ウミが言う。
「ウ~ウ~」
またサチが唸った。ん?
「こら、こんなところに来てはいかん!部屋に戻っておれ」
殿様が声をかける。
「お殿様」
「なんじゃ?」
「何と話しているんですか?」
「何と?ああ、うちの猫じゃ。いつの間にか城に住み着いておっての」
「アオ、どう?」
「え?わけがわかりません」
「サトちゃんは?」
「なんかぼんやり」
「お主ら何を言っておる?」
「そこにずっと突っ立ってるお侍さんたち!今まで知らん顔してたんか?」
周りを見回すと、ばつが悪そうに俯いている。
「なぜ、そこに猫はいないと教えてやらなかった!お殿様は気がふれていると思っていたのか?」
「何を言い出しておる。ほれ、そこにおるではないか」
そう言って抱き上げる素振りをする殿様の腕には何もいない。まあ、僕やウミやリーちゃんには見えているけど。
「その猫……生きていませんよ」
「何を馬鹿な。この猫のおかげで、命を失いそうな時に何度も助けられてきたのだぞ」
「そいつが、お殿様だけを生き残らせようとしていたとしたら?」
「??」
「お前が元凶かっ!ウミ、リーちゃん、アオ!この猫、悪霊や。知らんけど、サチが威嚇してるからきっとそう。多分やけど。祓ってしまえ!」
そう言うと、ウミとアオが素早く指で印を切る。リーちゃんは般若心経を唱える。
猫は苦しそうに……せず、ニヤリと笑った。
「猫が笑った?」
殿様が猫を放り投げて後ずさりする。印にも読経にも全く動じていない。これは霊なのか?
「ソラ君、全然縛れない!これ、悪霊じゃないかも」
そんな気はして来た。
「サチ!解放しろ」
サチは抑えていた力を解放して、スピッツから通常の犬神の姿に変わる。犬神の母だからもっとでかい。白い霊気が紫の怨霊の色に変わり、体は巨大化して本来の姿になる。
殿様はびっくりして気絶している。周りの侍も気が変わったのに気づいて、ひるんでいる。
「危ないから、殿様連れて下がって」
「サチ、行けっ!」
サチは「ガウ」と返事をして猫に噛みついた。その瞬間、猫は後ろに飛び退き、白い猫から姿を変え、大きな真っ黒な猫になった。
いや、黒じゃない。乾いた血の色だ。
「面白い!犬神か」
猫は言った。
喋るとは……化け猫じゃん。
「ほう、お前喋れるんか?化け猫の類か?」
「まあ喋れる分、そこの犬よりは賢いかの。しかし妾を化け猫とは、よくぞ言ったものよ」
「妾ってか?猫が?調子乗っとんちゃうぞ!……あ、また化け物か……俺の担当?」
自分の顔を指差すと、ウミが満足そうに頷いた。
「お経読んでも効かないから、僕はお手上げ」
へいへい。
「で?化け猫……妾って呼んでやろうか?妾よ、お前はなんでここにいる?」
「妾を愚弄するか?人の分際で。三百年以上にわたる妾の恨み、思い知れっ!」
三百年?
「三百年だってさ。どう思う?」
仲間たちに意見を聞く。
「私の四十年よりは長いですね~」
のんびりした口調でアオイさんが言う。
「私はそこまで生きて無いわよ。もうちょっとだけ短いわ」
ユイが言う。
「ワン」
サチも同意する。
「一本さんは?」
置いたリュックに問いかける。
「え?わし?わしはどうやろ。似たようなもんかの?」
「シカちゃんは?」
「神に、歳、聞かない」
いつも通りの会話をする。
「妾を無視してなんの話をしておる!妾をコケにするか?」
「いや、別に三百年って自慢されてもあんまりピンと来ないからなぁ。古いので言ったらユキさんなんて空海さんの知り合いやったしな。天さんなんてそれよりもっとやろ?大したことない」
「大したことないと申すか?お前から呪い殺してやるわっ!愚か者よ!」
化け猫が僕の方に飛びかかって来た。
え?呪い殺すのに物理攻撃?
と思ってたら、
「あなた、誰を殺すって?」
ブチ切れたユイが素手で叩き落とした。
いや、クロヒョウくらいの大きさありますけど?この化け猫。
「何をする!娘っ!お前から……」
牙を剥いた時には、僕が金剛杖で横っ面をぶん殴った。勢いよく壁に叩きつけられる化け猫。驚いたようにこっちを見ている。
なんか詩歌様に弾き飛ばされた死神を思い出すな。
「シカ、やる?」
シカちゃんが聞いてくる。
「いや、大丈夫。全員いるし」
茫然としている化け猫に、サチが追い打ちをかける。思いっきり首根っこを咥えて左右にぶん回す。
これでもかと振り回してから板の間に叩きつけた。
エグい。
「喋れるから賢いと思わないことね」
声がした。
え?誰?
「サチ、ソラ君びっくりしてるよ」
ウミがニヤニヤしながら言う。
「ソラ、サチが喋らないって思ってたの、あなただけよ」
ユイが言う。
え?何それ?
「僕がサチの犬語を本当に翻訳してると思ってたの?サチはちゃんと喋ってたよ」
え?何それ?
「サチはソラさんにだけ聞こえないように喋ってたんですよ」
リーちゃんが言う。
「なんでよ?一番最初にご主人様に話すべきだろうが!」
「喋れると分かったら、あなたが遠慮すると思ったのよ」
ユイが言う。
「そう。サチはずっとソラ君のペットでいたいんだよ。喋れるとわかったら、ソラ君はサチを人として扱うでしょ?それが嫌だったみたい」
「そうなのか?サチ」
「ワン!」
「そうだってさ」
ウミが笑う。
ホンマかぁ~、お前ら。
しばらく板の間で伸びていた化け猫が目を覚ました。近くではサチがお座りの態勢で、いつでも組み伏せられるようにしている。
「で?三百年ってか?」
僕は化け猫に問いかけた。
*(161話へ続く)*




