154話 総動員
「庭先を借りるって、どういう意味なが?」
訝しそうにご主人が聞く。
「元々ここは由緒正しき霊場だったっていうのは、ご存じでしたよね?」
「それはさっきも言うたが、聞いて育っちゅう。ここに元々おったうちの家系のもんが戻ったのは、わしが久しぶりながよ。寺がまだあった時以来じゃき」
「この場所はですね、だいぶ前に空海さんって人が四国八十八の霊場を定めた時の、霊場の一つだったんですよ」
「それも聞いちゅう」
「千年以上もの間、人々の信仰の対象として、毎年何百人、何千人って方がお参りされて、願いを込めてきた場所だったんですよね」
「ほうじゃろうのう」
「そこへ突然、アデヤ教という美味しいことばかり言う宗教が降って湧いてきてですね……」
そう言うと、ユイがご主人から見えないように思いっきり僕の足を蹴ってきた。
「アデヤ教という、即転生という魅力的なご利益を掲げた宗教が入ってきまして、みんなそっちへ宗旨替えをしていったわけです」
「そうじゃな。その時、この寺も襲われて、うちの先祖も強制的に仏教を捨てざるを得んかったらしい。わしの家も今や熱心なアデヤ教徒よ」
そう言って振り返り、リビングに飾られた金色のアデヤ像を見る。
いや、金色て……。
「頑張って毎年献金しよったら、木の像に始まって、銅から銀、そしてやっと今年、金のアデヤ像を賜ったがよ。どれだけお布施をしてきたことか。ほれ、これを見てみぃ。この前もコーチの教会へ行ったら、なんと聖女様の聖骸布を賜ったがぞ」
誇らしげにご主人が出してきたのは、紛れもない、僕が切り刻んだユイの古着のドレスじゃん。
「ユイ、これって……」
「……」
ご主人がうやうやしく差し出した布切れをよく見ると、なんかある。
「なんかここ、タグついてるぞ。W58?」
「だぁああああああ‼️」
ユイがご主人の手からひったくる。
「なにをされる!」
ご主人が慌てて取り戻そうとする。
「なんでこんな所の持ってるのよ!そもそも聖骸布って、聖者とかが亡くなったあとの衣服が前提でしょ!私はまだこうして生きてるのよ!誰よ、聖骸布なんて言ってるの!」
「わし?お嬢さんの話はしよらんがぞ」
「これ、私の服!そこの男が私の服を鋏でジョキジョキ切り刻んで、コーチの教会でお布施をしてくれた人に無料で配ってるのよ!」
「え?お嬢さんの?どうなっちゅうが?」
「話せば長くなるので、端的に申しますと、この子は女神アデヤの正真正銘の聖女ユイです。信じられませんよね?そりゃそうですね。はい、こちらにコーチのお殿様の花押入りの証明書があります。どうですか?信じました?では話を続けますね」
「聖女様……まことなが?聖女様がわしの家にお越しくださるとは……」
「感動していただけるのは誠にありがたいんですけど、ユイ、お前に聞くけど、献金額によってアデヤ像がステップアップするっていうのは、アデヤ教の商法?」
「ナイナイナイ」
大きく首を振る。
そうよな。
「じゃあ、その像はいったい……。ご主人、それってこの近くの教会に寄付してもらってるんですか?」
「いや、教会は粗末な小さい木の像を与えてくれるだけじゃき。誰も訪れんようなこの家に、一年に一回回ってきてくれる教会の幹部がおるがよ。その人にお布施を渡しよったら、積み立てられて、基準を超えたら像を替えてくれるがぞ」
「ユイ?」
「知らない、知らない」
なんだその集金システム。
みんなが考え込んでいると、アオが小さく手を挙げた。
「僕~、その像見たことあります……」
「え?どこで?」
「え~と……アウル教の本部で」
「なんでアウル教にアデヤ像が!」
「多分、それメッキだと思うんですけど、僕とは別働部隊で活動資金を集めるところが、アデヤ教徒から……その……」
「詐欺してるんか?」
「多分、ですけど……」
「ユイ、あの像ってアデヤさんと繋がってる?」
「ん~、ここってまだ封印解いてないから、わかりにくいのよ。ちょっと待ってね」
ユイは意識を金のアデヤ像に集中する。
緊張した面持ちでご主人が見つめている。その間も奥さんは悠然と、みんなのコップにお茶を足してくれている。
「あ……ママから。そんなの知らない、ですって。そもそもここって、アデヤ教の狂信者に封印されて、荒れ地になった不毛の霊場跡ってことになってるから、ママの管轄外。庇護の対象になってないみたいよ」
「だからか!不浄なままで、一般人がいたらしんどくなるのは。山賊すら逃げ出した場所やもんな。なんだかんだ言ってアオを見てたら、アウル教はポンコツだけど、それなりに力のある人はいるんだろうな。この家に毎年訪れて詐欺するって、かなりのガッツやぞ」
「能力関係なく、昔のアオ君みたいに、一本気でやる気だけはあるってタイプの詐欺師なのかもだけどね」
ウミ、辛辣~。
「じゃあ、わしのお布施は……今までの努力は……」
「信仰なんて、金の多い少ないで決まるもんじゃないですよ、ご主人。たとえ小さな木の像でも、信心してたらアデヤさんにつながりますって。金ぴかの立派なもんでも、全く伝わらんってこともあるってことです」
「あと、ユイがひったくった聖骸布、代わりに聖女のパンツでも……」
ユイにほっぺたひっぱたかれた。
「最低ですね」
リーちゃんが冷たい目で見る。
「まあ当然」
サトちゃんまで。
冗談ですやん!
「面白くは、ないです」
アオイさんの声。
うううう……。
「私のリボンでよければ差し上げますわ。特にご利益なんてないですけど」
やっぱりユイ、いいやつだ。
と思ってたら睨まれた。
反省してます。
「で、ですね、ご主人。僕らはこの地の封印を解いて、浄化したいんです。それで、できれば元のようにご本尊さんに戻ってきてもらって、昔みたいに人が集まる場所にしたいんです。さすがにリビングにアデヤ像と薬師如来さんを並べたら趣味が悪すぎるので、お庭の一画にでも小さいお堂を建てさせてもらえれば、この地を昔のように、ご子息やお孫さんが遊びに来たくなる場所にしたいです」
「そんなことが可能なが?」
「ええ。こう見えて僕ら、専門家ですから」
「いつから専門家になったんですか?」
サトちゃんが聞く。
「こんだけやってきたら、専門家名乗ってええやろ?」
「確かにそうだね」
「いいと思います!」
「わかった。やっておくれ。聖女様から素晴らしい贈り物ももらえたし」
奥さまも静かに頷いている。
ありがたい。
「よし!じゃあやるか。ここが高知……コーチ最後の霊場。総動員でかかるぞ!」
みんな笑顔で頷く。
「よし、じゃあ全員外へ。あ、お茶いただきますね。はい、みんな飲んだか?うぉ、この番茶めっちゃ美味しい。え?庭で採れるんですか?凄い!浄化したらもっと美味しく……じゃなかった。みんな、やるぞ」
広い庭の一番奥の隅に、お堂を建てよう。
「一本さん、お願い!ここにお堂を。あと薬師如来の像。ウミ、お遍路のガイドブックで写真を」
「了解!」
と、そこへ一人の背の高い渋めの男性が現れた。
ご家老の兄弟?
「え。誰?」
「わしじゃ」
「わし?」
「お前がお堂を建てろと言うたんじゃろうが!わしじゃ!一本だたら様じゃ!」
「え?どうしたん?それ?整形?」
「お前がおおかみ……天狗様に、人の姿にって頼んだんじゃろうが!聖女様に言うて。生前の姿に戻されたわ!」
「足とか片方の目は見えなくなっていたんでは?」
「サービスじゃ言うての。なにやら見てくれは前よりようなった気もするが、どうでもええ。片足で跳ねるよりは便利じゃわ」
「雑談はええから仕事して。精霊使ったら、少しの木材とかも集められるんやろ?今回はこじんまり、頑丈メインでいいから。あと仏像は、前あったヤツよりもっと魂込めて作って」
「お前、雑談はええって……」
「作業開始!」
「はいよ」
男前には慣れないけれど、ダンディな一本さんは腕まくりをして、精霊を使って作業を始めた。
カッコいいな。
「よし、俺らは解放の儀式をするぞ。さっきも言ったけど総動員で。シカちゃん、詩歌様になって舞ってもらえる?」
「うむ」
「俺らは久しぶりに正装で臨もう。ウミとリーちゃんは法衣、俺とアオはスーツ。ユイもドレスで。サトちゃんはへそ隠して。アオイさんは除霊されないように、サトちゃんの中で見ててね」
「は~い」
「ふふふ。わかりました~。成仏しないように気をつけますね」
「よかったら、これ使うてくれるか?」
着替え始めた僕らに、ご主人が大量のござを貸してくれた。
「ありがとうございます。神様が舞を舞うので、真砂土の上だと汚れるかなと思っていたので助かります」
アオと僕とで庭にござを敷き詰めた。
「ソラ、ソラ」
準備をしている僕に、ユイが耳打ちしてきた。
「ママが見てる……来るかも」
「なんでよ?」
「面白そうだからって。シカちゃんまで今回、解放の儀に参加するでしょ?神様として興味あるって。あと一本さんにも興味あるみたい」
「え?女神が不倫?」
「今はフリーよ」
「いや、そういうジョークやめて。心臓に悪いから。一本さん聞いたら逃げるで」
「あの人、集中したら雷落ちても動じないから。山小屋で鬼子母神を作ってるときも、あのパパがちょっかいかけても完全スルー。その後、〆られてたけど」
神様を〆るって、天さん恐れ知らずが過ぎるやろ……。
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「それでは、解放の儀を執り行います!」
僕の掛け声で、ウミとアオが二人で封印を解く。
解いたあとの浄化を、ウミ、アオ、リーちゃんの読経で行う。淀んでいた空気が晴れ渡っていく。
三人の読経を聞いていると、脳が落ち着きすぎて眠くなる。漢字が音となり、耳から脳に流れ込んでくる。
読経を終えたウミが鈴を鳴らし、解放は完了。
「詩歌様!」
声をかけると、鈴を手にした詩歌様がござの上を滑るように舞う。
聞こえてくる雅楽の音色に合わせ、シャンシャンと鈴を鳴らす。
見ていたサチが危うく成仏しそうになる。
見事な舞だ。
着物も髪飾りも完璧な神様。日本の神様とはこうあってほしいもんだ。
そして静かに舞が終わる頃には、この地は祝福に満たされていた。
「一本さん、お堂と薬師さんは?」
「野暮なことを聞くな、ソラ」
見ると、お堂が完成していた。
中には薬師如来像が見事に……見事に……ん?
「ソラ君!これ、一本さん凄いよ。お堂と薬師如来様が一体化してる。像を置いたんじゃなくて、お堂と繋がってるよ!見たことない、こんなの」
「これなら盗まれることもあるまい?」
自慢げな一本さん。
「建物が古くなったらどうすんの?」
「え?」
「仏像の大掃除したくなったとき、風に当てたいときとかどうすんの?」
「え?」
「ちょっと像を動かして掃除したいとき、どうすんの?」
「あ……」
「製造者責任な。自分の足あるから、歩いてメンテナンスしに来てや」
「くっ……」
「まあ冗談はさておき、ウミ。僭越ながらコーチ最後の札所のご本尊さん、俺らで魂入れさせてもらおう」
「そうだね。全員で!」
「私、アデヤ教……」
ユイが気まずそうに言う。
「関係ないやろ?俺らには」
僕は空に向かって声を張り上げた。
「アデヤさ~ん!見てるなら来てよ!一緒にやろう!」
「ソラ!なんて無茶な……いくらママでも……」
「呼んだ?ふふふ」
目の前に現れたのは、何度かお会いした女神アデヤ様。
ご主人と奥さんが玄関先で腰を抜かしてる。
「美しい……」
アオが呟く。
頭を叩いたのはサトちゃんなのか、アオイさんなのかは定かではない。
こいつは見たまんま口にするからいいんだ。ウソがない。
「じゃあ、みんなで魂を入れよう!せ~の!」
全員で祈りを捧げると、お堂の中が光で満たされた。
一本さんが作った薬師如来像に、僕らの祈りが入っていく。
目が光った気がするけど、僕の見てる前でそんなギミック仕掛けてないよな?一本さん。
「アデヤさん、ありがとう。ついでに、ここの家の金のアデヤ像にもアデヤさんとの縁、繋げてあげてもらえますか?」
「もちろんです。でもね、金でも銀でも、石でも木でもなんでもいいのですよ。鉛筆だってビー玉だって、それを信じて願えば祈りの対象になるのですから。その気持ちは神に届いていますよ」
え?なに?
「アデヤさん……いえ、女神アデヤ様。それって僕の考えと似ている気がするんですけど」
「そうですか。あの人と似たような考えなのですね」
「アデヤ様。この世界に来て一番最初に違和感を覚えたのが、一神教で、他の信仰を認めないっていうところでした。だから僕とウミは、アデヤ教と対峙することを決めました。でも、あなたの考えはそうじゃないような気がします。矛盾してませんか?」
「信じるもので対立する。そんな世の中を変えるためでした」
「そこは僕も同意です。でも、強いるものではないと思います」
「ええ。そこもあの人、天狗と同じ意見なのですね」
「そこだけは変わりません」
みんながハラハラしながら、僕とアデヤさんのやり取りを聞いている。
「わかっています。私は私の信じたやり方で。その次は、あなたとユイで考えればいいです。楽しかったわ」
そう言ってアデヤさんは帰ろうとしたが、最後にご主人へ顔を向けた。
「ご主人。信仰の深さは、お金じゃないですからね」
「あ、ありがとうございます!お金は有意義に使います!」
それを聞き、笑顔で去っていこうとするアデヤさんに、
「ウミ、お前もなんか言っとけ」
と、ウミをつつく。
「あ、あの、アデヤさん。前にパンツ覗いてごめんなさい」
明後日の方向のお詫びを繰り出すウミ。
アデヤさんの眉間に皺が寄った。
その瞬間、天から一撃の光が落ちてきて、僕らの脇をかすめた。
地面にでっかい穴が開いたと思ったら、すぐに湧き水でいっぱいになり、お堂の横に小さな池ができた。
後日、そこには蓮の花が咲き、『アデヤ様の池』と呼ばれ、訪れる人々の癒やしとなったらしい。
だが、僕らがもう二度とそこへ行くことはないだろう。
「蓮の実のブツブツいやぁ~~~‼️」
と、ユイが言うから。
*(155話へ続く)*




