151話 彼岸花
「一本さん、凄いの作っちゃったね」
金剛福寺に着くと、そこには立派すぎるお堂が建っていた。
「お前ら遅いから、ついつい手を加えすぎてしもうたわい」
「お堂や、言うたやろ?なんでこんな六角堂みたいな立派なもんにするのさ。雨露しのぐくらいって言ったじゃん」
「もう懲りた……」
「懲りたって何にさ」
「お前、ちょっとでも壊れたりしたら、製造者責任だなんだと言って直させる気じゃろ?毎回毎回やってられるか。海におるもんを探せなんて無茶もいいところじゃ!」
あ、シャチを探させたのを根に持ってるな。
「とはいえ、不具合出たら?」
「そりゃ直すわな」
「結局一本さんも責任感強いから、直しに来ないといけないじゃん。まあそん時は片足でジャンプして来いとは言わんよ。ユイなりシカちゃんに連れて来てもらうとすぐだよ」
「まあ、それなら……」
「ワン!」
「あ、サチも協力してくれるってさ」
知らんけど。
「いや、お前、わしって仮にも神様ぞ。さすがに幽霊犬にぶら下げられて移動っていうのものお」
「あ、幽霊犬って言った?犬神の母やぞ?ええん?そんな口聞いて。サチが本気になったら化けダヌキよりでかくなるよ。今は抑えてもらってるけど」
「ヘッヘッヘ」
サチが舌を出している。
それが一本さんには、舌なめずりして笑っているように見えたらしい。
「わかった、わかった。なんでもいい。直す、直す。どこでも行くぞ」
わかりゃあええねん。
「じゃあ次の村行こうか!」
「あ、ソラ君。一応、安置したご本尊さんに拝んでから行くよ。リーちゃん、アオ君、いいよね?」
「はい!」
元気な返事。
「じゃあ、次の教会の話を一本さんとしとくわ。アオの話からすると、その村なら板とかは十分ありそうやし。あ、一本さん。一本さんの腕があったら、あれも綺麗にしてもらえるかな?」
「あれってなんじゃ?」
「ユイ、像持ってきて」
そう言うと、ユイが小さめの少し汚れたアデヤ像をアオのリュックから取り出した。
「ほう……これはまた年季の入ったいい像じゃな。わしが手を入れるところはなさそうじゃが?」
「それがさ……裏返して背中見てみて」
「ん?背中?」
そう言って像の背を見て絶句する一本さん。
赤黒い染みが飛び散るようについている。
「ソラ、これは……」
「ん。多分、血の跡かな……指紋みたいなのも見えるやろ?多分、守ろうとした教会の人の血かなと」
「むごいのう……これを綺麗にしたいんか?」
「うん。なんか教会を綺麗にしたのに、血で汚れた像ってどうなんかと思って」
「これでええが」
「え?」
「むしろこれでええじゃろ。守ろうとした人の生きた証じゃ。その人のおかげで、またそこにこの像は戻れるんじゃろ?命がけで守ろうとした像だから、大事に扱われて残ったんと違うか?」
「なるほどなぁ……生きた証か」
「とはいえ、このままだと子供もびっくりするかの。ちょっと趣を変えてみるわい」
ユイから像を預かった一本さんは、しばし考え込んでいた。
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「ソラさん、この村です。板を分けてもらったのは」
アオの案内で着いたのは小さな村。
主に林業を生業にしているのか、あちこちに杉や檜の丸太を積んでいる。作業小屋みたいなところでは、乾燥させて皮を剥いだ木を薄く板にしている。
う~ん、いい匂いだ。
「なんか落ち着く香りだね。森林浴してるみたいな」
「お風呂にドボンって入れるヤツみたいやの」
「緑に染まるやつですね!ユイちゃんの家のお風呂で入りました!」
あんな檜で囲まれた山の中の風呂に、わざわざ森林浴の香りの入浴剤を入れる天さんのセンスよ。
「パパに言っておくわ」
やめて、ユイさん。
「アオ、お前が頼まれたって人はどの方?」
「はい、あちらに見える製材所のお年を召された方です。ちょっと行ってきますね」
フットワークの軽いアオは走っていった。
「ユイ、お前、シリアル番号チェックして、ここの村のアデヤ像って確認したみたいやけど、間違いない?」
「当たり前でしょ?当時の司祭も代官所にいるって把握したから、呼び寄せてあるわよ。矯正プログラム中だったけど、放免して村へ送ってってローパーちゃんに手紙を届けてもらったから、馬でここまで送られてくると思うわ」
さすがユイ、仕事ができるなぁ。
「おお、アデヤ様の像を見つけてくださったちゅうのは本当ですやろか?」
アオが連れてきたおじいさんが言った。
「はい、間違いないと思います。ただ、奪われた後、少し汚れたみたいで。正面は無事ですが、背中側がちょっと」
そう伝えて、絹の美しい布に包まれた像を渡す。
一本さん、包む布にもこだわってるなぁ。
恭しく受け取ったおじいさんは、おそるおそるその布をほどいて確認する。
「おお、このお顔は間違いない。わしが子供の頃から見ていたアデヤ様に間違いないがです」
顔をくしゃくしゃにして泣く。
作業をしていた人たちも手を止めて、おじいさんの周りに集まってきて声を上げる。
「良かったのう。無事にまた戻ってきてくれたがぞ」
「アデヤ様が戻られたが」
みんな嬉しそうだ。
「背中が汚れたっちゅうことですが……」
おじいさんがアデヤ像の背を見る。
そこには赤黒い染みはそのままに、その血の跡を生かした曼珠沙華の花の彫刻がなされていた。
一本さん……。
別名、彼岸花か。
「なんと美しい……汚れなぞどこにもありゃせん」
「これは見事な。元からこうじゃったんか?」
「背中に回って見ることなぞなかったが、これほど立派な細工をされていたとは知らなんだ」
曼珠沙華の花畑にアデヤさんが佇んでいるように見えるな。
凄いなぁ、一本さんは。
「ウミ、ごめん。曼珠沙華の花言葉って……」
「曼珠沙華の赤い花は『転生』って意味もあるそうですよ、ソラさん」
先回りして電子辞書を開いていたサトちゃんが教えてくれた。
「転生、まさに転生やな。アデヤ教、そして女神像も再び生まれ変わった。ふさわしい花やな、曼珠沙華」
その時、ユイが難しそうな顔をしているのに気づいた。
「ユイ、どうした?アデヤ教的にはこういう装飾とかはご法度とかだった?もしそうだったらすまん」
「違うわよ。あの唐笠小僧にこんな完璧な仕事をされたら、なんか悔しいじゃない」
そう言って目を閉じる。
ユイ、血で汚れた像に心を痛めてたもんな……。
よかった。
像を守って犠牲になった人も、これから僕らが弔ってあげますから。
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「ソラ、できたぞ。こんな感じか?」
破壊された教会があった場所に行くと、すでに簡易ながらもしっかりとした教会が建てられていた。
見ると、一本さんの周りに小さいのがたくさんいる。
「これが噂の一本さんの精霊?」
「そうじゃ。わしの手足となって働いてくれる精霊たちじゃ。それぞれが能力を生かして手伝ってくれる」
「だからこんなに早くできるんだね。助かる。精霊たちに何かお礼しないとね」
「いや、わしには?」
「ん……考えとく」
何したら喜ぶかわからんもん。
「じゃあ、アオ。アデヤ像を安置して」
僕らは真新しい教会に入っていく。
うん、杉や檜のいい香り。
前方の一番奥にあるスペースに、アオがアデヤ像を安置する。
うわ、これ、後ろに回り込めるスペースがあるから曼珠沙華の彫刻もしっかり見れる!血の跡がこんなに素晴らしい彫刻に生まれ変わるとは。
凄いぞ、一本さん。
「ふふ~ん。どうじゃ?見直したか?」
「見直したかって?全然」
「ああ?」
「俺は毎回、一本さんは凄いって感動してるから。なんだかんだ言うけど、一本さんみたいな神様はそうはいないよ。本当に凄い。毎回そう思ってるよ。感謝してもし足りない」
「お前、また、そんな……褒めたりして……やめろや、ええ?」
「ソラ、これで十分ご褒美だわよ。何もあげなくていいわ」
そうなんかな?
「いいのよ!」
そこへ村の人たちが、できたての教会に入ってきた。
みんな口々に驚きの声を上げている。
そりゃ、さっきまで瓦礫しかなかったもんな。
「ソラさーん、早馬が来ましたよぉ~!司祭さんが戻られました~!」
リーちゃんの声。
おお、もう来たの?
「司祭様が戻られたがか?」
村人たちがざわつく。
扉を開けて入ってきた司祭は、簡素な服に髭面で、とても司祭と言われても信じられない。
賊の一味として捕まっててもしょうがない風体。
よくコーチに連行されんかったな。
「司祭様、えらい変わり果てた姿に……」
「気の毒に……」
とか言ってる村人より、恰幅よく顔色もいいぞ。
「ああ、懐かしや。皆さん、お変わりないようで安心しました。囚われて島で野盗どもの元、アデヤ教の司祭もどきの仕事をしていました」
「司祭さんが無事で何よりじゃ!よくぞまた戻ってきてくれたがぞ」
「私の身なりを見て、代官所でも野盗の一味と疑われ、厳しい取り調べを受けたのですが、コーチに連行されていく野盗どもが口々に『その方は司祭さんだ。無理やり攫ってきた人だから返してやってくれ』と証言してくれまして」
ああ、野盗の中にも人の心を持っていたヤツもいたんだな。
ちょっと心が救われた気がする。
「しかし、以前より立派な教会を建てていただけましたね。素晴らしいです。皆様の信仰の篤さに感動しました」
司祭が村人にお礼を言う。
「違うちあ。旅の人がアデヤ様の像を取り戻してくれた上に、こんな立派な教会を作ってくれたがよ」
「ええ?旅の人が?」
「あ、どうも旅の人です……へへ」
「なにニヤニヤしてるのよ!しゃきっとしなさい!」
ユイに怒られる。
照れくさいやん。
「ご縁があって、野盗どもの壊滅と島の慰霊をしてきました。せっかくですから、この村にいる浮かばれない霊たちも、これからアデヤさんの元に送ろうと思いますが、よろしいですか?」
「恩人に言うのもなんじゃが、わしらアデヤ教徒じゃ。アデヤ教徒は死んでも即転生するから、霊なんておらんがよ」
「いや、そうではないです」
司祭が口を挟む。
「アデヤ教を信じる私が言うのもおかしいですが、そうではないのです。私は島に囚われている間に、それを重々感じました。村の果てには、それはそれは重く苦しい霊たちが……今なお」
「あ、それ全部、供養終わりましたんで」
「え?あれをですか?」
「はい。最後の一人をさっき天に送り返しましたから、もう大丈夫です」
「あなた方は一体……」
「ただの会社員と見習い坊主と、その弟子と聖女と犬神の母と物書きと……お姫様かな?」
「はぁ?」
またユイが眉を上げる。
ええやん、美人なんだし。
「わしは?わしは?」
「ソラ、シカ、忘れてる」
「それに追加で神様二柱!」
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僕たちはこの村でも葬送の儀を執り行い、司祭さんも一緒になって、この村の霊たちを送り出した。
こぢんまりとした、いい式典だったな。
「これでアデヤ像を守って亡くなった人も浮かばれますね」
司祭さんに声をかけた。
「アデヤ様の像を守って亡くなった?いえ、誰も死んではいないかと……」
「でも、像の裏には大量の血痕が」
「あ、あれは私と賊が奪い合いになった時に、相手が勝手に自分の刀で手を切った時についた血ですわ」
「はあ?」
「その間抜けなやつは、バチが当たったって改心して、島では私の弟子みたいになって身の回りの世話をしてくれとりました」
「その賊は……やっぱりコーチへ?」
賊として悪さしてたなら、連行されてるやろな。
「いえ、まだ若い青年で、悪事に手を染める前に私の弟子みたいになったので、代官所預かりで『矯正ぷろぐらむ』とかいうので、今後の生き方や働き方を勉強しているところです。あと半年もすれば戻ってくると思うので、ここで一緒に働かせようかと」
「そうなんですか。なんだかなぁ……一本さん!俺の感動返せ!」
「なんでそうなるんじゃ!おかしいじゃろ!」
さてさて、板探しから色々あったけど、冬が来る前に先に進むぞ。
次は……と。
「延光寺ですよ、ふふふ」
アオイさん。
かわいいな。
もう姫でいいじゃん。
「はぁ?」
アオとユイが振り向いた。
*(152話へ続く)*




