149話 対話
目玉はだいぶ減ったけど、アオイさんも消耗してる。
もう刀を振ることができず、上から逆手に持って刺すだけ。
そりゃ百回以上、重たい刀を振り回してくれたもんな。
「アオイさん、ありがとう。あとは俺がやるよ」
穴を下りながら、アオイさんに声をかける。
僕は目玉に歩いて近づいていく。
うおお……近くで見ると、これはかなり気色悪いな。ユイじゃなくてもダメかも。
下の方のやつがこっち見てるな。
「ソラさん、私、さっきから何度もお願いしながら刺してるんですけど、もうなかなか離れてくれなくなってしまって」
「うん。もうここまで来たら、初期の怨念とかが溶け合って、自我を持ってる感じかもしれんわ」
「どうするんですか?」
「ああ、アオイさんはバケモノ退治初めてだもんね。俺らがやるのは、まずは対話かな。自我があって会話できるやつとは。それでもわかってくれなかったら実力行使」
「実力行使?」
「ぶん殴る!」
「そんな乱暴な……この人たちも被害者なんですよ」
「うん、知ってるよ。でも、もう時間が経って、自分が何者かもわかってないと思うのよ。それをなんとかほぐして、納得してもらえたらなって」
「危なくないですか?」
「ああ、それはもう今までも何度も死にかけたよ。サチにも殺されかけたし」
「ええっ!そうなんですか?」
「うん。相手が何年も何十年も本気で苦しんでるなら、こっちも本気で向き合わないと失礼でしょ?」
「それって私もそうなった可能性が……」
「まあ、そうかも。アオイさんはたまたま一人だったけど、ここの目玉たちは、もとは一人だったのがたまたまいろんな念と混ざり合って、こうなったんだろうね。全部が全部被害者でもないだろうしね。賊で返り討ちで殺されたやつや病死、老衰、色々混じってると思うよ。」
「じゃあ私も、もしかしたら……」
「ここにいたかもしれないね」
「なんということ……」
「だからさ、俺らにアオイさんをいきなりぶん殴れるかって話。絶対できないでしょ?このブツブツの一つ一つにも、なんらかの背景があると思うんだわ。だから、それに対してはきちんと対応するよ」
「そうなんですね」
「それでもわからなけりゃ、ぶん殴るだけ」
「それ言うと台無しですね、ふふ。ソラさん、気をつけてくださいね。さっきより、かなりやりにくくなってますから」
「忠告ありがとう。アオイさんこそ、さっさとサトちゃんに戻って。無理しすぎて過労死しないでね」
「私、もう死んでますから平気ですよ、ふふふ。もう少しだけお手伝いして戻りますね」
ああ、そうだった。
そこにいるのが自然すぎて、つい忘れてしまうなぁ。
よし、最下層に着いた。
あ~、もうスニーカーがグチョグチョだ。
なんだよ、この液体。
仏像や仏壇が邪魔!ああ~もう、足元のアデヤ像、あっち行けっ!
「おい、そこの目玉たち。会話できるか?統一された意志ってあるか?」
「……何だ、小僧」
「何しに来た」
「お前、まさか山賊か?」
「もしやわしを殺したやつか!」
「わしの嫁をどこにやった!」
「この米は年貢の……」
「わしの船を返してくれ!」
うわ、もう意志バラバラやん。
それぞれの目玉が、それぞれの意志で返事をする。
「ソラさん、刺しても刺しても、もう……」
と言ったアオイさんの足を、触手が掴んだ。
「アオイさん!危ない!」
僕はいくつかの目玉を踏み台にして、アオイさんに絡まっている触手を手に握った金剛杵でぶん殴る。
殴られた触手は悲鳴を上げて千切れ飛び、やがて人の姿になって穴から上へと上がっていく。
「ウミ!そっち行った。引き寄せて!アオイさんを襲ったやつだけど、弔ってやって」
読経中のウミは答える代わりにチーンと鈴を鳴らした。
読経が大きくなり、ウミたちの方へ霊が引き寄せられていく。
下からはよく見えないが、ユイの祈りでそのまま上へと上がっていく。
サチがうまいこと受け取って、空へ先導してくれている。
殴った僕を全ての目が捉えた。
無事、敵と認識されたようだ。
全ての意識が僕に向かった途端、低いエコーがかった声が語りかけてきた。
「お前、山賊の一味か?我らを害してなお飽き足らず、害を為しに来たか?」
統一した意識か?
「違う!」
「では、海賊か?まだ我らから奪おうとするか?」
「海賊でもない」
「野盗となりし者か?お前は我らに何を成す!」
「俺は、俺たちはお前らを弔いに来た」
「弔いだと?我らから信仰を奪いおったくせに」
「奪われたのか?」
「人ごとのように言う!お前が寺を襲って御本尊を奪い、火を放ったろうが!」
寺……ってことは、百年以上前の怨霊か。
「長い間、苦しんだんだな」
「お前がしたことじゃ!」
「俺じゃないよ。多分、それは山賊だわ」
「山賊じゃ!お前も山賊じゃ!」
「違うわ!覚えてないくせに適当言うな。俺はお前らなんぞ知らん。この世界の人間でもないぞ。ただ弔うためにここに来ただけだ」
「弔う?アデヤ教にそのような教えはない!」
また違うのが出た。
キリがない。
「黙って聞けよ!うちの大事なお姫様、お前ら斬りすぎてちょっと疲れてるから休ませたいんや」
「え?お姫様って私ですか?」
とアオイさんが頬を赤らめた……気がするけど、半透明だからわからん。
いや、ものの例えですわ。
「お前らを殺して、奪って、連れ去った憎き賊たちは全て捕まった。コーチのお殿様に身柄を渡した。確実に処刑されると思うから、遅かれ早かれお前らも会えると思う。先に行くべきところに行って、あとから来る賊の連中を先輩面して迎えてやれ」
「そんなことで我らの怒り、怨みは消えるものではない」
「じゃあどうしたいのさ?ここの穴の中でずっとおるか?別にそれでもええで。うちのお姫様に斬られた上の方のは、とっくに空に上がっていったけど、お前らはここに残るか?俺は別に困らんけど」
「この痴れ者が!そんな脅しが我らに効くものか。失うものは何もない。あるのは怒りと苦しみ、悲しみ、憎しみ」
「じゃあいいわ。ここ埋める。さっきまでは穴の上まで目玉出てたけど、今は底の方に残ったお前らだけや。これ以上付き合う気もないから、埋めて他の人の目につかないように封印するわ。せいぜいここで怨み続けておきな。怒りを持続するのって結構パワー使うけど、大したもんだわ」
「埋める?封印?」
話聞かんやつに施す善意なんぞない。
もう知らん。
「ウミ、アオ、リーちゃん、ユイ、お疲れ。もう儀式ストップでええで。まだ残ってるけど、こいつら言うこと聞く気ないみたいやから、埋めて封印して次行こう」
聞こえていた読経が止まる。
サチも地上に下りてきた。
ユイは恐る恐る目隠しをずらして、片目でこっちを見た。
「ぎゃー!まだいるじゃない!何よ、もう!終わったのかと思ったら!最低!」
と大騒ぎ。
「じゃあ、アオイさんも上がろう。できるだけのことはしたし、嫌なもんを無理やり送るのもまた道理に外れる。目玉の意志を尊重して帰ろうよ」
「わかりました。残念ですけど……」
とアオイさんも穴の向こうに消えていった。サトちゃんに戻ったかな?
「ほな、静かに穴の下で眠っておきな。お前らの親や嫁さんや子供には、もう二度と会えんと決定したわけだけど、お前らの選んだ道やからな。もったいないな。最後の機会だったのに……」
と呟きながら、穴から出る坂を登っていく。無理強いすることもないしね。知らん、知らん。こっちが頼むことでもないし。悪さしない奴らでめでたしめでたし。
「ほんだらの」
僕は、目玉に軽く声をかけて帰路につく。関西弁なら「ほなの」、標準語なら「ほんじゃあな」かな?
「ま……待て」
「ん?」
「待て」
「あ?」
「待て!」
「あああ?この期に及んで命令口調ってか?誰に『待て』ってか?そんな命令を俺が聞く義理あると思う?」
「待って……ください」
ブツブツ改め目玉が言う。
「何や今さら?もう店じまいしたけど」
「家族に会えるっていうのは?」
「そりゃ、お前らの家族のほとんどはとっくに亡くなってるやろ?仏教徒も氏子もおったら、あの世とかの概念わかるかな?アデヤ教徒は即転生を信じてるかもしれんけど、事情があってまだ転生してない霊が多数いる。家族がまだ空の上にいたら、会える可能性はある。残ったお前らより先に空に上った連中は、もう再会してたりしてな」
「わし、ここから離れます。お願いします。出してください」
と目玉の一人が言う。
「お前、ずるいぞ」
「抜け駆けか」
という声も上がるが、そいつは目で必死に訴えかけてくる。
「わかった……すぐ行く」
僕は坂を走って戻り、その目玉に向けて金剛杵を振るう。
グシャッという音とともに目玉は吹き飛び、やがて霊体となる。グロい音がした割に嬉しそうやな。
「ああ……何十年ぶりだ。ここから離れられたのは。ありがとうございます。寝ている時に一緒に殺された嫁を探しに行けます。ありがとう、ありがとう」
その霊は頭を下げる。
「サチ!ある程度溜まるまで穴出たところにステイさせといて。まとまったら、ちゃんと俺らで葬送の儀をやろう」
「じゃあサチ、ここに集めて」
とウミが広場の一角を指示すると、サチがそこへ誘導する。
牧羊犬みたいやな。
「ほかはおらんか?」
「拙僧も頼みたい」
おお、お坊さんか……。
お寺を襲われた時、見境なく殺されたんだな。
「わかった。痛かったらごめんな。殴る俺も痛いから」
そう言って目玉を殴る。実はこっちも痛いのだ。かなり。
「恩に着る」
と、霊になったお坊さんが言う。
あ、サチまだ前の霊を導いててまだこっちに戻ってないと思ったら、ユイがその霊の手を引いて、ウミが指定した場所へ導いてくれた。
「お前、目隠し外して大丈夫なん?」
「霊なら慣れっこよ!ブツブツのままじゃなきゃ平気よ。筋子は苦手でもサーモンは大好物だもの」
僕みたいなわかりにくい例えやめて。
「私もお願いしたいです」
と目玉に呼ばれた。
「ごめんな。ちょっと痛いよ」
「大丈夫です。子供に会えるなら……子供と寝ている時に、うちは……」
「そうか。痛かったな。辛かったな。長い間お疲れ様。お子さんに会えるといいな」
と言いながら殴る。イテテテ。
目玉は痛そうに千切れ飛び、女性の姿になった。僕も痛いぞ。
子供がどうなったかわからんまま死んで、ここに何年も。辛かったろうな。
そこから次々に声がかかり、最後の巨大な目玉を残すのみとなった。
一体、何発殴ったんだろう。もう右腕の感覚は無くなった。
「あんたで最後だけど……どうする?ギリギリまで悩んでるんか?」
「いや、俺は……救われる資格がない」
「資格がないってか?」
「ああ。俺が諸悪の根源だ」
「はあ?どういうこった?」
「さっきそこにいた女……俺が殺した」
「え?姫…じゃなくてアオイさんを!」
「ああ、俺がタクミを育てて、そしてやつに殺された」
なんだって?
この目玉が、山賊の頭領だったやつのなれの果てか?
その時、
「お前かぁあああああ!」
アオが穴に向かって飛び込んできた!
*(150話へ続く)*




