143話 刀
代官所にて。
「ソラ、久しぶりじゃのう?なんで最近戻ってこん?城にはアオばっかり来ておるが」
と殿様。
「殿様、そうはおっしゃいますが、そもそも僕たちコーチの住人じゃないですよ。ちょっと前までたまたま城下に滞在していただけですってば。旅人ですよ、旅人」
「まあ、城下におらずとも、あちこちで面倒ごとを解決してくれているようで、わしの所までお前たちに感謝する声は届いている」
「そこは殿様が僕たちに融通利かせてくれているおかげですよ。僕らが動きやすいようにしてくれていて感謝してます」
でも、ぼちぼちコーチの旅も終わるんだよな。
「ところで殿様、イーヨの殿様とは懇意?」
「ああ、そりゃ隣の国だからの。それがどうした?」
「あとちょっとでイーヨの国に入るから、動きやすいようにあっちのお殿様に紹介状書いて欲しくて」
「ん?お前、イーヨの殿様の元へ行こうとしとるのか?ならん、ならんぞ!」
「んなわけないでしょ。旅の融通利かせてもらえたらな、ってだけ」
「なるほど、それなら、まあ考えておくか……」
「ところで今回の賊の処分の件ですが」
「ああ、代官からあらかた聞いた。アオからも先に聞いておったがな。事情はわかっておる」
「襲撃を主導した者たち以外は、なるべく寛大な処置を」
「ああ、根城にしていた島におる者は、吟味の上で処分を検討かの……」
「殿様が船で捕縛した連中は?」
「これはもう明快じゃ。襲撃の現行犯じゃろ?全員打ち首が然るべき処置じゃな」
「まあ、そうですよね……」
これまで好き放題に殺人、強盗、放火、人攫い、他にも散々やらかしてきた連中にかける温情は無いよな。
「処刑するならどこでやるんです?ここでそれを?」
「さすがに身柄は一旦コーチに移して獄につないでおくかの。裁きは形式上必要だろう」
「そうですか。まあ、よかった」
「よかった?」
「いえ、こっちの話で。ところで、捕まえた罪人の話を聞くことは可能でしょうか?」
「ん?お前たちなら別に構わんぞ。何を知りたいのか知らんが、縄で縛られておるから襲われることもなかろう」
よし、教会まで話をしに行けるぞ。
「ソラ、一つ頼みがあるんじゃが、あのアオという男、わしに預けんか?」
「アオを預ける?もちろん預けませんけど、なんでです?」
「そうか……そうじゃろうの。いや、あんな優秀な家来がおったら、どれだけ仕事が楽かと思うたが」
「男前な家老さんがいるじゃないですか」
横の家老が少し反応する。
「こいつか?こいつは優秀じゃが、頭が固くていかん」
「アオは男前な上に色々と機転が利きますからね。欲しいのはわかりますが、もう僕の家族なんで無理ですわ」
「あいつ、元々はコーチの町で密偵してたヤツやろ?自由人じゃないんか?」
殿様も密偵って知ってたんか。なら、そんなポンコツ欲しがるのおかしいやろ。
「あいつ、出来損ないのフリした切れ者じゃった。あんなのが在野におるとは気づかなんだわ。早めに唾を付けておくべきじゃった」
「いえ、僕もしばらくはただのポンコツだと思っていましたし、実際ポンコツでしたよ。旅をするうちにどんどん成長している感じですね」
「逃がした魚は大きいのう。でもお前の家族なら、あいつもわしの食客じゃ。聖女様もサトもシカもリーも、全部わしの客分じゃな」
「シカちゃん、神様ですよ。殿様が修復している神社の」
「あ……」
「聖女や神様を配下に置いて使うおつもりで?」
「え……」
「ついでに言うと、あの神社の工事手伝ってたのも別の神様ですよ。あ、その神様で良かったら置いていきますけど。便利ですよ、あれこれ修復したりするの。アデヤさんが壊した天守閣も直しておきます?」
「こら、ソラ、やめろ~」
「金槌が喋った?奇怪な」
ここで一本さんが姿を現したら討伐されそうだな。
「なんか本人が嫌みたいなんで……。じゃあ教会に行ってきますね。殿様、今回は助かりました。ありがとう」
「おお、なんのなんの。そうじゃ、お前の給金は工事代に充てておるが、今回の野盗討伐に関しては報奨金が出るぞ。アデヤ金貨で五十枚ほどじゃ」
「あ、ありがとう。ほな、そのお金は井田から来てくれた漁師さんの網元に渡して。あの町も今、結構大変だから」
「ん?そうか?わかった」
家老が懐から紙を取り出し、サラサラとメモしている。
「あ、そのうち金貨十枚くらいは教会に。牢獄にぶち込んだ悪党の食事代。まだしばらく反省してもらわんといかんから。万が一にもひもじい思いさせたら、反省の心が鈍るといかんので」
家老がさっき書いたメモにバツをして書き直す。
いや、そんなめんどくさそうに眉間に皺寄せなくても。
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僕らはこの町にいた、まだ空に上がっていない霊たちの供養を終え、教会内に簡易に作られた牢の前にいる。
サトちゃんとアオイさんも一緒だ。
中には、顔に痣のある初老のガタイのいい男がいる。
「あんたが、捨て子のタクミか?」
「誰がそんなことを言う。ただのタクミじゃ」
「捨て子って聞いたが違うのか?」
「ガキの頃、そう呼ばれていただけだ。捨てられていた俺を山賊の頭領が拾って、俺を育ててくれたんだとさ。今はその頭領を殺して、俺が頭領に成り代わったがな。ハッハッハ」
「育ての親を殺したのか?あんた」
「俺に親はおらんし、いらん。俺の家族は俺の手下どもだけだ。俺よりえらいもんはいらん」
「これまで人をいっぱい殺して、いっぱい人から奪ってきたんだな?」
「それが俺の仕事じゃ。それ以外のことは知らん。どうせ磔の上、獄門じゃろ?悪党らしい死に方じゃ。今さら言い訳もせん。なんでも喋るぞ。ガハハハ」
「最低ですね、この人……」
と眉をしかめるサトちゃん。
「娘、わしへの誉め言葉じゃな」
ニヤリと笑って、こっちに向かって唾を吐く。
「ター君……」
小さな声でアオイさんが言った。
周りをキョロキョロと見回すタクミ。
「ター君」
もう一度、今度ははっきりとアオイさんが言った。
「なんじゃ?お前らにも誰ぞの声が聞こえたか?」
聞こえたに決まっているだろう。お前の目の前だ。
「あんた、アオイって名前知ってるか?」
「はぁ?アオイ?知らんな。誰じゃそれは?」
こいつ、本気で覚えていない風だな。
ふう……四十年か……長いな。
「ター君……」
もう一度アオイさんが呼んだ時、サトちゃんがアジトから持ち帰った掻い巻きをタクミの前に置いた。
「これは……?これはわしのか?ああ、これは確かわしが捨てられた時に着ていたヤツじゃ。なぜこれをお前が?」
「お前はなんでこれを大事に、山賊のアジトの箱に入れて置いてたんだ?」
憮然として黙るタクミ。
「おい、なんでも喋ると言っていたのは嘘かい?もう磔も覚悟してるんじゃなかったのか?今さらだんまりとは男らしくないな、捨て子のタクミってのは」
「言うてくれるわ。ふっ、それは親が俺を捨てる時に唯一俺に着せてたもんだろ?それ以外は何も残ってなかったらしい。着の身着のまま捨てられた、親への恨みでずっと持っていたのよ。無責任に産むだけ産んで捨てた親への恨みを忘れんためじゃ」
何も知らずに、山賊にいいように言われて育てられたんか。でも理由はどうあれ、それから積み重ねた罪は消せない……。
「それを見ても思い出せないの?」
サトちゃんが悲しそうにタクミに言う。
「思い出せぬかと聞くか?死ぬ前に親への恨みをしっかり思い出せたぞ。娘、礼を言う。ガハハハハ」
このボケ。アオイさんがお前が寒くないようにって、自分の着物を潰して作った掻い巻きだぞ?冬の寒い時期、お前をずっと寒さから守ってくれたもんだろう!
僕は牢の中に手を伸ばして、後ろ手に縛られたタクミの腕を掴んだ。
これで僕を通してアオイさんが見えるやろ。
突然視界に入った幽霊を見て、タクミはギョッとした。
「ター君……わからない?」
アオイさんの霊を見て、たじろぐタクミ。
「俺が殺した女か?見たような気はするが、砂の数ほどいて覚えておらんわ。今さら出てきてどうしたい?恨めしいか?」
「アオイさんはお前の育ての親だよ。お前のお母さんが亡くなった後、妹のアオイさんがお前の母親代わりになって、愛情をもって育てたんだ」
「はぁ?育ての親だ?俺を育てたのは山賊の頭じゃ。お前が捨てたんか?育てるのに飽きたんか?ああ?無責任な育ての親じゃな!」
「ター君……」
名を呼ぶアオイさん。
声を聞き、顔を見て、徐々にその姿を思い出してきたのか、大人しくなるタクミ。
「あのな、今から四十年くらい前、アオイさんやお前が住んでいた町を山賊が襲ってきた。お前の父親はその時にアオイさんをかばって殺された。その時、お前は山賊に攫われたんだよ。お前の父親にかばってもらって、せっかく生き延びたアオイさんは、必死でお前を取り戻そうと裸足のまま山道を追いかけて、お前のもとまでもう少しってところで殺された」
アオイさんの首の傷を指さす。鎌で斬られたんだろうな。傷が深い。
それを見て、ハッとするタクミ。
「それからもアオイさんは、お前を助けてもらおうと、同じ場所でずっと四十年間、道行く人に助けを求めてたんだよ。自分を助けてじゃなくて、攫われたお前を、タクミを助けてって」
「な……なんだと……」
「その掻い巻き、お前が捨てられた時のものじゃない。山賊に攫われた時に着ていた掻い巻きで、このアオイさんが自分の着物を潰して縫ったもんだ」
「なに……アオイ……」
絶句するタクミ。
「ター君……ごめんね。私がもっとしっかりしていたら」
「じゃあ俺は山賊に、頭領に騙されて、これまで悪さを重ねてきていたのか?」
「そうなるな」
「今さら、そんなことを言われてもどうしようもない。手遅れだ!犯した罪は消せない!なぜ今になって出てきた!」
「今になって?アオイさんは四十年間、お前を助けてくれと訴えてたんだ。自分のことはさておき、お前を助けようとして、お前の安否を案じて四十年、毎日」
「毎日?」
「そうさ。地縛霊となってその場から動けなくなっても、たった二年、お前の面倒を見た、お前から見たら叔母さんだわ。その人が自分の命を投げ出して、お前のことを死んでからもずっと考え続けてたんだ。この姿を見て思い出したか?アオイさんの首を見てみろ。山賊に首を斬られた跡だ。それを見てなんとも思わんのか?山賊のアジトまでもう少しってとこで、アオイさんの骸を見つけたわ」
「ああ、思い出したわ。確かにその女、昔見たような気がする。そうか、俺は攫われたのか?ハハハ。あいにく生き延びて、今まで面白おかしく生きてきたわ。俺はもう人生に悔いはない。アオイよ、お前は無駄死にだったな」
こいつダメだな。話をしてもなんも伝わらんかった。
「ター君……私が母として責任持って、あなたを斬ってあげる」
そう言うと、アオイさんは腰にさげていた刀に手をかけ、腰を落とした。
いい構えだ。
でも……。
「アオイさん、その刀じゃ人は斬れないよ」
物質化していない霊的な刀だから、物理的に人を斬るなんて無理だ。
「この子の因縁を切ります!ター君、さようなら……」
そう言うと、アオイさんは瞼を閉じた。
ほんの一瞬の間に抜かれた刀は、タクミの胴に向かって水平に弧を描いた。
刀の軌道上にあったタクミの体は……切れてなかった。
刀は牢の格子もタクミの体もすり抜け、美しい所作でアオイさんの腰の鞘に音もなく収まった。
「ありがとうございました。ソラさん、サトちゃん」
アオイさんは、すっきりした顔で頭を下げた。
「育てた私の責任でタクミを斬りました」
ん?なんだ?
タクミが突然、
「アオかあちゃん?アオかあちゃんか!」
と目を見開いてアオイさんを見た。
どういうこと?
「タクミの中にあった山賊の頭領との縁を断ち切りました。これからきちんとタクミには法の裁きを受けて欲しいと思います。厳罰はやむを得ないでしょうが、少しでも自分の罪を認めて反省してくれればと思います」
悲しそうな目をして僕にまた一礼すると、アオイさんはサトちゃんの中にスッと入っていった。
「アオかあちゃんが消えた……」
タクミはキョロキョロと周りを見回し、子供のような目でアオイさんを探している。
「サトちゃん、ちょっと体借りていいかしら?」
と再びアオイさんの声が聞こえる。
「どうぞ」
サトちゃんが答えると、サトちゃんの体を借りたアオイさんが牢の格子の間から手を入れ、思いっきりタクミの頬をひっぱたいた。
「この、親不孝者!バカもの!しっかりしなさい!」
アオイさんの声が響いた。
「アオかあちゃん……」
「きちんと自分の命をもって罪を償いなさいっ」
サトちゃん……いや、アオイさんは涙を流しながらタクミに背を向け、そして黙って教会を出ていった。
別れは済んだか。
「ごめん、アオかあちゃん。ごめんなさい、ごめんなさい」
泣き崩れるタクミ。
「アオイさんは必死で、お前を実の子として育てようとしてたんだよ」
「そうか……ありがとよ。アオかあちゃんに俺は捨てられたんじゃなかったんだな。本当に滑稽だな。今の今までずっと親を、アオかあちゃんを恨んでいたよ。俺は愛されていたこともあったんだな。それを知れてよかったわ。ありがとう。今まで俺が犯した罪はきちんと償う。そんなことで償えないくらい、俺は悪いことをしてきたがな」
「まあ、お前一人の命じゃ足りんわな」
「それでも、それでも島の女や子供らはなんとか助けてやってくれないか?あいつらは、あいつらは何も悪いことはしていない」
「……何も悪いことをしていない人たちを、これまで散々蹂躙してきたお前が願うのは、ちょっと虫が良すぎないかい?」
「それはそうだが」
「今まで助けてと命乞いをした人を、たくさん殺してきただろ?」
「そうだな」
「お前がされたように、お前も子供を攫ってきては野盗の仲間にしてきたよな?」
「ああ、返す言葉もない。それが俺らのやり方だ」
「因果応報って言葉があるよな」
「学のない俺でも知っている」
「まあ、きついことを言ったけど、悪いようにはしないさ。俺も子供は好きだからな」
「ありがとよ」
「最後はコーチを治めている殿様が決めることだけど、最善を尽くす」
「あとさ、アオかあちゃんのことだけど。俺のために死んだんだよな?あの若さで、自分の子でもない俺のために」
「アホか。アオイさんにとったら、お前はアオイさんの子だ」
「そうだったな。ありがたい。若くして俺のために死んじまって幽霊になって、あの人の人生ってなんだったんだろうな。もっと幸せになって欲しかったな。なんとかして欲しいけど、もう死んじまってるんだよな」
「ああ、死んでるな」
「そうだな。すまん、つまらん願いがある」
「なんだ?」
「あのかあちゃんの作ってくれた掻い巻き、俺の処刑の時に持たせてくれんか?ガキの頃、ずっと山賊の砦でも着てたんだ」
「心得た」
「ありがとよ。思えば俺たちは引き際を誤ったんだ。組織がでかくなりすぎて、どうしようもなくなったんだ。俺を育てた山賊の頭もな。もとはたかが村のはぐれもんが、食うに困って始めた小さな野菜泥棒がどんどん大きくなって、今や大集団になって、それを食わしていくには、より苛烈な悪事を働くしかなかった。ただの村の嫌われ者だったのが……ことをでかくし過ぎた末路だな」
「まあ、悪党には悪党なりの理由はあるってことだな。俺は認めんけど」
「認められなくてもいいさ。ただ、アオかあちゃんのこと、なんとか頼む」
「……心得た」
そういえば、一つ訂正しないといけなかった。
「さっきお前は『愛されていたこともあった』って言ったよな?過去形か?違うだろ?育ててもらった二年間と、離れてからの四十年間、そして今も母の愛を感じただろ?」
教会を出ていく僕の背に、タクミの慟哭がずっと聞こえ続けていた。
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タクミたち野盗の集団は、数日後コーチへと軍船で送られた。
島に残っていた者たちは取り調べを受け、代官所預かりとなって、今後、更生プログラムに則って監視される。
更生プログラムは、サトちゃんの電子辞書を参考に、ウミとリーちゃんが徹夜で考えた。
さて、次の目的に……え?まだ足摺岬に?
「ここからだとそれほど遠くないですよ!案内します」
サトちゃんのお下がりの服を着たアオイさんが笑顔で言う。
首に巻いた、リーちゃんがあげたスカーフがよく似合っている。
「よし、行くか!」
仲間が増えた。
*(144話へ続く)*




