142話 来襲
午前5時。まだ夜が明けきらぬ前から、僕とウミは船が上陸できそうな浜と港を検証して、一ヶ所に絞って見張っている。
ただの船ならそこら辺の浜から上陸しそうだけど、馬を運べる船となるとそれなりに水深が必要なので、浜という選択肢を捨てた。
「サトちゃんやシカちゃん、リーちゃんも避難させたけど、僕らだけで良かったのかな?」
「上陸されたら終わりやしな。でも最悪、あの三人なら逃げられるやろ。シカちゃん頼みだけど」
「僕らはどうなるのかな?人に刀とか槍を突き付けられるのは初めてかも」
「妖怪や悪霊は何度もあるけどな、ハハハ」
「不安なさそうだね」
「不安か……。めっちゃズルい考えを白状するけどな」
「うん」
「最悪、本気で俺らが死にかけたら、ユイやアデヤさん、天さんがなんとかしてくれるという甘い考えがある」
「ああ、確かにそうかも」
「でもな、アオやサトちゃん、リーちゃんを巻き込むわけにはいかん。仲間までアデヤさんや天さんが助けてくれるとは考えにくい」
「ユイは?」
「ユイは絶対必死で助けると思う。でもユイは今はいない」
「どっか行かせてるのね?」
「そう。だから怖い。仲間を傷つけられるのが。俺に仲間を守れるのかって」
「それは僕もだよ」
「たかが葬儀屋の新人ぞ?お前も休学中の高校生ぞ。それが命がけで町を守るってなんやねん。おかしいやろ?」
「おかしいよねぇ。それでも?」
「助けるさ。性分や、俺の?」
「俺の?違うね、僕らの、だね」
「ああ、二人で一人やな。半端もん二人で頭使ってなんとかしようや」
「ソラ君は守られている自分と、守らないといけない自分で葛藤してるんだね?でも、いつものように結論見てるんでしょ?」
「ああ、最悪の最悪な分岐の、最悪な結末のルートをな」
「敵の規模は予想外だったねぇ」
「町まで作ってるとはな。山賊に野盗に海賊が吸収合併されて、人をさらってたらそんくらいの規模になるか?読みが甘かったわ」
「そんな軍師みたいな戦略、僕らにあるわけないじゃん。最悪のルートの中の最善を目指そうよ」
「ウミ、お前やっぱり賢いな?」
「ん?」
「頷いて笑うのが仕事かと思ってたわ」
「最近ちょっと影薄いからね。もう一回、槍投げの槍持ち歩こうか?」
「それやったら金剛杖のほうが堅いわ」
「確かに。今度、天さんところから持ってこようか」
「片手ふさがるの嫌なんだよなぁ」
「じゃあ一本さんに、警棒みたいに延びるヤツ作ってもらおうよ。振り出したら延びるヤツ」
「ええな?鬼子母神のコンパクトサイズ!」
などとバカな話をしながら気を紛らわす僕たち。
そろそろ夜明けだ。
間に合わんかったか……。最悪のシナリオの最悪パターンより、さらに最悪の可能性。
「ソラ君、あれ見える?」
「ん?」
サトちゃんから回収したオペラグラスを取り出す。
あ、来たな。
確かに十隻ばかりの船が、こっちに向かってやってきているのが見える。水平線の向こう……でもなく、沖の島方面の島影からいきなり現れたな。寝起きの時間を襲う気か。
まあ、えっさほいさ漕いでるけど潮は逆。見えているけど時間はかかりそうだな。待ち構えているのがバレるとまずいから隠れておこう。
「策はあるんだよね?ユイとサチがいないってことは?」
「あると言えばあるけど、期待はできんかも。コーチからの軍船が間に合わんと思う。来るには来るだろうけど、早朝出ても潮の流れに乗ったとして、着くのは夕方くらいかな」
「じゃあ……どうするの?」
「上陸の邪魔をしたい」
「灯台にでっかい鏡があるといいのにね」
「アルキメデスの熱光線ってやつか?太陽光集めて船を燃やしたっていう。まぁここにそんな灯台も鏡もないのう」
「ないねえ」
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賊の船団は、もう目視できる距離まで近づいている。
僕らの後ろには代官所の面々も手に武器を持って構えているが、いずれも実戦経験のないエリート官僚ばかりだそうで。全部で十人か。
官僚一人で十人相手にしたら、なんとかなるかもしれんな。
実戦経験豊富な賊を十人相手に青っちぃ官僚が一人で応戦なぁ。詰んでるか、これ?
思わず乾いた笑いがこぼれる。
「ソラ君、いよいよヤバいね」
「そのようだ」
僕らがずっと沖の島から来る野盗の船団を注視していると、いきなり誰かに後頭部を叩かれた。
「気づきなさいよ、バカ!」
振り返ると不機嫌な顔をしたユイがいる。
「どんだけ大変だったと思うのよ!一本さんがあっちこっち指示するから、もう!」
「聖女様、あいつら一ヶ所にじっとしてないんだもん。しょうがないですよ」
「でも、ようやく居場所見つけてサチがこっちに誘導しているわ」
船団と逆方向を見ると、サチがいる!
ということは。
「連れてきたわよ、ちゃんと」
サチの後ろに、大きな黒い背ビレと一回り小さい背ビレ。
サチの向かう方向には野盗の船団だ。
「サチ!行け!」
と指示を出すと、
「ウオン!」
と吠えた。
「了解、だってさ」
その瞬間、船団の先頭の船が突然ひっくり返る。
続けて二隻目、三隻目と次々転覆していく。それを見ていた後続の船はパニックになり、様々な方角へ船を転舵しようとする。
あいつら、ひょっとしたら海面の下にある見えない岩礁にぶつかって転覆したと勘違いしているのかもしれない。
しかし、逃げた先でも船がひっくり返る。壊れて漂っているのもある。投げ出された賊たちは、潮に流されまいと必死だ。
「サチ、馬のいる後方のでかい船は見逃してやれ!」
まあ、後で鹵獲するけどな。
ほんの十分足らずの間に、敵の船団は全てひっくり返って壊滅。乗っていた賊たちは浮かんでいた板切れに捕まったりして、水面を漂っている。
「これがソラ君の作戦?」
とウミが尋ねる。
「ああ、一本さんの製造者責任頼みで、シャチを上空から探してもらっていた。サチにはシャチとの意思疎通係で行ってもらった。ユイはシャチ語わからんし」
「そもそもサチはシャチ語がわかるの?」
「ん?知らん。でもサブロウはカッパなのに剣山の大蛇と喋ってたから、ある意味、獣同士で意思が通じ合うかと」
「適当な作戦だね、本当に。ふふふ」
「ま、でもとりあえず水際作戦は成功。ただ、このまま連中を放置したら、俺らがただの大量虐殺者になるな。思いのほか潮の流れが速いから、あっという間にどんどん沖に流されていってるわ。ギリ軍船が間に合ったらと思ったけど、無理やったな。とはいえ悪人でも助けないと。町の漁師さんも避難させたから、港にある船で助けることもできんか」
上陸を止めたはいいが、その後のことまでは……。
「あ、ソラ、何か来たわよ!」
ユイが反対の方向を指さす。
何が来た?予定にないぞ。
「ソラさ~ん!皆さん、来てくれましたよぉ~!」
アオが先頭の船の上から手を振っている。
え?なんで?皆さんって誰だ?
「ソラさん!来たぜよっ!」
船の上で腕組みしているガタイのいいおじさんは……司祭さん……?ノブタさんなんか?
「司祭さんがなんでここに?どういうこと?」
「司祭は引き継ぎ終わったがぞ。今は網元じゃ、網元。ソラさんがうちの漁師どもを頼ってくれて嬉しいがぞ。やっと恩返しができるちあ」
え?頼んでない。
「アオ、ひょっとしてお前、先回りして頼んでくれてたんか?」
「先回りというか、殿様に話をつけて軍船を即、出してもらう手はずは取れたんですけど、すぐ動ける軍船は一隻しかないと。でも人は多いほうがいいと思いまして、井田に寄ってから来ました!」
「アオ~!お前、素敵すぎるな!最高や。じゃあ司祭さん、じゃなくて網元!浮かんでる奴らを網で搦めて引き揚げて。多分、武器は海に落ちた時に落としてるから持ってないと思うけど、基本的には凶暴なので気をつけて」
「ははは、井田の漁師舐めたらいかんぜよ!」
と、自慢の力こぶを見せる。周りの漁師さんたちも、それぞれマッスルポーズ。
フジマサの頃より、みんなイキイキしてるな。ノブタさんも口調が司祭の頃とぜんぜん違う。
井田からの漁船は、全部で大小合わせて二十隻は来てくれてるのか。ありがたい。
「じゃあ、捕まえて網のまま引き揚げたあと、こいつらをどうするかが問題か。代官所の役人は十人……無事に捕縛できるかな」
「ふふふ、ソラさん、あれ見てください!」
とアオが言う。
向こうから大きな船……軍船だ!
え?いや、なんで朝に?夜中に航行は難しいんじゃなかったか。方向とかどうやって……。
「ローパーちゃんをコーチに置いてきました。方角はローパーちゃんが船首で操舵士に指示するから、夜中でもいいので軍船を出してくださいって、お殿様に無理を承知でお願いして」
「お前、それで軍船の人たちに万が一のことがあったら、どうやって責任を……。俺が責任取るのは構わんけど、お前たちまで責任が及んだら……」
「そこは、ちゃんと責任者が乗ってくれていますので」
ん?責任者?
オペラグラスを覗き込むと、船の舳先でこっちに手を振っている人物が見える。
あ、殿様……。
「お前、殿さん呼んだんか?」
「久々に会いたいとかおっしゃっていましたので、『よかったらどうですか?』とお声がけしたら乗り気になっちゃって、ご家老様が止めるのも聞かず、ウキウキで準備されてらっしゃいました」
「じゃあ、ご家老は城に取り残されてプンプンしてるやろ?過保護やし」
「それが……」
とアオが言いにくそうに言うので、またオペラグラスで見てみると、殿さんの横で憮然とした表情で立っているダンディ家老。
ああ、お目付け役も一緒か。
城、大丈夫か?
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漁船で回収された野盗たちは無事、軍船に収容され、港に運ばれたあと、代官所まで送られた。
幹部クラスと見られる連中は、アデヤ教会で厳重に監視されることとなった。
その中に、首領の『捨て子のタクミ』と呼ばれる男もいた。
『捨て子』か。
*(143話へ続く)*




