139話 依代
簡単に頭を整理すると、四十年くらい前にアオイさんのいた宿場町が山賊に襲われて、タクミって子供を攫われた。驚いたのはアオイさん自身の子供じゃなくて甥だったんだな。その子を取り返そうとして山の中でアオイさんは首を切られて殺された。それが僕らが葬ったあの頭蓋骨だろう。
攫われたタクミって子は山賊の手で育てられ、今の野盗の首領になった可能性が高いのはサトちゃん情報。山だけじゃなくあちこち転々とする遊牧民みたいな生活をしていて、コーチから離れた北へ移動してるって感じか。あとは規模だな。
「アオ、お前が聞いてきた情報の最新の話が宿毛だろ?もっと北に行ってたら、下手したら愛媛……じゃなくてイーヨに移動している可能性もあるんかな?」
「ソラさん、そこなんですよ!山賊だった頃からの決まりがあるみたいで、襲った村や町から金品を強奪して、あらかた奪い取ったら、しばらくは襲わないんだそうです」
「しばらく?」
「はい。やり過ぎると町自体が消えてしまうので、狩場が減ると気づいたみたいで、ある程度また町を太らせてから狩る手法みたいですね。奪った金品や食料が尽きると、また次の村に移るのを繰り返しているみたいです。だいたい十年周期だとか」
「まるで焼き畑農業やな。ある程度余力は残して奪い取り、大きくしてまた奪う。カスみたいな連中やな」
僕が声を上げると、アオイさんが悲しそうな顔をした。
「まさに、私の村が襲撃で無くなってしもうたみたいですき、それを避けようとしているがでしょうか?」
「襲う場所を無くしてしまうと、自分で自分の首を絞めることになるもんな。皆殺しにして労働力を奪ったら復興できんって学習したんやろ」
「アオ君、十年周期って言ったよね?アオ君がこの町で最初に聞いたおじいさんの話では、ここが襲われたのは十年以上前って言ってたよね」
「あ、そうですそうです。だから僕は北の方まで情報を集めに行きましたから」
「十年……もう過ぎてるなぁ」
「過ぎてるわね」とユイが答える。
「ここに来る?」
「可能性はかなり大やろうな。宿毛を襲って奪った食料や金品も、一年もたてば無くなるやろ?」
「アオ、お前が通ったのは街道か?」
「はい、比較的整備された道でしたけど、怪しい所は無かったですよ」
「山ん中を大勢で移動してたら目立つわの」
「時間もかかるし、食事とかを作る時には火も出ますね」とサトちゃん。さすがこの世界のほんまもんの冒険者。
「私、見てきます!シカちゃん、頼める?」
「わかった、飛ぶ」とシカちゃん。
なんかペアになってるな。一鶴で距離感かなり近づいたな。
「じゃあシカちゃん、上空からこの近隣の山を偵察してみて。サトちゃんは……」
「ちゃんと持ってますよ!」
カバンの中から黄色のオペラグラスを取り出す。これ、甲子園に野球見に行った時、テンション上がって買ったやつ。実家に置いてたのを、この前帰った時に持って帰ったら、水族館でイルカショーを見る時に使うからってサトちゃんに強奪されたんだ。借りパクじゃん。
「アジトがわかれば御の字なんだけどな。移動してるやろから、わからんかもな」
「あの、私も……連れて行ってもらえませんか?」とアオイさん。
「アオイさん、霊体だからシカちゃんに乗るのは……」とアオ。
確かにな。地縛は解いたけど、もし自由に飛べるならタクミのところに飛んで行ってるわな。あんだけ心配してたんだから。多分、物はすり抜けられても行動力は僕らと大して変わらないような。実体がない分、神様の背に乗ることは難しそうだな。ちょっと無理か。
「アオイちゃん、私の中に入ればいいよ」とサトちゃん。
「ん?」
「私の中にいればシカちゃんにも乗れるでしょ?ほら、気にせず入って入って」
「ん?」
何を言ってるんだ、サトちゃん。
「ソラさん、元浮浪児の子達だって、生贄になった子の魂の欠片が入ったじゃない。子供にできてお姉さんにできないなんて道理は無いわよ。アオイちゃん、私の中に入っていいよ。一緒に行こう」
「どえらい理屈やなぁ、サトちゃん。でも言っていることはもっともだな。ユイ、どう思う?」
「アオイさんに、アオイちゃん呼びはどうかと思うわ。年長者よ」
子育てしてたから年長と判断するのはどうかと思うぞ。個人的にはサトちゃんとアオイさんはどっこいどっこいかと。
「そんなこっちゃないわ。それやったら俺もサトちゃんって呼んでるやん」
「私はソラさんより年下ですよ~」
自称二十二歳だっけか。
「あ?サトちゃんの体の中にアオイさんが中に入るってこと?そんなの普通に入ったらいいわよ。サトちゃんが拒否してたら入れないけど、もともとサトちゃんってフルオープンだもん。サチでも入れるわよ」
ユイが言うと、サチの耳がピクリと立った。
「サチはダメ!四足歩行は腰に悪いもの」
いや、そこが問題?ほら、サチ、落胆しないの!
「じゃあアオイさん、サトちゃんの中に入ってみて。弾かれないと思うから、ゆっくり落ち着いて」
アオイさんは恐る恐るサトちゃんの体に腕を入れる。最初はすっとサトちゃんの胸を通り過ぎただけだけど、もう片方の手をサトちゃんの体に差し込むと、スーッと体が吸い込まれるように消えていった。
「うわ、体がひんやりした~。すごい。なんか自分じゃないみたい」とサトちゃん。
「お邪魔します。なんか体が重たいような……」
サトちゃんの口からではなく、その後ろからアオイさんの声が聞こえる。これはアオイさんを見つけた時と同じで、きっと僕らにしか聞こえない声なんだろうな。
「サトちゃん最近食べ過ぎだからさ」
「違いますよ!女らしい体つきなんです!」
「アオイさん、何があっても気をしっかり持って。気を付けて行ってください」
アオがサトちゃんの手を取って言う。
「アオ君、私にはそんなことしたこと無いわよね?どういうこと?一応許嫁扱いなんですけどぉ~」とサトちゃんが言う。
本気じゃないな。
「ビジネスカップルだものね、ふふ」とユイが笑う。
「びじねす?」とアオイさんが不思議そうに聞き返す。
「あ、アオイちゃん、私の頭の中、自由に見ていいからね。私たちのこと何も知らないままここについてきたでしょ?私たちが何者で何をしているのか、何をして来たのか全部わかるわよ」
「あ、はい。ほんなら遠慮なく……」
しばらくサトちゃんの体になじもうとすると同時に、サトちゃんの記憶を共有しているようだった。
「ええ?聖女様?え?空海上人様?ちょ……神様、鍛冶の神様に春日神社の?天狗?創造神様!?」
はなはだやかましい。
「自分で騒いでおきながら『そうぞうしい』ってなんだよ、アオイさん」
「え、いえ、やかましゅうてすみません。情報が多すぎて、ようついていけんがです」
「カタカナ言葉も頭に入った?サトちゃん、めちゃくちゃ本読んでるから知識がいっぱいで大変だと思うけど、僕らあっちの世界とこっちの世界を動いているから、余計情報は多いと思う」
「なんでそこまでしてくださるがですか?」とアオイさん。
「あれ?サトちゃんの頭の中見てわからんかった?」
「困っている人や妖怪や霊がいたら助ける。以上」
「そうながですか?」
「ソラ教の教義ですからね」とアオが笑う。
「こら、アオ!」
僕が叱ると、
「はいっ!」
とアオとアオイさんが返事する。
あ。どっちもアオか。
「ぞんざいな扱いをしていると感じたら、それはアオに対して。優しくしてるなと思ったらアオイさんに対してだと思って」
「ソラさんひどい……」とアオ。
「アオイさん、リーちゃんから聞いたんだけど、アオイさんってお兄さん夫婦が家を出たから、家業の宿屋をずっと手伝ってたんだって?結婚もせず」
「はい、働き手が必要でしたき。タクミの母、アオイさんのお姉さんは姉は体がもともと弱くて、家業を手伝うことができんかったので私が」
「本当は剣術の道場の師範になりたかったんだってね」
「はい。子供の頃から女だてらに男の子に混じって剣術道場に通いよったがです。それなりに強かったんです。だからタクミが攫われた時も、思わず追いかけて行って……」
「素手じゃ無理だよ……刃物相手に」
「そうでした。道場の剣術と殺し合いの戦いは別物でした。バカですね、私」
「いや、親ならそうするよ。その点、アオイさんはタクミの立派な母親だった」
「そう……でしょうか」
「少なくとも、ここにいる連中はみんなそう思ってるよ。だから協力している。ただし!」
「ただし?」
「タクミが野盗の首領なら容赦はしない。正当に裁きを受けさせる」
「覚悟しちょります」
きっぱりとアオイさんは言った。あとちょっとこの前から違和感あるんだけどその点聞いてみようかな。
「ねえ、アオイさん。アオイさんって本当はコーチの人じゃないんじゃない?アクセントがちょっと違う気がする。アクセント…サトちゃんの頭の中見てたらわかるかな?発音がどうも違う気がするんだけど」
「わかりますか?私の母はコーチの人じゃなかったんです。それと子供の頃から通っていた剣術の先生は、お殿様と一緒に別の国から来た方で、その方もそちらの言葉でしゃべられていたのでどうしてもそのクセが抜けず、おかしなコーチ弁になっちゃいます」
「無理にコーチの言葉に寄せて話してたんだね?別に無理しなくていいよ。うちの仲間はほとんど国の言葉使わないから。俺くらいだよ、サヌキ弁喋ってるの。だから普通に喋っていいからね。じゃあ、シカちゃん、サトちゃん、アオイさん、偵察頼む!」
「行ってきます!」
力強くサトちゃんが言う。首から下げたオペラグラスのトラの目がキラリと光った。
そう言えば藤川監督の出身って高知やったなと頭をよぎった。ま、それだけ。
*(140話へ続く)*




