138話 野盗
「ソラ君、お待たせ。代官さんに聞いてきたよ。しかし殿様の書状って凄いね。役人さんなのに僕を上座に座らせようとするから弱ったよ」
「お前を見たら怪しい格好してる若造だけど、一応は殿様の食客ってことだから、自分と同等には扱えんかったんやろうな」
「おかげで、わざわざ昔の文献まで引っ張り出して、事件や犯罪者に関する記録もいろいろ調べてくれたよ」
「山賊のことは?」
「代官さん曰く、どうも山賊っていうカテゴリーじゃなくて、野盗って扱いにしてるみたいだね。山にいる連中もいたみたいだけど、海岸に近いところを根城にしている元漁師とかの賊もいたみたい」
「野盗なぁ……でもなんで過去形なん?山賊はもうおらんの?捕まった?」
「それがね……」
ウミの話にアオイさんがグッと身を乗り出す。
「厄介なことに、昔は山のここ、海沿いのここって、それぞれ縄張りを持っていたみたいなんだけど」
「うん」
「山賊が海沿いの賊も吸収して、大勢力になっちゃったらしいんだ。それで野盗になった」
「山と海の厄介者がひとつに?代官所はなんか対応してるのか?」
「賊の一部を捕まえて居場所を吐かせたらしいんだけど、行ってみたらもぬけの殻で、どうも拠点を転々としているらしい。馬を操って、かなり遠くの町も襲っているらしいよ」
「そんな噂、今まで聞いたことなかったから、多分この土佐清水エリアから北の方で暴れてるのかな。東だとコーチに近いから、あの殿さんなら壊滅させようと動くやろ?ここはコーチから遠すぎる」
「うん、そんな感じみたいだね。昔の記録では山賊って書かれてたけど、ここ十年くらいで勢いを増して、野盗に姿を変えたみたい」
「なんかチンギス・ハーンみたいやな。遊牧民族みたいに狩り場を移動してんのかな。追いかけにくいし、狡猾やな」
「首領が代替わりしたところまでは、代官さんも掴んでたよ」
「方針が変わったんか。近場ばかりを狙うリスクを避けて、まだ知られていない遠方の町を襲ってヒット・アンド・アウェイか」
なかなか賢いな。盗賊といえば洞穴を拠点にして、同じ村や町ばかり襲うテンプレみたいな話が多いのに。
「数はどのくらいに増えたんだろう?」
「そこまでは代官所も把握できてないみたいだね」
対応が練りにくいな。
「ただいま帰りました!」
勢いよくアオが部屋に入ってきた。はあはあ言いながら、倒れ込むように椅子へ腰掛ける。
あ……。
「アオ、そこアオイさんが!」
そう、アオイさんが座っていた椅子の上に無遠慮に腰掛けたせいで、若干アオイさんの膝の上にアオが座った感じになっている。
アオイさんが立ち上がって、またアワアワしとる。
「お前、女性に対して無礼やぞ」
「すみません、すみません、アオイさんごめんなさい!」
やみくもに振り回す手が、アオイさんのお尻を何度も撫で回しているように見えてヒヤヒヤする。
「アオ、セクハラ」
「アオ君、越えちゃいけないラインだよ」
ユイとウミに冷たく指摘される。
触った実感もないのに損なこっちゃ。
「アオ、それかけてみてん」
僕のJINSのメガネを渡す。サングラスじゃないこっちなら幽霊が見えるはず。僕だったらだけど。
「あああ、アオイさん……ですか!ごめんなさい!」
見た目は誰も座っていないはずの椅子に向かって謝るアオ。
「ま、まさかこんな綺麗な人がいらっしゃったとは気づきませんで、大変失礼しました。謹んでお詫びします」
片膝をついて頭を下げる。
どこぞの騎士か!
「あわわわわ……」
アオイさんは顔を真っ赤にしてうろたえる。
あなたお母さんでしょうに。なんでそんな生娘みたいなリアクションを……。
「で、アオ。お前、そんなに慌ててどこまで行ってたんだ?息を切らすなんて珍しい」
「あ、はい。ちょっとこの先の、そのまた先の村まで聞き込みに行ってきました。この町も襲われたことがあるっておじいさんに聞いたんですが、何度も襲われていたそうです。でも最後の襲撃がもう十年以上前らしくって。情報としては古いと判断したので、これより先の町や村に話を聞こうと……」
ん?こいつ。
「なんで先の町だと思った?」
「いやだなぁ、ソラさん。だって僕らが今まで通ってきた町で、そんな話聞いたことないじゃないですか?アオイさんの村は襲われて、その後無くなっている。山賊が狙うとしたら次はここでしょ?町も大きいですし。でもしばらく襲われていないってことは、狙いを変えたんだろうなと思って」
アオが少し考えて続ける。
「推測ですけど、この町ってコーチから離れすぎてますよね?お殿様が討伐するには遠すぎる。さらに遠くへ行けば、もっと安全に襲撃できると思いました」
「驚いたな。ウミから聞いた情報を整理した俺と同じ推測だわ」
「よかったです。それで、もっと北にある宿毛という町の方まで行って聞いてきたんです」
「宿毛だって?」
ウミが驚く。
「はい」
「四万十川を渡る前の岩本寺くらいの距離があるよ」
え?僕らあそこからここまで何日かけて来たっけ?まあ、その間にシャチが出たり、ゴールドタワー行ったりしたけど。
「そのくらいは、まぁ隠密でしたし普通ですよ」
普通……じゃない。
「それで聞いたらまさに正解で、数年前くらいまで何度か襲撃を受けたと聞きました。今はもっと北に移動したみたいです」
「アオ、奴隷になった子どもを買ってた村は途中にあったか?」
「その話なんですけど、随分前に先代のお殿様から触れが回って、人身売買をした者は問答無用で打首となることになってからは、行われなくなったようです」
「そうか。それはまぁ朗報ではあるな。人さらいも減ったんやな?」
「いえ、それがですね。子どもをさらって、その子を野盗として仕込んでいっているそうで」
「なに?なんでそんな面倒なことを」
「野盗内で血が濃くなるのを避けるために、外部から新しい血を取り入れるという方針らしいです」
「まともに働くのが嫌な連中やな。聞いてたら普通に知恵使えば、もっと世のためになりそうな首領やのにもったいない」
「そもそも今の首領も、他所からさらわれてきた子どもらしくて」
「ソラさん、ソラさん!」
サトちゃんが、はぁはぁ言いながら飛び込んできた。
倒れるように椅子へ座ろうとしてアオイさんに気づき、さっきアオが座っていた丸椅子を引き寄せて腰掛ける。
「今の首領の名前がわかりました!通り名ですが、『捨て子のタクミ』だそうです!」
捨て子のタクミだと?
「タクミ……タクミですか?タクミはまだ生きているの?」
アオイさんが立ち上がる。
「捨て子ってどういうこっちゃ?サトちゃん」
「本人がそう名乗っていたそうです。アオイさんと同じ村の出身の人に会えたんですけど、アオイさんのことを覚えていました。村を襲撃された日から行方不明になったと。それと、アオイさんのお姉さんの子も一緒に行方不明になったと」
「姉の子だって?どういうことだよ」
そう聞くと、サトちゃんはアオイさんの方を気にしながら言った。
「タクミって子は、アオイさんのお姉さんのお子さんです。タクミさんが四歳の時にお姉さんが流行り病で亡くなって……その子の面倒を見るために、ご両親が義理のお兄さんのところへアオイさんを嫁がせたと聞きました」
「じゃあ甥っ子ってことか?なのに必死で追いかけて殺されて……なんじゃそりゃ」
「タクミ……タクミは私が育てた子です。本当の子かどうかなんて、どうでもいいんです。夫……タクミの父、姉の夫は、生涯愛するのは姉だけだといういごっそうでした。でも、最後の最後は私を庇って死んでいきました。だから私はタクミを……タクミをなんとか……」
アオイさんは泣き始めた。
自分の子でもないのに、姉の子を必死に守ろうとしたのか。
「ソラ、あなたの最悪のシナリオが動き出したようね」
「まったくだな」
「アオイさん……『捨て子のタクミ』ってのが、あなたの探しているタクミ君だったとしたら、僕らは全力で探します。……探したあとは捕らえて、然るべき所に送ります。それでもいいですか?とても辛い経験をすることになると思います」
僕はサトちゃんを見る。
「サトちゃん、その情報をくれた人は、タクミに関して何か言ってたの?」
「この町を襲撃してきた時に、賊を率いていた男の顔を見た瞬間、『ター坊かっ?』って聞いたそうなんです。向こうは反応はしたけど、何も覚えていないようでした。ただ、左頬に特徴的な痣があって、それを思い出したんだそうです」
「頬に痣が……タクミ……だと思います」
アオイさんが力なく呟く。
「アオイさん、もし耐えられないようでしたら、僕らが今ここであなたを空にお送りします。四十年辛い思いをして待っていたあなたは、アデヤ様のもとで心安らかに休むことができます」
アオイさんは黙ったまま僕を見る。
「こっちで僕らといると、辛い現実を目の当たりにすると思う。今ももう、かなり苦しいと思います。悲しいことに目を瞑るのは悪いことじゃない。辛けりゃ逃げていいんですよ!」
しばしの沈黙が流れた。
「アオイさん、僕がついている」
アオが声を掛ける。
「僕はバカだから、ソラさんが何を言っているのかよくわかっていません。でも、アオイさんは悲しいまんまじゃダメだ。もっともっと世の中には素敵なことがいっぱいあるんです。若くして母親代わりとして子どもを育てて、失意のまま死んでしまって、そのまんまなんて僕は認めない」
アオがアオイさんを見る。
「僕と共に行こう!」
ん?
「アオ君、かっこいいこと言っているけど私は?」
とサトちゃん。
「サトさん、僕はね、美しいものは全部好きなんです。サトさんもアオイさんも」
「アオイさんは幽霊だけどね」
ウミがチャチャを入れる。
「ソラさん、僕の考え合ってますよね?」
助けを求めるようにアオが僕を見る。
「アオ、お前なぁ……」
「はい」
「百点や!」
「ありがとうございます!」
「アオイさん、いいことと悪いことは、大抵交代交代に来ることが多いんだわ。でもアオイさんは、悪いことが連続しちゃってる。もうひとつ、でっかい悪いことがまだ起きる」
僕はアオイさんを見る。
「でもさ、いつかはいいことが連続で来ると思うよ。待ってても来ないかもしれんけど、なら僕らが根こそぎこっちに持ってきて、アオイさんに与える。これから毎日、アオイさんが笑えるような日にしたい。だからもう一踏ん張りしようよ」
なんか、さっきまでアオイさんをアデヤさんの元で安らかに、なんて言ってたのが馬鹿みたいだ。
本当はこうしたかったけど、アオに全部持っていかれたな。
「アオ」
「はい」
「さすが一番弟子」
*(139話へ続く)*




