第14話 送るとは
「やっと着いた~」
そう言って僕は宿屋の部屋に腰を下ろした。
宿屋に着いてからも一悶着あったのだ。受付の年老いたお姉さんに「濡れた足のまま上がらんといてや。ちゃんと足を洗ってから!」と注意された。洋風の建物なのに玄関で靴を脱ぐ旅籠屋スタイル。
「ユイ、お前の母ちゃんの町設置ルールどうなってんねん。ルールがぐちゃぐちゃやん。統一して統一」
「ママはパパと付き合って和風に合わせてたけど、色々あってから変な方向に弾けちゃって洋風?的な?」
「ならきちんと統一しろや。寺社仏閣や祠を封印する前に、人々の暮らしをだねぇ~」
「ソラうるさい」
そう言ってユイは先にバタバタと廊下を走っていく。
「お前、足を拭けよ!」と言うと「ざんね~ん、私は水から上がった後は飛んでました~だからキレイなの」と言って笑いやがった。
かわいいからええか。
「おば……お姉さん、水とタオル貸して!」
「手ぬぐいやっていうとるやろ」
と言う。
あ、僕がブツブツ文句を言っている間にウミはもう上がって廊下をあっちに向かっている。
「待ってよウミ」
「だってユイが先に行ったから。あの子部屋を知らんでしょ?」
「え? 部屋? そう言えばあの子どこで休む気?」
「え? 同じ部屋でいいって言ってたよ」
「いや、それはそれで問題があるでしょうに? 6畳くらいの部屋やんか。どこで寝るのさ」
「別に6畳あれば3人寝れるでしょ? 布団3つおけない?」とウミ。
「おけるで~シングルやったら」とお姉さん。
今、シングル言うたなぁ……まあええわ。スルーしよ。
あ、1人増えたから宿代が上がるやん。
「お姉さん、あの子の料金だけど……」と恐る恐る切り出すと、
「ええよ、ええよ。天狗様の娘さんやろ? お金なんかもらえるかいな。どれだけ天狗様にはお世話になっているか」
え? なんでわかったん? エスパー?
「さっき羽を生やして飛んできてたやん。すぐわかったわ。おまけに昨日天狗様がいっぱい袋を下げて預けにきた時に『明日、うちのかわいい娘ちゃんが後からくる怪しい2人に合流すると思うのでよろしく頼む』って、こう手をぎゅっとしてくれて……」
と顔を赤らめるお姉さん。
やるなぁ、ナイスミドル天狗。ちょっと前の草刈正雄さんみたいな変化してるもんなぁ。元の世界で農家のおっちゃんをしていたときとは明らかに顔の濃さも身長も変わっとる。
とりあえず足をきれいに拭いてから部屋に戻ると、既にそこにはユイとウミがいた。
「ユイ、お前もう昨日から俺らと合流する流れやったんやな? 天さんとアデヤさん両方からの指示で」
「ふふふ」と言ってくるりと回るユイ。誤魔化す気もないようだ。
しかし動くたびにいい匂いがするのは女子のルールなの? 学生時代は部活帰りの制汗スプレーの匂いかと思ってたけど。これは女神のご加護?
「ソラ、キモい」
……また心を読まれた。
「ソラ君、キモいよ」
ウミ、お前も心が読めるのか??
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「それは置いといて、ユイ、お前ここで寝るったって流石に俺ら困るけど、なんか色々不具合が」
「あ、そんな心配?」
そう言うとまたくるりと回る。あれ、消えた……。
「どう? 見えないでしょ?」
あ、認識阻害で透明化か。やるなぁ。
でもサングラスをかけたら???
そう思うと、「あなた夜にサングラスをかけるの? バカなの?」
おっしゃる通りでした。
こっちから見えないにしても、そっちからは丸見えじゃん! 不公平だろと思うと、
「見ないわよ、バカ」と呆れられる。
「別に見られても困らんけど」とウミ。
お前、やはり心が……。
「ソラ君の考えそうなことなんて手に取るようにわかるよ」と笑う。
高校生のくせにぃ~。年下のくせにぃ~。
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「ウミ、真剣な話、まだ動けるよな? 行けるなら墓に行ってはよ大名行列の人ら弔ってあげようや。ずっとこの人たち、長い人だと100年以上回り続けてるんやろ?」
「うん、そうだろうね。街自体は小さいからコトヘラみたいな有力譜代大名行列って感じじゃないけど、それなりに数はいるね。子どもも多いかな」とウミ。
子どもが? なんでよ。
「数十年前だけど川が氾濫したの……。ここの下の集落はもうごっそりと、ね」
と声を落としてユイが言う。
ああ、ユイはそれを見ていたのか。
「アデヤさんでも何もできなかったのか? 救済とか」
「ママは死=即転生をうたってるから、死を悲しむ必要は無いと思ってるの」
「でもこのたくさんいる霊たちをお前はどう見る? 明らかに浮かばれてないぞ。アデヤの教えは間違ってるんじゃないのか?」
「全員が全員じゃないのよ、即転生は。選ばれた人はちゃんとその場で生まれ変わってるわ」
「そうじゃない人は?」
「そうじゃない人は……」と言葉に詰まる。
誰がそれを選んでいるんだ? 何が違ってこうなるんだ? 生まれながらにして人は平等? 無いね。死んでからもさらに不平等か。
「ユイ、アデヤさんの考えはほんのちょっとだけは理解できなくもない。争うくらいなら1本化しようってのが趣旨なんだろうね。俺らの世界でも信じるものが違うだけで争いが続いてるわ。でもさ、強制されるのとは違うと思うんだよなぁ」
「うん、私もママが絶対とは思ってない。パパもそこが納得できず神になるのを拒んだもん」
え? 天さん、やはりマジもんの神になるかもだったの? ドキドキ。
「なんも知らんまま突然水に飲み込まれた子どもが、ずっとわけもわからず同じところをぐるぐる何十年も回ってる。どんな地獄や? これがアデヤさんの教えなら悪いけど、やはり俺とウミは徹底的に拒絶するよ。八十八か所全部復活させる! ママが今より力を無くすけど、ユイはそれでもええんか?」
「私は私がいいと思うことをするよ。この状況はかなり良くないと思う」
「お前、何十年もこれを見続けてて何も思わんかったんか?」
「私……実はしばらく留学してたの、修行のために。だからごめんなさい。知らなかったでは済まないけど、こんな風になってたんだね、地上は」
留学? 修行? また色々と情報があれだけどスルーしよ。
「じゃあなんでここにいるんだい?」と優しく尋ねる。
「パパから一旦帰国命令が出たの。物珍しいのが来たからパパの代わりに手助けしてやってくれって」
ひょっとしたらこの子、僕らのいた世界に行っていたのかもしれんなぁ……。
「ドキッ」と口に出すユイ。心を読むなとあれほど。
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「よし、とりあえず準備だな。ウミ! 服を着替えて用意しよ。線香や御香はシャチョゾンの荷物にあるやろ? 後の仏具は俺のリュックにあるから用意するわ。サブさんの店で作ってもらった折りたたみ小型簡易祭壇もあるし。組み立て簡単! ワンタッチ」
そう言って必要なものを準備して、町の裏手の山に張り付くように目印の石が並ぶだけの墓地に向かった。
墓地といっても、例のごとくご遺体をそこに埋めただけの場所だ。お花やお供えの1つもありゃしない。これじゃあんまりだよな。
「ユイ、お前はどうする? 宗派というか祈る対象も違うだろうから、ここにいなくていいぞ」
「ううん、ここにいる。ちゃんと見ておく」
「そうか、じゃあ始めるぞ。ウミ」
チーンと鐘を鳴らし——
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経……」
とウミが般若心経を唱え始めた。
メガネをかけた僕にも、手を合わせている人が見える。わからないまま不思議そうに浮き上がろうとする子どもたちも見える。ウミは静かに読経を続ける。
並んで行列をなして町を歩いていた霊たちは、ホッとしたように上に上がっていく。
仏教を知っているであろう世代のおばあさんの霊が僕たちにお辞儀をして上がろうとして——こっちを見ている男の子の霊に気づいた。そっと手を繋いであげていた。男の子はおばあさんの真似をして、僕たちに丁寧にお辞儀をした。
ユイは最初から両手を合わせて目を伏せていた。
ほとんどの霊が地面から離れて空に上がっていきそうになった時——ユイの真っ白な翼が大きく開いた。
そして中に舞い上がり、いつも下げているポシェットに入れていた花びらを、上がっていく霊たちに振りまいた。
空一面に花が咲いたように花びらが舞い、その中を、自然とユイに向かって手を合わせた霊たちが穏やかな笑みを浮かべて上がっていった。
ウミの読経は続いている。
ユイは霊たちを見送るように空高くまで舞い上がり見えなくなると、またポシェットから花びらを振りまいた。季節外れの雪のような白い花びらが、静かに墓所と僕らの上に落ちてきた。
チーン……となり、ウミの読経が終わった。二人してしばらく手を合わせ祈った。それはお釈迦様なのかはたまた別の神なのだろうか?
そして僕は一体何を見たんだろう……。
ユイは何を思ってあんな行動をしたんだろう。天使ってああやって亡くなった人を送り出すんだろうか? それとも逆に迎えに来るのだろうか? よくわからんけど、珍しく胸がグッと苦しくなった……これが恋?
「ぜんぜん違うでしょ!」
声のする方を見上げると、上からゆっくりユイが下りてきていた。
なんか今日はピンク?と思った瞬間、僕の顔面にユイの足が着地……着顔した。
それからの記憶はない。
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と、とにかくこの町でやるべきことは——これで終わった。
明日の朝には出発だ!
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*(第15話へ続く)*




