136話 骸(むくろ)
四十年か……そんなにも長い間、としみじみ思ってたら、さらに百年以上神社の跡地で待ち続けた猛者がいたわ、うちに。
「シカちゃん、神様を待っている間ってどうだったの?」
「不安、心配、悲しい……終わり見えない」
シカちゃんが俯く。
終わりが見えない、か。おまけにこの霊は待つんじゃなくて、ずっと小さな子供を待たせていると思っているもんな。心が張り裂けそうになってるだろう。
「なんとかしてあげたいな……」
僕は呟いた。
昔見たアカデミー賞を取った映画で『### 136話 骸
四十年か……そんなにも長い間、としみじみ思ってたら、さらに百年以上神社の跡地で待ち続けた猛者がいたわ、うちに。
「シカちゃん、神様を待っている間ってどうだったの?」
「不安、心配、悲しい……終わり見えない」
シカちゃんが俯く。
終わりが見えない、か。おまけにこの霊は待つんじゃなくて、子供を待たせていると思っているもんな。心が張り裂けそうになってるだろうな。
「なんとかしてあげたいな……」
僕は呟いた。
昔見たアカデミー賞を取った映画で『イングリッシュ・ペイシェント』っていうのがあった。砂漠の飛行機事故で瀕死の愛する人を洞窟に避難させ、少しの食糧を置いて助けを求めに砂漠を彷徨う男。早く助けに行きたいのにスパイ容疑で取り調べられ、時間だけが過ぎていく。必死であれこれ画策して洞窟に戻った時には、もう愛する人は逝ったあと。そこには一人暗闇に取り残されたあとの思いが手紙に綴られていて……まぁ話の本筋ではないけど、それを思い出した。砂漠を飛行機で飛ぶシーンが印象的だったけど、その時の主人公の心は…。
この霊もそうだったんだろうな。四十年間も。
早く行かないと子供が死んでしまうかも!って、自分がすでに死んじゃってるのにずっと一人で助けを求めてた。
「ユイでもウミでもアオでもいい。早くこの人をこの地から解放してあげて!動けるように」
僕が言うと、ウミが前に出た。
「これは僕の仕事だね。ユイが祈っちゃうと、アデヤ教徒は空に上がって行っちゃう」
そう言って、霊の足元に向けて指で印を切る。
なんだそりゃ?見たこと無いぞ。
「この前家に帰った時に、父さんに色々教えてもらったんだよ。善通院ではお祓いとかはしないけど、やらないだけで、やれないとは言ってないんだって。昔修行した時にしていたことを、僕とリーちゃんに見せてくれたんだ」
善通院さん、お祓いできないんじゃなかったんか。死神の時の封印に使った組紐がすぐ出てきたのも、そういうことかい。
「どうですか?動けます?」
ウミが優しく聞くと、お母さんの霊は恐る恐る足を一歩踏み出した。
「う、動けます!歩けます!ありがとうございます。タクミのところへ……早う行かんと」
「タクミって、お子さんの名前?」
「はい。タクミ言います。まだ六つながです」
死んだ時から時間が止まったままか……。
「クウーン」
サチが足元で鳴く。
どうした?
「ソラ君、ちょっとこっちに来てって、サチが」
クウーンでそこまで意思疎通が図れるお前らなんやねん。飼い主間違えてるやろ。
とか思いつつ、サチの後ろについて少し行くと、大きな木の根元にこぶりな頭蓋骨が転がっていた。
「これは……」
「あの人の……骸みたいだね。さっきサチがあの霊の匂いを嗅いでたでしょ?あの人の身体をずっと探してくれてたみたい」
「地縛霊になった場所と距離が離れてるじゃん。地縛霊は死んだ場所から動けなくなるんじゃないの?」
「多分……獣かな。亡くなったあと山犬とか熊とかに食べられて、バラバラに」
「ああ、そういうことか。じゃあ他の骨も散らばってるんやろうな」
「うん、ずいぶん時間も経ってるしね。集めきれないよ」
「でも頭だけでも見つかって良かったよ。サチありがとうな。土に埋めてあげよう」
そう言って僕は、リュックの脇にぶら下げていた金槌で地面を掘った。
痛い痛いとか聞こえたけど、きっと気のせい。
「神様で地面掘るのってどうなの?ソラ君」
「手頃なんが近くにないからしゃーない。一本さんがそういう形してるんが悪い」
いやぁ~ウソみたいに硬い地面がサクサクが掘れるわ。あっという間に頭蓋骨一個じゃ余るくらいの穴が掘れた。
お母さんの霊にばれないよう、手早く穴に頭骨を入れて埋め戻す。土の表面をパンパン叩いて整えていたら、リーちゃんが道端に咲いていた青い花を持ってきて、その土の上にそっと置いた。
リンドウ……か。
『あなたの悲しみに寄り添う』って花言葉があったな。生花部店長の四郎さんが教えてくれたわ。
「リーちゃん、いい花だな」
そう言うと、にっこり微笑む。
いい子だ。
手を合わせて、またさっきまでいた道まで戻る。お母さんの霊は落ち着きなく歩き回っている。気持ちはわかるけどさ。
「お名前をうかがっても?」
「うち……うちですか?アオイ言います」
名前もリンドウと同じ色だな。
見た感じ、まだ二十代後半くらいかな。背は低く華奢な体格。幸薄そうな顔立ち……なのは、亡くなっているからか?健康そうで顔色もよかったらまたちょっと変な感じやろうな。
「アオイさん、よく聞いてね。あなたの村が襲われたのは、もう四十年くらい前。村ももう既に無くなってるそうだよ。昔は宿場町だったみたいだけど、跡形もないくらいに」
「よ……四十年?」
「そう。あなたが生きてた歳より、もっともっと長い時間が過ぎている。だから、あなたのお子さんが生きていたとしても、もう五十歳近い齢になる。今のあなたよりよっぽど年上の初老ってことだ。生きていたとしてもかわいい子供じゃないと思うよ」
「それでも……それでもタクミは、うちの子ながです!うちを探して、今も泣きゆうかもしれん。早う探さんと」
五十でまだ泣いてたら、かなりヤバい気がするけどな。
「アオイさんの村を襲ってきた山賊に心当たりはありますか?」
「元々は、この辺りの百姓や漁師やったがです。お遍路さんが来んなって、食べていけんなった人らが村を捨てて、近くの町を襲うようになったがです。最初は食べるもんだけやったがですけんど、そのうち金目のもんも、して人まで……子供は攫うて売るがです」
アオイさんが俯く。
「町からずっと離れたところの農家で、奴隷みたいに働かされると聞きました。使いもんにならんなったら捨てられて、また……」
はぁ?
子供を奴隷のように?使い物にならなくなったら捨てる?
「あ、ソラ君がキレた……」
ウミが呟く。当たり前だ。
「これ、きっと子供を買った村も……ですよねぇ?」
サトちゃんも顔をしかめる。そりゃ責任は逃れられんわな。僕は許せん。
でも、四十年以上前からの話となると、今は話が違うかもしれんな。世代も変わってるし。しかし、人身売買なんて本当にあったのか。まぁ、現状の確認くらいはしないといかんかな。その上でどうするか考えよう。
「アオイさんが追って行こうとしてたってことは、山賊の住処はある程度わかっているってことでいいんですか?」
「はい。大体どの辺りかいうんは聞いちょりました。そこへタクミを取り戻しに行こう思うて追いかけて、ここで……」
「その山賊のいる場所まだわかる?」
「はい。この道を奥へ進んだら川があって、その川のそばに山賊の隠れ家があると聞いちょりました。うちの村からも山賊になった子がおって、その子が手引きして襲うてきたがです。まだ野菜なんかを盗みに来よった頃に、自分の親にそう話しよったそうです」
小さい盗みから始まって、最後は殺人か。
最初は小さい悪事でも……だな。
「アオイさん、今すぐ行きたい気持ちはわかるけど、今のあなたが行っても誰にも気づかれないよ」
「え?でも皆さんは、うちが見えて、こうやって話も……」
「僕らが特別変なだけなんです。1年前なら僕はアオイさんに気づかなかったでしょう。ここにいる連中も多分」
「私はわかるわよ」
「シカも」
「わん」
ユイとシカちゃんは、まあ神様だけど、最後のも一応犬神さんか。
サチは神さんというより霊でアオイさんと同類だけどな。
「僕らが一緒に行かないと、何もわからないと思うんです。ただ僕ら、見ての通り大荷物なうえに、飯も食ったり寝たりしないといけない。何より行き当たりばったりではどうにもならない。武装している山賊なんて戦ったことないしね」
そう、人と戦うなんてほぼ無かったからなぁ。
まあユイとアオがいたら、そこそこ蹂躙できそうな気はするけど。
「ソラ、あなたも自分の戦闘力を低く見過ぎよ」
「牛鬼、一人で倒しましたもんね」
「いや、サトちゃん、生きた人間はちょっと抵抗あるわ。捕り物になるなら、ちゃんと役人を手配しないと」
「その辺、ちゃんと下調べが必要ね」
「というわけでアオイさん。今すぐ行きたい気持ちはわかるんですけど、荷物も置きたいし、ちょっと次の宿場で作戦立てさせてもらえません?」
実のところ、リュックが重い。
こっちの世界に戻る前にあれこれ買ったから、これまで以上に大荷物になってるんだなぁ。
「サトちゃん、ここから一番近い宿がある町ってどこ?」
「以布利ですかね?お遍路さんの宿場町って書いてますから、わりと大きな町みたいです」
「ウミ、俺らの時代ならどこになるの?」
「ガイドブック見るね。えっとね、以布利ってまだあるよ。土佐清水市にあって漁業が盛ん。あと、お遍路さんの宿もあるって。『土佐物語』って古い本にも載ってるくらい、歴史がある町みたいよ」
土佐日記ではないのね。学生時代覚えたのに。
「その町なら期待できるな」
「以布利……は、この辺では大きい町ながです」
アオイさんが小さい声で言う。
漁業も盛んってことは、お遍路宿だけで生活してたアオイさんの村とはスケールが違うかもな。
「じゃあ一旦、そこを拠点にしよう」
「アオイさん、そこから山賊の根城ってどのくらい離れてるの?」
「ここから以布利までが半時ほど。賊の住処までは、ここから山へ向こうて小半時ほどです」
一時間半くらいか。
「わかった。そのくらいの距離感だったら、情報は集められるだろうな。ある程度情報集めたら、ローパーちゃんかアオに……」
「コーチですね?いつでも行きますよ!」
「シカのほうが、速く、飛べる」
「アオの弁舌とシカちゃんのスピードか……ええ組み合わせかもな。シカちゃん、殿さんとこ行っても『ソラ、困ってる、助け、いる』じゃ、なんのこっちゃわからんもんな」
そう言うと、シカちゃんがおもむろにリュックから鈴を取り出し、横に払うポーズを取ろうとする。
僕は死神じゃない!
「ごめんごめん。でも詩歌様の姿で行っても、コーチの人にはわからんじゃん。喋りはアオに任そう」
「ソラが行けばいい」
あ、シカちゃんは僕と行きたかったのか。
「でも、俺がいなかったらこっちがただの烏合の衆じゃん」
「はぁ?」
ユイが睨む。
「でも確かに、ソラ君いないと決まらないよね」
「というわけで、シカちゃんが飛んでアオを乗せて行くって!」
「でも、ユイの隠蔽ないと飛んでるところが見つかっちゃうよ」
ウミに言われて気づく。
あ、そうだった。
「問題無い。一人だけなら、もっと上飛ぶ」
あ、今まで大人数だから低空だったんだわ。アオだけなら高く飛べば目立たんな。たとえ農家の人に見られても、「不思議なもんが飛んでた」くらいで済みそうやし。
現代みたいにXとかインスタに投稿される心配もない。
「よっしゃ、じゃあ宿に泊まったら情報収集。アオイさんもなんか食べる?」
「うちは……もう死んじゅうき……」
アオイさんが悲しそうに俯く。
「バカ言っちゃいけません。そこの犬なんて幽霊のくせにバクバク食べてモフモフになりましたよ!物理的に食べられなくても、食べ物から元気の素を摂取しましょう!仏壇に食べ物供えたら味が薄くなるって言うでしょ?」
アデヤ教徒にはわからんかもしれんけど。
「四十年ぶりにごちそう食べましょ!皿鉢料理、タタキ、なんでもじゃんじゃん」
「そんな……うちなんかに……」
「食べんないとダメですよ。これから色々あると思いますけど、まずは英気を養いましょう!」
リーちゃんがアオイさんに微笑みかける。
さっきからずっとアオイさんに寄り添ってくれている。助かるわ。
「きっとアオイさんだけじゃないよな、山賊の被害者。またみんな大変なことに巻き込んだけど、みんなよろしく頼むわ」
そう言うと、皆が何を今さらという顔をする。
「だからソラさんについて行ってるんです」
アオが言った。
そんなキラキラした目で見られたら、頑張るしかないな。
「よし、飯の美味い宿屋探そう!アオ」
*(137話へ続く)*




