135話 四十年
「ソラ君、赤とんぼ」
ウミが嬉しそうに言う。
僕らの旅はリスタートして、今は足摺岬を目指して歩いている。井田の町で時間食ったからなぁ。でも、いいこともいっぱいあったから、そっちのほうがでかいな、うん。
「ああ、ボチボチ秋だなぁ。暑さが和らいできたのはええけど、冬の旅ってどうなんや?冬装備必要?」
「幸いここは四国だし、山道がきつい徳島や高知の山間部の一部は過ぎてるから」
「過ぎてるから?」
「少しマシかな?」
「なんや、少しって!」
「若干、愛媛がきつい」
「愛媛とか香川って、海沿いにお遍路さんの霊場があるイメージやぞ」
「残念!高知から愛媛に入ってしばらくは海沿いだけど、その次がポンと飛んで一番険しいエリアに」
「どこらへんなら?」
「久万高原町らへん」
「おまえ、あそこたいがい標高千メートルやぞ。四国の軽井沢とか言われてる」
「そうそう、夏でも涼しい」
「冬だとどうなのさ?」
「もっと涼しい」
「いか~ん!秋のうちにクリアするぞ。歩きで真冬の雪山なんてありえへん」
「そこを過ぎたら、またしばらくは海の近くに戻れるよ」
「何のために空海さんはそんなところに」
「修行ですよ、ソラさん」
リーちゃんが笑う。ウミも満足そうに頷く。一方、苦虫を噛みつぶしたような顔をしているのがサトちゃん。
気が合うなぁ。俺もだわ。
「私、ダウンが欲しいです!」
サトちゃんが言う。ああ、すっかり向こうの世界の知識を吸収してしまった。電子辞書にそんな事書いてたかなぁ?
「買ってもええけど、ユニクロな。あと、自然に還らない素材の服は捨てちゃダメだよ」
そこら辺は最初から自分で決めているルール。ここにもともとないものは残さない。
「もちろん!ダウンはあっちの世界でも着ますから捨てません」
「しゃーないな。じゃあ全員分揃えようかな」
「私はいいわよ、持ってるから」
「ユニクロ?」
「ううん、モンクレール」
そうだろよ!俺の一張羅はボーナスで頑張って買ったノース・フェイスだわ!都会に行ったら学校の制服かと思うくらい他のひととかぶりまくる黒のな!猫も杓子もノース・フェイス!何が悪い!誰も悪いとか言ってないけど。
「あ、僕も買わなくても持ってるよ」
ウミが言う。
お、同士か!学生大好きノース・フェイス?
「カナダグースのやつ」
お前もブルジョワか!
「却下!どうせこっちにいたらあちこち破れるんだから、全員ユニクロに統一します!ユニフォームとして全員着用のこと」
そう宣言すると、
「ソラ教の修道服ってこと?」
違う。
「作務衣じゃないですか?」
違う。
「いや、法衣ってことでは?」
そうじゃない。
なのにユイやサトちゃんやウミがヒソヒソ話をしている。
「ソラ教なんてもんは無いっ!ユイはアデヤ教、リーちゃんやウミは真言、シカちゃんは神道、アオとサトちゃんは……」
「ソラ教で!」
二人の声が揃う。
やめてくれ。
「俺がそもそも真言宗だぞ。空海の生まれ変わりってことだし」
「私、空海様と会ったことないし。アデヤ教のほうが近いかな」
「僕はアウル教団ですけど、もうソラさんの舎弟ですから」
まあ僕も無宗教みたいなもんだしな。
「ま、どうでもええか。とりあえず何事もなく、次の三十八番金剛福寺を目指そう!」
「あ、またソラ君、フラグを……」
「いや、もう何もせんぞ。人が溺れていようが、人が獣に襲われていようが、妖怪が助けを求めてこようが、なんかが襲ってこようが全部スルー。厄介ごとに首は突っ込まない。なぜなら冬までに山岳ルートを終わらせるから」
「へ~」
みな、気のないリアクション。
なんでじゃ!
「それを全部知らん顔をしていたら、ソラさんじゃないですよ」
サトちゃんが笑う。
「そもそもソラが無視してても、私たちが放置できると思う?」
「シカ、人、助ける」
「多少歩みが遅くなったって、文句言う人はこの中には誰もいないよ、ソラ君」
「ええ~い、わかったよ。困ってる人がいたらなんとかする!人じゃなくてもな」
これでええんやろ?
「そうそう、それが私たちです」
みんなで頷く。
「でも急ごうね。本当に雪山とか嫌だから。雪の中で野宿とかするのは自殺行為だからね!」
そう言いながら、僕らは足摺岬を目指して南へ歩いた。
「そうそう、シカちゃん、ソラキン楽しかった?」
現実逃避。
「うん、ソラとユイと、楽しかった。金魚、キラキラ」
想像以上に派手でギラギラしてたなぁ。タワーの上で一体何を目指してるのかイマイチわからんかったけど。
「アオも楽しかったか?」
「僕ですか?せっかく連れて行ってもらったけど賑やかな場所はもうこりごりです。大学はまだ良かったんですけど、水族館では女の子が集まって来て。なんなんですか、僕はただイルカを見ていた一般人ですよ!」
「ふふふ、僕がスマホでアオ君を動画撮影していたのを、観光に来た女の子たちがYouTuberかタレントの撮影かなんかと勘違いしたみたいで」
「ウミさんもかなり目立ってたんですけど、リーちゃんが隣にいたので、な~んだ女連れかぁって感じで人は集まらなかったんです」
と、サトちゃんの証言。その後僕らにヘルプって言いに来たのか。
「なんでアオの動画なんて撮ってたのさ。ウミが悪いだろ」
「だって、アオ君って隠密だったんだよ?こんな悪目立ちする隠密が、現代社会の水族館でイルカを物憂げに見てたら、めちゃくちゃ面白いじゃない!アンニュイな表情でイルカみてたの」
「アオさん、普通にダイソーのサングラスしてるだけでカッコ良かったんです」
リーちゃんの証言。
ダイソーで買い物した後だったのね。しかし、百円のサングラスでカッコいいって、もうずる過ぎるやろ。僕のレイバンの立場が無い。最近かける機会減ったけど。
「僕はあの時のシャチは元気かな、って思ってイルカを見てただけですよ」
「ああ、人工ヒレのなぁ。一本さん作成のヤツやから大丈夫やろ」
しかしまぁ、色々楽しかったな。この旅が終わったら、あんな生活が待ってるんかと思うと、ちょっとワクワクした気持ちになった。
「サトちゃん!次からはソラとリーちゃんみたいにカップル風にしときなさい!出かけるだけでアオが疲弊するから」これみよがしのペアリングかペアルックで女連れアピールしないとな。
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「た、助けて……」
山の木々の間から、か細い声が聞こえて来た。
ほら!やっぱりものの数分でこんなことになるんだよ。
「聞こえた?」
みんなのほうを振り返ると、全員頷く。
気のせいじゃないよなぁ。
「助けてください……」
確定だな。
今度はなんだ?人か、妖怪か?神様か?
「大丈夫ですか?何がありました?」
声のするほうへ向かって声をかけた。
「ああ……うちの声が聞こえるがですね。良かった……」
木々の間から現れたのは、少し身体の透けた女性の幽霊だった。サチが近寄ってクンクン匂いを嗅いでいる。
そう言えばこいつ、最近探索さぼってるな。
「お亡くなりになられているようですが、どうされました?なんでこんな山の中に?」
のんびりした口調で聞いてみた。
「うちの子が……山賊に捕まって……お願いです、助けちゃってください」
「山賊?あなたはなんでこんな道のそばに?子供は生きているの?」
「わかりません……村が山賊に襲われて、何もかも奪われて……殺された人もおりました」
「村なんてこの辺にあった?僕らが通って来たとこには村は無かったですけど」
「ソラ、あなた、もう霊が出ても動じないわね。普通に会話してるじゃない」
「これまでいっぱい送って来たし、妖怪だ、死神だ、神様だ、いっぱい見てきたから別にって感じ。斎場で見た神さんなんて、八百万の神様のうちの何パーセント来たんや?シカちゃんにつられて踊りまくってたけど」
「あれは凄かったわね……じゃなくて、その女の人の霊がなぜそこにいるかでしょ」
ユイが脱線させてたくせに。
「もともとはどこに住んでらしたんですか?」
「この坂の下にある村です……」
女性は、僕らが来た方角を指差した。
「え?村なんて無かったですけど……」
「ソラさん、ちょっと……」
サトちゃんに呼ばれた。手にはお遍路の手引きを持っている。
「これ、禁書扱いになる前のやつなんですけど……ここに、ほら」
指差すところを見ると、確かに僕らが通って来た道に小さなお遍路宿の表記がある。
でもそんなもん無かったぞ?
「きっとアデヤ教下で札所が封印されて、この辺にもお遍路さんが来なくなって、徐々に廃れていった宿場町じゃあ……」
「サチ!ちょっとこの地図の場所見て来て!」
頼むと、サチは来た道を引き返していった。あいつ地図読めたっけ?まぁ走って行ったからわかったってことにしよう!
「あなたは、そこの宿場町に住んでたんですね?」
「はい。昔は宿場として賑わいよったがですけんど、お遍路さんが来んなって、ただでさえ暮らしが苦しゅうなっちょったところへ山賊が来て……食べるもんも、お金も、子供まで攫うて行ったがです。逆らうた人は斬り殺されて……」
「あなたも殺された?」
「うちは無事やったがです。でも、子供を連れて行かれたき、裸足で追いかけてここまで来ました。やっと追いついたと思うたら、『しつこい!』言うて、鎌で首を……」
ああ、命は助かってたのに、子供を取り返そうとして追いかけたから殺されちゃったのか。
そこへ息を切らしたサチが帰って来た。
最近、探索さぼってたから運動不足やな。
「ワンワン、ワン」
なるほど!
さっぱりわからん。
「ここから二里ほど先に、草に埋もれた廃墟たちがあったって。もう風化していて、パッと見ただけじゃ町があったなんて思いもしないくらい廃れてるってさ」
ウミが通訳する。
わんわん、わんでそこまでの意味を込められるって、犬の言語はものすごく効率的なのではなかろうか。
「後半は憶測だけど」
適当なんかーい!
「二里……八キロ近く裸足で走って追いかけてきたのか。母の愛ってやつか……せつないな。でも、なんで死んでから子供を追いかけなかったの?こんなとこで助けを呼ぶより他に方法がないの?」
「ソラ君、この人、この地に縛り付けられてるよ。動きたくても動けないから、ここで助けを求めてるんだ」
「縛られて?」
「うん、地縛霊になっちゃってる……かわいそうに」
「なんとかしてあげられる?」
ウミに聞いてみる。
「送ってあげようか?」
「でも、この人、子供のことが気になってるんやろ?」
「そうだけど……サチの話だと、もうずいぶん前の話じゃないの?子供さん、ひょっとしたらもうとっくに……」
ユイが言う。
「待て待て、思考を止めるな。可能性があるならなんとかやな」
「また出た」
ウミが苦笑いする。
送る前に、思いを残さないようにしてあげたいやん。裸足でここまで追いかけてきたお母さんやぞ。どんな結果になるかは知らんけどできることはやってあげたい。
「ねえ、お母さん。山賊が襲ってきたのは何年のこと?」
サトちゃんが聞く。
「うちの子が弘保八年の生まれで、六つの時やき……」
「弘保十四年ってことは……もう四十年以上前ですけど」
「じゃあ、生きてたとしてももう五十歳近いってことか」
「お母さん、あなた四十年もここで、こうやって道を通る人に助けを求めてたんですか?」
「うちのことは……うちはえいがです。子供を……あの子を助けちゃってください……」
四十年。
誰も通らなくなった道で、この人はずっと同じことを繰り返してきたのか。
*(136話へ続く)*




