134話 斎場
今日は土曜日。遠藤さんちの法事の日。
額が割れてしまったお父さんの遺影を、奥さんリクエストのはっちゃけバージョンに差し替えた。どうしてもということで、ネクタイの鉢巻きはそのままだ。
集まった親戚の人たちは仏前で手を合わせ、仏壇サイズの写真立てに入った写真を見てブッと噴き出す。しめしめと僕のほうを見てニヤリと笑う奥さん。楽しみ過ぎ。
仏出寺のご住職も厳かな顔をして座布団に座り、写真を見て背中を揺らしていた。みんな奥さんの罠にかかっている。
基本、法事はお寺さん主導で行われるので、僕は段取りをしただけだ。もうこれまでみたいに、おかしなことは何も起きない。
一通り法要が終わり、お寺さんの説法が始まる。鴨居に掛けた遺影のお父さんも、もちろんネクタイ鉢巻きだ。
ご住職が写真について苦言を言おうとしたその時、僕と一緒に立っている善通院さんに気付いた。総本山善通院のご住職。
「なんでここに?」
「うちの子と善通院葬祭の子が、この辺で起きとった怪異を解決した言うから、一応確認にの」
「はぁ……」
仏出寺さんはそう答えてから、仏壇の写真を指差して奥さんに小言を言う。
「この写真はどうかと思いますが」
「別にええやないか。楽しそうで」
善通院さんが助け舟を出す。
「僕、前にパソコンでネット将棋しているおじさんの横からの姿をご遺影にしたことありますよ。ご遺族から、ここ十何年のうちで写真がその一枚しかないと言われて」
いわゆる引きこもりおじさんという人だった。
「みながその人だってわかれば、なんでもええんや。肖像画でもなんでもな。こうじゃなきゃいかんというルールはないぞ。ホッホッホ」
と善通院さんが笑う。
そうよな。バリバリ修正して、紋付の着物ばっかりちゃうもんな。
気勢をそがれた仏出寺さんは、小声でむにゃむにゃと説法をして帰っていった。帰り際、僕を睨んで行ったが、
「なんか文句ある?」
と善通院さんが声をかける。
「いえ、別に……」
「なあ仏出寺さん。おたく、ここの奥さんからおかしなことがあるって相談されたのに、『そんなわけない』って取り合わんかったそうやの?そんなんでええんか?前からこの周りで葬式が増えたって、集まりの席で話題に上がってたわな?その時に、そんな事わしらに言うたか?」
「あ、いや……」
「まあええわ。今度ゆっくり話そう」
怖わぁ~。
仏出寺さんを見送ると、善通院さんが僕のほうを向いた。
「ソラ君、ウミから全部聞いたで。ご苦労やったな」
「いえいえ、そんな。僕なんて全然。いつもウミとかリーちゃんに助けてもらってばっかりで」
「アホ言うたらいかん。あの日、ウミを追って行ってくれたから、あいつも元気で戻って来た。変にできのええ子やから心配してなかったけど、部活を引退してからは抜け殻みたいやったわ。それがどうや。イキイキとリーちゃんと一緒に修行を続ける言うやないか。どやって食うていく気か知らんけど、目標もできてええこっちゃ。寺はあいつの兄貴どもがおるから心配いらんし。何より、かわいい娘ができそうで嬉しいわ!」
そう言って、僕の背中をバンバン叩く。
「言い方難しいですけど、リーちゃんの先祖は中国から渡って来た感じですけど、それで後から不都合起きたりはしないですよね?」
真面目に聞いてみた。
「アホ言いな。それ言うたら、そもそも異世界人になるんやろ?気にするかいや。そんなん言いだしたら、わしの祖先はアウストラロピテクスやわ。カカカカ」
北京原人ではなかろうか、とその巨体を見て僕は思った。やっぱりこの人なら大丈夫やな。よかったな、リーちゃん。
「それよりソラ君よ。あんたの許嫁ってのは神様の子なんやろ?」
「うん。天狗と女神みたいですね」
「ウミから聞いてたんと違うけど。えらい神様の娘さんて」
「はい。あっちの世界を牛耳っている、どえらい女神さんの娘です。親父さんのほうは箸蔵の天狗さんで、まあ、その山では神様みたいに崇められてるって自称している、ちょっとイタい感じのおじさんですよ」
「そうなんか。おたくの社長とも懇意にしとるって聞いたけど」
「はい。よく丸亀とかのスナック行って歌ってるらしいですわ。うちの店長ともガールズバー行ったり」
「ほうか。ほんだらやっぱりイタい天狗さんなんかの」
「かなりイタいですよ。僕に隙あらば『神にならないか』って誘ってきますもん。でも、気のいいおっさんですわ」
「あんた、やっぱり変わったの」
「そうですか?なんか変わりました?店長にもそんな事言われましたけど」
「ウミもそうやけど……男子三日会わざれば刮目して見よ、やな」
「三日どころか、っちゅう話ですね」
「ホンマやの。カカカカカ」
そんな雑談をしていると、遠藤さんの奥さんがやってきた。
「近所の人が参りに来てくれたから、この辺におった悪いもんは祓ってもろたから安心してって説明しといたよ、ソラちゃん」
「ええ、適当にぼかしてくれたら助かります。そうや、善通院のえらい住職に祓ってもらったって言ってください」
「うち、お祓いとかせえへんぞ。そんなんがいっぱい来たらどうすんや!」
「ありがたや ありがたや
高野の山の 岩陰に
大師はいまだ おわしますなる……」
手を合わせる。
「ご住職様、空海様がなんとかしてくれますよ!知らんけど」
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遠藤さんの法事を終えて帰ろうとしたら、また米をくれた。会社に置いといたら、みんな食うだろう。
一旦事務所に戻ってから、シカちゃんを連れて斎場へ向かった。
「シカちゃん、悪いな。この後、水族館に連れて行くから」
「サトとアオもウミもリーちゃんも、ゴールドタワー行った、ぶーぶー」
ふてくされている。みんなは一足先に、社長に連れて行ってもらっていた。五人乗りやから乗れなかったのよ。
「あんなもん行ったってなんもないよ。タワー登ったとて、海と平野と瀬戸大橋が見えるだけ!」
「ソラキン、見たかった」
ヒカキンではない。
タワー内にある施設で、金魚とかをミラーなんかでデコった水槽に入れて展示している、映えスポットみたいなもんだ。
「わかった、ちゃんと連れて行くから!」
そう言って国道から少し離れ、田んぼの中にある斎場の駐車場に車を停めた。
「ソラ!お前、生きとったんか?」
酒焼けした声で声をかけてきたのは、田辺のおっさん。れっきとした市の職員だ。普段は作業着に長靴。
「あのさ、火葬終わって骨上げした後の灰を処理するところって、あそこでええやんな?」
「おう、そうや。あの慰霊碑のとこやの。なんぞ用でもあるんか?ごっつい女の子二人も連れて」
「ん?ごっついってか?」
美幼女と美少女ぞ。
「小さい子は眩しくて直視できんし、こっちの女の子は金色で眩しくて直視できんわ」
おっさん、僧侶の修行しとったんホンマやったんやな。変な力持ってるみたい。
「この子ら、神様がついとんか?」
「ついてはないかな」
つくもなにも神様の本人や言うたら腰抜かすやろ。
「それにしても、ごっついのぉ」
語彙が貧弱だなぁ。おっさん素面の時は舌の回りが悪いらしい。
「ちょっと慰霊碑のウロウロして帰るわ。」
「おお。でもあの辺、なんか色々おるから気ぃつけえよ」
「あいよ~」
おっさんがそう言うからには、色々おるんやろうな。気を付けよ。
敷地内にあるでっかい慰霊碑のもとへ向かう。火葬した後に残った細かな灰の一部を、ここの根元に入れている。
幸せに亡くなった人も、苦しんで亡くなった人も、子供も大人も老人も。いろんな人の残した思いやかけらが、入り混じった場所だ。
「シカちゃん。昨日祓った鏡光子の灰の一部も、ここに残ってるかもしれん。無縁になってたとしても、その残りがあるかも」
「ん……わからん」
「だろうなぁ。もう三年以上前だし、いろんな人の灰が毎日どんどん増えていってるしね」
「どうするの?ソラ。鏡光子に関することは徹底的に潰す気?」
「んにゃ。昨日、詩歌様に祓われて、光の粒になって俺らの目の前で消えてったやろ?もうこの世になんも残って無いかもしれん。でもまぁ、あいつも生まれた瞬間から悪人なわけ無いしな」
「生まれた瞬間から?」
「そう。俺は思うんだわ。親に捨てられたり、ネグレクトされたり、家庭内DVがあったり、ニュースで子供の虐待死とかもあるじゃん。でも、何もできん赤ちゃんがそこまで育つには、誰かがミルク飲ませたり、おしめ替えたりした時間もあったはずやろ。もちろん、それを愛情やったって簡単には言えんけどさ」
「うん」
「少なくとも、誰かがその子を生かそうと手をかけた瞬間はちょっとはあったんじゃないかって思うんよな。悲惨な事件のニュースで子供の笑顔の写真が出たり、住んでた家の写真にアンパンマンのスコップやバケツ、サッカーボールやハローキティの自転車が写ってたりするの見るとさ……ずっと何も無かったわけじゃないんかなって。ほんの一瞬でも、その子が可愛いって親やじいさんばあさんが思ったから用意したんやろなってな」
「……そうね」
「凶悪な殺人犯だって、どんな犯罪者だって、生まれた時から犯罪者になろうと思って生まれて来たわけじゃないと思うんよ。赤ちゃんからどんどん育っていく中で、環境とか、出会った人とか、本人の選択とか、いろんなもんで人は変わっていくんやろうけど、あいつも最初から死神やったわけじゃない」
僕は慰霊碑を見上げた。
「だから、もし一粒でもここに残っとるもんがあるなら、他の浮かばれてない人がおるんやったら、まとめて送ってやってもええんちゃうかなって。幸せやった人も、苦しかった人も、誰にも看取られんかった人も。いろんな人の思いのかけらが、ここにはちょびっと残っとるんやろ?」
「鏡光子も?」
「さあな。あの中にあいつの魂のかけらがおるんかもしれんし、もう跡形もなく消えとるんかもしれん。まあ、どっちでもええわ。ここに残っとるもんは、みんなまとめて行ったらええ」
「なるほどね」
「ユイに本来の力が出せれば俺と二人だけで良かったけど、無理だからシカちゃんに来てもらった。ウミとリーちゃんでも良かったけど、昨日の続きでシカちゃんかなって」
「わかった。やる。でも時間ない。このままでいい?」
「ん?ああ……昨日もこっちの世界だと詩歌様になるのに手間取ってたもんな。そのままでできるの?」
「問題無い」
そう言うと、シカちゃんはその姿のまま靴を脱いでゆっくりと舞い始めた。Tシャツに短パン。なんの威厳もない格好のまま、雅楽の音色もスモークもない芝生の上を伏し目がちに裸足で舞う。
たった一人の子供の舞。それなのに、周囲から引き寄せられるように近くからたくさんの神々が集まって来た。田んぼの中の小さな鎮守の神様。金毘羅さんのほうからも。この世界の八百万の神々が、シカちゃんの周りを取り囲むように集まり、やがて楽しそうに一緒に踊り始めた。
その様子を見ていたユイは、よく見えていないようだったので、僕が手をつないでやる。
「あっ……」
今度ははっきり見えるようになったらしい。こっちの世界では、僕のほうが力が強くなったのかな?しかし、短時間でよくぞここまで色んな神々が集まったもんだ。
「ほう」
田辺のおっさんが作業の手を止め、タバコをふかしながらその様子を眺めている。見えてるかな。
「パン」
踊り終えたシカちゃんが両手で柏手を打った。すると周りの神々も合わせて、
「パン」
と柏手を打つ。
慰霊碑の根元から、薄く白い煙が立ち上った。一つではない。いくつもの細い煙が絡まり合い、やがて大きな一筋の流れとなって、龍のように空へ昇っていく。
誰のものなのかなんてわからないし、わからなくていい。ここに残っていた、たくさんの人たちの思いのかけらだ。
「パン、パン」
シカちゃんが二度柏手を打ち、周りの神々に深々とお辞儀をする。集まった八百万の神々はシカちゃん以上に深々と頭を下げ、シカちゃんに拍手をしながら、それぞれの場所へ帰っていった。
「ソラ、終わった。ソラキン」
それだけ言うと、シカちゃんは車の後部座席へ行ってばったり横になった。短い時間だったけど、相当疲れたんだろうな。ありがとうな、シカちゃん。
「ソラよ。これ、そこの神さんにお供え」
田辺のおっさんが、冷えたオレンジジュースを持ってきてくれた。
「ふふっ、田辺さんの冷蔵庫に酒以外のもん入ってるんやな?」
「子供がぐずった時用じゃ」
そう言って笑う。
「田辺さん、ほな、また何年か後に!」
車に乗り込んでエンジンをかけながら声をかける。
「わし、来年定年じゃわ、アホ」
「ほな、定年延長してもらえや!」
手を振って別れた。
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「シカちゃん、ゴールドタワー着いたで!水族館も道路の反対側や」
後ろの席に声をかけたが、スースー寝息を立てている。ユイがそっと抱っこして、車から降ろす。
よし。チケット買ったら起こすか!
みんなと合流して観光したら、またコーチに戻るぞ。こうして僕らの短い休暇は終わるのだった。
「あ、ソラさん!アオ君が大変!水族館で女の子たちに囲まれちゃって動けなくなってるの!」
サトちゃんが慌てて走って来た。
「あんたら、二人とも薬指にペアリングでも付けとけ!」
*(135話へ続く)*




