131話 贈り物
こっちに来て四日目の木曜日の朝。明日は遠藤さんの奥さんに宣言した、友引の金曜日だ。
昨日は全員であちこち走り回って情報収集。その甲斐あって、アオは准教授のお姉さまから貴重な情報を得てくれた。
「ソラさん、例の聖光鏡会ですけど、先生も把握してらっしゃいました。宗教学的に見てちょっとあり得ないって、お怒り気味で」
「あの大学ってプロテスタント系やったよな?確か」
「はい。僕にはこっちの宗教の話なんて全くわかりませんでしたけど、一から丁寧に時間をかけて教えてくれました」
「すごいのぉ。お前、俺より詳しくなったんちゃうか?」
「昼休みに学校内のチャペルに連れて行かれて、讃美歌を歌わされました」
「お前、讃美歌歌えるの?」
「いえ、全然。適当に口をパクパクしてただけですけど、先生はすごく感動してくれてました」
お前、それ、先生がお前の催眠術にかかってるだけでは?
「改宗したらとか言われましたけど、僕はソラ教なので断りました」
待てい。そんな宗教は断じてない!
「で、先生曰く、聖光鏡会についてはボロクソに言っていまして、あれは宗教じゃない、カルトだと」
「カルト?」
「はい。そもそも怪しい教祖が作った教団から、さらに枝分かれしてできた集まりだそうで、元は神道由来の信仰だったものが、どこでどう曲がったか、個人崇拝みたいなものになっていったそうです」
「個人崇拝か。まあ、よく聞く話ではあるけどなぁ。日本中あちこちにあるわ。自称霊能者とかが始めて、身内とか知り合い集めて、悪霊が憑いてるとか言ってリンチして事件起こしたり」
「聖光鏡会では、中心人物が会員に対して祈祷したり、お祓いをしたりしてたみたいなんですが、最も人目を引いていたのは『呪い』だったそうです」
「呪いってか?」
「はい。縁切りとかもやってたみたいなんですが、それが度を越して……先生はエスカレートしていったと表現していましたが、縁を切るのに手っ取り早く相手を呪う、という行為をしていたようです」
「アオ、カタカナも強くなってきたなぁ。凄いわ。俺はそこに感動してる!」
「そこはどうでもよくて、『呪い』ですよ、ソラさん。こっちの世界にも呪いって存在するんですね?」
「こっちの世界にも?って事は、アデヤさんの世界でもあったって事?」
「はい。宗教はアデヤ教一色でしたけど、『呪い』を請け負う人はいましたね」
「そいつに頼んで、本当に呪いを受けた人っているのか?」
「いやだなぁ~ソラさん。そんなわけないじゃないですか!サチさんとか岡豊城とか、怨霊の類はいますけど、呪いなんてたかが人間にコントロールできるようなもんじゃないですよ。それは人の傲慢です。それができると思ってるなら、やがて手痛いしっぺ返しをくらいますよ」
「アオ!それだ」
「はい?」
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「サトちゃん、なんか情報見つかった?」
「ネットで検索したら色々出てきましたよ~」
すごっ。もうネット使いこなしてる。
「昨日話に出てた聖光鏡会ですけど、宗教法人ではないですね。あくまで任意の集まりだったみたいです」
「じゃあ、そもそも正式な宗教団体ですらなかったんやな」
「はい。お話にあった通り、高松にあった宗教団体から派生した集まりらしいです。仏教じゃなくて、元は神道由来だったみたいなんですけど、だんだん精神世界とか、内なる自分を見つめるとか、そういう方向に進んでいったみたいで……。最終的には鏡光子という人を崇拝する人たちの集まりになったようです。その人が亡くなってからは自然に解散したとか」
「鏡光子ってか?いつ亡くなったの?」
「三年前には解散してたらしいので、その少し前だと思います」
「そんな情報どこにあったの?」
「地域の掲示板のサイトっていうのがあって、そこを辿っていったら善通院エリアの話が上がってて、そこから高松方面とか色々辿っていきました。でも、すごいですね!なんか知識の海の中を泳いでるみたいです。あのパソコンっていうの欲しいです!」
「いや、あれ持って帰っても電波飛んでないし」
「じゃあ広辞苑って本が欲しいです!あと現代用語の基礎知識!」
「サトちゃん、その二冊でどんだけの重さになるのか……あ!」
思い出した。
「サトちゃん、いいのあるわ。俺が学生時代に使ってた電子辞書あげる。あっちでもソーラーパネルで充電できるし。あれはえげつないで。あらゆることがわかる」
「本当ですか!やったー!」
「でも、人前で使っちゃダメよ。あくまでこっちの世界の事を知るために使うんやぞ。でも医学書とかも入ってるから、あっちでも役に立つよ。それがあったらウミより物知りになれるわ」
「ありがとうございます!いつくれるんですか?ねえねえ」
「え?実家にあるはずやけど……」
「じゃあ行ってください!今日。ユイちゃん紹介してきたらいいじゃないですか?ね、行ってくださいね」
電子辞書欲しいだけじゃん。
「あ、ソラさん。聖光鏡会の事を調べていた時、シカちゃんがピキピキ額に青筋立ててましたよ」
「神道崩れってのが怒りに触れたか。ところでシカちゃん、図書館で退屈してない?」
「それが、日本書紀とか神話の本を読み漁ってますよ。ものすごいスピードで。まわりの人がびっくりしてます。小さい子が山積みにした本をもの凄いスピードでめくって読んでますから。日本の神話を読み終えて、今日の昼からは北欧神話に入っていて、『ラグナロク』がどうしたこうした言ってました。神様の本を片っ端から読んで、最後には『手塚治虫』って」
恐ろしい子だ。
ちなみに最後のは漫画の神様だ。まぁ間違ってないけど。
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というわけで、僕とユイは今日、軽トラで実家に向かっている。
ユイが着ているのは、おかんが縫ったドレス。若干ミニスカートになっちゃったやつだ。珍しく緊張した面持ちをしている。
そんな構えんでも大丈夫やで。
右に海を見ながら半島の道を走る。
「いい所ね」
「そう?生まれた時からずっとここやから、わからん」
「島がたくさんあるのね」
「瀬戸の多島美とか言われてるらしいな。この辺は国定公園とか」
「へ~。海は青くて島も見えて、反対側は緑の木々。リゾートみたい」
「そうかな?まぁ俺は一時、神戸に住んでてこっち戻ったけど、確かにどっちも海と山があったな。落ち着くんかな」
走り慣れた道だから、目を瞑ってでも次のカーブを曲がれそうだ。
と、その時、対向車がクラクションを鳴らす。
ん?なんも悪いことしてないぞ。
そう思って見てみたら、親戚のおっさんだ。紡績関係の会社の専務さん。横にユイが乗っているのを見て驚いている。
いちいち驚く事かい。
少し走ると、また対向車。クラクションを鳴らす。
誰かと思えば、今度は親戚の酒屋の姉ちゃん。やっぱり横のユイを見て驚いた顔をしている。
もういや!ここ身内しか通らんのか?確かに人口少ないけどさ。
「ソラ、さっきから対向車に威嚇されてる?」
「ちゃうちゃう。親戚や。ゆくゆくはお前の親戚になるかもしれん人らやな」
「え?そうなの?お化粧変じゃない?髪型は?」
「え?いつも通り別嬪さんや」
「別嬪?そう?えへへへへ」
淵さんとのやり取りを見て、僕は成長したのだ。
そうこうするうちに実家に着いた。無駄にでかいガレージに車を停める。
「ソラ?ここソラの家なの?」
「親の家や」
「遠藤さんの家が大きいって言ってたけど、もっと大きいじゃない!御殿なの?」
「ちゃうわ。こんなクソ田舎やから土地が安いんや。もともと田んぼを埋め立てて、盛り土して地盤上げてる。二百坪くらいあるけど、ただみたいな値段やぞ。おまけに建物の設計は親父や」
「設計士さんなの?」
「んにゃ。元自衛隊で、その後は車屋さん」
「なんで設計できるの?」
「昔、ぐれてた頃に丁稚奉公でそれ系の仕事させられてたって。それでも素行不良で、そこの親方に『自衛隊で性根入れ替えろ!』って言われて、無理やり自衛隊に放り込まれたとか」
「なんか凄いわね」
「まあ、ラフで図面描いたのを、大工さんと二人三脚で建てたらしい。俺も若干手伝った。そこのでかい踏み石とか、俺と親父で敷いたもん。平らに削って……重機持ってきて、しんどかったわ。そこの門扉も俺が立てた」
「あなた、何でもやるのね?」
「親父譲りやな」
とか言っていたら、門扉近くのセンサーが反応したらしく、おかんが玄関から出てきた。
「ただいま、久しぶり」
声をかけると、
「いらっしゃ~い。ユイちゃん初めまして。ソラから聞いた通りの子ね。あら?ドレスの丈短かった?でも可愛いわ~」
と一気に喋る。
「お母さま、初めまして。素敵なドレスをありがとうございます。せっかくいただいたのに、ちょっと丈を詰めてしまいました」
「かわいくなったわねぇ~。素敵。ここまで着こなしてもらえるなんて。こっち来て。違うのも作ってるのよ」
「いやいや、次はウエディングドレスとか書いてなかったか?」
「いいのよ!女の子が欲しかったのに、あんたみたいなのが生まれて来て。ろくに家にも寄り付きもしないで。ユイちゃん、こっち来て。サイズ測らせて~」
なんやねん。
とりあえず僕は二階にある自分の部屋に行って、サトちゃんに約束した電子辞書を探し出す。
まだ動くよな?……あ、これ電池式やった。
ソーラーあかんやん。
でもまぁ、天さんか社長に買ってもらって送ってもらえばいいか。とりあえず今回はいくつか多めに電池持って帰って……いや、それやったら結局大荷物になって、広辞苑と変わらなくないか?
とか考えていたら、階下からおかんが僕を呼ぶ声がする。
「なんやねん」
「見て、見て。ユイちゃん……これ可愛くない?」
見ると、座敷のほうからはにかみながらユイが出てくる。
ドレスじゃなくてワンピース。
正直、めっちゃ可愛いけどさ。
「まあ、ええんちゃう」
そっけなく答える。
「ありがとう!私にぴったり。凄い、凄い」
ぶっきらぼうに言ったのに、素直に受け取って喜んでる。
「めっちゃ可愛いって思ってるでしょ?」
しまった!心を読まれた。
ユイは嬉しそうにくるくる回っている。
「それより親父は?今日、ユイ連れてくるって伝えたやろ?」
「なんかお客さんから車の調子が悪いから見てほしいって電話があって、観音寺まで行ったわ。せっかく気合入れてスーツ着て待ってたのに。ざんね~ん」
「いつもつなぎの親父がスーツってか?」
「そりゃそうよ。大事なよそ様のお嬢様をお迎えするんだから、それくらいしないと。適当な事できないでしょ」
そういうおかんは、いつも通り自宅で縫製する時の格好だ。
「自分はそれでええんかい」
「これが私の勝負服。ふふ」
そう言って笑う。
かなわんな。
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「ほな、親父によろしく言うといて。便りが無いのは元気な証拠って」
「はいはい。ユイちゃんの写真いっぱい見せるわね」
そう言ってスマホを見せる。
写真フォルダーがユイとのツーショットでいっぱいだ。
何しとるんじゃ。
「お母様、素敵なワンピースをありがとうございます」
「次こそはウエディングドレスね。しっかり採寸したから、大きくならないでね。ふふ」
「気を付けます~」
ユイも笑う。
「あ、そうだ。これを……」
ユイがカバンから包みを取り出し、おかんに渡した。
包みを広げると、そこには一丁の裁ちばさみ。
「良かったら使ってください。もちろん、もうお持ちだとは思いますが、腕のいい知り合いに作ってもらいました」
「え?気を遣わなくてもいいのに~」
そう言いながら刃先を眺めていたおかんが、仕事場へ駆けていき、分厚いデニム生地の端切れを持って戻ってきた。
それを数枚重ねて鋏を入れると、ほとんど音もなく、はらりとデニム生地が床に落ちた。
「なにこれ?どこのメーカーなの?見た事ない鋏だと思ったけど、こんなに切れるなんてすごすぎる」
「気に入っていただけたら嬉しいです。作ってもらって良かったです」
「ユイちゃん、ありがとう。でもね、あなたの贈り物なら百均の鋏でも宝物にするわ」
そう言って、裁ちばさみを持ったままユイを抱きしめる。
「危ない!おかん、鋏置け!ユイの首に刺さる!」
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「なあ、いつの間にあんなもん用意してたんや?一本さんやろ?あの切れ味」
「そう。一本さんにお願いしたの。あなたが薙刀の練習している時に」
「お前、山小屋で一本さんをもてなしてる時に仕事させとったんか?」
「パパが監視しながら『この世に二つとない鋏を作れ』って」
「天さん、神様をぞんざいに扱いすぎや。今度注意しとくわ」
「そうね。ふふふ」
明日は友引の金曜日。
今夜、しっかり会館の準備をしとかんとな。ウミとリーちゃんにも情報を共有しとかないと。
僕は夕焼けの海を眺めながら、みんなの待つ丸亀へ戻るのだった。
*(132話へ続く)*




