130話 違和感
「ユイ、まさにここが目的地だ」
そう言って車を降り、荷台からアタッシュケースを下ろす。ノートパソコン大丈夫かな?最後のほう、道がガタガタやったから心配。
「大きくて立派なおうちね。農家さん?農機具が置いてあるけど、カバーかけたまんまね」
「もともとはこの辺一帯の庄屋さんやったみたいやけどな。旦那さんが亡くなってからは息子さんが兼業農家でやろうとしてたけど、半年後に亡くなってからは人手が足らんって言うとったわ」
「もったいない。高そうな機械なのに」
「やろ?車だって奥さん運転できないのに、まだ旦那さんの乗用車と軽トラ停まってるやろ?次の車検で廃車にしようかって言ってたけど」
「ところでソラ?わかる?」
ユイが真剣な目で聞いてきた。
「ん?なんか視線は感じるな。姿まではわからん」
「私もよ。何かに見られている感覚はあるけど、実体は見えないわ」
「まさか、隠蔽が使えるとか……か?」
「私の力が弱まってるだけなのか、それとも隠蔽を使えるほどの相手なのかわからないわ。でも嫌な感じね」
隠蔽なんて使えるってなると、かなり厄介な相手だと思うけど。
「とりあえず、私たちは歓迎されていないようね。敵意を感じるわ」
「ん……まぁ、でももっとぼんやりした感覚やったけど、旦那さんの葬式の時も息子さんの葬式の時も、同じような感じはあったなぁ」
「え?本当にあなた昔から鈍感だったのね。呆れるわ。ここの旦那さんも息子さんも、そのせいで命を取られたかもしれないのよ。近所の人まで」
「まぁ言うたら悪いけど、俺らには特に実害無かったしなぁ。あ!田中さんがあぜ道で脱輪したわ!」
「それは田中さんって人の腕が未熟なんでしょ」
確かに……。普段からどこで運転しても事故ってたわ。
「あとはそうやなぁ、葬儀中に俺の数珠が切れて飛んだりとか、お別れの時に流すBGMがブツブツ途切れたり、マイクの音がスピーカーから出んかったりくらい?ま、些細なことやな」
「あのねえ、前も言ったけどもっと危機感持ちなさいよ!それは霊障だって言ってるでしょ!バカ」
いや、昔のことで怒られても納得いかんぞ。
とか思っていたら、車の停まる音を聞いて、中から奥さんが出てきてくれた。
「あ、ソラちゃん、覚えとってくれたんか?」
「ソラちゃんって……ププ」
笑うなユイ。僕も困ってるんだよ。
「お久しぶりです、遠藤さん。もちろん忘れるわけないじゃないですか~。スマホのスケジュールできっちり管理してますから」
大嘘だ。
「やっぱりソラちゃんにお願いしてよかったわ。他の人が来たら、やっぱりなんか違うんよね。周りの家でもお葬式がちょくちょくあるけど、なんか蝋燭の片方だけやけに溶けるのが早いとか、祭壇が突然倒れるとか、新品の灯籠が消えるとか……」
それは僕がいた時も起きてましたけど、こっそり僕が直してました!
「もう葬式ばっかりで『次はどこの家やろ?』って、もう笑い話みたいになってるわ」
と奥さんは笑う。
「そうなんですね。そんなに続いてますかぁ~」
そう言いながら玄関から仏間に通してもらい、仏壇を拝ませてもらう。
あれ?仏壇にある大日如来様の像がぼやけて見える。おまけにご位牌の文字がモザイクかかったように判読できない。最初に担当させていただいたおばあちゃんのご位牌はちゃんと見えるのに、ご主人と息子さんのご位牌が見えないぞ。
隣を見ると、ユイも手を合わせて拝んでいるけど、ちょっと首を傾げている。
「お前、仏教の作法わかるん?」
と小声で聞くと、
「同級生のお葬式に何度も出たわよ」
と小声で答える。
ああ、そうだった……ユイは何度も小学生を繰り返していたんだった。部屋に貼ってあったセピア色の小学校の集合写真の子たちも……。
「生きてるわよ!失礼ね」
あ、本当に失礼しました。
「仏壇の中、変じゃない?」
「弔いの邪魔をしてるわね。多分、成仏していないと思うわよ。今の私じゃわからないけど。ちゃんと供養されてるの?」
「間違いなくしたぞ。今、読めないご位牌の戒名だって、告別式の時に間違いなく俺は読み上げたもん。確かここは仏出寺の檀家さんだったから、俺が寺まで卒塔婆とか位牌持って行って、ご住職に筆で書いてもらったのをここまで持って来たもん。告別式も仏出寺さんがちゃんと法要してくれたし、初七日、四十九日も間違いなく全部やった。俺が担当やから間違いない」
「そうやね。おばあちゃんから旦那、息子と、全部ソラちゃんがしてくれたねえ」
奥さんが冷たい麦茶を入れて出してくれた。
「あ、すみません、いただきま……」
と飲みかけた時、仏壇に置いてあった香炉の炭が僕のほうめがけて飛んできた。
「ソラ、危ない!」
ユイがその炭を素手で叩き落としてくれた。
僕はとっさに畳に落ちた炭へコップの麦茶をかける。畳にはほんのり焦げ目が……。いや、ユイよ、素手はダメだろ、素手は。
「熱かったぁ~」
手をパンパンと払うユイの手には、火傷をした様子もなく、少し灰が付いているだけだった。
「お嬢ちゃん、大丈夫?」
慌てて奥さんが濡れタオルを持ってきてくれたので、便宜上それを借りて灰を拭き取っている。
「人が来ると時々、こんなことが起きるのよ。不思議ねぇ」
あ、この人も『不思議ね』で片付けるタイプだ。ポルターガイスト現象か?こんなクソ田舎の農家でカタカナなんて似合わんぞ。僕らに対する宣戦布告か、この野郎。
「時々、勝手にドアが開いたり、物が落ちたりするのよねぇ。まわりの奥さんたちと『ポルターガイストかしら、嫌ねぇ』って言い合ってるのよ」
ポルターガイストって言うんかいっ!
「奥さん、これかなり物騒ですよ。今だって火事になるとこでしたし。人がいない所で起きたらシャレにならんです。お祓いとかしてないんですか?」
「仏出寺さんが法事で来てくれた時に相談したんやけど、『うちはちゃんと供養しとる。そんなわけないでしょ!』って言うてはる時に、お鈴が『チーン』って鳴って二人で顔を見合わせたわ。漫画みたいやろ?カカカ」
明るすぎるわ、奥さん。
「七十歳近こうなって、旦那も息子も先に逝ってしもうたし、まぁ何があってもええかなと思うて毎日生きとるしなぁ。笑い飛ばすしかないやないの」
いや、今どきの七十なんてまだまだ若いぞ。
「奥さん、法事は法事でするとして、これ僕に任せてもらえませんか?法事の前夜祭って感じで、うちの会館でやらせてもらえたらと思うんですけど」
「別にええけど、法事とは別に親戚呼ぶん?」
「いえ、奥さんだけでいいですよ。これ、僕の責任でやりたいんで、好きにさせてもらっていいですか?何が起きても僕の責任でやります」
「ソラちゃんの好きにしてくれたらええけど、何をするの?」
「思いつく限りの可能性を検討して、今起きている事案の解決を図ります!」
「仏出寺さんには連絡したほうがいい?」
「いえ、法事の連絡だけしてください。法事の時は多分、何も起こらなくなっていると思うので、法事は自宅でやっちゃってください。前夜祭は会館でやります。色んな事が起きるかもしれませんが、見て損はさせませんよ」
「楽しそうね。まさに前夜祭って事やね?お祭り感覚で良いのかしら?」
「賑やかにやりますよ!僕、今、出張していて、今回、遠藤さんの法事のためだけに戻って来たんです。ちょっと今一緒に活動している仲間と、今起こっている事を解決しようと思ってます」
「いいわね!面白そう。私は何を用意したらいいの?」
「お二人のご位牌と、そこのご本尊さんを持ってきてもらえますか?」
「位牌と本尊?いいけど……」
「まっとうな真言宗からは外れますけど、ご容赦くださいね」
「困ってるのに助けてくれない坊さんより、助けてくれる若い人を信用するわ。イワシの頭もなんとかよ」
ふふふ、やはりこの奥さんとは気が合うわ。
初受注で夜中に一人で行った時、ガチガチでしどろもどろの僕に、旦那さんは「こんな若造でばあちゃんの葬式できるんか?」とか言ってたけど、奥さんは「誰でも最初は新人よ。この子にとっては一生忘れられないお葬式になるわよ。こんな名誉な事は無いと思うわよ。おばあちゃんも喜ぶわ」ってフォローしてくれたもんな。旦那さんは終始渋い顔してたけど。
その旦那さんを成仏させるために、今度は僕がお寺さんに代わって送ってあげるさ。
「ソラ、解決方法がわかったのね?」
「ん?いや、これから」
「なにも考えて無いの?」
「ある程度そうかな、ってのはあるから、あとはみんなでディスカッション!」
「奥さん、じゃあ次の友引の日に!その時は葬式無いので、会館も空いていると思いますので」
「わかったわ、友引ね。ご近所のポルターガイストも友引だから、うちのポルターガイストと一緒に連れて行ってもらいましょう!」
ノリノリである。
「じゃあ、また……次の友引は……金曜日か。金曜日にお迎えに来ますね!」
「ええ、待ってるわね。お嬢さん、今日はありがとうね。ソラちゃんの彼女かしら?ふふふ」
「いえ、こちらこそお邪魔しました。彼女では無いです。許嫁なんです」
「え?ソラちゃん婚約してたの?あら、おめでとう!」
喜んでもらえた。
いいって言うのに、なんか知らんけどお米を一俵もらえた。自分ではもう作ってないけど、近所の親戚が一人暮らしなのにいっぱいくれるので、消費しきれず困ってるからと。
ありがたく頂戴して、軽トラの荷台に積んで会社に戻った。
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「あ、社長、ただいま」
社長に挨拶する。
「お前、ちゃんと遠藤さんとこ行ったか?」
「うん。とりあえず友引の金曜日に会館借りるから、場所貸して。ちょっとややこしいのを祓うから、奥さんと僕らだけでやるわ。見たかったら見てええけど、何がどうなるかは予測不能」
「会館潰したりせえへんやろうな?」
「それは……多分……大丈夫!もし壊れても」
「壊れても?」
「前より立派に作り直す」
一本さんおるし。
「なんぞそれ。壊すなら貸さんぞ。商売に差し支える」
「信じてないな……倉庫の壊れた道具あるやろ?あと田中さんがぶつけた霊柩車の上の龍のオブジェ。あれを直したら信用してや?」
そう言うと、リュックの横でリラックスしていた一本さんに拝み倒して、道具の修理を頼んだ。
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「直っとる……の」
と社長。
「信用してくれた?」
「お前、すごい仲間見つけたんやの。うちで働いてくれんか?給料はずむぞ」
そりゃ涎が出るほど欲しい人材やわなぁ。人材……ではないか。
「これ、直したん神様やで」
「何をアホな事を。天さんに頼んだんか?」
「天さんは天狗じゃ。一本だたら様っていう凄い神さんなんよ」
「聞いたこと無いが」
「もっと勉強してや。ほなそういうことで。また明日!あ、寝台車借りて行くで」
そう言ってユイと二人、寝台車で丸亀の民泊へ戻る。
「ソラ、どうやって祓うの?あなた、祓うのは主義じゃないとか言って無かった?」
「向こうの世界では、や。こっちでは祓う!バンバン祓う!なぜなら困っている人がいるから。インチキお祓いが跋扈している世界やぞ。こっちはホンマものや。遠慮なく祓うぞ。無料でな」
「明確に線引きしてるのね」
「そう。ここにいたらいかんもんは祓う」
「わかったわ。で、どうやって?」
「それをこれからみんなに相談します!」
*(131話へ続く)*




