129話 出社
「おはよー」
事務所のドアを開けて入っていく。免許の更新以来か。久々にスーツにネクタイで出勤だわ。ついでにユイにもリクルート用のスーツを買って着てもらった。
「あ?ソラか?お前戻っとったんか?」
店長の淵さんだ。久しぶりなのに特に違和感なく受け入れている。数日の出張帰りでも、もっと驚いていいと思うぞ。
「うん、昨日の夕方な」
「ソラ、お前、どうでもええけど久しぶりに自分の部屋帰ったか?時々わしら、社長に言われて部屋の換気とトイレの水流しに行っとるけど、畳の部屋になんかマッシュルームみたいなん生えとったぞ。お前、昨日あそこで寝たんか?」
「いや、さすがに僕の部屋じゃ狭くて。今、ちょっと大所帯になっててな。とりあえず善通院には、ウミと一緒に仏教を勉強している中国系の女子と幽霊犬が行ってて、残りは僕と一緒やから」
「幽霊犬?なんじゃそれ。で、大所帯ってまたどしたんなら?」
大所帯になったということですが、それはまたどういった理由ですか?と彼は言っている。讃岐弁きついんだわ。
「ん……僕の許婚の話は社長に聞いてるやろ?その子とちっちゃい女の子と、僕の弟分とその嫁さんになるかもしれん女の子一人……あとは神様が一人っちゅうか一柱。正確にはちっちゃい子も神様か」
「お前、なにわけわからんことしよるんじゃ?神様って頭おかしいんちゃうか?」
「いや、マジやって。社長と一緒にブラブラしとるダンディなおっさんおるやろ?」
「天さんか?」
「え?知っとるん?あの人、箸蔵さんにおる天狗やで。社長に聞いてみ。マジやから」
「天狗ってか?わし、天さんと時々ガールズバー行っとるけど、あのおっさん酔うたら店の女の子に『わし、こう見えてえらい神さんなんやでぇ~』言うて、女の子にケラケラ笑われとるぞ。『うけるぅ~』言われてカウンター越しに頭叩かれとるがな」
「はぁ?」
事務所のドアの後ろで待っていたユイが扉を開けて入ってきた。リクルートスーツ似合ってるなぁ。うん。かわいい。
「こら、勝手に事務所に入ってくんなや」
「パパがガールズバーですって?」
「え?パパってことは、この子が天さんの娘さん?ごっつい別嬪さんやないか?ところで彼女、就職活動中なんか?」
「え?彼女?違いますよぉ~。で?別嬪さんですって?そうですか?えへへへ」
ユイ、なに照れてるんだよ。彼女じゃないって言いつつ、許嫁ってなんなんだろうな。
「天さん、しょっちゅう事務所で新聞読みながらコーヒー飲んでくつろいどるよ。時々、葬式の花とか運ぶの手伝ってくれてるし」
「パパ、一体ここで何してるのよ……」
「ほんまにのぉ。最初、中途採用で入ったおじさんかと思ってたわ。宗教のこと、むちゃくちゃ詳しいし、どこぞの葬儀屋から社長が引き抜いてきたんかと」
天さん、マジであんた何をしているんだ。
「ソラさん、僕らは外に出ておきましょうか?」
アオが事務所を覗き込む。ノックをしろ、ノックを。
「おいおい、これまたえらい男前やのぉ。雑誌のモデルか?タレントか?」
「これ、僕の舎弟です」
「お前みたいな小僧の舎弟ってか?どんなんや。ほな、わしの子分の舎弟ってことか?」
誰があんたの子分だよ。
「ソラさんはすごい人ですよ~」
サトちゃんまで奥から顔を出す。だからノックを!
「ソラ、お前なんぞ、このお前を除いて全員美男美女は!おまけに善通院のウミも一緒やろ?あいつもしゅっとした男前やし、お前だけ普通やん。みんなの中で浮いてないか?」
まだリーちゃんもおるし。詩歌様になったシカちゃんも。たしかに僕だけ凡人だな。
「ソラも、男前!間違いない」
昔の長井秀和みたいな断言をするシカちゃん登場。
「おいおい、なんじゃこの可愛い生き物は……あらぁ~かわいいでちゅねぇ~」
「ロリだ、ロリだ!パンチ頭のロリコン親父だっ!淵さんロリだ」
「ろり?」
とシカちゃんが聞き返す。淵さん、そんな性癖とは知らんかった!見損なったぞ。
「違うわ!別れた嫁さんとの間の娘がちょうどこのくらいの年頃で……クッ……。わしに似て可愛くて」
「娘さんパンチパーマなん?」
「しばくぞ、ボケが!」
「ちなみにこの子も神様だから。大人の姿になったらビビるで。勝手にスモークが出て雅楽聞こえるし。神道の葬式のときにはぜひ手伝ってほしい逸材」
「どうでもええけど、なんかお前、ずいぶん楽しそうやの。前は眉間にしわ寄せて辛気臭い顔しとったけど、今はなんか晴れ晴れしたええ顔しとるやないか!ええ仲間が見つかってよかったの」
そう?僕、難しい顔なんてしてたかな?結構ここでも楽しく過ごしてたけどな。
パンチ頭のロリコンに、元右翼の生花部店長やろ?あとは運転が死ぬほど下手な男前の山羊みたいな田中さんに、元暴走族の特攻隊長やった副店長やろ。僕より半年前にここに親から「社会勉強しろ!」って無理やり放り込まれた元板前の先輩に、あの社長……。
なんちゅうメンツ。確かに眉間にしわ寄ってたかもしれんな。
「まあ、お前みたいな半端者にこんなええ仲間もできて、元気にやってるんやったら安心やわ。で?今回はなんで帰ってきたん?って聞くまでもないか?……遠藤さんやろ」
淵さんが笑う。
「ねえ、この前から出てくる遠藤さんって何なのよ?ソラ」
「ん?死神に魅入られた家の奥さん……」
「死神ですって?」
「そうそう。みんながそう言うてた。あ、でも今の俺やったら行ったらなんかわかるかも。ユイがそばにいたら」
「なんや?お前が大嫌いなオカルト、とうとう信じるようになったんか?ハッハッハ」
「笑ってるけどまさにそうでさ。あっちの世界で色々見えたりするようになったわ」
「え?マジか?ほな、お前が遠藤さんとこ行ったらなんかわかるかもしれんの」
「うん。まぁちょっと後で遠藤の奥さんとこ行ってみるわ。淵さん、午前中は暇?」
「ああ、今日は当番でもないし。どうした?」
「サトちゃんとシカちゃん……この女子たちを図書館に連れて行ってあげてほしい。多分、この子ら本があったら朝から晩までずっと籠もるから、夕方に僕が拾いに行くわ」
「それはええけど、今、お前の車ないぞ?」
「なんでよ?会社のガレージに入れとるやろ?」
「田中さんがお前の車の入っているガレージをわざわざ開けて、確認せんと軽トラをバックで入れようとしてぶつけた。今、ディーラーで修理中。バンパー、ベコォいっとったから交換やとさ」
「あのおっさん、酔ってたんか?」
「さすがにそれはないけど、『宿直明けでボーッとしとったんよ~』らしいで」
「最悪やぁ~どうしよ」
「お前おらんなってから寝台車買うたんや。善通院さんからめっちゃ仕事が回ってくるようになっての。社長が急に太っ腹になって『新車買うぞ』言うて。でもケチやんか?前の車も念のために置いとく言うて、事務所の裏に置いとるわ。それ使えや」
「寝台車ってか?特殊車両やから88ナンバーじゃん。…まあ無いよりええか。ほなこっちにおる間は寝台車借りるね。でも遠藤さんとこ道狭いな。軽トラで行こ」
「おう!じゃあ女子二人は俺が連れていくわの。そこの男前はどうすんや?」
「あ、アオ?アオは自由にあちこち見たいんやろ?すぐそこに大学とかもあるし、学内をウロウロしててもお前なら大丈夫やで。授業受けてこい。学食もあるし」
「わかりました!色々な知識を可能な限り吸収してきます!夜は昨日泊まったところに戻ればいいですか?」
「おう、あんまり遅くならんようにの。晩飯は皆で食べよう」
「はい!行ってきます」
「ふふ、お前、ちゃんと兄貴分やっとるやないか。偉そうに。で、昨日のところて、お前らどこに泊まってるん?」
「丸亀の通町商店街にある民泊に、とりあえず一週間くらい泊まろうかと」
「丸亀の民泊ってか?シャッターばっかりの商店街の真ん中にあるとこか?そこやったら斜め前にスーパーホテルもあったやろが?でもまぁ長期滞在やったらそっちがええか。それより、こっちの金はあるんか?いるなら用意するぞ?」
淵さん、机の引き出し開けてゴソゴソしてる。こういうところ男気あるからなぁ。でも鍵もかからんデスクの中に現金置きっぱはどうかと思うが。十万円以上入ってるやん。
気持ちはありがたいけど、今の僕らはかなりリッチ。アオのサンゴ換金で得た金貨がどっさり。天さんに両替してもらっただけでも結構な額。大金貨一枚で一か月くらい滞在できそう。
「あ、せや!丸亀の図書館やったらサトちゃんとシカちゃん、二人とも歩いて民泊先に戻れるやん。丸亀の駅前の図書館に連れて行ってあげてよ、淵さん」
「え?ソラさん、図書館って宿からそんな近くにあるんですか?最高ですね!じゃあ毎日通います!」
とサトちゃん。一方、シカちゃんは嫌そうな顔をしているけど……。そりゃシカちゃんは遊びたいわな。宇多津に水族館できたし連れて行くか。でもまぁ、おいおいやな。
「じゃあ淵さんお願いしますね」
「了解、任せとけ」
「僕とユイはとりあえず軽トラで吉原町行きますわ」
「わかった。ちゃんと受注カバン持っていけよ。仕事覚えとるんか?」
「大丈夫……やと思いたい」
「じゃあみんな、また夜にね。ユイ、軽トラの横乗って。ミッション車は久しぶりやけど大丈夫かな?」
ギアをローに入れるやろ…ガリガリガリガリ……。
「ソラ、クラッチ踏め、ボケッ!」
グォーン……。
「ローにギア入れろや、アホ!」
ガックン……。エンストした……。
「お前、オートマの軽トラで行け。下手くそが」
くそっ!車の運転自体久しぶりだもん、仕方ないじゃん。ユイ、冷たい目で見るのやめて……さあさあ、隣の軽トラへどうぞ。
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僕らは快適なオートマの軽トラで移動中。荷台に置いたアタッシュケースがガタガタうるさいな。いつもは助手席に置いてるけど、隣にはユイがいるから置くわけにいかん。
「吉原町って何よ」
「え?昔のラブホ街」
荷台のアタッシュケースが気になり、後ろを振り返りながら運転する。落としたらえらいこっちゃ。
「ラブホ……ってソラ……いきなり……ちゃんと言ってくれないとぉ……」
下を向くユイ。周りは田んぼだよ。
「アホか、今はもうラブホなんて数件しかないわ。昔は善通院にも遊郭あったし、それなりにお盛んな町やってん。その名残で戦後はラブホがめちゃくちゃあったんよ。全盛期は人口比にしたら日本一ラブホが集中してる町かもって」
田んぼの中の町道を走っていると、点々と廃業したラブホがある。『1時間3500円』と書いた看板が斜めになってる。入口にはチェーン。ラブホっていうかモーテルか、これは。兵どもが夢の跡ってか。
「でも今は、その周りは田んぼばっかりの小さい集落や。その集落のお客さんで遠藤さんってのがおってな。死神に魅入られとるってうちの会社で話題になってたんや」
ハンドルを切って集落の方に向かう。
「なんでなの?」
「もともとは俺が新入社員で入って初めて受注した家でな。そのとき、そこのおっきいおばあさんが亡くなってたのね。もう九十過ぎてたけど」
うお、用水路に落ちかけた。ガードレールなんて気の利いたもんないしな。
「うん」
「半年後、その家からまた電話があったから、法事の話かなと思ったらまた葬式の話での。なんと半年前に商談した喪主さんが亡くなったって。まだ七十前やで」
T字路を右に、と。
「そんなこともあるのね」
「そう。で、俺が葬式したんやけど、その半年後にまた……」
ここを左だったか。
「今度は誰?」
「まさかの息子さん。三十七くらいやったかな」
あ、なんかこの辺の空気感変わってきたな。
「早すぎない?」
「そうなんよ。病気もなく健康だったのに、会社に行く時間になっても起きてこないからってお母さんが見に行ったら……な」
あれ?こんな雰囲気だったっけ?ここ。
「偶然じゃなさそうね」
「それだけじゃなく、その家の周りからもどんどん葬式が出てな。一つのエリアでほぼ毎月葬式や。そしたら田中さんが『あそこの家の周りを死神が回っとる』って言い出して」
なんかいそうな気配……。
「その田中さんって人、一度私が懲らしめようか?ろくな人じゃないでしょ?」
「悪い人じゃないから処刑しないで」
「しないわよ!バカ」
「で、遠藤さんの奥さんに気に入られて、『法事もソラちゃんお願い』って頼まれて、じゃあ同じ年に三人一緒の法事をせなあかんなぁって言ってたら、俺あっちの世界に行ってたから完全に忘れてた。もうすぐ三回忌だったわ」
スピードダウン……道が狭いぞ。
「なんでソラじゃないとダメなの?他の人でもいいんじゃない?」
「偶然やろうけど、俺以外の人がその家に行ったらロウソクの火が消えたり、本尊倒れたり、お供えがやたらすぐ腐ったりって大変みたいで……」
ブロック塀の間をそろそろと。
「それ、思いっきり霊障じゃないの!」
「うちの会社にそんなん信じてるやつおらんし。不思議やなぁで済ましてる」
「ソラのお父さんと同じじゃない!」
「確かに!なんでも不思議で済ましとるわ」
確か門を入ると車を数台停められたよな。
「で、どうするの?」
「ユイが一緒だったら、なんか原因が見えたりするかなぁって思ってさ」
「見えたらどうするの?アデヤ教の力はこっちの世界では通用しないわよ。知っていると思うけど、信仰の気持ちの大きさが私やママの力だから」
「そういえば、俺らが寺の封印解いていったらアデヤさん小さくなっていったって、ウミが昔言ってたわ」
うんうん、この辺だったはず。
「そんなことくらいで変わるわけないでしょ、バカ!海に砂糖を一粒落として甘くなるのかってレベルよ」
「え?そうなん?」
「女神アデヤを何だと思ってるのよ。単にママはあなたたちに歩み寄ろうと、近づいてただけよ」
「そうなんだ?てっきり俺らの力でアデヤさんが小さくなってるかと。思わずウミに、近くにいるならパンツ覗いたれとか煽ってしまったわ」
表札で確認しないとな。
「パンツって何よ。たかが布切れに何を喜んでるんだか」
「お前にはわからん」
よしよし、間違ってない。
「わかりたくもないわね」
男のロマンなんて言ってもわからんやろうな、フン。
「話戻すけど、なんか原因わかればウミの力とかシカちゃんならなんとかできるかなと期待しとる」
サイドブレーキ引いて、と。
「じゃあまずは現場確認ね。そこの家って近いの?」
「ここじゃ!」
*(130話へ続く)*




