127話 つなぐ
「やめてくれ、やめてくれぇ」
教会裏の牢屋から声が聞こえてくる。声の主は……フジマサ。夢でも見てたんかな?
「朝からちゃんとしっかり声出てるやん。体調ようなってよかったの」
ふふ、ユイが死なない程度に治療してやったからな。
「お前ら、聖女までが一緒になって、全員外道やの……こんな死にぞこないの年寄りをこんな牢に一人閉じ込めて、何がしたいんじゃ」
「何がしたいか?わからんか?お前に罰を与えたんだが?」
「罰だと?なら、ひと思いに殺したらよかろうが!なぜ真綿でじわじわ首を絞めるような真似を……」
「真綿でじわじわ?なんでやねん!単なる禁固刑だろうが。俺らの温情や温情。コーチの殿様からは好きにせいって言われたけど、優しい俺様は何人もの命を奪ったお前の命を助けたっちゅうわけや。慈悲深いやろ?」
「うるさい!わしをとっととアデヤ様の元に……」
「なんであなたみたいな悪党が普通に女神のもとに行けると思ってるのよ。おめでたい頭をしてるわね、この腐れ外道っ!」
えっと……ユイさん?言葉遣いが少々荒いようですが。
「あなた、この人の手を見てごらんなさい!」
そう言って僕の手を掴み、牢屋の中のフジマサの方に向ける。
「あなた、牛鬼と交渉して町を守ったって言ったわよね?それ以前に、自分は何の努力もせず、人任せでたくさんの剣術使いの人たちを牛鬼の元に送って死なせたわよね?無理だとわかったその後は、大人じゃなく子供を生贄にすることで、自分たちへ被害が来ないようにしたわよね?」
「それがなんじゃ!被害を最小限にとどめた結果じゃ。感謝されるべきじゃろが」
「この人は、牛鬼の話を聞いて即断したわ。自分の手で牛鬼を倒すって。ちょっと前まで友達を助けるために野生のイノシシを殺して落ち込んでた人がよ?この人の手を見なさい!慣れない武器を手に何度も何度も繰り返し素振りをして、硬い巻き藁を何本も切って、もう手の豆も潰れてボロボロでしょ?頭の中で何度も牛鬼と戦って殺されて、なんとかそうならないための戦い方を思案して、実際にたった一人で牛鬼に立ち向かったのよ。あなたはこれまで何をしたの?自分の手で自分の町を守ろうと思わなかったの?」
「わしはもう若くなかった。もう少し若ければ……」
「自分でやったっていうの?笑わせないでよ!じゃあ自分で牛鬼の倒し方を考えたの?牛鬼を知っている人に話を聞いたの?古い書物を調べたの?ではあの牛鬼はどこから来たの?その弱点は何?答えなさい!一番近くで長年牛鬼を見てきたあなたは、牛鬼の何を見ていたの?」
「う……」
「見ていたのは牛鬼の持つ宝、サンゴ……でしょうか?」
アオが教会の裏口から出てきた。
「ソラさん、コーチの宝石商のところで牛鬼の洞窟から持ち出したサンゴ、全部換金してきましたよ」
そう言って、中身がずっしりと詰まった麻袋を差し出す。持つとめちゃくちゃ重たい。中を見たら、アデヤ大金貨がぎっしり詰まっていた。
「アオ、お前、いつの間に……」
「ソラさん、子供らを引き取ってくれた家にお金を配るつもりだったでしょ?自分の報酬はシカちゃんの神社の再建に回してるから、今度はソラ君の報酬から出そうって」
こいつ、なんで僕の意図を読んでるんだ?どいつもこいつも勝手に人の心を。
「そう思って、牛鬼を倒しに行ったときサンゴを全部集めておいて、換金した分をそれに充てようかと思ってました。さすがにこの先、僕らも収入なしだときついでしょ?」
すまんな、そこまで考えてくれてたんか。全然ボンクラちゃうな、アオ。
「フジマサよ。お前が犠牲にした子供らや剣術使いたちはみんなアデヤさんのもとに帰してやった。他の町の人もな。でもお前は死なさん。死なせてやらん……。おや、そろそろ朝飯か?」
一人の子供が息を切らせて走ってきた。
「お、今日はマミちゃん……じゃないな、お前はマユやったか?」
「そう。新しいおかあちゃんも時々うちの名前を間違えてマミって呼びゆうがよ。まぁ、言われたらハイって返事するがやけど」
マキさん、そりゃ間違えるわな。おかっぱでお目めクリクリで、亡くなったマミちゃんそっくりや。
「ほな、そこの鐘鳴らしてや」
「わかった!」
そう言って教会の鐘をカランカランと鳴らす。
「やめてくれ、やめてくれ」
フジマサが叫ぶ。
「お前が生贄にした子ら全員の名前が刻まれた鐘や。毎日朝晩しっかり鐘の音を聞いて思い出せよ。お前が殺した子たちだ。もしよかったら反省して祈ってやって」
「お前らは鬼じゃ。鬼畜じゃ!外道じゃ!」
ふん、なんとでも言え。
「ん?じいちゃんどうしたが?どっか痛いがか?」
マユがフジマサに優しく問いかける。
「あ……すまん、すまんかった」
マユに向かって手を合わせるフジマサ。後ろに亡霊でも見てるんか?
「じいちゃん、ちょっと待ってな。すぐ朝御飯持ってくるがやきに」
そう言って教会の中に走っていった。
「ええか、フジマサ。これから毎食、お前がかつて生贄にした子の魂を宿した子らがお前の面倒を見てくれる。世話されるうちに、お前もそのうち変われたらええなぁ」
「うう……こんなことでわしが参ると思うなよ」
「ははっ、思うてへんわ。まだ、な」
「じいちゃん!お待たせ。ご飯持ってきたがよ。全部残さんと食べや」
小さい体に不釣り合いなお盆に載せた皿を持ってきたマユは、フジマサの牢の前に置いた。
「ふっ、なんじゃ、この粗末なメシは。このわしにこげなもん食えっちゅうんか」
「あのな、じいちゃん。毎日ちゃんとご飯食べられるだけでも感謝せないかんがよ。屋根があって寝るとこがあって、おいしいご飯が食べられるってどんだけ幸せか」
「ガキが何を偉そうに」
はぁ?
「あのな、そいつ、元浮浪児や。親に捨てられてコーチの城外で他のガキどもと地べたや掘った穴で寝起きしとった。人から小銭を恵んでもらったり、泥棒してなんとか生き延びてたわ。腹が減ったら残飯も漁ってたやろうな」
「うちら、こんなご飯食べれたら、しばらく食べんでもおれたがよ。草も木も……虫も食べたがやき。ソラがコーチに来てくれてからは、教会でちゃんとご飯食べさせてくれとったがやけど」
「フジマサにとってはゴミと思うようなメシも、この子らにはごちそうなんや。だから、まあ食えよ。ここの家庭菜園で作った野菜で、司祭の奥さんの手料理や」
「ふん……」
「おじいちゃん、そんな嫌がって、苦手なおかずでもあるが?どれも美味しいよ」
フジマサにしたら、自分が生贄に選んだ子に世話になるのは複雑やろな。でもこれが日替わりで三百六十五日、毎日やぞ。そしてお前にとって運の悪いことに、全員がいい子たちだ。クソガキ評論家の僕が太鼓判押してやる。多少なりとも良心があるならしんどいやろな。
「さてと……じゃあちょっと代官と話しに行こうか。あ、ユイ、教団へは?」
「とっくに連絡済みよ。今度こそちゃんと司祭が派遣されるはずよ」
そう、フジマサの手でこれまで邪魔されてた、アデヤ教会の正式な司祭の派遣依頼をしていた。その人が来たらノブタさん失業やな。
「ノブタさん、ごめん。僕らと一緒に代官のところ行ってくれません?今後について話がしたいです」
そう言って僕らは、代官が官舎にしている建物へ向かった。
---
代官さん……って、あれ?
「ソラさん、お久しぶりです!」
「なんか見たことある顔やけど……ひょっとして男前の家老のとこにおった?」
「そうですそうです。この町を出てコーチへ嘆願書を持っていったんですが、直訴は死刑という決まりをご家老様が法を曲げてまでして救ってくださって、それ以来ずっとご家老様のもとで働いておりました」
「そんだけあなたが優秀だったってことですよ。なら話が早いな」
「上様からはソラ殿の好きなようにとのことです。ソラ殿は間違わないと。私がここに戻れたのもソラ殿のおかげ」
なんか絶対的に信頼されてるな。大丈夫か?コーチの国は。
「そんなことはないですけど、今、並行して色々動いているので説明しますね。サトちゃん、これから話すことは議事録にして、あとで代官さんに渡してあげて」
「任せてください」
「まず、捕まえたフジマサは教会裏に設置した牢に投獄しています。処刑はしません。やつの世話は教会と、代官さんがコーチから連れてきてくれた子供らがします」
「あの子らが?承知しました」
「今、教会に正当な司祭はおりません。臨時で、というか、もう十年くらいはノブタさんという方が……」
そう言ってノブタさんを紹介する。
「ああ!ノブタさん!お久しぶりです!お元気でしたか?」
「お前、生きとったがか。よかった。皆が町を出るときに、フジマサにやられたもんだとばっかり思とったき。おやっさんも死んだと諦めとったろうが?」
「なるほど。代官さんの親父さんもノブタさんも、以前はフジマサの片腕やった時期あったから皆知り合いか」
「そうですそうです。小さい頃はノブタさんにかわいがってもらいました」
「じゃあ提案するけど、僕はノブタさんにフジマサの跡目を取らせたい」
「跡目?」
二人の声が重なる。
「今後、教会のことは教団から新しい司祭を派遣してもらいます。元締めのいなくなった組織は今後ろくなことにならない。そこで古株のノブタさんがその地位を継いでくれたら、町のことも漁のことも任せられるかなと」
「それはいいですね。もともとフジマサの片腕だったノブタさんなら、残っている連中も文句はないでしょう」
「でもうちのやつが……」
「あ?奥さん?奥さんはそのまま教会の職員として働いてもらって、きちんとお給料をもらえますよ。家庭菜園も続けてもらえればいい。フジマサの食事のこともあるし」
「そうですか」
「あとね、ノブタさんに頼みたいのは本当は別にあって」
「別に?」
「フジマサのやっていた元締めという地位と、その組織の解体」
「潰せてと?」
「ええ、行政がしっかり機能してたら、そんなもんに頼る必要ないんです。牛鬼だって、本来ならコーチの殿様にきちんと事情を伝えてたら、それなりに犠牲を出さずになんとかできたはずです。それを自分の利権だなんだと考えるやつがいたから、死ななくていい人がたくさん死んだ」
「おっしゃる通りです!私はそれを正そうとして町を出るとき、殺されかけましたから」
「なるほど……今後は若いお前らが町を仕切っていくがか。その下準備ちゅうことやの。それもええがよ」
「じゃあノブタさん、引き受けてくれる?」
「町の恩人の頼みじゃき。やらいでか!昔の血が騒ぎゆうがよ」
「いやいや、暴れられたら困るんだけど」
「はっはっは……」
これでこっちの問題は片付きそうやな。めどが立ってよかった。
---
カラン、カラン。
お?もう夕方の鐘が鳴ってるな。僕らは教会に戻っている。
「じいちゃん、昼ごはん、嫌いな野菜あったがか?残しちゅうね」
「お前らが持ってくる飯なんぞ食うか!」
言われたマユは悲しそうにフジマサを見ている。
「食べんと元気にならんがよ」
「わしは早よ死んで楽になりたいんじゃ!」
「そんなこと言うたらいかんが!生きとうても生きられんかった人もいっぱいおるがよ!」
目に涙をためてマユ……いや、マミちゃんが言う。マユとマミちゃんの姿がダブってるなぁ。
それをじっと目を凝らして見ていたフジマサは、
「お前……あの時の……一年前の、ずっと舟の上で月を見てた子か……」
そう言って膝から崩れ落ちた。
「ちゃんと食べないかんよ」
マユは牢の前にお盆を置いた。
「またあとで見に来るきね」
そう言って教会に入っていった。
その時間、教会ではコーチから来た子への特別授業がリーちゃんによって行われていた。町の商人たちも招いての授業だ。
例の読み書きソロバン。コーチから来た子はもうほとんど読み書きできるが、町の大人たちがこの町の子へ教えるための模擬授業と言っていいだろう。
さっきの打ち合わせで、代官もコーチで学校の大切さを知っているので、この町にも学校を作ることにしたのだ。漁師の子、農家の子、商家の子、誰もが学べる学校の設置。いいね!
余談だが、アオがサンゴを換金してきた金貨。生贄になった子の親たち……浮浪児たちの里親に届けてみたものの、「もう宝物はもらっています」と言われて丁重に断られた。
あのガキどもが宝物になるとはなぁ……。
無理やり子供のためだってことで、各家庭にアデヤ大金貨を一枚ずつ置いてきたけど、それでもめっちゃお金余ったぞ。代官にもノブタさんにも寄付を申し出たけど断られた。命がけで牛鬼を倒してくれた恩人から金はもらえんと。そのくらいは自分らでやっていくってさ。
---
「なあ、ユイ、フジマサはどうなると思う?」
「そうね。毎日あの子らが来て鐘を鳴らす。自分の身の回りの世話をされる。いくらバカで強欲でも、さすがに自分のしたことを振り返って反省するんじゃないかしら?」
「そうか……そん時は……」
「うん、ママのところへ連れて行ってあげるわ」
「すまんな」
「いいのよ。そうしたかったんでしょ?」
フジマサがやったことの罪の重さを知り、きちんと償い、心から反省したときは、きちんと報いてやらんとな。
フジマサを処刑せず投獄したのは僕だから、この先のやつの食事代は僕らが持つべきだと思う。ノブタさんは受け取らないので、こっそり奥さんに持っていた金貨を半分くらい預けた。足らなくなったらまた送金するって伝えてるけど、さすがにそんだけあれば懲役五百年分くらいは食べていけるだろう。
ま、そんなに服役されると世話してる子供らが先にくたばっちゃうから、それは勘弁してほしいところだ。
「よっしゃ!とりあえず井田の夜は今日で最後」
「明日からは今回活躍したアオとリーちゃんを労おう!」
「え~なにそれ~私も色々やったけど」
とサトちゃん。
「シカ、餌、した、怖かった」
とシカちゃん。嘘つけ。ノリノリで餌役演じてたくせに。
「私、聞いてないけど?アオとリーちゃんだけ?へ~」
とユイ。
「労うって何を?」
とウミ。
「ふふふ、皆さん、あっちの世界へ慰安旅行などどうかね?」
「いく~!」
全員の声が揃った。だってアオとリーちゃんと約束したからな。
「そんなわけで、ユイ、天さんに了解取ってもらえない?あとアデヤ大金貨と円の両替など……」
大金貨一枚両替したら、全員一週間は過ごしてお土産も買えるはず。金の価値が上がってるって、この前天さん言ってたし。
「ん?向こうに行くのに別にパパに許可なんて要らないわよ。この前の特訓のときに、牛鬼の件が落ち着いたらソラを会社に行かせないとな、って言ってたもん」
「え?俺?会社に?なんでよ」
「私にはよくわからないけど、社長が『吉原町の遠藤さんちの法事、忘れてないか?』って伝えてって言われてたそうよ」
「あ~!忘れとったぁ!」
*(128話へ続く)*




