127話 親と子
小さな港町は朝からザワザワしていた。
一つは、町を牛耳っていたフジマサの投獄。もう長くない、もってあと一週間と噂されていたフジマサが、昨日突然出現した教会裏の牢獄に囚われているとの噂が駆け巡っていた。
噂じゃないけどね。
もう一つは、コーチからの訪問者の件。
僕らはフジマサの様子を見るために、教会に泊まらせてもらっていた。朝早くから葬送の儀の段取りをみんなで打ち合わせしていたところに、テツさんが訪ねて来た。
「おはようございます!なんかえらいことやったって聞きましたよ!」
「えらいこと?まあバタバタしてたけどね。テツさん、町は大ごとになってるね。フジマサの件で」
「そりゃそうですけど、俺より前からフジマサさんの所にいた兄貴分たちはかなり混乱してますね。まぁある程度覚悟はしていたものの、跡目の指名もないままですから、誰がやるのか互いに疑心暗鬼になって牽制し合ってますよ」
死ぬ覚悟はできてるような言いぶりだったくせに、まだ跡目も決めず先延ばしにしてるって、この世に未練残しまくりやん。口だけじゃ。
「あとは、なんかコーチから代官が派遣されて来たっちゅうて大騒ぎですね。それだけじゃなく、フジマサさんに殺されたって噂されてた人が、代官になって帰って来たっちゅうて……」
「え?」
「昔、フジマサさんの側近だった人の息子らしくて、コーチの殿様に訴えに行く言うて出た後に行方不明になってたそうで。その側近の人は、その後すぐに堅気になったそうですけど。みんな死人が戻った言うて大騒ぎですわ」
「アオ、その人ってもしかして」
「はい、多分僕が話を聞いた人の息子さんでしょうね。生きてらっしゃったんですね。よかった~。あのおじいさん、喜んでるでしょうね」
「しかし、代官か……凄いのぉ。殿さん、直訴しに来たのにそのまま登用したんか」
まぁ、話を聞いて多分ここにも色々人を送ったんやろうけど、フジマサに消されたんかもなぁ。
「あと、代官がいっぱい子供を連れて来たらしいですよ。なんでかな?旅行なんですかね?」
「あ、一緒に来たか!さすが殿さん!動きが早いぜ」
「ソラさん、なんか知ってるんですか?」
「ああ、アオには言うてなかったけど、ウミに手紙を書かせといたのよ。はっはっは!やったな」
思わずユイと抱き合った。
「リーちゃん、会いに行こうぜ。懐かしのガキどもに!」
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「リーちゃん先生!」
数人の子供らが駆け寄って来た。
ここはフジマサがいなくなった宿屋の一階の食堂。もう平和そのものだ。リーちゃんはしゃがんで、子供らを優しく抱きしめている。
「みんな、元気だった?吉田先生の言うことちゃんと聞いてる?」
「うん!聞いてる!でも吉田のおんちゃん、あんまり面白うないがよ。真面目過ぎるき」
「みんな、来た?久しぶり」
あ、コミュ症のシカちゃんもやって来た。
「あ、シカだ!わ~、みんなおるが?ソラもウミもおる!」
呼び捨てかい、お前ら!
「聖女様ぁ~~!」
様付けね。
「おんみつだ、おんみつ」
アオ……お前、ガキどもにもバレとったんか。
懐かしい面々だ。こいつらはコーチの学校でリーちゃんが教えていた子供たち。遠足でここまで……来たわけじゃない。
「お前ら、ええんか?知らん場所やけど」
「ん?ソラたちが来るまでは屋根ないとこでおったがやき」
そう、こいつらはコーチの郊外にいた浮浪児たち。郷士の村に親がいた子らは、仕事を得た親が迎えに来て家に戻ったが、迎えが来なかった子らは学校横の教会で吉田さんと暮らしていた。そいつらを井田の町に呼び寄せたのは僕だ。
「ウミ、犠牲になった子の親たちは?」
「うん、もうすぐここに来てくれるよ」
そう、僕はずっと考えていた。子を失った親、親を亡くした子、どうにか引き合わせることができないか。
牛鬼を倒す前にウミと入念に打ち合わせをして、コーチの殿様と学校の吉田さんに書状を書いていた。満月の夜にローパーちゃんが届けてくれた。
「サチも子供らの霊を集めてくれたかな?」
食堂の端っこで、こっちを見ている小さな子供たちの霊が見える。いつの間にかびっくり能力が身についちゃったなぁ。
全部で十人……生贄になった子、みんないるな。えらいぞサチ。
ん?あ、あの花柄の着物は……マキさんとこの!
僕が見ていると、その子がこっちを見て手を振った。手を振り返すと、にっこり笑った。この子がテツさんが連れて行った子か……月を見て凛とした態度で運命を受け入れたんか。
「あ、皆さん来られました」
入り口で案内係を頼んでいたサトちゃんが言う。
みんな何事かと緊張の面持ちだ。一、二、三……うん、十組いるな。
年齢はマキさんが一番若いかな。二十代前半、僕と同世代。上は三十代半ばかな。ご夫婦で来ている人、小さな子連れ、奥さんだけの人もいるか……。
コーチから来たガキどもも、何事かときょろきょろしている。隅っこの子供の霊たちも。
「お集まりいただきありがとうございます。コーチのガキどももお疲れ」
「他に言い方ないの!バカ」
小声でユイに言われ、蹴られた。
「皆さん、過去に辛い思いをされた方ばかりだと思います。その元凶は私が排除しました。人も牛鬼も。今後は憂いなく生活できると思いますので、ご安心ください。ただ、お子さんを失った悲しさはなかなか癒えるものではないのもわかります」
会場からすすり泣きの声が聞こえる。
「僕たちは今日の午後、皆さんのお子様を含めて被害に遭った方々、それ以外の方々の魂をアデヤさんの元に送ります。送りますけど、その前に……もう一度、子育てしませんか?」
そう言うと、
「はぁ?何を……」
「よその子を代わりに育てろっていうがか?」
「裕福な家でやりゃええがよ」
ああ、想像通り。悪趣味だと思われるわな。
「この子らはコーチの郊外で捨てられてた子たちです。すでに名前もあるし、自我もある。自分の子の代わりとして育ててくれとは言いません」
一度、言葉を切る。
「でもね……っていう言い方もおかしいか?この子らに家庭の温かみを教えてあげたいっていう、勝手なお願いが一つ。裕福な家でって意見もわかります。でもこいつら、屋根があるだけでありがたいっていう生き方をしてきてます。そして学校できちんと教育を受けさせています。どこに出しても恥ずかしくない子です。もちろん合う、合わないもあるでしょう。でも子供を亡くした皆さん方と、親に捨てられたこの子らを結び付けたいんです。勝手なお願いですが、考えてもらえませんか?」
「お前ら、どうや?」
元浮浪児の子供らを見ると、真顔でうんと頷く。
でも、まだ訝しげに見ている親たちが半数以上。そうやろうなぁ。でも子供らはそうでもないみたいやぞ。
「ソラ、見て」
ユイが小声でささやく。
見ると、隅に固まっていた子供の霊たちはサチに促され、それぞれ気が合いそうな子供の近くに行ってジロジロ見たり、体を重ねてみたり、通り抜けてみたり、髪の毛を触ったり突いたりしている。
勘のいい子はそれを感じて、不思議そうに手を払ったりしている。それぞれ十人の子に十人の霊がそばにいる。みんなそれぞれ違うけど、違うなりにどっか似てるところがあるんだろうな。
マキさんの娘さんも一番小さい子のところに行ったな。おかっぱ頭でそっくりだ。
「サチ」
声をかけると、満足げに尻尾を振っている。いい仕事したな。
「集まってくださった皆さん。これから子供らがあなた方を選びます。変な話ですよね?普通は皆さんが選ぶべきなんでしょうけど。これからアデヤ様の奇跡をご覧いただきます。亡くなってしまった皆さんのお子さんが、もう一度つないでくれる縁でもあります。かつて縁があって、このお母さんがいいと言って生まれて来た息子さん、娘さん。その子がもう一度、お母さんを選びます」
自分で何を言っているのかよくわからなくなったけど、ユイに合図を送ると、女神アデヤに祈りを捧げた。
見慣れた景色になったけど、辺りを暖かい光が覆った。
コーチから来た子供たちは、子を失った親御さんの元にそれぞれかぶることなく並んだ。親たちはまだ不思議そうに目の前に立った子の顔を眺めながら、どこか似ているものを感じるのか思案している。
「マキさん」
思わず声をかけた。目の前のおかっぱの女の子を見て泣いている。
「どうしたの、おばちゃん?」
心配そうに見つめる女の子。
「ユイ、アデヤさんに頼んで」
そう言うと、ユイは頷いた。
ほんの数秒だけ、子供らの後ろに霊となった子供らの姿が浮かび上がった。亡くなった当時のままの姿で。
「お母ちゃん」
霊が声を上げる。
「ああああ、アキか!」
泣き出すお母さんとお父さん。
「ヤス、ヤス~!」
泣き崩れるお母さん。
「マミちゃん……」
そう言ってマキさんは、目の前のおかっぱの女の子を抱きしめた。
「うち、マミちがうがよ」
苦しそうにしていた女の子だが、マミと呼ばれた女の子がす~っとその子の体に入って行った。
「おかあちゃん!おかあちゃん!」
そう言うとマキさんに強く抱きついた。旦那さんはその上から二人を優しく抱きしめていた。
そんな景色が、この食堂のあちこちで見られた。時間にしたら三分程度の再会だったろうか。
「おかあちゃん、うちら、そろそろ女神様のところに行くき」
子供から切り出した。
えっ?という顔で子供の顔を見る親たち。
「うちらの体はもうないき。でも魂のちょびっとをこの子に入れさせてもらうがよ。うちはずっとおかあちゃんとおとうちゃんと一緒におる」
「この子になるんか?」
「ちがうよ。その子はその子。ちょびっとだけ、うちの居場所をもろうたが。残りの魂はみんなと一緒に、アデヤ様のところに連れて行ってもらうがよ」
そう言ってもう一度親子は抱き合ってから、亡くなった子供たちは子供らの体から離れていった。
「みんな、今からお兄ちゃん……おんちゃんらが、他のみんなと一緒にお空に送ってやるから。教会にみんな集まってもらってるから、一緒に行こうか」
そう言って、葬送の儀の会場として準備した教会へ向かった。
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「それでは葬送の儀を執り行います!」
そう宣言すると、ウミとリーちゃんの読経が始まる。ユイと司祭さんは手を組んで祈っている。詩歌様になったシカちゃんが舞うと、雅楽の音色が響いて来る。
教会の中には一般の人や、これまで牛鬼に殺された人たちの遺族が座っている。コーチから来た子供と、その親となる人たちには裏口近くに集まってもらった。
マッチングは成功だった。それぞれの子の引き取り先が決まった。亡くした自分の子にまた親として選び直されたんだから、嫌とは言いにくいわな。ズルいな、僕は。
「よっしゃ、ガキども……って言うたらもういかんな。お子様たち、この紐引っ張れ!」
そう言うと、我先にと子供らが群がって紐を引く。
カランカラン~と高い音色の鐘が鳴る。その音を聞きながら、ユイの祈りで現れた光の柱に入った霊たちは、ゆっくり空へ上がって行く。普通の人には見えないけれど、それでも何か起こっているのは感じてくれているはず。
「お父さん、お母さん方。今、鳴っている鐘には皆さんのお子さんの名前が彫られています。あの鐘の音が聞こえる限り、お子さんたちが生きて、この町で育っていたことをみんな決して忘れません。『尊い犠牲』という言い方は認めないですけど、この教会がある限り、ずっとあの鐘は子供らのために鳴り続けます」
「ありがとうございます……」
マキさんが顔を覆う。
マキさんと出会わなかったら、僕ら、この町に来てなかったな。
「お子様方……ええい、めんどくさい。おい、ガキども!お前ら毎日、朝と夕方交代でこの鐘を鳴らしに来い!絶対やぞ」
「わかったぞ、ソラ!」
呼び捨てなんかーい。
「絶対来る。音聞いてたら気持ちええが」
「よっしゃ、約束やぞ」
そんな話をしていると、犠牲になった子供たちも上がる番になったようだ。もう一度、親に会いに来たな。
「お子さん、最後に会いに来てますわ。抱いてあげてって言ってもスカスカですから、引き取った子どもらを抱きしめてあげてください」
そう言うと、みんな子供らを抱きしめた。上がっていく前の子供の霊はそれぞれの魂の欠片を預けた元浮浪児たちの体に入り、最後に親の温もりを感じていた。
満足した子供の霊たちは、ゆっくりと空に上がって行く。教会の上に吊るされた鐘を見て、ちょんちょんと自分の名を指で指して確認して上がる子もいる。その真似をしてじっと鐘を見ているけど文字が読めないらしく、首を傾げている子もいる。
せかすわけでもなく、サチは様子をうかがいながら子供らを空にエスコートして行く。そして最後の子が上がると、徐々に光の柱は消えていった。
遠くから、アオと代官さんとその老父がこの様子を見ていた。あ、再会できて良かったな。
「終わった……な。かなり唐突でぶっつけで色々やったから、親御さんも戸惑ってるやろな。いきなりコーチから連れてきた元浮浪児を引き取って子供を一人増やしてって言っても」
「それでもちゃんと受け入れてくれたじゃない。私たちにやれることはやったわよ」
「そうだよ。突然過ぎて部屋の用意ができない子たちは、当面は教会で面倒見てくれるそうだし」
「うん。ま、できることはやれたかな」
「十分!」
とサトちゃん。
「そうか。じゃあ引き継ぎしたら次の町やな」
「引き継ぎ?なんの?」
色々いっぱい。
*(128話へ続く)*




