125話 月夜
バタバタの夜が明けて、翌日は夕方までのんびり過ごした。日が落ちて、月が出てからが勝負。
僕は町の古着屋で、少し前に流行ったという武芸者が着る上着と、時代はちょっと遡るけど昔の袴を探し出して合わせてみた。
「どう?」
ユイに尋ねると、
「ダサいわね」
と一言。
「サトちゃん、こっちの人の感覚でこの衣装どう?」
「どっちも古めかしいです。今どきそんな人いないですよ?それこそ袴なんて、もう見ることないですけど」
「なるほどなぁ。でもそれでええんよ。牛鬼が昔、何度も相手してきた侍と同じやと思い込ませなあかんから」
「なるほどですねぇ」
とか言ってたら、リーちゃんに連れられてシカちゃんが帰ってきた。
「おっ?シカちゃん、準備できた?」
「うっ……うん」
おお、馬子にも衣装ってやつか?今どきの田舎の子って感じでかわいい。
「ソラ、最低〜」
「シカちゃんを牛鬼を釣り出すエサにするなんて信じられないです」
いや、そのセットアップ考えたんリーちゃんじゃん。
「シカちゃんかわいそう、ううう……」
約一名、ウソ泣きしてるやつがおるな。サトちゃんよぉ。
「あのな、みんな忘れてるけどシカちゃんは神様やぞ?たとえ俺が負けたところで、牛鬼風情に食われるわけなかろうが。あの超有能な一本さんでも一目置いてるくらいやからな!」
「ソラ、やめて……やめて。わしを詩歌様と同列に語らないで……」
一本さん、謙虚過ぎるなぁ。あ、一本さん、ちょっと顔色戻ってきたかな?よかったよかった。
「私、大丈夫……死なないから」
でしょ?とか思ってたら、アオの準備もできた。
誰や、このごっついおっさんは。
「ソラさん、お待たせしました」
「すごいのぉ。顔の肉付きから体型まで、もうアオと思えへん」
「テツさんに細かく教えてもらいましたから。服の着崩し方までしっかりと」
「お前、あの入れ墨も模写したの?ガリガリのシワシワの腕で、元の図柄わからんかったやろ?」
「フジマサに会ったときに見た図柄を頭の中で広げて、それをテツさんから聞いた肉付きをイメージして描きました」
「右腕も左腕も一人で描いたんか?お前、両手使えるん?」
「はい、両利きですからどっちも同じように使えます。そうじゃないと右利きだと右腕に入れ墨描けないじゃないですか〜」
いや、そうやけどさ。頭の中で展開図作って、それを膨らませて図柄を描くって、お前が一番やばいやつやん。体型も腹には詰め物をして膨らませてるし、腕も妙に太くなってる。リアルな肉襦袢みたいなやつかなぁ。あいつの荷物、色々入ってるからなぁ。
まあ、とりあえず偽フジマサも完成した!
「よしっ!というわけで、ぼちぼち行こうか!舟も借りれたし。アオとシカちゃんに俺……ユイも万が一、俺になんかあった時の後詰として」
「なんかって何よ?勝つんでしょ?」
「ああ、勝つさ」
「じゃあ、記録係必要ですよね?私も行きます」
とサトちゃん。
「僕とリーちゃんは残るよ。大人数で行ってもしょうがないし、終わった後のことの差配がいるでしょ?ローパーちゃんに頼む手紙でも書いておくよ」
ウミ、僕が指示しなくてもちゃんとわかってくれてるな。大体のところは昨夜すり合わせしたし。みんな驚くぞ。
「あとマキさんところに行って、今日ソラ君たちが何をしているのか、その後どうするつもりなのかもそれとなく話しておくよ」
「ああ、頼む。あ、サチの様子も見といてあげて。あいつもその後、活躍してもらわんといかん」
「わかってるよ。町のあちこち走り回ってもらわないとね!」
「よし、アオ!行くか。舟は俺が漕ぐわ。和船の漕ぎ方も須崎でヒマな時にマスターしたから任せとけ」
「戦いの前に大丈夫?」
「ウォーミングアップや!」
そう言って僕らは借りた舟に乗って、海へ漕ぎ出した。ウミが小さくガッツポーズで応援してくれている。返したいけど両手がふさがってるなぁと思ったら、シカちゃんが小さくガッツポーズを返してくれた。
一応、餌なんだけどね。元気良すぎ。
月の光に照らされて、僕の漕ぐ小舟はゆっくりと沖の島へ進んでいった。
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「じゃあ、アオ。こっからはフジマサに聞いた通りのやり方で。洞窟の先にある開けた場所にシカちゃんだけ残して、俺らは木の裏に隠れておく。牛鬼がシカちゃんに近づいてきたら俺が飛び出す。サトちゃんはここを離れず。ユイは隠蔽で俺の近くで見てて。多分手出しはいらん……と思う」
そう言って、脇差風の拵えにした鬼子母神を撫でた。これが元は寺の鐘か……空海さんも撞いたことあったりしてな。鞘に収めて腰に差すと、どこから見てもただの脇差だ。よし、これで戦う!
しばらくすると、洞窟のある方向から、
「カン……カン……カン……」
と音が聞こえてきた。アオだな。
続いて、遠くから何かを引きずるような音が聞こえてきた。
「いつもより早いでないか?どうした?サンゴが入用になったか?」
しわがれた低い声が聞こえてきた。牛鬼か……。人と牛の中間の顔というだけあって、人語を喋れるんだな。
「おお、牛鬼殿。ちょっと早めの贈りもんじゃ。サンゴも今、高騰しとるでな。それもあって今日は飛び切りの子供を用意した。褒美をはずんでくれや」
え?これアオの声?咳き込んでないし、声にも張りがあるけど、フジマサそっくりの声だ。
「サンゴか?ほれ、その入り口に並べたヤツ、いるだけ持って行け。で?わしのごちそうはいつものところか?」
「ああ、いつも通りその先の広場のところに置いてきた。好きにしてくれや」
アオがそう言うと、牛鬼らしき影が木々の間から見えてきた。想像よりさらにでかいな。牛というよりバッファローやな。でかいわ。
がさがさと長い手足を交互に動かし、広場へ入ってくる。月の光に照らされたその姿は醜悪だった。赤い着物のシカちゃんを見て涎を垂らしている。
「ほうほう、フジマサ。ええのを連れてきたの。大人と違って大して腹の足しにはならんが、これはこれで柔くて美味い」
独り言を言いながら、シカちゃんまであと十メートルほどに近づいたところで、僕は意を決して隠れていた木の後ろから飛び出した。
「待ってたぞ、牛鬼。俺がお前をここで殺す!」
あえて『殺す』という言葉を使うことで、自分を追い込んだ。もう後戻りはできない。実際に眼の前に立つとえぐいくらいでかい。いや、これは…サイみたいな質感があるぞ。全身鎧じゃん。鳥肌が立った。
「あ?フジマサ、謀ったか?何度も何度も懲りんやつやの。わしにどんな武芸者を当てたところで同じじゃ」
「同じ?みなそれなりに手練れだっただろうが!」
「ああ?腕の良し悪しはあれど似たようなもんじゃ。たかが人間。結局、わしの餌になるだけじゃ。お前とそこの子供を食った後は、木の後ろの女もな」
振り返ると……あ、サトちゃん顔出しすぎ!バレてる。
「お前、宇和島からなんでここまで流れて来た?そしてなんで人を食う?」
「ほう、わしを知っとるのか?で?なんで人を食う?ハハハ、愚問じゃ。そこにおるから食う。お前らも魚を食うじゃろ?鳥も食うじゃろ?一緒じゃ。わしも魚も鯨も猪も食う。そして人もな。いちいち目くじら立てる必要があるか?なかろう?」
「まあの。理屈は通っとる。ただ、俺ら人間は食われたくない。だからお前を殺す」
「勝手な理屈じゃの。まあ、どうぞどうぞと喜んで食われるやつもおらんわの。抵抗するなら好きにしたらええ。食われるだけの子供もおれば、お前みたいに刀で斬りかかるのもおる。だが結局、わしに食われるだけじゃ。刀でわしが斬れると思っとるのが片腹痛いわ」
「お前の理屈はわかった。なら俺の理屈もわかれ。人は悲しむし、泣くし、怒る。俺はお前に怒っとる。だから、死ね!」
「そんな短刀ごときでわしが斬れるかと言うておる!」
牛鬼は刀を弾こうと、頭から僕の方へ飛びかかってきた。その突進を僕は大きくすり足で右へ動きながら、鬼子母神を抜いた。
「なんと短い刀じゃ!」
馬鹿にしたように牛鬼が笑った、その瞬間。鬼子母神を大きく振り上げる。
シャッ――。
柄が次々と伸び、鬼子母神は瞬時に薙刀の姿へと変わった。
牛鬼が驚いたように目を見開き、こちらを見る。僕はそのまま鬼子母神を上段から大きく振り下ろした。
一閃。
地面に転がった牛鬼の目は、辺りを明るく照らす月を見ていた。
「ソラ!」
ユイが駆け寄ってくる。
「びっくりするほど切れるのぉ、これ。さすが一本さん作ビビるわ」
軽く言っている僕の手は震えていた。殺した……な。自分の意思で、怒りで……。
「ねえ!ソラ、大丈夫!」
ユイがそう言いながら、血の滴る鬼子母神を握り締めた僕の指を一本、また一本とほどいていく。十本の指がすべて外れた時、鬼子母神がガシャンと地面に落ちた。僕はボロボロ泣いていた。両方の手のひらの豆は潰れてもうボロボロ。何もかもボロボロ。
「俺が、殺しちゃったな、牛鬼」
猪鼻峠でイノシシを殺した時は、ウミを守るためだった。今回は、自分の怒りで、自分の意志で命を奪ってしまった。
「ソラさん!頑張りましたね」
サトちゃんが抱きしめてくれた。サトちゃんも泣いている。
「ソラ、命って重いわよね。わかるわ。でも生かしておいたら、毎年もっとたくさんの子供が……」
「おう、ありがとう。わかってる。そう思って手にかけたんだし。でもさ、さっきまで喋ってた相手やしな。命に重いも軽いもないかもしれんけど……なんかしんどいな。俺自身が酷い目にあったわけでもなく、初対面でいきなり不意打ちでこっちの都合で殺してしまった。人間側の正義を執行……か」
「ソラ、まだ終わりじゃない!これから一仕事も二仕事もあるのよ!ほら立って!帰るわよ!」
ああ、そうだった。まだこれかやることが山積みだった。
「そうやった!ユイ。牛鬼やっつけたことをウミに知らせて、ローパーちゃんにはコーチへ行ってもらわないと」
「やること一杯よ!」
「ほんまやな。サチに言って、あちこちの家にとどまっている子供の霊を教会に集めて弔わんといかんしな。もともと弔われていない霊もいるし、忙しくなるな」
「フジマサのこともありますね!」
「サトちゃん、そうだな。やつもこのままにしておけんし」
「ソラさん、牛鬼のやつサンゴめちゃくちゃ穴にため込んでたんで、全部舟に積み込みました〜。沈むかなぁ、舟」
アオは僕が絶対勝つと思って、戦いの様子も見に来ずせっせと牛鬼のお宝パクってたんか。さすがやな。いつの間にかもうメイク落として、いつものアオだわ。
「よしっ!凱旋や!夜中やし、誰も歓迎してくれんやろうけどな!」
*(126話へ続く)*




