115話 生贄
「お姉さん、気が付きましたか?とりあえずお水をどうぞ」
気が付いたご婦人に水を勧める。散々海の水飲んでるかな?差し出した水に顔を背けて、
「なんで死なせてくれんかったが……! 助けてくれなんて、頼んじゃあせんのに……!」
う~ん、確かに助けを求められては無いわな。
「勝手に助けて申し訳ないです。でも、たまたま目に入ってしまったので、つい助けてしまいました。じゃあまた海に入っちゃいます?僕ら、勝手にあちこち手当したけど無駄になっちゃいましたね。でもどうぞ、行くなら止めませんよ。僕らの視界に入らない所でしたら。あ、でもそれ僕の服だから返してくださいね。人が着たものをそのまま返されるのも嫌だなぁ~。きちんと洗って返してもらえません?」
「ソラ、もっと普通に止められないの?長々と嫌味ったらしい。死ぬな!でいいじゃない!」
「そりゃ嫌味も言いたくなるわ。サチは溺れかける、ユイは大事なドレスが血まみれになる、貴重な包帯やら薬も使って介抱したのに、死なせろと文句言われる。どんだけワガママやねん!死にたいなら人目につかんところで静かに逝ってくれ」
「僕らに見つかって運が悪かったと思って諦めてください。そういうのイヤなんで」
「運が良かったんですよ。普通はもし見つかっても絶対助けは間に合ってません。聖女様が助けてくださったから、あなた、今、生きてるんですよ。聖女様自らが救ってくれた命をまた捨てようとするの?」
サトちゃんが優しく諭す。
「聖女様……? 聖女様、やったらお願いですき……。うちの死んだ娘を生き返らせてください……! まだ五歳になったばっかりやったのに……なんで、なんでこんなことに……ううっ……」
「残念ながら、私にも女神アデヤにも亡くなった人を生き返らせる力は無いの。亡くなってしまった人は二度と生き返ることはできない。どこかで既に転生してしまっているかもしれないし」
本当は転生できていないことはユイが一番よく知っている。そもそも死人が生き返ることなんて絶対に無い。心臓が止まり、血が回らなくなると徐々に細胞は死んでいく。葬儀の仕事をしてきて、何度もこの人、生き返れたらいいのにと思ったが、実際に生き返った人はいない。僕らにできることは、亡くなってから火葬までの間、腐敗を遅らせるためにドライアイスを当てることくらいだ。亡くなった人が生き返ることができるなら、人口が増え続けて食糧難待ったなし。
「ソラ、そんな話じゃない」
あ、ユイに考えてることバレた。
「わかってるよ。わかってるけどさ……どうしようもないじゃん。神さんはなんでもできるわけじゃない。でも空に上がってからの救済はあるのかも知れんけどな」
「やから! やから私はあの子のところに行きたいが! 早く会いたいがよ……。この世は辛いことばっかり……。うちの子だけじゃない、他の子かて……」
ん?ちょっと気になること言ったぞ。うちの子だけじゃない?まあ、それはおいおいと。
「お姉さん、お子様を亡くした辛いお気持ちはお察しします。でもね、アデヤ教徒ならお分かりかと思いますけど、教義では亡くなったら即、転生できているので、あなたが亡くなってももう会えないですよ」
本当はその辺彷徨ってる可能性大だけど。
「それでも毎日毎日、あの子のことばっかり考えてしもうて……もう前を向いて生きていけんがです……! なんで……なんでぇ……」
「弔いましょうか?」
つい口に出てしまった。弔いは死者のためもあるけど、残された者のためでもある。親しい人を亡くしたけじめ、踏ん切り、現実を受け入れるための儀式だ。
「弔い?……」
「はい。アデヤ教のあなたにとっては意味がわからないですね。まず、あなた、このまま死んでも娘さんには会えません!あなたと娘さんは行くところが違う!アデヤ教なら即転生なので会えません。もう途絶えて久しいですが、仏教もキリスト教もです。他の宗教だってそう。自死した人は亡くなった後の行き先が違うのです」
本当は知らんけど。
「亡くなった人の後を追って自死する人も多いですが、どの宗教の教えでもそれを認めていません。真逆ですよ。会いたいと思う人から離れ、より遠くへ行くことになる」
これまた知らんけど。
「より遠く……」
「そう!もし娘さんに会いたかったら、きちんとこの世で娘さんを弔って、天寿を全うして会いに行けばいい。そうすりゃ向こうからお迎えに来てくれますよ」
もろ仏教的な考えだけど、ユイが黙認してくれてるからいいだろう。
「お母さん、私はアデヤ教の聖女です。ですが、あえて言います。お嬢様はまだ転生せず、おそらくあなたの近くにいます。ちゃんとお別れをして、あなたがお嬢様の死を受け入れることができれば、お嬢様も安心して女神アデヤの元に行けるのです。ちゃんと心の準備をして、私たちと弔いましょう」
なんかええ感じにまとめたな。アデヤさんワンオペの不具合隠して。
「死んでも……娘には会えん……がですか……」
「はい。それを神が認めると、次から次へと親しい人を思うあまり後を追う人が出てくるでしょう。アデヤ教はそれを完全否定します」
そもそもアデヤ教だと、時間差で死んでも相手は即転生してるから会えんわな。実情は違うけど。あの世があるっていう考えが後追いを生み出してるのか?それとも愛する人を失って、なにもかもイヤになって無になりたいのか。どっちも答えがわからんのにやるのはギャンブルやなぁ。無になりたいと思って死んだのに、あの世で昔のしがらみにまた巻き込まれるのかなわん。大嫌いな姑と終わりのない嫁姑バトルとか勘弁して欲しいな。
「というわけで、お姉さん。私たちは旅をしながら亡くなった人を弔っています。コーチの殿様からも公認を得ていますので、安心して任せてください。とりあえずゆっくりお話を聞きますので、今はお水を飲んで落ち着いてください」
---
しばらく休んだのち、僕らはご婦人の自宅まで送って行った。歩きながら聞いたところによると、入水しようとした場所の近くにある小さな漁村に住んでおり、漁師の旦那さんと一人娘と暮らしていたそうだ。
娘さんが亡くなった理由は、超気分の悪い話だが、この海に住む牛鬼というやつが原因だった。昔話のテンプレ通りで、村を潰されたくなかったら年に一度、村の子供を差し出せと。さもなくば皆殺しにするという、お約束通りの話。日本中にあるんだな、この手の話。
ご婦人の家に着くと、小さな女の子が土間で遊んでいた。アオ以外は、その時に全員その子を認識できていた。
漁から戻っていた旦那さんに事情を説明すると、感情が高ぶって奥さんを叩こうとしたので、とっさにアオが取り押さえた。体術もできるのか、アオ。
「ご主人、かわいい娘さんを亡くした奥さんの気持ちもわかってあげてよ。おかっぱ頭でぱっちりした目のかわいい娘さんだったんだね。花柄の着物がよく似合っている。いつも泣いているお母さんと、イライラしているお父さんを見て悲しがっているよ。二人で支え合わないとダメだよ」
う~ん、なんか自分が嫌いなスピリチュアル系の口調になっているが、仕方ないなぁ。
「お父さん、私はアデヤ教の聖女。この者たちは皆、あなたのお嬢さんが見えているわ。必ず私たちがお嬢さんを女神アデヤのもとに導きますから、私たちの言うことを信じてください」
「で、ですよ、ご主人。毎年生贄の子供を差し出しているってことですけど、その辺詳しく聞けます?誰がその約束を牛鬼としたんです?どうやって生贄を出す家を決めてます?色々聞きたいんですけど」
「ソラ、そんなに興奮しないで。どうしたの?」
「どうしたの?生贄に子供とか冷静に聞けるか?一人でも許せんのに毎年って……。絶対許さん。悪鬼の時もタヌキの時もムカついたけど、これは別物や」
「ソラ君、葬祭プランナーの時も小さい子供の棺見て泣いてたもんね……」
まだこれからっていう子供の死は耐えられん。病気でも事故でもだけど、生贄だあ?大人の考えで生贄にされてるんだろう?未来があったはずの、なんの落ち度もない子供が。許せるわけない。
「さっきからピリピリしてましたもんね。いつもひょうひょうとしているソラさんが」
サトちゃんにも伝わっていたか。
「ソラ、私がやる?」
「ユイ、お前だったら一撃でやれるやろうな。でもそれじゃ俺の気持ちが晴れん。俺がやる」
「ソラ君!悪鬼のときを思い出しなよ、死にかけたじゃない!」
「ウミ、そうなんやけどな。絶対悪ってのも世の中にはおるよな。この前のタヌキもムカつきはしたけど、今回のは別物や。許さん」
「ソラさん、子供のことになると人が変わりますね」
「サトちゃん、大人はさ、ある程度自分で判断して動けるじゃん。逃げようと思えば逃げられたり。でも子供は大人を信用するしかないじゃん。頼れるのは大人だけ。でもその大人に生贄として差し出されるなんて許されんやろ?」
「ソラ君はいつも逃げていいって言うよね」
「ああ、学校がイヤ、会社がイヤ、家族がイヤ。色々あるやろうけど、悩んで苦しんで死ぬより、逃げたらいいと思う。どうせ死ぬなら逃げて逃げて逃げまくったらいいと思う。生きてりゃなんとかなるって考え。俺なら逃げて隠れて泥水すすって生き延びる」
「なんかソラ君のイメージと違うんだけど」
「適当に頑張れって言うのイヤやねん。しんどいから助け求めてるのに、頑張れって無責任過ぎん?俺なら無理なら逃げろってアドバイスするわ」
「ソラはいつも極端」
「極端ではあるが、わかりやすいやろ?でもな、子供は自分で逃げるって手段がとれん。大人の助けがないとな。なのにその大人に『次お前』って言われたらどうしようもないやん。そのシステム考えたヤツもなんとかせなあかんし、原因となった牛鬼、こいつは俺がやる」
悪いのは牛鬼か、それとも子供を差し出して村を守ると決めたやつか。ウミやアオやユイの手を汚したくはない。僕が僕の責任でやる。子供の犠牲をこれ以上増やすことは絶対に認めない。
「じゃあ悪鬼の時みたいにみんなでやった方がいいんじゃない?四位一体攻撃」
「たとえ妖かしの類でも、お前らの手を汚したくは無い。未来の女神に僧侶やろ?その点、俺なんて葬儀屋だわ。俺がやる……というか俺がやりたい。この旅でがきんちょとも縁があったからかもしれんけど、とにかく許せん。なんでこの状況に殿さんが手を打っていないのかわからんし、アデヤさんが見過ごしてるのもわからん。でも、とにかく俺の手で止める」
「でも、ソラさん、まずは情報を集めないとですよ」
サトちゃん、その通りだな。
「まずは人間の責任者からやな」
*(116話へ続く)*




