112話 ビジョン
「岩本寺からだと足摺って何キロくらいあるの?」
「うんとね、ガイドブックだと九十キロ弱かな?」
「歩くと?」
「ぶっ通しだと二十時間くらいで行けるよ」
「俺が歩いたら?」
「ソラ君は長時間歩くと文句言うし、しょっちゅう茶屋とか寄るから丸三日ってとこかな?」
「俺は足手まといか!しかしそうなるとまたあれだね?」
「うん、あれだねぇ」
「きゃんぷ?」
飛び跳ねてるけど違うからね、シカちゃん。あ~もう、既に民家も無くなり山道に入っている。
「ちがうよ、野宿だよ、の・じ・ゅ・く!」
またシカちゃん跳ねてる。どっちでもええんかい!とりあえずそんな感じで打ち合わせをしつつも、前に歩みを進めるのだ。あ~しかしヤブ蚊が多いなぁ。
「え~と……なんだかんだで女子が今は四名か。サチ入れるとあと一匹か。ユイ、大丈夫よな?天さんの山小屋のキャパ」
「ええ、もちろん。パパが張り切ってベッドも買い足して客間を作ったから全然大丈夫よ。私とシカちゃんは私の部屋、客間にリーちゃんとサトちゃんでいいかしら」
「あ、ユイちゃん、私は別に野宿でも大丈夫ですよ。ウミさんとの旅も野宿でしたし」
え?リーちゃんがしれっと言う。
「ウミよ、俺らと別行動の時、宿屋とかじゃなくて野宿してたの?」
「うん、なんか変?八十八ヶ所の巡礼後の修行の旅を考えたら、毎回宿なんて取ってられないし。ちょくちょく山とか入るだろうしね」
こいつ、女子を特別扱いしないタイプ?
「リーちゃんの水浴びとかトイレどうすんだよ」
「あ、ソラさん、私、お手洗いとか行かないんで大丈夫です」
リーちゃん、しれっと。どこのアイドルやねん!嘘つき。
「まぁこの世界、割とあちこち川とかあるし、森に入れば目隠しになるし大丈夫だよ」
う~ん、ウミってストイック。町育ちなのにこっち来てすっかりワイルドになったなぁ。
「私はどこでも平気ですよ~基本野宿してましたし」
出た、元祖バックパッカーサトちゃん。君は参考にならん。この時代に普通に女一人旅してたもん。行倒れてたけどさ。
「シカ、寝なくても平気」
シカちゃんは神様ですしね。でもお腹いっぱいになったらユイの膝の上でいつも寝てるやん。
「まぁでもテントは二張りまでにしよ。かさばるし。俺とウミが背負うけどな」
「ソラさん、僕も背負いますよ」
「アオはいいよ。お前の強みの機動力が生かせなくなるから極力お前は軽装でいい」
「これからも女子が寝るときは極力天さんのとこにしよ。風呂もトイレもあるし。トイレも女子は基本ユイに言ってトンネル通って行って」
「私、その辺でしますけどぉ」
サトちゃん、強すぎる。
「いいの!女子は。男どもに夢を持たせて」
「私はトイレ行かなくても平気よ」
ユイ、そう来たか。
「でもお前も行ってるじゃん!」
「行っても行かなくてもいいのよ。人との暮らしの中でトイレに行かないと不自然だからって理由で行くようにしてるのよ。小屋のトイレもパパが私の練習用に作ったもの。聖女はトイレなんて不要よ」
「でも普段人の姿をしてたら?」
「行くわよ」
「じゃあトイレいるじゃん」
なんやねん、女子のトイレ行かないアピールは。食ったら出るのは普通だ。
「じゃ人が増えたのでここで基本ルール確認。野宿は男子のみ!俺らが始めた八十八ヶ所巡りだから俺らだけはインチキはせん。絶対に自分の足で全て歩いて前に進む。女子は夜は山小屋へ。でも夜更かしは禁止。サトちゃん、テレビはほどほどにね。君、こっちの世界に残るんだから。リーちゃんは今後もウミと修行をするなら、あっちの情報知る為に積極的にテレビ見て」
「ぶーぶー」
サトちゃん、うるさい。
「クレームは受け付けません!」
しかしこの仲間内ではカタカナ使ってもほぼ通じるようになったな。それがいいのか悪いのか。でもユニクロ着てる時点で、まぁねぇ。
「女子は朝、シャワー浴びてからこっちに合流。ご飯は基本一緒に食べよう。天さんに甘えすぎるのもよろしくないので。で、目的地までは女子も一緒に歩く。コーチに戻ったりするときはシカちゃんの手も借りる。あ、サチは番犬を兼ねて女子だけどこっちで寝てね」
「わかったわ。概ね賛成」
「は~い」
「お気遣いありがとうございます、ソラさん」
「ソラと一緒がいい」
ダメ~。
「あと体調悪い時は無理は厳禁。医者もいないので即山小屋に送ります。男子もそう!体調不良の時は天さん所で休ませてもらおう」
「私のベッドは嫌よ」
ユイがつれないことを言う。
「え?ダメなん?」
「べ、別にいいけど……」
「ほらほら、そこ、じゃれ合わない!」
「冗談、冗談」
サトちゃん、真に受けないでね。
「チッ!」
え?ユイ、今舌打ちした?
「アオ、ちょっとええか?」
「はい、喜んで!」
どこの店員じゃ。
「あのさ、今さらやけどお前のいるアウル教団の教えってなんなん?」
「え?アウル教団ですか?アデヤ様の教えの否定ですよ。アデヤ教はダメだって」
「教義はなんなの?」
「アデヤ教のやっている事は間違いでアデヤ教を倒せ、です」
「それ教義ちゃうやろ?どうやったら人が幸せになれるとか、願いが叶うとかないん?」
「アデヤ教が倒れた先に人々の未来はあるって」
「ソラ君、それって全く教義じゃないね」
「なんか昔の野党みたいな教団やの。与党のやる事にとりあえず反対、反対言うだけの。な~んも考えなんてありやしない。反対する事が存在意義やん」
「クソしょうもない教えね!そのバカ教団は」
え~と、あなた聖女様、でよかったんですよね?
「何よ!」
いや、僕に当たられてもですね。
「アオよ。お前、ろくに教育も受けず、まともに教団の教えも受けず密偵として生きてきたやろ?」
「はい!密偵です!」
「それ、もうええわ。なんとなくこれまでうやむやにしてたけど、お前、密偵今日で卒業」
「卒業ですか?」
「ただ、便宜上アウル教の動きも知りたいから密偵のフリは続けておけ。半年に一度の報告もな」
「え?フリですか?」
「おう。アウル教団におっても意味無いわ。親ともとっくに疎遠やろ?無理に縁を切れとは言わんけどな」
「はい、疎遠です。あんまり一緒に暮らした事ないですし。小さい頃から密偵でした。でも、じゃあ僕はどうしたら?アウル教団の密偵のフリだけですか?」
「お前、俺の舎弟になれ!」
「ソラ君、舎弟って今どき……」
子分よりマシじゃない?
「お前は、俺を見て俺の後をついてこい。お前は間違いなくものすごい可能性を持っている。でもアウル教団にいたら全く成長できん。ここ最近の自分を振り返ってみ?急激に成長してるやろ?」
「成長ですか。確かに今まで感じた事の無い達成感みたいなものがあります。それだけじゃなくて感じる力も!」
「そうよ。お前は伸びしろが誰よりも大きい。だからもうアウル教団捨てろ!もったいないわ」
「ソラ教の信徒ですね、ふふ」
サトちゃん、違うって。
「ユイ、色々考えたけど、こいつの才能がもったいなすぎる。俺が面倒見たいんやけど」
「ソラがやりたいならどうぞ。じゃあアオが年上だけど私の弟ね?」
便宜上だけどね。
「生きる目的だった教団を捨てる……。でも今まで密偵として生きてきました。名前を変えて顔を変えて人を騙して……。でも振り返るとそれって僕、生きてたんですかね?アオヤマ ミドリってこの世界に本当にいたんでしょうか……。アオと呼ばれてからやっと、自分が生きているって実感できました。ウソを言わなくていい生活、人の役に立てる喜び。皆さんと出会ってから全部がらっと変わりました。これからはソラさんが兄さんで、ユイさんが姉さんですか?本当にいいんですか?」
「いいも何も俺から言うてるし。ユイもええ言うてるから全然いいよ」
「ソラさん、ひとつ質問」
「はい、どうぞ、サトちゃん」
「それでアオ君の何が変わるんですか?今までと何か変わります?」
「んにゃ。さっきの教義聞いてアウル教なんてバカみたいなもんからこいつ切り離したいだけ。信じて従う価値無いやろ?そんなんにアオのリソース割くのもったいないやん。本名のアオヤマのアオ、本当のアオで生きていきゃええが。いきなりそうしろって言ってもできないだろうから、俺が面倒見なきゃってだけ」
「りそーす?わかりませんけど、アオ君を完全に教団から切り離すって事ですね」
「そう。様子見てたけど、あいつにメリット無いもん。こっちの世界で生きていくならユイのもとで徹底的にアデヤ教徒にしてもいいと思うし」
「あら、私はアデヤ教徒にする気はないけど?」
「なんでよ!」
「あなたの家って真言宗なんでしょ?じゃあ私もそうしないとダメでしょ?」
「え?いや、それはわからんけど……」
「ソラ、あなたが生きている間なんて、私にしたらほんの一瞬よ。その間だけ真言宗になったとしてもたいして影響ないわよ」
「あ、そういう事ね。納得した!俺といる数十年だけ真言宗な。ははは、ありやな、それ。面白い!最初から俺が死ぬ時までに限定してるのいいわ、ユイ。うわべだけじゃなくて気持ちいいわ」
「ソラ、あなた笑ってるけどむしろその後の方が長いのよ?パパが待ってるって言ったでしょ?」
「神って話か?それは全くもって約束できんけど、今の人生はそれはそれでええかな。よし!ユイ。まだ付き合ってないけど、こっちの事終わったらあっち戻って結婚しよ!気持ちよく腹くくれたわ」
「ソラさん、本当にこれっぽっちも感動の無いプロポーズですね、それ」
「ええんよ。神さんにしたら人間の人生なんて一瞬や。その事に気づかせてくれたユイしか、俺を理解できるもんおらんてわかった。宗教じゃなんじゃで揉めてるのアホみたいに思えるな。アオ、お前も細かい事考えるな!俺の弟になれ」
「は、はい!ずっとお供します」
「アオ君忠犬みたいね」
と笑うサトちゃん。あ……。
「俺、こっちの世界でサトちゃんにアオの面倒見てくれって頼んだのに」
「いいんですよ、ソラさん。なんなら私もそっちの世界で暮らしたくなっちゃいました。アオ君と一緒に行きますよ」
なんと!一応本人にも聞いとくか。
「ちなみにアオ、サトちゃんの事好きか?」
「え?僕ですか?もちろんこの皆さん好きですよ」
「ん~?お前なんか軽いけど、まぁおいおいやな」
と言うとサトちゃんが、
「ソラさん、ご心配なく!こっちの世界では結婚なんて当人同士が好きや嫌いで決める事、あんまりないんですからその辺大丈夫ですよ。親同士が勝手に決めるってことの方が多いんだし」
昔の日本やな。家と家ってやつか。
「実家の本屋はいいの?」
「ゆめタウンにでっかい本屋さんありましたよね?あと丸亀の図書館とかめちゃくちゃ魅力的です」
あ~そっちかぁ。この子は本さえあったらどこにいても一緒か。
「ソラ、逆パターンだけど、こっちの世界に余計なものを持ち込まない、っていうあなたのポリシーには反しないの?プラスティックすら嫌がってるじゃない?サトちゃん、アオ、リーちゃんを連れて行くのはOKなの?」
「ユイ」
「ん?」
「俺の心読んでたらもうわかってるやろ?わかっててみんなに知らせようとして、わざと聞いてるやろ?」
「バレちゃった……」
「皆も聞いて。元々この世界に無いもんを持ち込むのは大反対だったのよ。ウミと二人で来たときはね。でも生きていくにはそうは言うておれん事が多くなった。何を言っているかわからんと思うけど、俺らはチートだの魔法だの使えんしな。レベルアップもせん。向こうで生きてきた生き方しか知らんもん。でも極力こっちの人の迷惑にならんようにひっそり旅してた。まさに徳島の頃な」
「そうだね。僕たち地味に生きてたねぇ~」
「で、ユイと出会って色々考えが変わった。ユイも天さんも両方の世界行ったり来たりしとる。天さんなんて千年以上や。で、俺らは良かれと思って唯一神アデヤさんに反抗して仏教の芽を植えて来た。でも、それもあっちの世界の信仰をこっちにまた広げようとしてるんちゃうかって。プラスティックと何が違うんやってね」
「まあ例えは下手だと思うけど」
ゴメン、ウミ。
「結局のところ俺ら二人はこの世界の異物なわけで。それでもアデヤさんはスルーしてくれてるって事は、俺らの存在もダメじゃないって事やろ?ほな逆でもええやん。元カレの天さんやユイもやってることや」
「一応私、女神の娘で聖女なんだけど。パパも……」
「天さんか?天さんは天狗やろ?お前らが行き来するのはよくて、俺らがあかん道理は無い」
「ソラ君、無茶苦茶な理論だね」
「一応、ウミとユイに聞く。お前ら、サトちゃんやアオ、リーちゃん置いて帰れるか?」
「無理だね」
「無理ね」
「やろ?」
「あの……シカちゃんは……」
サトちゃんが恐る恐る聞いてくる。シカちゃんの方を見ると俯いている。シカちゃんか……シカちゃんは神様やしなぁ。
「シカちゃん、今のお父ちゃん神様ってあとどのくらい生きてる?」
「ん?神様、死なない」
「この前も思ったけど、シカちゃんの親父、楽隠居したいがために娘にろくに説明もせず、あとを押し付けて春日大社に行ってブラブラしてたやろ?そんな親父を遊ばすな!働かせろ」
「???」
「シカちゃん、旅が終わったら一緒にあっちで暮らそう。あっちの学校行ってさ。リーちゃん先生もおるし、サトちゃんもみんなおる」
「でも、神社、できる」
「父ちゃんおるやん。あと俺らと行ってもどうせ俺が生きてるのってせいぜい五十年や六十年や。シカちゃんは寺の跡地で百年以上一人で立ってたんやろ?神様からしたら五十年とか一瞬、一瞬。アクビしてる間に終わるわ。俺死んだら、ユイに言ってこっち戻って父ちゃんと交代したらええよ」
「シカ、行っていいの?」
「もちろん!俺らの娘になれ」
「え?娘?」
シカちゃん、きょとんとしてる。
「どうせ俺とユイの間に子供なんてできんやろ?神様と人間じゃ種族が違う。だから俺の先々の介護要員にでも……」
「ソラ君、アデヤさんと天さんの間に生まれたのがユイでしょ?じゃあ別に種族とか関係ないんじゃ……」
「天さんもアデヤさんもどっちも神さんやろがい?」
「!!」
みんな何びっくりした顔してるんだ?
「ソラ、あなた……」
ユイまでどうした?
「よしよし、これで八十八ヶ所終わってからも楽しみできたぞ!さあ残り頑張ろう!ウミ、札所はあといくつ?」
「五十一だね」
ゲロゲロゲロ~。
「大変だぁ~!ソラさんが吐いたぁ~」
アオごめん、世話かけるなぁ。
*(113話へ続く)*




