107話 赦
「サチィ~!」
大声で指示をしたものの二頭のシャチの監視に注力していたサチは、こっちに振り向くのが精一杯、驚いた顔をして僕を見ていた。鋭く尖ったそれは大きいシャチの前頭部に突き立った……あぁ、間に合わなかった。周りの人はサチが見えない。単に僕が虚空に向かって叫んでいると思っただけだろう。クソ。
「リク!お前、なんで……」
と言いかけたところでリクが
「食え~腹減っとるがじゃろ~」
とシャチに向かって叫ぶ。食え?
「ソラ、あれ」
とユイが笑いながら指差す方を見ると、シャチに刺さったと思われた鋭利なものは跳ね返されて水面に浮かんでいる。大きい方のシャチが鼻先でそれを小さい方に寄せると、小さい方のシャチは口をあけてそれを飲み込んだ。
「大きなカツオね」
とユイが笑顔でリクを見る。続けてリクの弟も何か小さな物を投げたがシャチには全然届かない。イワシか……残念、と思ったらそれをサチが空中でキャッチして小さいシャチの上に落としてやった。それをうまそうに食べるシャチ。周りの人は水面に落ちかけたイワシが突然風で舞い上がったみたいに浮かんでシャチに届いたから、不思議そうな顔で見ている。
「ソラよ、神風っちゅうやつかえ?」
とカヘイさんが僕を見て笑っている。
「あははは、そうみたいですね」
「アオも鯱に跳ね上げられて危ない!思うた瞬間、急に空に浮いたちゅうてうちのもんらが口揃えて言うちゅうがやけど」
「神風ですかねぇ」
「おまん、何隠しちゅうがぞ!言え、全部言え!」
とふざけてヘッドロックを仕掛けてくる。ふざけてるにしても力が強すぎるんだが。
「リク、お前なんでカツオを?」
「父ちゃんが来ちゅうがよ」
「モキチさんが?」
「うん。家でおった、わしとスイの前に来て、もう『違う』言わんがよ。笑って頷いて出ていったが」
モキチさんが……。弟はスイって名前か。陸と水のぉ。
「なんでカツオ投げたんや?」
「おんちゃんが、あいつら飯足らんからなんじゃ言うとったき。腹減ってるならやりゃええが」
「父ちゃんの敵やぞ」
「違う!」
うわ、ここで出てくるか、違うが。
「父ちゃんは漁で死んだがよ。嵐や波で死ぬるがと同じじゃ。漁師じゃき」
「でも原因は……」
「父ちゃんは父ちゃんの仕事をしたがよ!そんだけじゃ。わしらは父ちゃんの分、頑張るんじゃ」
「ええんかそれで」
「かっこえいのう、あの鯨。白と黒で、背びれも長くて綺麗じゃ」
「かっこえい!べっ甲のヒレもえいのう」
スイが褒めてくれる。人混みの後ろからモキチさんの義父さんが出て来た。
「おい、リクにスイよ。カッコえいじゃないがぞ。父親の敵討ちせんでええがか?」
と聞く。
「じいちゃん、敵はおらんぞね。海の男が漁で死んだがぞ」
大人びたことを言うガキだ。
「じゃが、わしは腹の虫がおさまらん。この足にした鯨が憎い!」
「おじいさん、足の具合はどうかしら?」
とユイがいたずらっぽく微笑む。じいさん、今日は杖も無けりゃ足も引きずってない!
「アデヤ様のご加護があったようですね、ふふふ」
と笑うユイ。問答無用って感じやな。怖っ!
「ここに集まった皆さんの中で、ご家族を鯨……というかシャチですが、殺されたって方いらっしゃいますか?あと怪我をして体が不自由になった方。もしいらしたら僕の前に来てください」
ざわめきが広がり、一人、二人と次々に老若男女が前に出てくる。総勢三十四人か。結構いるな。
「どうしたいですか?あのシャチを殺したいですか?」
一人の老人が最初に口を開いた。
「ああ、殺したい。今すぐあいつらを殺してやりたい!殺してええんか?」
そう言うと他の人もそうじゃ、そうじゃと言い出す。人って流されやすいもんな。
「いいですよ」
と僕が言うとサトちゃんやリーちゃんはぎょっとした顔で僕を見ている。ユイとウミとアオは知らん顔。アオも付き合いは短いけど僕の性格をよくわかっている。ずっと尾行して見続けてたからかな。
「やりたい人はどうぞ前に出てください」
一人、二人、三人……三人か。老人から未成年の少年、中年女性も。
「うちの人を殺したあいつら絶対許さんです!」
気持ち、よくわかります。
「父ちゃんの恨み、はらすがぞ」
うんうん。
「息子を、うちの息子をやったやつを生かしておけんがぞ!」
なるほど、なるほど。
「わかりました。他の人は殺さなくてもよいという考えですね。じゃあそこの三人さんどうぞ。僕ら見守っていますから」
「えっ?殺ってくれるがじゃないですか?」
と僕を見る三人。
「なんで僕らが?助ける気はあっても殺す気なんて無いですもん。それでもあなたたちは殺したいという。家族を殺されたと思っているのだから、その気持は大切にします。なので止めません。どうぞやってください」
「わしらにやれってどういうことぞ!何のためにおまんらが来たんぞ!」
カチーン!ウミとユイが顔を背けた。
「何のために来たやとぉ!俺ら、旅の途中でここに寄っただけじゃ!鯨が居座って困っとる言うから、追い出すのを手伝うって来ただけやろがい!誰がシャチ殺す言うた?ああ?お前らあいつら殺したい言うから、止めん。お前らも三人で行って命がけで戦ってこい。手出しはせんから安心しろ。運がよかったら勝てるかも知れんぞ。健闘を祈る!さぁほれ、行け!はよ行け!ほれ!武器は貸さんぞ。室戸の鯨獲りの人の手も貸さんぞ、俺の客じゃからの。自分の恨みなら自分で果たせ!ほら、はよ行け。このあとやることあるから時間ないねん!ほら、兄ちゃん、舟出せ。舟が無い?ほな銛でも持って泳いでいけ。食われんようにの」
と一気にまくし立てた。相変わらず性格悪いな僕。
「手伝ってくれてもええじゃろ?」
と老人が言う。
「手伝いませんよ、あなたたちの復讐でしょ?人の手を借りてそれって復讐ですか?心は満たされますか?」
「満たされようと、満たされまいとわしらの気がすまん」
「わしらの、ってのやめてもらえます?わしの、でしょ?」
「なんじゃと!」
「あのさ、ほんの数時間前まであんたらは鯨だと思って見えない鯨を恨んでたはずです。ところが実際には鯨じゃなくてシャチ。それも二頭。ず~っと何年も恨んでたのは実際にはいない鯨でしょ?たった数時間で恨みの相手って簡単にすげ替えられるんですか?このまま見えない鯨を恨んでたらいいんじゃないですか?」
「それは理屈じゃ!理屈を言うな!」
「理屈って言うなら理屈かもしれんですね。でもね、あのシャチだって襲いたくって舟を襲ってたんじゃないんですよ。隠れて静かに暮らしている所を突然人に追われて逃げるために攻撃した。それに巻き込まれた人が不幸にも怪我をした、亡くなった」
「そう鯱が言うたんかえ?ああ?適当言うな!」
「はぁ!じゃあ聞くがあんたらは亡くなった人から、恨みをはらせ、シャチを殺してくれって言われたんか?おお?答えてみろ!」
「ソラ君、言い過ぎ、言い過ぎ」
と苦笑いでウミが制止する。大丈夫、極めて冷静だわ。
「死んだもんからそんなん聞けるか!死人に口なしじゃ」
フッ、かかったな!
「ここにいる人の中で、亡くなった方が見える人いますか?アデヤ教の教えにない話ってのはよくわかっていますし、教義に反すると言うことで言いにくいのもわかります。でもここにはアデヤ教教会の聖女ユイがいます。僕の仲間です。見えることは悪いことじゃない。そして仏教……真言宗の僧侶(見習い)も二人います。さらには神社の神様(次期)もいます。もう一度言います!見えることは悪いことじゃないんです。僕も見えるようになりました。どうか怖がらず名乗り出てください」
そう言うと、一人、二人、三人と前に歩み出てきてくれて計五人が出てきてくれた。他にもいるだろうな。
「ソラさん、実はわしも見えちゅう」
と声を上げたのは船団の中でもカヘイさんの舟の銛打ちの人だった。仲間たちも意外だったみたいで目を丸くしている。カヘイさんは報告を受けていたのか冷静だ。
「アオが水に落ちそうになった時、ダメだと思った瞬間大きな黒い犬がアオを咥えて舟に放り投げたの見たがよ」
あ、本物だこの人。
「じいさんよ、こんだけの人が亡くなった人が見える、話を聞ける人もいる。モキチさんの子どもたちも実はモキチさんが見えてた。そのモキチさんが今回の事で笑顔になったって言ってるんです。それまで暗い顔で『違う』って繰り返していたのが。そして親が死んだあんな小さな子が父親の死は事故だったって言っている。船乗りだからって。それでもまだシャチを殺すっていうのか?」
「じゃあ、わしらどうしたらええがじゃ!ああ?亡くなった者の苦しみ、悔しさはどう晴らすがじゃ!言うてみぃ」
「それをどうにかするのが僕らの仕事です。これから亡くなった方たちの弔いを僕らでやります。教会を借りて一斉にやりますので皆さん、協力してください」
「弔うじゃと?もう輪廻転生して生まれ変わっとるんじゃろうが?」
「そう信じているなら、それこそ仇討ちなんて無用でしょうに?でもそこは深く考えなくていいです。とにかく事故で亡くなった方を弔いましょう!」
「弔いじゃと?……深く納得はできんが言うとることは理解はした。あんたらもそれでええがか?」
とじいさんは若者と御婦人に確認する。二人とも無言で頷く。
「よし!とりあえずシャチ二頭はここで上手に泳げるようになるまで見守ってから外洋に出すで決まり。あとは弔いの儀式して須崎は終わり!さぁ祭壇の準備だ!忙しくなるぞ」
「わしはどうするんじゃ?」
あ、一本だたらさん忘れてたわ。せっかくだから弔い終わるまで一緒にいようか?
*(108話へ続く)*




