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106話 ゴースト&ダークネス


なんだこれ!頭の中で「違う」という言葉がぐるぐる回る。そういう事か!クソ!わからなかった。鯨じゃないって事で謎を解いたつもりでいたけど、そうじゃない。答えは一つじゃなかった。先入観でシャチは一頭だと思い込んでしまっていた。くそぉ!さっきアオが僕のことを「絶対に間違わない人」って言ってくれたところなのに何やってんだ!臨機応変が僕の売りだろう!次の策を考えなければ。


「すぐにカヘイさんの舟の船員を他の舟で救出、その後全速力でそこから離れろ~!」


と大声で叫ぶ。僕が言うまでもなく、海に投げ出された乗員を他の舟が引き上げにかかっている。アオはどこだ?壊れた舟の陰にいるのか?と思ったら立ち泳ぎしながら、カヘイさんを無事な舟に押し上げようとしている。カヘイさんは頭でも打ったのか気を失っている。舟の上からも何本も手が伸びてカヘイさんを無事引き上げた。


「アオ!あとはお前だけだ、早く後ろの舟に!」


と叫んだところに、シャチが来てアオの体を鼻先で大きく跳ね上げた。シャチが獲物のペンギンを跳ね上げて弄ぶように。


「アオオオオオオオ~~~~~!!」


と叫ぶ。残った九隻の銛打ち達がシャチに狙いをつけている。いや、今打ち込んでも間に合わない。既にシャチが口を開けてアオが落ちてくるのを待っている。クッ!万事休すか、と思った時、隣にいたユイがシャチに狙いを定めて光線じゃなく、雷を落とそうと集中していた。一撃でシャチを葬り去る気だ。今まで我慢していたのは水中にカヘイさんやアオがいたから感電する危険性があるから、このタイミングを待っていたんだろう。アオは、助かる……助かるはず。アオは……。あっ!


「ユイ!待て、シャチに当てるな!近くの水面を狙え!」


「何言ってるの、こんな非常時に。人命優先でしょ!私は傍観すると言ったけど仲間が傷つく時は容赦しないと言ったつもりよ」


「サチ!アオを頼む!」


「ガウッ!!」


猛スピードで宙を駆けてきた怨霊モードのサチがアオのズボンのベルトを噛んだ。ナイス!


「ユイ、水面に雷撃を落とせ!」


「知らないわよ!」


アオが無事キャッチされたのを見たユイは大きいシャチと小さいサチの間に小さめの雷を落とした。まさに僕の心を読んだ一発だ。船団の舟に影響はない程度の雷。そして……。


---


十分ほど過ぎた頃カヘイさんの意識が戻った。無事な船は波止場に戻った。


「カヘイさん、気づきましたか?具合はどうです?」


「おう、頭がまだボーッとしちゅうが、大丈夫じゃ。そこで腹見せて浮いちゅう鯱(しゃち)は死んじゅうがか?」


5メートル近いシャチとひとまわり小さい3メートルくらいのサイズ。シャチにしては小さいけど、知らない人が見たら鯨と間違えるかもなぁ。餌が少ないってのもあるかもなと思ったり。


「いえ、生きていますよ。たまたまあの後、雷が落ちて気を失っているみたいですね」


「こげな晴れた日の朝から雷が落ちたがか?不思議なもんじゃのう。アデヤ様のご加護か?」


「それはわかんないですけど、とりあえず小さい方の体見てください」


「こりゃぁ……」


カヘイさんは言葉を失った。小さいシャチの右のヒレが根本を少し残して千切れている。もう時間が経っているので傷は塞がっているけど、鋭い切り口からしてきっと大型のサメに食いちぎられたんだろう。子供みたいだしこれじゃあ、まっすぐ泳げないよな。湾の外洋に出たらあっという間に波に飲まれて死んでしまうだろう。太平洋の荒波に片方のヒレじゃ泳ぎ切るのは無理だ。このまま仰向けのままだと窒息するので、船団の乗組員総出で縄をかけてうつ伏せにひっくり返し、目覚めても暴れないように目を布で覆う。効果は知らん!ディスカバリーチャンネルで捕獲したワニの目を銀色のダクトテープでぐるぐる巻にしてたので、壊れた舟の旗で覆ってみた。


「どうするが?わしらで殺ってもええがよ。鯱も食えんことはないがぞ」


「いえ、こいつらを湾から外に出します」


「ん?出してもええが、大きいのは大丈夫じゃろうが、小さい方はすぐ死ぬるがぞ」


「ええ、そのまま追い出しても無理でしょうね。シャチもそう思ってこの湾に留まらざるを得なかったと思います。多分、大きい方が普段は湾の外に出て狩りをして餌を獲っては洞窟みたいな巣穴に運んでいたんではないかと。でも餌が足りていないので二頭とも成長が止まっている気がします」


「ほな、小さい方だけ殺るがか?」


「いえ、どうにかして助けます」


「こいつらはわしらの舟を壊して殺そうとしたがぞ!それでも助ける言うがか?甘いぞ、ソラ」


「怖がって住処から逃げ出した小さい方を守ろうとしただけですよ。多分これまでもね」


二頭ペアで行動をする……昔映画で見たアフリカの人食いライオンの「ゴースト&ダークネス」ってのを思い出す。ケニアの鉄道工事の作業員を百人以上襲って食ったって実話だったな。まあそっちは人間を食い物としか見ていなくて、最終的には二頭とも撃ち殺されたけど。


「……そうは言うても、この町の漁師も納得せんじゃろうが?鯨じゃなかったにしても、こいつらに何人も殺されて、怪我させられて」


そこがゴースト&ダークネスとは違うとこなんだよなぁ。こいつらは人を食うために積極的に襲ったんじゃなくて、小さい方のシャチを大きいのが守っただけなんだよな。食いちぎっても食べたわけじゃないんだ。そうじゃなきゃ、漁師さん、食い物として見られて全滅していてもおかしくない。


「そうかも知れません。でも、殺しても亡くなった人は生き返りません」


「アオ!おまんは殺されかけたのにそれでええんか?」


「え?僕ですか?ソラさんは絶対間違わない人ですから!」


うわ、えらい信用されてるな。プレッシャーだわ。これが正しいかどうかなんて僕にはわからない。


「アオ……お前がそう言うならわしは、わしらはもう何も言わん。ソラよ。おまんのやりたいようにやればええがよ」


「カヘイさん、皆さん、ご理解いただき感謝します。あと少し時間をいただければもうすぐ届きます」


「届く?ようわからんが好きにしろ。わしらは撤収の用意するがやき。舟が一隻無うなったしの」


「申し訳ないです。舟は必ずなんとかしますので」


そう言うとカヘイさんは片手を上げて、船乗り達を連れて教会へ向かった。今日の無事のお礼をアデヤさんに言いに行くそうだ。


僕はウミたちより一足先に駆けつけてくれたサチに救われた。ユイが殺す気で雷をシャチに落とそうとした少し前に、向こうからサチが来るのがわかったから、咄嗟にユイに指示して水面に雷を落としてシャチに電気ショックを与えた。今も二頭は気を失っているけど、いつ目を醒ますかわからないので尾びれはヒモで縛っている。例え目が醒めて暴れようとしてもすぐユイが電気ショッカー程度の雷撃を落とすことにしている。大間のマグロ漁でよく見るあれみたいなもん。


「ソラ君、なんか凄いことしているね?」


サチから遅れること約15分、ウミがリーちゃん、シカちゃんと到着。


「おう!詳しく説明する前に神社から一本だたらさん連れてきて欲しい。シカちゃん、来たばかりで申し訳ない」


「大丈夫、近い。すぐ戻る」


そう言うと理由も聞かず白鹿になって猛スピードで飛んでいった。ありがたい。僕は本当にまわりの人?に恵まれていると実感する。シカちゃんって人を乗せていると遠慮してスピード落としてるんだよなぁ。一本さんは軽いからきっと戻りも早いだろう。なんせ足が一本だし。


「須崎の漁師さん!お願いがあります!ウミガメの甲羅、エイの皮持っている人いたら数枚譲ってくれませんか?あと大工さんいらしたら釘とか鉄を譲ってくれませんか?」


「べっ甲か?うちの家にあるぞ。持ってくるわ」「エイの皮ならあるぞ、何枚必要なが?」「大工やないが、釘ならなんぼでも使え」


というありがたい声が上がる。なんとたった数分で材料が全て揃った。あとは神様次第やな。


---


「神社で春日さんと神様話で盛り上がってたのに、なんじゃ?急に呼び立てよって」


あ、一本さん不機嫌。まあええ。人目につかんところで打ち合わせ開始。


「一本さん、無理かも知れんけどお願いがあります。説明しにくいので僕の考えを読み取ってください。頭の中で想像している物を作ってくれませんか?きっと見たことも作ったこともないもんですよ?できないならいいですけど」


とちょっと挑発的に言ってみる。


「なんじゃ?わしにできんと思うとるんか?どれどれ?頭の中……お前、見事なくらい空っぽやな?なんか企みとか無いんか?野心とか。全然面白みの無いやつや。ん~と……作りたいのはこれか……べっ甲か。エイの皮に……釘っちゅうか金具やの。ほうほう。お前、面白いもん考えるの!よっしゃ。やる!すぐやる!やるぞぉ!」


さすが、物作りの神様。すぐにのってきた。用意していた材料を渡すと、一本だたらさんは大きなべっ甲をええ感じにカットして、エイの皮を紐状にカットしてそれを別の皮に編み込んでそこに金具をつけていく。おお、イメージ通り。


「ソラ君、一本さんに何を作ってもらってんの?」


「これか?ふふふ、見てのお楽しみ」


---


教会のお礼が終わってカヘイさんと船団のみんなが戻ってきた。ヒレの無いシャチに一本だたらさんが作った義手ならぬ義ヒレを付けた。今は覚醒したけど二頭揃っておとなしく湾内にプカプカ浮いている。サチが上からギラリと睨みを効かせているので、プレッシャーを感じているんだろうか。昔、テレビでサメにヒレを食われて泳げなくなった海亀に人工ヒレを付けて放したってニュースを見たので、そのイメージを一本だたらさんに読み取ってもらってできたのがこれ。

挿絵(By みてみん)

「ソラよ、お前、すごいの考えたのぉ。これで小さいのも泳げるって事か」


カヘイさんが浮かんでいるシャチを見て言う。


「はい、これで大丈夫なはずです。泳ぎに慣れるまで時間はかかるでしょうけど」


「じゃが体が大きくなったらどうすんじゃ?体に食い込んだり大きさが合わんようになって余計苦しめることにならんか?」


「そこも考えてます。体が太くなるとラッチ……じゃなくて、え~と特殊な留め具があって必要な分広がって、戻らない仕組みになっています」


「凄いのぉ、おまん鍛冶職人なんか?」


「いえいえ、知り合いの鍛冶屋さんがそれはもう神がかって器用なんです」


神だけど。


「そうか!そんな腕のいい鍛冶屋ならうちの漁具も作ってもらえんかの?」


「僕経由なら依頼可能かと」


「ほうか!そりゃええわ。じゃあ壊れた舟の事はもうええ。その代わりにまた漁具で相談乗ってくれ」


「わかりました!今日は危険な目にも合わせてしまいましたが、本当にありがとうございました」


「そりゃもうええがよ。済んだことじゃ。で?どうするがじゃ?あの二頭」


「僕の一存じゃ決められないですけど……皆さん複雑な気持ちだとは思います。家族が亡くなった人、怪我をされた方もいますし」


自由にしてやりたいと僕は思っている。そもそもは漁師さんたちも追い出すってスタンスだったから僕らは手伝った。でも今は、弱ったシャチが二頭、目の前に浮かんでいる。室戸の鯨獲りの船団が9隻残っていて手練れの銛打ちがいる。ピンチの時にいきなり雷が落ちてシャチが戦闘不能になる。雷が落ちる直前、水中から突然空に浮き上がったアオも見られている。僕らが来てなんらかの不思議な事が起きているのは理解しているだろう。今なら追い出すだけじゃなくてこのシャチを殺す事もできる。僕ができるのはシャチが湾を出て外洋で生きていく術を与えることだけ。どっちでも選べる。生かすか殺すか。


「シャチが二頭ってわかった時点で殺す気ならいつでも殺せたわ」


とユイが不穏なことを呟く。それでも殺さず助けたと言いたいんだろうな。


「シャチが湾に留まっていた理由はわかりました。その原因だったヒレもソラさんが治して泳げるようにしました。もうこの狭い湾に隠れて住み続ける理由はなくなりました」


サトちゃんがよく通る声で、僕らじゃなくて、須崎の漁師さん、港に集まって遠巻きにこれまでの経緯を見ていた町の人達に聞こえるように言った。モキチさんの義父さんもいるな。その大人たちの隙間を縫って子供が一人走って出てきた。


「ソラ!」


と呼ぶのはモキチさんの遺児、リクとその弟だ。手に持った何かを、浮かんでいるシャチに向けて放り投げた。


リク、ダメだ!サチ!止めろ!!


*(107話へ続く)*



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