105話 作戦
「いつまで寝ゆうが!もう朝ぜよ!」
おいおい、カヘイさん、さっき宴会終わって寝たとこやん。なんでそんな元気に叫んでるの。あなた方、めちゃくちゃ酒飲んでましたけど?こっちはまだめっちゃ寝てたっちゅうねん。
「ソラさん、起きてますか!漁に出ますよ」
アオ、お前も元気やのぉ、さっき別れたとこぞ。頭おかしい人たちだ。ショートスリーパーか?イライラしてない?
「ああ、今起きた。すぐ支度するけど……ユイやサトちゃんはまだ寝てるんちゃうか?」
「お二人ならもう、朝ご飯終わってますよ。あとはソラさん待ちです」
「俺だけ?ウソやろ?まだ……夜明け前の5時ですけど」
「漁師の朝は早いんですよ。僕も最初は驚きましたけど」
いや、お前、尾行中にちょっと数日バイトしたくらいだろうが。順応性高すぎるぞ、隠密。愚痴っても仕方ないのでとっとと着替えて顔を洗って港まで走っていった。うわ、マジで一番最後じゃん、ヤバっ!
「じゃあ、これから今回の世話役のソラから作戦を伝える。わしの言葉やと思うて、しっかり聞くがぞ!」
とカヘイさんが大声で言うと
「おう!」
と一同から声が上がる。須崎の漁師さんたちも今日は鯨獲りが鯨を追い出すということで遠巻きに様子を見ている。しかし、めちゃぶりもいいとこだな、鯨の追い方なんぞ僕は知らないぞ。
「皆さん、遅くなりまして申し訳ございません。私、コーチの殿様のところの食客ということで今回室戸の皆さんにご協力を仰ぐことになりました」
ん?挨拶しても反応薄いな。なんか値踏みされているような、舐められているような感じ。
「そこにいるアオと一緒に旅をしている仲間です」
すると
「おお!アオの?」「アオの仲間か」「アオと一緒におるなら信頼できるがじゃ」
などと声が上がる。どんだけ人望あるんだ?アオよ。お前が怖いわ。
「皆さん、僕の兄貴分なのでソラさんの指示に従ってください。絶対に間違わない人ですので安心して任せていただいて大丈夫です!」
「わかったぞ!アオよ」「アオは戻ってこんのか?」「大将のお嬢と婚約したんじゃなかったがかえ?」「わしはアオの事が」
なんか一部不穏な発言もあったがスルーしよう。とりあえず今日の段取りを説明しようか。
「みなさん、網元とも昨夜話したのですが、今回の相手は鯨……鯨の線は無いと考えています。ここ須崎の漁師さんの話を軽んじるわけでは無いのですが、状況から察するにシャチの可能性が高いと思います」
「鯱言うがか?わしらは鯨獲りぞ」「ほうじゃ!鯱は専門外じゃき!」「鯱の方が危険じゃ!」
などとあちこちで怒号が飛び交う。そりゃ怖いわな。
「おまんら!ソラの言葉はわしの言葉じゃ言うちゅうろうが!理屈言うやつは来んでええ!帰れ!」
とカヘイさんが一喝すると場がシーンと静まり返った。圧が凄い。
「シャチが怖いのはわかります。鯨と違って凶暴な歯がありますし、アシカや鳥も食う。ただずっとここに居座られると須崎の漁師さんたちが困ります。ですのでなんとか追い出したいと思います。ただ危険を伴う銛打ちは極力避けて、ただ水面を叩いてシャチを追うだけでいいです。今回この湾から追い出しさえすれば、網を張るなりして中にいれないようにするのはここの漁師さんにしてもらえばいいです」
「わかったか?お前ら」
とカヘイさんが大声で叫ぶと
「おう!」
と百人が応える。よしよし。
「それで、シャチの隠れ場所なんですが、カヘイさんとも話したのですが、湾のどこかに洞窟みたいな所につながる穴があると思うんです。そこに普段は隠れていて餌を取る時に湾内に出てきているんじゃないかと」
「洞窟があるがか?」「そこに隠れているがか?」「そんな場所しらんがぞ」
と須崎の漁師さんたちから驚きの声が上がる。でもこの狭い湾内に普段からいるなら絶対見つかりそうなもんだからねえ。浅いしさ。どっかに隠れていると見るのが順当だろう。
「ですので、湾のここからみて右側の崖の辺りを重点的に攻めてほしいんです。そこから出てきたら多分背びれが見えるのでそれを目印に後ろから水面をバンバン叩いてください。え~と須崎の漁師さんたち、聞いてますか?その背びれが湾を出たら太めの網を湾の入口に張ってシャチがもう戻ってこれないようにしてください。しばらくは湾の外をうろつくかも知れませんが、そのうち諦めて別の住処を探しにいくでしょう」
「もし誰かが襲われて食われそうになったら?」
「その時は躊躇なく殺します。遠慮なく銛を打ち込んでください。本意ではないですが、人命優先でいきます」
「おう!」
と百人が応える。なんとか僕を認めてくれたようだ。よかった。カヘイさんも頷いている。
「かなり大雑把な計画ですが、相手があることですし、今、机上で細かいことを決めても仕方ないでしょう。現れたらその時対処しましょう。僕は陸から全体を見て指揮します。水上ではカヘイさんが船団を動かしてください。アオも伝達係としてカヘイさんの舟に同乗して何か問題があったら大声で教えて」
「わかりました!ソラさん。僕らの大声が重要ですね」
「そうだ、意思疎通には俺らの大声が大事だ」
カヘイさんの声も大きいけど、僕とアオに比べると声の通りが違う。残念ながら喉が酒焼けしてるからなぁ、カヘイさん。
「じゃあ船着き場から順に半数は湾の崖側に移動して、水面を銛や櫂で叩いて驚かしてください。残りの半数は湾の出口付近で待機を。須崎の漁師さんたちは太い網を用意して湾の外で待機してください。僕が合図をしたら湾を塞ぐ形で網を張りましょう。長持ちする必要はありませんので。数日湾内に入れないと諦めて他へ移るでしょうから。じゃあ、行きましょう!皆さん、ご安全に!」
あ……つい、自動車学校代稼ぐためにマンションの工事現場でバイトしてた時のクセが出た。
「ご安全に!?」
と思いがけずみんな唱和してくれたけど、意味わかってないだろうな。ユイが苦い顔してこっち見てる。しまらん開始の合図になってしまった。
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日が昇る頃にはみな持ち場に着いた。僕が波止場から手で丸のサインをするとアオがカヘイさんに合図する。
「やれぇ!」
と声を出すと、崖に張り付いた五隻の舟に乗った屈強な男たちが銛や櫓で水面を叩く。バシャバシャとあちこちで一斉に音が上がり、「うぉおおおお~!」と皆が低い声を上げる。これが室戸の鯨獲りのやり方か。声で自分たちを鼓舞してるんだな。
「うわぁ!出たぁ!」
と湾の一番深く入り組んだところにいた舟の方から声が上がった。一番怪しいと思っていた場所だ。陸からは見えにくいとこなんだよな。そこにいた舟が不自然に上下に揺られていると思ったら突然巨大な黒いヒレが見えた!カヘイさんの位置からは見えてないな。
「アオ!出た!お前から見て左の奥の方!見えにくいと思うけど、船団がバラけてしまってるとこ。もうすぐ背びれ出したのが見えてくるぞ。崖側の船団にこっちに追い込めって伝えて」
「わかりました!」
とアオは叫ぶと、船団に向かって大声で指示を出したけど、その符丁みたいなのが僕には理解できなかった。すっかり室戸の漁師じゃん。あいつやっぱり賢いな。アオの言葉を聞いた船団は僕の意図したように櫓を勢いよく漕ぎ出し黒い背びれを追う。なるほど、こっちの漁師さんが鯨のヒレと勘違いしたのもよく分かるわ。そう思うとそうにしか見えん。
「ソラさん、カヘイさんの舟も今から湾の外に向けて漕ぎ出して、こっち側に来ないように湾の外に誘導します!」
とアオが叫ぶ。いい判断。五隻の舟が水面を叩いて威嚇しつつシャチを誘導する。水面に出た黒い背びれがいつもと違う雰囲気を察して、戸惑うようにふらふらしつつもこっちの思惑通りに湾内を出口に向かって進んで行っている。若干拍子抜け。地元の漁師さんたちはもう室戸の鯨獲りたちに称賛の拍手をしてる。わざわざ遠いところ来てもらってるしな。
「サトちゃん、見ていてなんか違和感ある?」
「いえ、すごく順調にいっていると思います」
「順調ね、順調すぎるわ」
え?ユイ、なんじゃそりゃ。
「こんなにすんなり追い出せるのになんでこれまで何人も死人や怪我人が出てるのよ」
「それは、鯨だという思い込みがあったからちゃうか?鯨が人を襲ったりすると思ってないやん」
「そうね、鯨だと思っていたら、シャチに襲われたのよね?あんなに素直に追い立てられてるのに」
ん、確かに違和感やな。なんかモヤモヤするぞ。でも波止場から見る分にはシャチの包囲網はどんどん狭まっていって、反撃もなく湾の出口に向けて進んでいっている。いつの間にかカヘイさんとアオの乗った舟がシャチのすぐ後ろで監督するように追い立てている。近いけど大丈夫か?それなりに安全な距離は取っているし、いざという時の為に十隻の船の舳先には銛を持った男がシャチの背中に狙いをつけて追っている。
「アオ!あんまり近づき過ぎるな!反転して攻撃してくるかもしれん」
「大丈夫です!これだけの距離があれば万が一のときでも室戸の鯨獲りは狙いを外しません」
とニコッと笑う。全員の目がシャチの大きな黒い背びれに注目してる。何かあったらいつでも……か。
そう思ったときだった。カヘイさんの後ろにさらに大きな背びれが現れたかと思うと、先頭を行くカヘイさんの舟の底から一気にドーンと突き上げて舟は空中でバラバラになった。一体何が!!
「違う」……リクの親父さんの言葉が頭の中で響き渡った。
違う!!
*(106話へ続く)*




