104話 船団
「ソラさーん、お待たせしました~!」
水平線の向こうから現れた船団の先頭の舟の舳先からアオが叫ぶ。いや、まだ遠すぎるわ。
「アオ~お疲れさーん。信じてたぞぉ~ありがとうなぁ」
僕も叫び返す。
「とんでもないですぅ~!あ、ソラさーん、この方が網元のカヘイさんですぅ~!網元直々に来てくれたんですぅ~!」
「その方がカヘイさんか~!カヘイさーん!わざわざご足労いただきありがとうございます~!」
そう叫ぶとアオの隣のカヘイさんが手を口に当ててパクパクしてる。ん?聞こえんぞ。隣でアオが「なんのなんの、アオの頼みなら我が息子の頼みと同じじゃあ~、と言ってますぅ」
「重ね重ね……」
と言ったところでユイに頭を叩かれた。
「うるさいのよ!あなたたち!なんでこんな距離で叫ぶのよ。もっと近づいてから喋ればいいでしょ!」
ユイの声も十分大きいんだけど。サトちゃんを見たら耳に指突っ込んで塞いでた。そんな声でかかったかな。あ……。
「俺、剣道してたから腹から声出すくせついてるから……でもアオだって」
「あなたが答えるから返事するんでしょ!最初にお待たせしましたって言われたら、手を振るくらいでいいのよ、バカ。なに普通に喋り続けてるのよ」
そういうもんか。つい嬉しくて早く話したかったんだわ。あいつまた変装してるな、ホクロの位置変えてやがる。あちこちで地味な変装してたんだな。
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船団が湾内に入り船着場に続々と係留されていく。全十隻。頼もしい屈強な若者たちが続々と舟から上がってくる。ひとまずアデヤ教の教会を宿泊所として使わせてもらうつもりだった。が、一隻あたり8人の漕ぎ手と銛を打つ人、指示を出す人で百人、とても収容しきれない。ひとまず網元のカヘイさんと班長さんは我々と同じ宿屋に泊まる事になった。
「カヘイさん、遠いところにお越しいただきありがとうございます。私、コーチのお殿様の食客で政のお手伝いをさせていただいていますソラと申します。同じくアデヤ教聖女のユイ、連れのサトです」
「おまんがソラか!昨日、こいつからどっさり話はきかしてもろうたがよ。自分で『今日からアオと呼んでください!』言うからたまげたぜよ。この前うちで働いてた時は、『ルイです!よろしく』とか言うとったのに」
「アオ、ルイってなんぞ」
「あ、隠密なので偽名です!本当の名前は誰にも知られちゃダメなので」
「アオヤマ ミドリ君」
「ハイ、サトさんなんですか?」
いや、返事したらいかんとこやろ。サトちゃん、アオで遊ばない。
「お前アオヤマ言うんか?」
「それは言えないんですよ、隠密なので」
「お前、隠密はええんか?言っても」
「あ……。カヘイさん、隠密とは仮の姿で本当は旅人なのです」
「アオ、お前流石にそれは無理あるわ……」
「うそうそ、ルイじゃのうて今はアオか。アオよ、お前うちで初めて泊まった晩に酒に酔うて、隠密の仕事は大変なんすよ~追ってる人たちあちこちウロウロして僕の路銀も無くなって~困るんす~って愚痴ってたぞ」
「追ってる人たちって俺らの事か?」
「いや、あの、そんな事言いましたか?僕?」
「おお、アデヤ教を潰すために僕は身を捧げてるんです!いつかは女神アデヤを引きずり下ろし、アウル教の世にするのです!とか言ってたぞ」
あ、完全に喋ってるな、こいつ。ユイの目が光ったぞ。しーらね。
「ところが昨日、汗だくで転がり込んできて、殿さんの手紙見せるなり、お願いします!って土下座しちゅうがよ。事情を聞くと鯨で困っちょる町があるので助けてくれと。そいでソラさんがどうした、アデヤ教がどうした言うての」
「アオ!なにを言ったのよ」
ユイが詰める。
「いや、こいつ前はアデヤ、アデヤと呼び捨てにしてたのが昨日、アデヤ様って様付けで呼ぶようになっちゅうがよ。短期間でどうした事かと思うての。前まではただ明るく軽い感じで、まあそこが気に入っておったがやけど、今は軽さの中にも芯が通った気がしてよ。娘はこいつの顔だけにメロメロやけんど、素直さの中に強さを持った気がしての。こいつ変えたあんたに興味が出たがよ」
「え?僕ですか?僕は特には何も。近くで僕らのやる事を見て、何が正しくて何が正しくないのか自分の目で判断しろ言うてるだけです。こいつは親の影響でアウル教団とかに入って学校も行かせてもらえず、下手な隠密の仕事をやらされてる。自分の意思なんて無いんです。何も考えずにアデヤ教は悪と教え込まれてる」
「このご時世にアデヤ教が悪とか。無理があるぞね」
「偉そうに言ってますが、僕もツレも当初はアデヤ教に批判的で、アデヤさんを引きずり下ろせたらくらいの勢いでした。信者が減るとアデヤさんの影響力も減って天から地に近づいてくるって思って。でも全然。足元にも及びません。それでもアデヤ教で起きてる不具合は、看過できないレベルなのでアデヤ教の思想と反しますが、僕らがそれを正しているつもりです」
「アデヤ様のバチが当たるかもしれんぞ」
「それは無いです。聖女ユイは僕の仲間で許嫁です。女神の反対も多分無いです。父方は賛成してくれてるみたいですし」
「アデヤ様の主人ということか?何と言う神だ?」
「神?神じゃなくて徳島の箸蔵さんの山の中に住む天狗ですよ」
「天狗だと?天狗が女神アデヤ様の夫になれるわけなかろうが?将軍様の姫君が長屋に住む足軽と結ばれるみたいな話ぞね」
「内縁関係らしいですけど」
「あるわけない。聖女ユイ様、お父様は本当に天狗で?」
「えっ?あっ……はい。一応姿は天狗みたいですけど」
「はっはっは、姿は天狗か、聖女様も面白い人じゃの。気に入った!」
なんかわからんけどユイが気に入られてよかったよかった。
「で、カヘイさん、本題です。この湾内に鯨が入って出ていかないので、漁師さんたちが追い出そうとして返り討ちにあっているらしいんですが、どう思います?」
「鯨がここにってか?舟で入ってくる時に水深を測らせて来たがやけど、普通の鯨なら腹当たるぞ。子供ならわからんがの」
「もう何年も住み着いているそうなんですよ」
「何年もってか?鯨は1年でも体はかなり大きゅうなりゆうがぞ。すぐにこんな所に住めんようになるがよ。考えられんな。そもそもここでは餌が捕れんじゃろう?すぐ衰弱して死ぬろうが」
「ですよね?餌が圧倒的に足りないと思います」
「でも潮を吹くから鯨だと漁師さんたちは口を揃えて言うんです」
「潮をか……しかし、おんし、本当は見当つけちゅうがやろ?」
「はい、でもそれをカヘイさんの口からも確認したくて聞いてます」
「ほうか……わしの見立てじゃと、紀伊の方でたまに見かける鯱ちゅう鯨の仲間とちがうかと思っちゅうがの」
ビンゴ!
「さすが、カヘイさん!シャチのこともご存知でしたか?」
「そりゃのう。紀伊も鯨獲りがさかんじゃき、情報交換はしゆうがよ。白と黒のまだら模様で背びれがあるちゅうとった。鯨と違うて肉を好んで食うともの。魚だけじゃのうてアシカや鳥やら食うとか。まれに人も襲うとかもの」
「はい、それがもうこの湾に住む鯨の話と符号するんですよ」
「そうかぁ。わしらは鯨獲りじゃき鯱は門外漢ぜよ。役に立てるかどうかわかりゃせんぞ」
「アオを使いに出してから僕らも情報を集めて、シャチの可能性を見出しました。ただここの漁師さんよりはカヘイさんの船団の追い込みがかなり有効だと思うんです。とにかく追い出す事が理想です。無理なら命を奪うことも考えなければいけませんが」
「まぁ囲んで銛を打てばなんとかなるかも知れんが、危険はかなり伴うの」
「そこは僕らも何かお手伝いをさせていただきます。極力殺したくはないんです。ここに来たら痛い目に会うぞってわからせたらもう来ないかなと思ったり」
「人を食ったりして味を覚えてたら、また来るぞ。舟をひっくり返して食う。いい餌ぞ、水に落ちた人間なんて」
「そうなんです、甘いのはわかってます。ただですね……確かに舟をひっくり返して怪我をさせてたり殺したりした事実はあります。手足を噛んで千切ったとかの話も。でも、食ったかどうかはわからないんですよ。遺体は引き上げられているみたいですし」
そう、手足が折れたり食いちぎられたりしている霊はいるけど、がっつり体を食われた霊が一人も見えなかったんだよな。食べるなら手足だけなんてことないだろうし。
「じゃあ人を食う為に襲っているわけでもないんか。じゃあ何のためにここにとどまっとるんかの。港の外のほうが餌は豊富ぞ。波をさけたり外敵から身を守るためにこの湾のどこぞに、洞窟みたいなのがあってそこで普段は隠れとるのかもしれんの」
なるほど!目からウロコだ。水中から入れる穴があってそこに空気があれば人に見られず休息できる。食事の時だけ湾の外に出たりして餌を取って、隠れ家で食べるのか。そのタイミングで漁師さんとかち合って戦闘になってたのかもな。
「カヘイさん!ありがとうございます。なんか整理がつきました」
「ほうか。わしもあんまり長いこと室戸を空けられんき、明日の早朝から湾に沿ってうちのもんに探らせて、それっぽい場所があったら追い立てて湾の外に追い出そう。もし無理そうなら銛を使うがぞ。ええか?」
「はい、それでお願いします。僕らも陸からできることをやります」
「おんしらが陸で何ができるがぞ、応援か?」
「カヘイさん、ソラさんたちはこれまでも色々戦ってきたのを見てきました。口だけじゃないです。絶対に戦力になります」
「いや、俺は多分なにもできんけど、ユイもいるしな。ウミたちも合流できるかも知れん」
「私は最後の最後まで手を出さないからね」
ユイのスタンスは揺るがないな。まぁ犠牲がでなけりゃいい。
「じゃあまた明日、よろしくお願いします!とりあえず、明日があるのでお酒は控えめで、いっぱい召し上がってください」
金は殿さんに請求と。必要経費だ。まあ控えめと言ったもののカヘイさん以下みなさん、やはりアホほど酒を飲んで、サトちゃんもユイも大忙し。もちろん僕もアオも朝までご接待にまわったのだった。
*(105話へ続く)*




