101話 遺児
せっかく作ってやったのに結局ユイはいつものノースリーブドレスに着替えた。まだ時間も早いのでこれから町を歩いて情報収集だ。
「まずは漁師さんたちを訪ねてみよう。この時間ならもう漁を終えて港に戻ってるだろうし」
「そうね、どのくらいの大きさの鯨かも聞いておきたいわね」
「港のどの辺りにいつも隠れてるのかも、ですね」
「うん、実際に鯨の追い込みをして事故にあった人にも色々聞いておきたいな」
そんなに大きな町でもないので宿屋から数分で海岸に着いた。しかし面白い地形だなぁ。L字型に湾が入り組んでいる。そこに川が流れ込んでいて小魚がいっぱい集まっている。豊富な餌を食べに小魚が集まって更にそれを食べる中型の魚がって感じかな。いい釣り場だなぁ。久しぶりに釣りでもしたいな。しかしどう見てもここはそんなに深くないし、こんなとこに鯨が来たら身動き取れんぞ。さすがにここまでは来ないか。もっと向こうの太平洋に向いた湾かな。
「おまんらそこで何しちゅうが?」
と、突然声をかけられた。真っ黒に日焼けした中年の漁師さんだけど、杖をついてるな。足が悪そうだ。
「僕らは旅の者です。湾内に鯨が出るって噂を聞いてちょっと見に来ました」
「鯨ぁ?女子供の見せもんじゃないがぞ!わしを見てみぃ、鯨にやられてこのザマじゃ。片足が曲がってしもうちょるがぞ」
サトちゃん、「シチュー?」って聞き返してる。前にあっちの世界で食べたファミレス料理がまだ頭に残ってるな。ここでは出ないから、そんなガストみたいな料理。
「それはお気の毒ですけど、ここに子供なんていませんから。とっくに全員元服の歳は過ぎてますから」
「元服過ぎてそげな格好して旅をするとは気楽なもんぞね。見せもんじゃないぞね。はよ、いね」
えらい好戦的なおっさんやな。あ、既にユイが怒ってる。やばい。仕方ない、エセ土佐弁発動。
「おんちゃん、すまんねぇ。僕らぁちょいとコーチの殿さんからの頼みで来ちゅうがやき。鯨に弱っちょるって聞いてな。今、殿さんの伝で、室戸から鯨取りの網元に頼んで鯨を追い払う算段しちゅうがよ。そのための下調べじゃき、手伝うてくれんかや」
必殺地元言葉で懐柔、そしてウソも方便。
「おんしら、地のもんやったがか?他所から来ちゅうかと思うたぜよ。はよ言えばよかろうが」
「一応、殿様の使者のつもりがやきね。言葉を改めとったがよ。こらえてや」
いちいち脳内で言葉を土佐弁に翻訳して喋るのだるいな。
「ということで、すみません、また言葉は戻りますけど、そういう理由で色々見て聞いてまわろうと思ってます」
「わかった。どがいなことでも聞け。わしの分かる範囲で答えるがぞ」
「では早速ですけど、鯨は湾内のどの辺に現れるんですか?」
「どの辺ちゅうたら、ほれ、そこの川の出口、あの辺まで来ることもあるがぞ」
「え?鯨がですか?水深がかなり浅くないですか?」
「浅いか深いか言うたら浅いがの。どういうわけかあいつらヒレをこう上にあげて横になって来ちゅうがぞ」
「片方のヒレを上げて?なんで横向きに」
「わしが知るわけなかろうが。現に何人もこの目で見ちゅうがやき。黒いヒレが見えたきね」
「それ本当に鯨……なんですよね?」
「そら背中から潮吹いとるから鯨に決まっとらぁよ。ぶしゃー言うて音出してすごい勢いで空に潮吹いとらあね。鯨じゃ」
ヒレの件で、ひょっとしてサメかと思ったけど違ったか。
「その鯨はなんでこの湾から出ていかないんでしょうね?」
「そげなこと鯨に聞け。わしらが知るもんかね。わしらが『出ていけ』言うても鯨に言葉は通じんぜよ、はっはっは」
「で、漁師の皆さんで追い立てて出そうとして、逆に襲われてるんですね?」
「ほうよ、鯨の潮吹いた辺りを確認して、何隻もで追て追い出そうとしても、沖の方に向かった思うたら突然後ろから舟ごと突き上げられて舟は粉々、人は散り散りじゃ。運が良けりゃわしみたいに生き延びとるが、運が悪かったら……」
「運が悪けりゃ食われるんですか?鯨に?」
「食われ……食われてはないけんどの。中には噛まれて手足を無くしたヤツもおるけど」
「噛まれた?」
「ほうよ、鋭い歯での。すっぱり噛み切られとったわ。手足を無くしても生きとるやつもおれば、血を流しすぎて死ぬるやつもおる」
「ユイ、どう思う?」
「そもそも、鯨って噛むのかしら?考えにくいわ」
「なんぞ、この娘は!わしがウソを言うとるいうのか?おおっ!?」
「誰もそんな事言っていないでしょ?バカなの?」
ぎゃー!ユイ~!挑発しないで~。
「おんし!喧嘩売っちゅうがか?オナゴだから手を出ん思うちゅうがか!?」
と、持っていた杖を振り上げる漁師。こりゃいかん。
「不敬はそのくらいにしなさい、おじさん。この方はアデヤ教教会の聖女様よ。振り上げた杖を今すぐ下ろしなさい」
と、サトちゃんが今までになく冷たく低い声で言う。突然の二十六歳の本領発揮にビビる。
「な、なんじゃと?聖女様じゃと?」
と一瞬怯む漁師さん。
「あなた、いつまで杖を振り上げてるの!すぐに下ろしなさい!」
と、声を張り上げるサトちゃん。初めて聞いたな、こんな声。慌てて杖を放り投げて不自由な足をかがめて土下座をする勢いで頭を下げる漁師さん。足が悪いのに無理しなや。
「サトちゃんありがとう、私のために怒ってくれて」
「違うわよ、ユイちゃん。このおじさんの為よ。あなた本気でキレてたでしょ?この人の命が危ないと思ったからよ、ふふふ」
「ねえ、漁師さん。あなたこの子に助けられたわよ。感謝しなさい。今日の私は少し機嫌がいいの。だからさっきの態度は忘れてあげるわ。じゃあ態度を改めて冷静に話をしてね。話の腰を折って悪かったわね、ソラ。続けて」
「いえ、とんでもないです!」
あ、ユイになんか変なリアクションしてしまった。恥ずかしい。
「もういいですよ、おじさん。最初から言わなかった僕らが悪い。ごめんなさい。でも今の状況をなんとかしたい気持ちは本当なんですよ。なんでここに鯨がいるのか、なんで出ていかないのか、どうやったら出ていくのか、これからどうするのか、殺す……駆除する必要があるのか無いのかを考えるためにね」
「はい、すまんことです。わしもこんな体になって鯨には恨みがありますです。じゃから……だから、なんとかあいつを殺したいと願うちょるがです。この町の皆の思いも同じです。怪我したもんだけじゃないがです。旦那や親をあいつに殺されたもんもぎょうさんおります。あいつさえおらなんだら、と皆、思うちゅうがです!」
「そうですか。そりゃ親やご主人を殺されたならそういう感情も生まれますわね。わかりました。ありがとうございます。ところで漁師のモキチさんの家ってご存知ですか?」
「モキチ?なんであんた……聖女様たちがモキチの名を?うちの娘婿の名前じゃが」
「え?娘さんのご主人?じゃあお孫さんがお二人?」
「どこで聞いたが?孫は二人じゃが」
あ、なんか怪しまれてるな。
「教会で司祭さんにちょっと伺いましてね。鯨の追い込みの時に亡くなったと聞きました」
「司祭さんからか。ほうじゃ、鯨に舟を放り上げられてのぉ。それはもう無惨な死に様じゃった」
「モキチさんの自宅に案内してもらっていいですか?」
「来てどうする?モキチはアデヤ様のもとで、どこぞに生まれ変わって幸せに暮らしていると思うがぞ」
「……」
ユイが目を伏せている。まあそうやの、さっきモキチさんを見たとこやし。普通のアデヤ教徒は、亡くなった人はとっくにもう生まれ変わってるって思ってるだろうけど。
「じゃあなんでモキチさんは生まれ変わって幸せに暮らしていると思うなら、今さら敵討ちを願ってるんです?」
「今さら……だと?孫たちのあんな悲しそうな顔を毎日見とったらそんな事言えんがですよ」
あ、なるほど。孫の為か。ちょっといらん事言うてしもうたな。
「すみません、今のは質問した僕が悪かったです。ちょっとお孫さんの様子を見たいのでモキチさんの家まで連れて行ってもらえますか?」
足を引きずるおじさんにユイが、痛みを和らげるよう祈りを捧げてたのはおじさんには秘密だ。
*(102話へ続く)*




