100話 鯨の影
「ソラ、どうするの?ウミの合流を待つの?」
教会から一度外に出て茶店で打ち合わせ。
「そうやなぁ、ここの弔いはユイと司祭さんで協力したらできん事もないとは思う。アデヤ教に葬儀の概念は無くても霊を送るのは、ユイもこれまで何度も経験してるし、司祭さんも霊が見えてるから送る事は難しくはないかな」
「じゃあ、明日にでも弔いの儀式やる?ウミの見様見真似だけど上に上げることはできると思うわ」
「う~ん、でもそれじゃあ亡くなった漁師さんたちは、わけがわからないまま教会から強制的に空に送られるだけで、思いは果たして無いんちゃうかなと思ってな」
「思い?恨みとかの?元凶の鯨を殺すの?」
「う~ん……そこよな。漁場を荒らす鯨をただ追い返そうとしている漁師さんたちを襲って、食い殺したりしてるんやったら処分するのも止むを得ないかとも思う」
「そう言えば前にウミと二人だけの時に、イノシシ殺したって言ってたわね、パパから聞いたわ」
「そう。ウミが襲われそうになったから……仕方なくな」
「ウミを守る為なのね」
「でもその命を無駄にはせんかったぞ。ちゃんと供養も兼ねて食べた。その時に天さんと知り合ったんや」
「その時なのね……でもパパはもっと前からあなたに目を付けてたって言ってたけど?」
「ああ、その話か。俺が休暇で原付きバイクで四国一周してる時に、農家の爺さんに化けてたのが天さんやったな。まぁ話は戻るけどそんなこんなで俺も必要なら殺るよ。そのうちアオが船団組んで室戸から来てくれるやろうし」
「ソラ、でもなにか悩んでるみたいね」
「うん、そもそも鯨が人を襲うかな?って根本的な事でな。前にテレビで見てても、たまたま水面にジャンプした時にボートの上に落ちたとか、ヒレが当たった事故とかは見るけどさ。鯨がわざわざ人を襲って食ったりするか?」
「鯨って大人しくてイメージは沖合でオキアミとか小魚を食べる感じね。なんでこんな入り組んだ湾の中にいるのかしら?」
「須崎の湾なんてそもそもそんなにでっかくないぞ?わざわざ鯨がこんな狭くて浅い湾に住み着く意味ある?わからんわ」
謎だなぁ。
「鯨、見たいですぅ~!おっきいんですよね?絵でしか見たこと無くて」
サトちゃんは好奇心強いからなぁ。見たらびびるで。陸上にあんなんおらんしな。
「ユイ、仮に鯨が人を襲ってたらお前ならどうする?」
「冷たいようだけど、基本的には干渉はしないわ。私が助ける必要がある、と思えば助けるかもだけど、原因がその人の自業自得だと思えば何もしないわ」
「万が一俺たちが襲われてたら?」
「躊躇なく鯨を殺すわね。鯨じゃなくてもだけど」
怖っ!
「一応後学のために聞くけど、この地上でお前より強い生き物っておる?」
「いないわ」
「即答やな。じゃあ仮定だけど天上を含めたらお前より強いのは?」
「ママ。レベルが違う。話にならないわ」
アデヤさんのアデヤ砲みたらわかる。ユイが放つのが光線なら、アデヤさんのは波動砲だわ。
「アデヤさんか……まあそうやろうなぁ」
「あとはパパね。パパは普段はふざけているけど……もし怒ると地上も天上も、世界が終わるわね」
ん?天さん?スナック大好き天さん?
「天上も?そんなんアデヤさんが守りゃあええが」
「守れる……の、ならね」
「天さん、喧嘩強いんか?パワー系なん?」
「そうじゃないけど……まぁそんなことには絶対ならないけどね」
「天さん、怒らすのやめとこ……まぁ、納得できん事は自分が殺されても納得する気はないけどの」
「ソラ、例えあなたが死んでも多分パパは天上で、手ぐすねひいて待ちかまえてるわよ」
「最悪やぁ~」
そんな話をしつつも方針は決まった。基本はまず鯨を追い出す事。アオはコーチの殿様に会って、書状をもらって室戸には今日中について話をまとめるだろう。アイツのことだから泊まっていけって言われたら、そのまま泊まるだろうから、向こうを出るのは明日の朝か。うまいこと追い風に乗れたら半日でここに着くか。まあ安全目を見て明後日の朝実行かな。鯨を殺すかどうかはその時の状況次第。鯨の件が片付いたら教会でアデヤ教の信者の弔い。そのうちウミも追いついてくるだろうからできれば鯨を解決して弔いの儀は一緒にしたい。
「ソラ、あなた話の合間に頭の中でよくそれだけトータルで考えられるわね」
「俺は段取りするのが本業じゃ」
「ところでソラさん、ユイさんに考えを読み取られるのがわかってて、全く心に鍵かけてないですよね?」
「あ、サトちゃんバレた?わざわざ言語化して伝えるの面倒だから、もうユイに頭の中の段取り確認してもらえばいいかなって。必要あればユイはユイの判断で段取りしてくれるし」
「なによ、私の段取りって」
「お前、最悪の事考えて、いつも天さんやアデヤさんに事前連絡してるやろ?多分この後、教会で葬送の儀をおこなうってのもアデヤさんに伝わってるやろ?」
「あなた全てわかってて私に心を読ませてたのね。情報伝達の手抜きじゃない!」
「隠すような事も無いしな。お前見てたらおもろいし。『あ、今日の服かわいいな』とか『ユイ、いい匂いするな』とか思ったら、黙って赤くなって俯くやん」
「な、なにを、バカな……バカソラ!」
「へぇ~ソラさん、そうやっていつもユイさんを心の中でかわいいとか思ってるんですか?へぇ~、へぇ~」
しまった!サトちゃんいた。
「ちなみに、サトちゃんもおヘソ見えてるけど恥ずかしくないのかな?って思ってるぞ」
「私は恥ずかしくないです!こういう服なんですから」
と胸を張る。
「いや、サトちゃん、そんな引っ張ったら下着も見えちゃうからやめて」
「へへ~ん、これは見せて良いやつなんですよ~。ほ~れほれ」
「サトちゃん、それ普通のブラ!見せちゃダメな方!出かける前にシャワー浴びて着替えたじゃないの」
「あ、あ、あ~!……って、まぁいいですよ、ソラさんですし」
「なんだそれ」
「弟みたいな感覚だし、全然平気」
「サトちゃん、歳は?」
「え?二十六だけど?どうしたの?」
「この前自分で二十二に決めたじゃん」
あ、ユイが頭を抱えている。サトちゃん自分の歳こそメモれよ、自称二十二歳って。
「あ~そうだった!私ぃ~、ソラさんはお兄ちゃんみたいでぇ」
ってもう遅いわ。
「まあ、俺もサトちゃんをそんな変な目で見る気も無いから安心して。身内みたいなもんだわ」
まぁ姉貴だな。
「とりあえず、作戦的にはアオに捕鯨船団に同行してもらって、俺らは陸から後方支援って感じかな」
「船の連絡用にローパーちゃんを待機させておくわ。あと私も飛べるようにしておくわ。先にドレスの背中に切れ込み入れておいたほうがいいわね。その後はまた信者のノベルティにされるけど」
「あ、そうそう。ユイ、悪いけどトンネル通って天さんところに行って久々のシャチョゾン受け取ってきて。もうできてるはず」
「なによ、まだ社長を足に使って買い物させてたの?最近はパパのパパゾンばかりだと思ったら」
「いや、売ってないのをちょっと社長にお願いしてたのよね、メモで」
「ふ~ん。売ってなかったらパパじゃ無理ね。わかったわ、じゃあこれから取りに行ってくるわ。でも重たいのはイヤよ」
「おう、ほんだら俺は教会の通りの宿屋に部屋取っておくわ。あ、サトちゃんはどうする?」
「私ですか?ユイちゃん、荷物運びは多いほうがいい?」
「そうね、何を注文したのか量もわからないからサトちゃんも一緒に来てくれる?」
「そう言いつつ、サトちゃん、天さんが男前やから会いたいだけやろ?バレてるで」
「へへ~バレました?大人な男性って素敵ですよねぇ~」
「オジ好きかよ。まあ世の中には色んな人がおるわな。ほなここで一旦解散で!後でまた宿屋でな」
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「ソラ!よくもまぁこんなにたくさん頼んだもんね。これ全部、あなたとウミのリュックに入り切るの?」
宿の部屋のテーブルの上にどさっとユイとサトちゃんが袋を置いた。
「アオもリーちゃんも増えたから分散したら大丈夫やろ?食料品は皆で分担ね」
「呆れた、女の子にも持たせる気?で、この一番大きい袋はなんなの?箱に入ってかなり厳重に包装されているけど」
「あ、ユイ、中は見た?」
「封がされているものは流石に見ないわよ。食料品とか衣類はみたけどね。あなたとウミのシャツとトランクスと靴下ばっかりね」
「ああ、見てないのか。じゃあそのでっかいの開けてみてよ」
「なにをもったいぶってるのよ。開けるわよ」
そう言って袋を開いてユイはリボンでくくられた白い箱を取り出した。あれ?なんか手紙が乗ってるな?なんじゃ?心当たりはない。
「これは何?宛名がないけど、あなた宛かしら?横によけておくわよ」
そう言ってからユイはリボンをほどいて箱の蓋を開いた。
「うわ~凄い!なにこれ?ドレス?私へのプレゼントかしら?ふふふ」
「すごいですね、ユイさん。いつものペラペラの服じゃないです。真っ白で高そう~」
高そう?それはわからんけどなぁ。ユイはドレスを持ち上げて自分の体に合わせている。
「どう?ソラ似合う。サイズはどうかしら?」
とおどけるユイ。
「可愛いです!ユイちゃん。まるでユイちゃんの為の服みたいです。まさか絹?」
「ん?ええんちゃう?サイズはピッタリのはずやぞ。フルオーダーやし」
「え?フルオーダーってどういう事?」
「ああ、それ?うちのオカンに手紙で頼んでおいた。言ってなかったっけ?オカン服飾系の仕事してるって。うちの実家の半島って昔は知る人ぞ知る服飾が盛んでな。ユイなら分かる?岡山の児島ってところがジーンズで有名なん」
「知ってるわよ、日本のジーンズメーカーが勢揃いしてるわよね」
「そうそう。ボブソンとビッグジョンってメーカーあるやん?あそこって元々創業者が兄弟なんよ。まさかのうちの実家の近所の漁師さんの出でな。色んなご縁でうちのオカンも縫製の仕事とかしてて、今は独立してお客さんから注文受けて服作っとる。だから仕事中は電話しても一切出んから留守電ついでに手紙書いて社長に頼んどってん。ひょっとしたらその子と結婚することになるかも知れん。相手に服を送りたいからってサイズとイメージ書いての」
「え?ソラが……お母様に?頼んでくれたの?このドレス……」
「おう、しょっちゅう飛ばせて背中のとこ破いて悪いから、ちょうど背中から翼を出せるようにデザイン考えての。サイズは多分大丈夫やと思うけど試着してみて。無理やったらコーチで裁縫できる人に頼んで直してもらおうや」
「私のサイズなんていつ測ったのよ?伝えたこと無いわよ」
「この前、空飛んで運んでもらった時にお前に引っ付いた時に大体わかったから」
「なんで、それだけで分かるのよ?」
「ん~、気ぃ悪くせんといてや?仕事柄さ、亡くなった方の体のサイズとか見たらある程度分かるようになっての。喪服とかレンタルする時も目視でほぼ女性なら何号とかわかるし。あとはバスト、ウエストはさすがに目視じゃわからんけど、この前に不可抗力で空を飛んでる時に触ったので……」
「あ……そう」
「ユイちゃん怒らないの?」
サトちゃんニヤニヤすんな。いや、わざと触ってないからな!一緒に飛ぶ時にしがみついただけ!
「じゃあちょっと外に出とくから試着してみ。多分サイズは大丈夫やと思う。デザインが気に入らんかったらごめん、それはオカンのセンスやと思って」
「う、うん、わかった着てみるね」
サイズいけると思うけどなぁ。マジでデザインは大雑把な指示しかしてないから細部はオカン任せ。ま、息子が言うのもなんだけど、オカンは天才だと思ってるから大丈夫なはず!多分?
「ソラさ~ん、どうぞ~」
部屋の中からサトちゃんが呼ぶ。ドアを開けて中に入るとユイが翼を広げて恥ずかしそうにこっちを見ていた。
「どう?似合うかしら?」
「……」
「どう?ダメ?」
「……」
「ユイちゃん、ソラさん、声が出ないみたいです。めっちゃくちゃ似合ってますよね!素敵です!ユイちゃんの姿を見ながら作ったとしか思えません。このドレスは他の誰が着てもダメです。これ…ユイちゃんの為だけに作られたって思いが伝わってきて……なんか、なんか私も胸が熱くなってきました……素敵過ぎです」
「あ、サトちゃん……ありがとう。オカンも喜ぶわ」
なんかサトちゃん泣いてるし。たかが服見て泣くなよ。
「ユイ、綺麗だな。似合ってると思うけどどう?気に入った?」
「ソラ……これ、ありがとう」
と言って机の上に広げられた手紙を見てる。あ……それオカンに僕がオーダーする時に書いたメモ書きやん。ユイの体型はもちろん、ユイがどんな子で、どう知りあって、これからどうしようか考えているって報告まで書いたメモ。なんでオカン、服に同封するかな!台無しじゃ!
「俺が書いたメモをオカンが間違って服に一緒に入れたみたい。ゴメン、捨てとくわ」
と取り上げようとすると
「ダメ、捨てない!」
と言って奪い返すユイ。そんなん見られたらカッコ悪いやん。捨てさせて。
「そのメモ、お母様からの手紙と一緒に入ってたから、私宛だもの」
「え?オカンの手紙?ユイ宛にってか。何してくれてるんだ、全く」
「お母様の手紙には、まずは私が女神の娘、天狗の娘と聞いた驚き。そりゃそうよね。反対されてもしょうがないわ。そもそも私は人間ですらないいもの。でもね、でもね、ソラが選んだ子はどんな子でも私の娘だって。どこの国の人でも、どんな容姿でも、どんな環境で育った人でも、年上でも年下でも、性別もソラが選んだんならお父様とお母様は一切口出ししないって。そして……」
なんやいらん事書きやがって。
「私がお嫁に来るのか、ソラがお婿さんになるのかわからないけど、もしお嫁に来てくれるのならあなたはうちの娘です。その覚悟で親元を離れてうちの娘になるのだから、今の両親からは離れて暮らすことになります、って」
「はあ?結婚前からオカンの嫁いびりか?マジか……」
「そんな心細い状態で来る子に私達ができることは一つしかありません。私達夫婦はあなたの味方です。ソラとユイさんが喧嘩をしたら私達はユイさんの味方です。例えソラが正しくとも、あなたを一人にはさせません。私達がご両親に代わってあなたを守りますからどうか安心してソラのお嫁さんになってあげてください。この服はソラから頼まれましたが、ソラからではなく私からの贈り物です。次はもっと素敵なウエディングドレスを作りますね……って」
あ、ユイも泣き出してる。サトちゃんとユイ、二人とも泣いてるけど一体どうしろってんだ。
「まあ、あれだ。うちの親が言いそうな事ではあるな。どうしても娘が欲しかったみたいだけど俺みたいなんが生まれたし」
「ソラのお母様の娘になる!絶対!」
いや、お前聖女じゃん。お前来たら困る人多いぞ。ん?待てよ?
「流されるところやった!まだだぞ。まだ付き合ってもいないからな。もっと先の話って思っててよ」
「ソラさん、そのメモまで書いといて今更ですよ」
サトちゃんも読んだんか、くそっ。
「全部、明日には忘れてね」
「さっき、メモは書き写しておきました……」
鼻をぐすぐす言わせながら、なに怖いこと言ってるんだ。
「なんかまぁ変な感じになったけど、結論、鯨を追い込む時にいつでも飛べるように、そのドレスを着てねって言うこと。たまたまやけど、実戦に間に合ってよかったわ~」
ユイの戦闘用にと思ってオカンに頼んだのに、なんかえらい方向性が変わって自分がビビってるわ。どうしてこうなった。
「そんな時にこのドレス着ないわよ。バカなの?荒事をする時は、その辺のドレスの背中を破って飛ぶわ!このドレスは私の宝物よ」
ん~本末転倒!
*(101話へ続く)*




