98話 鯨の海
「ウミにガイドブック預かったんやけどさ……なんかよく読んだら、俺らのいた世界もアデヤ教に壊されてなくても、明治の廃仏毀釈でかなり壊されたりしたみたいやな」
「私の生まれる少し前の話ね」
「ユイ、まだ生まれてなかったん?」
「さすがに150歳にはならないわよ!失礼ね!」
「ユイちゃん、十八、十八」
「あ……私全然わかんなーい」
「リアクションがもう古いわ」
「うるさいわね!」
「高知なんてめっちゃ激しかったらしいぞ。それこそ明治政府がやれって言ってない事まで徹底的に、地方の役人がええ格好しようと過激にぶち壊しまくったみたいや」
「ソラさん、それって……」
「うん、サトちゃん鋭いな。さっきの神様が指摘した力かな?」
「アデヤ教の過激派に通じるって感じね」
「そう、たまたまかもしれんけど……人って時代や世界が変わってもやる事は同じなんやなって」
「ソラさん、じゃあこの世界もアデヤ様が宗教統一しなくてもいつかは……」
「可能性はなきにしもやな」
「これ、ソラさんやウミさんが解放していってもまたいつか……」
「それも可能性はありやな」
「じゃあ私たちのこの旅は、この旅の意味って」
「ん?あるやん。いっぱい笑顔に出会えてる。実際に暗い顔した人減ってるやん。友達増えたやん。それでええよ」
「ソラだしね。どうせ壊されても必要ならまた誰かがやるとか言うんでしょ?自分だけじゃなく次の世代、その次の世代とか」
「その通り!さすがユイ。ところで、なんかこの辺、面白い所無いかなぁ。海沿いの山道ってもう意味が分からん」
「あ!ソラさん、私の本には須崎ってところに宿の印がありますよ!宿場みたいです」
「お遍路さんあった時代の本やからなぁ。今はお遍路さんもいなくなったからどうかなぁ」
「ソラ、でも須崎って昔から漁業や海上交通の要だったわよ。幕末の頃も人の往来の多かった場所だったはず」
「おお、ユイ、さすが生き字引!」
「生まれてないって言ってるでしょ!しつこいわね!」
「よく知ってたな?」
「何度小学生、中学生を繰り返したと思ってるのよ。ウミじゃないけどもう歴史なんて日本史も世界史も全部覚えてるわよ」
「それはそれで重たい話やな、ゴメン」
「別にいいわよ。それなりに楽しかったし」
「お前、ひょっとして神童って呼ばれてたか?」
「そんなバレるような真似しないわよ。適宜ミスして、毎回平均点ピッタリよ」
「こわっ!」
「アオは学校行ってたのか?」
「僕ですか?僕は子供の頃から隠密でしたので」
「ああ……それもそれで重たい話やな。お前、教団からちゃんとお金もらってるのか?服とか色々持ってるみたいだけど」
「いえ、現地調達が教団の決まりなので、行く先々で働いていました」
「隠密しながら?」
「はい!親切な人に泊めてもらったり、宿代だしてもらったり、お手伝いしたら駄賃をもらったり」
「お前、それ、俺らを尾行中も続けてたの?」
「はい!コーチでもサイタニ屋さんに泊ってるって言ったら、一日一回顔見せたら宿代みてあげるって言われてそうしてました!」
「お前、それ……」
「ヒモね」
「ヒモですね」
「囲われてるやん……」
まぁ、この顔やからできるんやろうなぁ。僕には無理だわ。
「なんですか?ヒモって」
「あ、お前は知らんでもええわ。ウミが殿さんから毎月給料もらってるから、その一部をお前にやるわ。俺の分は神社の再建に使ってるから無いけど、ウミの分でもかなり多いし」
「え?そんなの悪いですよ。僕は僕でなんとか……」
「ダメだ。お前は気づいて無いけど、お前がその生活をしてる限り絶対どっかで泣く人が出てくる気がする。お前は俺の手伝いをしろ。そしたらちゃんと働きに応じて報酬を出す。いいな?」
「え、いいんですか?働いてお金をもらえるんですか?じゃあ僕は一人前の大人なんですね!」
ん~なんか違うけど、まあええか。
「そう、労働して対価を得る!これでお前は自立した大人だ」
「やったー!」
なんか嬉しそうに走って行ったぞ。
「アオ君、尾行相手のお手伝いして報酬を得るなんて……もう完全にソラさんの従業員じゃないですか?」
「だってサトちゃん、あいつ学校も出ずに、ずっと社会からはみ出たところで生きてきたんやろ?全然隠密じゃないけど、あいつなりに人の道を外れて、泥水すすって生きてきた感覚やろ?実際はお姉さんたちに囲われて羨ましい生活だったんだろうけどなぁ」
「悲しいおバカね、アオは」
「本人は無自覚やけど、まあ後ろめたさも多少あったんやろうな、あの喜びは。学校行って卒業もしてないから、子供のまま人生の区切りが無いまま十九になったんやろ」
「ちゃんと区切りをつけてあげたんですね」
「そういう事。酒も飲むけどやたら弱いし、見かけだけ大人になっちゃってるけどな。今日から俺らの雇用になったから無事社会人」
「もう隠密でもなんでもなくなっちゃいましたね」
「そうやって教団の呪縛から解き放してやろうと思ってな。給料ももらわず子供の頃から隠密やらせて、ってろくな教義ちゃうやろ?信仰心を食い物にしたゴミだわ、ゴミ」
「私からしたらゴミ以下ね、その教団は。いつでも潰してやれるけど」
アデヤさんが泳がしてるだけだもんなぁ。このままいくとどんな結末が待ってるんだろう。
「全員、ソラ教に改宗させるわよ、ふふ」
「また心読んだか?お前!」
「さてどうかしら?」
---
山を越え、川沿いを歩き、平地に出てしばらく歩くとやっと開けた町に着いた。
「ソラさん、ここが須崎ですね!」
「サトちゃんのお遍路の本とウミの持ってたガイドとほぼ一緒やな。凄いな。道はサトちゃんの本の方が参考になるわ。ガイドだとトンネルやら橋やら書いてて全然違うからなぁ」
「でもそっちの本は写真ってやつが入ってて山の形とかわかりやすくていいですね」
「まあ山や川の形はほとんど一緒やな。新旧合わせてようやく辿り着く感じやな」
「じゃあ今日はここで泊ろう!野宿回避や」
「ソラ、あなた眼鏡無しでもちょっとは見れるようになったんでしょ?」
「ん?ああ……ここもやなぁ。しゃーないやん、アデヤ教の教えをちゃんと守っているが故の事やから」
「そうなんだけど……なんか怪我してる人多くない?」
ん?町の中を行き交う霊を見る。100年分しっかりここもたまってるんだなぁ。これは……ユイにお願いするしかないか。アデヤ教の葬式なんて無いけど、聖女が本気出したらなんとかなるやろ。ユイと僕だけってのが不安だけどやらなきゃしょうがない。しかし、怪我をした霊?
「ユイ、ホンマやな。これ……異常やな。漁師姿の男がたくさん血を流したり、骨折して手足がおかしな曲がり方をしている人がいるな」
「あ、顔が……」
「なんですか、なんですか?」
アオがそのまま青い顔して僕とユイの顔を見比べている。いや、異常やな。広い通りのある町のあちこちを霊が苦しそうに歩いている。
「とりあえず荷物下してから教会にでも行くか?」
そう言って町の真ん中にある割と広い宿屋に入る。
「いらっしゃい。よう来たねぇ。船で来たがか?外国の客かね?」
と威勢のいい女将さんが僕らの恰好を見て言った。確かにユニクロとGUはこの町では浮いているな。外国人と間違われた。
「いえいえ、僕らは歩いて旅をしています。コーチの方から来ました」
細かく言うとややこしいので適当に言っておく。ウソじゃないし。消火器の訪問販売で「消防署の方角から来ました」って言うのと同じだな。
「コーチかね?その割に言葉がちがうように聞こえるがねぇ」
怪しまれてる?この格好だからか?面倒くさいな、アオ出動!
「お姉さん、一泊お願いしたいんだけど二部屋空いてる?」
おお、男前モード発動。
「はいはい、二部屋ね。もちろんご案内しますよ。こちらへどうぞ」
こいつ、ホンマにこんな感じで生き延びてきたんやな。人生イージーモードやろ?
「アオ、後で小遣いやる」
「え?なんでですか?」
「ええ仕事したからな」
「本当ですか?やったー!」
とても社会人のリアクションじゃないけどな。
「そうだ、女将さん。なんかたくさんの人が亡くなるような事故とか最近ありました?」
「最近ですか?最近と言うかちょくちょく、漁で亡くなる人はおりますがねぇ」
「漁ですか?嵐とかでですかね?」
「嵐に漁には出んですよ。鯨です、鯨。室戸の方は専門の漁師がおるがですが、ここには滅多に出んはずなの……にここ数年、鯨が湾に住み着いて漁の邪魔をするちゅうて、漁師らが追い払おうとして返り討ちにあって、怪我人やら死人が絶えんのです。うちの亭主も鯨を追い払いに行って戻って来んです」
「鯨ですか。確かに高知で鯨漁をしてたって聞いたことはあるけど、それは室戸でしたか」
「そうです、そうです。こっちの漁師は鰹が専門で、道具も知識も無いままで……」
「じゃあ室戸から来てもらえばいいじゃないですか」
「そうしたいがですが、色んなしがらみがあって頼めんのですわ」
「しがらみって……じゃあコーチを治める殿さん経由で室戸から来てもらったらいいじゃないですか」
「そんな、殿様になんて直訴したら打ち首ですよ」
「あの殿様がそんな事するかなぁ~」
「ウミ、嫌な予感がするけど……あなた、まさか」
「ちょっと一泊では終わらんかの」
「あ~またあなたは……。なんでニヤニヤしてるのよ!」
「鯨ってなんですかぁ?」
サトちゃん話に食いついたな。
「鯨って見た事ないです、僕」
アオもかかった!
「しょうがない!じゃあ、いっちょ須崎の漁港を荒らす鯨を懲らしめてやりますか、ホッホッホ」
「水戸黄門の真似してるの?くだらない」
「ユイはわかってくれると思ったよ。ウミは世代的にわからない」
「あなたよく知ってたわね?そんな古い時代劇」
「ばあちゃんと夕方の再放送で見てた!」
「で、どうするの?私が飛べばいいの?破けたら勝手に新しい服買うわよ!」
「ユイに行ってもらうのもなぁ。シカちゃんもいないし……ローパーちゃんの手紙だけってのも不義理よな」
「アオ!」
「任せてください!ここからコーチまでですね?往復5時間みてもらえれば」
「おお、往復5時間もビビるけど、それより1時間とかの概念わかるんだ?アデヤさんの世になって時間で統一されたの?」
「古い人はまだ『刻』とか使いますけど、『時間』とか『分』も使いますよ」
もっと早くサトちゃんに聞いておけばよかった。
「じゃあアオ、今の話、聞いてたな?でもそのままお前が城に行っても密偵が来た~ってなるから、俺が殿様に紹介状を書く。それでお目通りできるはず。そしたらここの惨状を伝えて室戸の鯨漁の漁師を派遣してって伝えてくれ。イヤって言われたら、じゃあコーチとの縁もこれっきりって言いきっていいから」
「ソラ、そんな事言ったらシカちゃんの神社どうなるのよ」
「アデヤ教聖女のユイがこっちにいるんだぞ?あの殿さんが縁なんて切るわけないだろ。逆に俺に恩を売れると思って喜んで派遣してくれるわ……あ、そうだ、アオ!」
「はいっ!」
「やっぱお前、戻ってこなくていいわ。殿さんから書状もらったらそのまま室戸まで行ってくれ。で、町の顔役を探してその人に書状渡して鯨漁の船団組んでもらえたら、お前、その頭の船で帰ってこい。1日中走り回らせたらかわいそうやし」
「僕は平気ですよ」
「いや、うちは従業員の管理はしっかりするんや。休めるときは休め。労務管理は大事や」
「ソラさん……ありがとうございます!」
「あなた、ここからコーチへ走らせてさらに室戸まで行かせてなにホワイト企業のフリしてるのよ、超ブラック企業経営者じゃない!」
「しーっ!」
アオが気づいちゃう。
「ソラさん確認です!僕はソラさんの書状を持ってコーチへ行き、殿様と面会。書状を確認してもらい、殿様からの書状を受け取り今度は室戸に行き、そこで網元に話をつけて船でここに戻ってくる、でいいですね?」
「アオ、お前、めっちゃスラスラ整理して言えたの。凄いな」
「はいっ!では僕は室戸の網元のカヘイさんの所に書状を持って行って話をします」
「ちょっと待て、そのカヘイさん?って誰ぞ?」
「ですから網元ですよ」
「え?なんで知ってるの?室戸の網元なんて」
「ソラさんたちを尾行してたからに決まってるじゃないですかぁ。途中で路銀が無くなったので1日だけですけど、漁のお手伝いした時にお世話になりました。なんか妙に気に入られてお嬢さんの婿に来いと言われて断るのに難儀しましたけど」
「お前、根っからの人たらしなんやな?女だけじゃなく」
「ソラさん、気づいてないかもですけどソラさんも十分アオ君に惹かれてますよ」
ええ?そうだったん?
「ソラはいわゆるパトロンね、アオの」
なんと!
「でもアオが人に可愛がられるのもわかるわね。その見た目で中身が無垢な感じが、庇護欲をかき立てるんじゃない?」
「あ~シカちゃんと同じタイプかぁ!やられたぁ」
「ムク???」
まあアオはアオだな。
「じゃあ手紙書くからアオ、頼むわ」
「わかりました!カヘイさんにも必ず来てもらいます」
「えらい自信やな」
「困ったことがあったらいつでも駆けつけるから、って僕を送り出してくれましたので」
「お前……怖いわ」
たった一日の付き合いでここまで相手に言わすとは。
「一本だたらの力は本物だったみたいね」
確かに。
アオがお使いに行っている間に、僕とユイとサトちゃんは教会に出向く事にしたのだった。
*(99話へ続く)*




