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この結婚は運命か否か  作者: 樫本 紗樹
本編

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47/58

 セリムは議会に出席する前に、ハサンと共に王宮内にある地下牢を訪れていた。そこには昨夜からミライが拘束されているが、彼女は一向に口を割らなかった。

「黙っている事がエイメン殿下の為になるとは限りませんよ」

 ハサンが冷めた声でミライに話しかけるが、彼女は床をじっと見つめたまま何も言わない。セリムは椅子に腰掛けている彼女の前にしゃがみ込んだ。

「あの時、アイシャは……の後に何と言おうとしたのか」

 セリムにしては珍しく低い声である。しかしミライはそれにも動じず答えない。

「余計な事を知っているのなら口封じをしなければいけない。知ったかぶりは身を滅ぼす」

「さっさと口封じをされれば宜しいではないですか」

「そういう訳にはいかない。サマンサはミライの事を案じていた」

 ミライは視線を上げるとセリムを睨んだ。

「王女様に何がわかると言うのですか。そういう同情はゼフラ様よりも質が悪いです」

「ゼフラもエイメンもミライの命など何とも思っていないだろう。私は法に従うべきだと思っている。だがサマンサは違う。それがわからないとは残念だ」

「王族や豪族は頼る者のない孤児を引き取ってこき使い、すぐ捨てる。オルハン殿下もアイシャの気持ちを利用して結局捨てたわ」

「いくらゼフラ付だったとはいえ、兄の事を知らなさすぎる」

 セリムはミライを睨みつけた。滅多に動じない彼女が怯む。

「エイメンはオルハン兄上だけは認めていた事さえも知らなかったのか」

「それとこれとは話が別です」

「別ではない。サマンサを誘拐する事がエイメンの為になると思っているのなら大間違いだ」

「私はサマンサ様がエイメン殿下に相応しくない事を証明したかっただけです」

 ミライの告白にセリムは怪訝そうな顔をする。後ろでやり取りを聞いていたハサンも眉を顰めた。二人ともミライはエイメンの命令で動いていると思っていたのだ。サマンサはセリムが助けに来るまでの会話は誰にも言っていなかったので、二人はそれを知らない。

「それを証明してどうする気だったのですか?」

 ハサンがセリムの後ろからミライに問う。ミライはハサンを睨むと視線を床に落とした。セリムはため息を吐くと立ち上がった。

「まぁいい。今回の誘拐はミライの自己判断で、アイシャの事も詳細は知らない、そういう事だろう。詳しくは信頼出来る者に問い詰めさせてほしい。兄の件で余計な事を知っていた場合、口封じする数が増えるのは辛い」

 ハサンは頷いた。セリムはミライを見たが、彼女はまだ床を見ている。本当はもう少し問い詰めたい所だが議会の時間が迫っている。セリムは仕方なくハサンと共に地下牢を後にした。



 ジョージとライラを見送った後、サマンサはエミリーの手紙を開いた。彼女は久々に目にするレヴィ語に何だかほっとした。今ではアスラン語も問題なく読めるのだが、母国語を見ると心が落ち着いたのだ。

 そこにはカイルとの件を黙ってくれていた事の礼と、ポーラは恋愛未経験者であるからサマンサの心に寄り添えないかもしれないのでペンを執ったとあった。素直になるのは難しいかもしれないが、言葉にして伝える必要もある。はっきりと自覚していなくても、少しずつ気持ちを伝えていけば相手には伝わる、と。

 サマンサは手紙を折り畳んだ。予想よりも長文の手紙だったが、自分の目指す道が見えた気がした。彼女はカイルに好意を寄せていたが、彼と一緒になっても幸せになれないと心のどこかで理解していた。そしてエミリーならそれが出来るのではないかと思ったのだ。そんな女性からの手紙は、彼女の心に響くものがあった。

「何かいい事が書いてあったのですか?」

 手紙を盗み見ないようにポーラはサマンサの正面に立って控えていた。

「えぇ。セリムさんと話をしてみるわ。ところで今日は少し寒いわね」

 サマンサは手紙を封筒に戻してテーブルの上に置くと両腕を擦った。ポーラは首を傾げる。

「今日は昨日よりも暖かいと思いますけれど」

「お昼は水ではなくて温かい飲み物を用意して頂戴。それと何か羽織る物はあるかしら」

 サマンサはソファーの背もたれに身体を預けた。彼女は朝からすっきりとした気分ではなかったが、手紙を読んで気持ちは軽くなったはずなのに、妙な倦怠感がある。ポーラが衣裳部屋から肩掛けを持って戻ってきたので、彼女はそれを受け取ると羽織った。ポーラは主の様子が普段と違うような気がした。

「サマンサ様、少し失礼致します」

 そう言ってポーラはサマンサの額に手を当てた。そして驚きの表情を向ける。

「サマンサ様! 熱があるならそう仰って下さい」

「熱?」

 サマンサは首を傾げた。彼女もまたセリムに負けず劣らず健康である。彼女には自分が寝込んだ記憶がない。

「よくライラ様とお話されていましたね」

「その時は寒くなかったのよ。急に寒くなってきて」

「それは悪寒ですから寝衣に着替えて寝ましょう。家政婦長に言って医者の手配もしてもらいますから」



 サマンサは寝衣に着替えてベッドで横になっていた。医者の見立てではこの大陸特有の伝染病との事だった。彼女はケィティ料理店の店主に話をしっかり聞いておけばよかったと思ったが、医者が言うにはかからない為の対策はないとの事だったので、いつかはかかったのかもしれない。ポーラも伝染する可能性があるので侍女業務を他の者に変えようとしたが、ポーラは頑なに拒否をして彼女の看病をしていた。ポーラ曰く、いっそ自分もかかった方が今後の生活が楽なのでいいとの事だった。

「サマンサ、大丈夫?」

 議会から戻ってきたセリムは不安そうにサマンサの様子を窺っている。彼女は力なく頷いた。

「医者が言うには三日も寝ていれば熱が下がるみたいだから暫く安静にするわ」

「何か食べたい物はある? 何でも買ってくるよ」

 サマンサは力なく首を横に振った。慣れていない高熱に彼女は食欲を失っていた。セリムは不安そうな表情で彼女を見つめている。

「セリムさんは自室へ戻って。そこに居られると寝難いわ」

「サマンサ様の事は私に任せて下さい」

 ポーラもセリムの後ろから声を掛ける。夫婦だから問題はないのだろうが身体の関係がない以上、彼の前で主を着替えさせるのは憚られる。何より彼女が嫌がるだろう。熱で辛い表情をしているのも見られたくないのではないだろうかと、ポーラは判断していた。

 二人にそう言われセリムは寂しそうな顔をしながらも、自分に出来る事は何もないので、大人しく自室へと戻っていった。サマンサはそれを確認すると瞳を閉じた。正直、すぐにでも眠りたかったのだが、彼が戻ってくるまでは何とか耐えていたのだ。



 夜になってもサマンサの熱は下がらなかった。ポーラが苺入りのヨーグルトを部屋に持ってきたので、サマンサは身体を起こしてそれを食べていた。

「こちらの苺は甘酸っぱいわね」

「体調が悪い時には甘いだけより、甘酸っぱい方が宜しいのではありませんか」

 ポーラの問いにサマンサは頷く。食欲は相変わらずないが、苺は好物だからか、ゆっくりでもヨーグルトを食べる事が出来た。

「ありがとう。苺を入れて持ってきてくれて」

「お礼はセリム殿下にお願いします。苺は市場でセリム殿下が買ってきて下さったのです」

 サマンサは驚いた。確かに色々と話をする中で好きな食べ物の話もした。最初の時の酒の対応といい、セリムは自分の言った事を何でも覚えてくれている事が嬉しくて、思わず顔を綻ばせる。食べたい物があるかと聞かれて何も答えなかったのに、こうして対応してくれる彼の優しさが嬉しかった。

 サマンサはヨーグルトを食べ終えてから薬を飲むと、ポーラに体を拭いてもらって着替えた。高熱のせいか結構汗をかいていたのだ。ポーラは敷布も交換したいので少し待っていて下さいと部屋を出て行った。サマンサはベッドのヘッドボードに背を預けたまま掛布を纏っていた。一度横になると立ち上がるのが辛いので座ったまま待つ方を選んだ。

 暫くしてポーラが敷布を持ってセリムと一緒に部屋に入ってきた。サマンサは今にも寝そうで、このまま横になろうか悩んでいた。

「セリム殿下、サマンサ様を少し抱えていてもらえますか。その間に敷布を交換しますので」

 サマンサはポーラの発言で瞬時に睡魔が消えて顔を上げた。そこには笑顔のポーラと、やや困惑しているセリムがいた。

「大丈夫、少しなら立てるわよ」

 サマンサは自力で手洗いに立つ気力は残っている。敷布を交換する為にソファーまでの距離なら歩けると彼女は立ち上がろうとしたが、立ちくらみがして倒れ掛かった。それをセリムが慌てて受け止める。

「ごめんなさい、ありがとう」

「いや、危ないから抱き上げるよ。首に手を回して」

 サマンサはどうしようか迷ったものの、素直に甘えようとセリムの首に手を回した。彼は軽々と彼女を抱きかかえたが、彼女は気まずくて視線を伏せた。酔った時に運んでもらったとは聞いているけれど、その記憶はない。誘拐された時に起こして貰ったが、あの時は両手が後ろに縛られていて、ここまで距離が近くなかった。彼女は更に熱が上がりそうだと思いながらポーラの方に視線を向けると、呑気に敷布を交換していて暫くかかりそうだった。

「苺を買ってきてくれてありがとう」

「前に好きだと聞いていたから。食べられたみたいで良かった」

 セリムが優しそうに微笑む。サマンサは視線を伏せたまま頷いた。

「サマンサの事が心配だから夜はここに居てもいいかな」

「ポーラが看病してくれるから、セリムさんは自室で休んで」

「でも自室では休めない気がして」

 サマンサは最初の夜はここでは寝られないと言ったではないかと思ったが、それを言う事は出来なかった。薬が効いてきたのか彼女は睡魔に負けかかっていたのだ。ポーラが敷布を交換し終えて振り返ると、サマンサは既に眠ってしまっていた。セリムはゆっくりとベッドに彼女を下ろすと、ポーラは新しい掛布を彼女にかけた。

2019年2月23日の活動報告にエミリーの手紙全文を載せています。

気になる方はそちらをご覧下さい。

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