735手間
初めは幾分か真剣な表情でワシの話を聞いていたクリスだが、幾分かぐったりしてきたころにくぅんとクリスよりもぐったりしたような抗議の声にハッとして下を見れば、ワシの胸に半分埋もれるように抱きしめられた子オオカミの姿。
「お、おぉ。すまんかったの、ちと熱が入ってしもうたようじゃ」
慌ててソファーの上に子オオカミを解放してやれば、まるでもうすんなよとばかりにワシの太ももをてしてしと前足で叩くとそのままワシの太ももの上に飛び乗り、くあっとあくびを一つするとそのままそこですやすやと眠り始めてしまった。
子オオカミの頭から背中にかけてを優しく撫でてると、少し回復したのか先ほどよりもやや元気になったクリスがワシのことをじっと見つめていた。
「どうしたのじゃクリス、ようやくこの子の名前が決まったのかえ?」
「それはまだなんだ、何せ今まで動物の名前なんて考えたことも無かったからね」
「そうかえ。まぁ軽々しく付けてよいモノでも無いしの、じっくり考えるがよい」
「そうか。とりあえず今はそれは置いておいて、セルカは最近ずっとそのシン皇国のドレスを着てるけども、我が国随一のの職人に作らせたドレスは嫌いかい?」
「むぅ、別にそういう訳ではないんじゃがの」
最近というほどでも無いのだが、皇国が神子様が遠い異国でご不便されぬようと王国を通じてワシ宛てに浴衣から着物、果ては十二単の様な騎士の重装もびっくりな重ね着まで贈って来てくれるのだ。
ワシも別にこの国のドレスが嫌いなわけでは無いのだが、やはり浴衣や着物の方が動きやすいので普段から着る分にはどうしても優先してしまう。
「やはり獣人が獣人の為に作った服じゃからのぉ、この国のドレスも悪くは無いのじゃが、何と言えばよいか……そうじゃの、採寸せず身丈が同じ者の服を着ておるような、そんな感じかのぉ」
「うぅん、それじゃあシン皇国からドレス職人を呼び寄せるかい? セルカの為ならばそのぐらい容易いしその技術が広まればこの国の獣人にも悪くは無いんじゃないかな?」
「それは止めた方が良いじゃろうのぉ。皇国は暖かいというよりもむしろ暑い国じゃ、そんな所の者がこの国へ来てみぃ、たちどころに体を壊すわ。それにこの格好は寒さ対策など施されておらんからの、この国に広まったとて誰も着はせんじゃろう」
「それもそうか、それにしても暑い国か……全く想像つかないな」
「それは向こうも同じじゃろうのぉ」
何せワシが見た限り十二単っぽいモノ以外はすべて寒さなど一切考慮してないのだから、いくら獣人が厚さ寒さなど環境の変化にヒューマンに比べ強いと言っても限度がある。
「ん? ということはセルカその恰好じゃ凄く寒いってことなんじゃ」
「大丈夫じゃ、ワシはこの身をマナで強化し守っておるからの。暑さ寒さも何のその、槍や鉄砲何するものぞ、じゃ!」
「てっぽー?」
「あ、いや弓の種類のことじゃな。ところで話を戻すのじゃが、この国の獣人の着る物はどうしておるんじゃ? 腕の良い者が居ればその者にドレスを作らせるという手もあるとおもうのじゃが」
「う~ん、そうだねぇ……」
槍と合わせて言ったからか、聞きなれない鉄砲という単語に怪訝な表情で聞き返したクリスに慌てて話題を変えてみたがが、ワシの言い訳に納得したのかそれともちょっと気になった程度だったのか、顎に手を当て変えた話題のことを考えているようだ。
「詳しくは知らないから絶対にとは言い切れないけれども、少なくとも神都や神前街には服を作る獣人の職人はいないかな」
「それではどうやって服を手に入れておるんじゃ?」
「聞いた話になるけど、彼らは布を手に入れたり古い服再利用したりして自分で繕ってるみたいだよ」
「ほほう」
服屋が無いのならそれが当然かと思い「では」と口を開きかけたところでその先に何が続くか分かったのだろう、クリスが手でワシの言葉を制する。
「だけど、その者たちにセルカの服を作らせるわけにはいかないよ。彼らはドレスなど作ったこともないだろうからね、そんな者たちにドレスを作らせたところで……。子爵や男爵程度の身分ならそれもいいんだろうけどね、流石に僕ら位になると作る者たちもそれなりで無いとね」
「むぅ……」
確かにそれが貴族社会であれば道理である、それにワシの着ている浴衣も和服、というよりも皇国服といった方が良いか、これもかなりラフな格好であるものの作っているのは歴代女皇御用達で名高い服屋らしいので、腕が立つといっても所詮は素人の服では快適さには雲泥の差があるだろう。
「セルカには腹立たしい話かもしれないけど、ドレス職人たちも獣人を弟子に取るのは嫌がるだろうしねぇ……彼らは気まぐれだから」
クリスの言葉にぐぅの音も出ない、流石に皇国の服ばかり着るのも何なので、これからもたまには尻尾が通ればいいんだろとばかりに適当に穴を開けただけのドレスも着ねばならぬかと、遠くを見つめるのだった……。




