732手間
装丁を施されてから十数巡りは経っているからだろうか、綴じ目から背表紙はあっけなく剥がれ麻糸で丁寧に綴じられた紙束が露わになる。
背表紙を剥がすのに使った細長いケーキサーバーの様なナイフを、今度は紙束の背と麻糸の隙間に差し込んでピン、ピンと手首を返し一本一本麻糸を断ち切っていく。
まだ背には糊が残っているのだろう、綴じている麻糸を解いたがまだ本の型を保っているそれを適当に半分に分け、そこかららにきちんと人工宝珠の研究部分だけを分別する。
人工宝珠の研究内容だけになった紙束を持つとやおら立ち上がり、暖炉の前につかつかと歩き新たな薪をくべるかのように赤々と燃える炎の中へと紙束を投げ入れると、あっという間無い程に燃え尽き灰となる。
「あっ! セルカ何をしてるんだい、さっき役に立つようなものもあるって言ってたじゃないか」
「問題ないのじゃ、今燃やしたのは人工宝珠の研究じゃからの……」
「さっきも言っていたけど、人工宝珠って言うのは一体」
突然のワシの行動に、ソファーから腰を浮かせたクリスが聞いてくる。
「宝珠というのはクリスに通りがよく言えば、神王の証じゃ。燃やしたのは言葉通りこれを人工的に作ろうという実験に関する書類じゃな」
「証を、人の手で、もしかしてそれは」
「んむ、察しが良くて助かるのじゃ。そう人を魔物に変える邪法を記したものじゃな、といってもアレに記されている限り人を魔物にする危険性は皆無じゃったようじゃがの。初期の初期、動物実験段階であれば魔物に変容することはあったみたいじゃが……」
「じゃあ、燃やしちゃった研究通りにやれば問題が無かったんじゃ」
確かに研究内容をワシが翻訳しその通りに出来れば人の寿命を延ばし身体能力向上など、魔物に対抗する大きな力となっただろう。
だがそれはすべて出来ればの話であり、不可能だとワシは首を横に振る。
「そも材料と作成するための設備が用意できぬ、炉も鉄鉱石も無しに鉄を打てと言うておるようなものじゃ。比較的簡易な施設で手に入りやすいもので作る方法もあるが、こちらは正しく邪法としか言いようが無いのじゃ」
「邪法……どんな材料を使うんだい?」
「ワシの口からはとてもじゃな、狂人でもない限り材料だという発想すら無いじゃろう、もしそんな者が居ったら斬り殺されたとて誰も同情などせぬ、それほどのものじゃ……」
「それほど……」
それ以前にこの辺りの人間のマナ耐性では宝珠のマナ吸収能力に体が耐えられないだろう、例えるならば血管に直接アルコールを流し込まれるような……。
何にせよクリスは納得してくれたようで、腰を下ろし落ち着いた様子でお茶を飲んでいる。
それにしても、これを考え付いた者は一体何を思ってこんなものをと仄かな怒りを覚え、灰が更に炎に焼かれ塵と消えるのを怒りを深呼吸と共に吐き出しつつ眺めるのだった……。




