729手間
目の前にはフロイス子爵を若くしたような、如何にも商家のお坊ちゃんといった感じのちょっとお腹が出た二十代後半くらいの男。
前回と同様、文官たちが務める棟での面会。ただしこの男は事前にいついつお伺いすると、申し立てを行っている辺りフロイス子爵とは違うのだろう。
フレデリック曰くフロイス子爵の代わりとして呼び出したらしく、薄々フロイス子爵がやらかしたことは気付いているようだが、具体的になにをやらかしたまでは知らないらしい。
「じゃというにコレかえ……」
「王太子妃殿下へのご無礼、伏してお詫び申し上げます」
神国に土下座というモノは無いはずなのだが、目の前の男は地面に両膝をつき両手を添えて深々と、それこそ比喩でもなんでもなく床に頭をこすりつけて謝罪している。
正直ここまでされると許そうなどという鷹揚な言葉など出てこず、苦笑が漏れるばかりだ。
「まぁよい、謝罪は受け入れるのじゃ」
「ありがとうございます」
受け入れるとは言ったが許すとは言っていない、それが分かっているのか男は口では感謝を述べつつもその声に喜色は無い。
「して、例の本は持ってきたのであろうな?」
「はい、こちらが祖父が書き写した本であります」
土下座を止め片膝立ちで頭上に掲げるように男が差し出した本をアニスが受け取り、問題が無さそうと確認するとワシに手渡される。
しっかりと装丁が施された本を受け取りペラペラとページをめくり内容を確認すれば、確かに日本語で書かれたあの本の写本であることが分かる。
確認が取れればそれでいい、詳しい内容は後で読むかとパタンと本を閉じる。
「確かにコレじゃ、ところでおぬしの屋敷にコレと同じ言語で書かれた本は他にあるかの?」
「いえ、私が知る上では皆目」
「ふむ、おぬしはこれに何が書かれているか知っておるかえ?」
「こちらに来る前に確認しましたが、内容を理解することはおろか読むことすらかないませんでした」
「それでよい、世の中には知らぬ方が良いことがあるからの。そこでじゃ、おぬしの屋敷の蔵書にこれと同じ読めぬ言語で書かれておる本があればワシの下に持ってくるがよい、無論内容に問題が無ければ返すがの」
「かしこまりました」
「んむ、後のことは……フレデリックや」
「はっ。フロイス子爵家の今後については文官たちに詳しく聞きなさい、現状では家督を譲るだけではあるが……万が一の場合フロイス子爵家が取り潰しになることも覚悟しておくように」
「かしこまりました」
「話は以上じゃ」
本を持っていない方の手でポンを膝を打つと立ち上がり、跪く男を置いて部屋を出る。
その足で自室へと戻ると日本語を書きなれない者が書いたからか、ずいぶんと読み辛い本に目を通し頭痛をこらえるように頭を押さえるのだった……。




