728手間
話が終わったのを聡く嗅ぎつけたのか、アニスが持つバスケットから飛び降りてぽてぽてと歩いてきた子オオカミがぴょんと座るワシの太ももの上に飛び乗って寛ぎ始める。
「そこに乗られると動けんのじゃがのぉ……」
一緒にお風呂に入ったのでサラサラになった子オオカミの毛並みを撫で、もふっと尻尾に埋もれるようにして力を抜きふぅと息を吐く。
フロイス子爵、予想以上の愚物だった。まず何を以てワシに本が売れると思ったのだろうか、あの娘は目の前で魔物に変容した人を見ているので、恐らくはずいぶんと危機感をもって話を伝えたと思うのだが……。
大方自分に都合のいい部分だけ拾い上げて、尚且つ自分に都合のいい様に曲解でもしたのだろうか、それとも自分には累が及ばないとでも思っていたのか、どちらにせよ底抜けの阿呆としか言いようがない。
「セルカ様、フロイス子爵を騎士団に引き渡して参りました」
「んむ、ご苦労じゃった」
どう考えてもため息しか出ぬと考えていると部屋の扉が開きフロイス子爵を誰かに押し付けてきたのだろう、フレデリックが部屋へと戻りワシにそう報告する。
「して、例の本はあやつは持っていたのかえ?」
「引き渡すときに聞いてきましたが、屋敷に置いて来ているそうで」
「ふん、ますます舐めくさりおって」
初めから渡すつもりも売るつもりも無かったのか、ワシの立場を一寸も斟酌していないその行動になるほど余程追い詰められている者でもない限り奴の係累になりたがる貴族など皆無だろう。しかし今はそんな事よりも本の回収が先決だ。
「まぁよい。それよりも本をどうするかじゃが……」
「それでしたらフロイス子爵の嫡男に持ってこさせましょう」
「アレの子じゃろう? 同じような阿呆であったらどうするつもりじゃ?」
「その場合はフロイスの名が消えるだけです。まともであれば継がせるのがよろしいかと、現当主には病気療養でもしていただきましょう。そうすれば忠誠心は抱かずとも、王家に逆らうことはその代では無いでしょう」
「継がせるだけでかえ? まともにしておればいつか転がり落ちてくる地位で、それほどの効果があるのかの?」
「フロイス子爵家の血は殆ど平民と同じです、つまり寿命も平民とさして変わらない。そう言う者たちは若いうちに当主を継げるというのは非常に重要なことなのですよ」
「ふぅむ、フレデリックが言うのであればそうなのであろうのぉ。その辺りはおぬしらに任せるのじゃ」
「畏まりました」
フレデリックがしっかと礼を取るのを確認すると、子オオカミを抱きかかえソファーから立ち上がる。
「それではもうここに用は無いから帰るのじゃ」
「畏まりました」
フレデリックとアニスの見事に調和した礼と言葉を受け、時間の無駄だったとばかりにすたすたと宮殿へと戻るのだった……。




