727手間
頬を押さえやれやれ小さく横に首を振り嘆息するワシを、フロイス子爵が怪訝そうな顔で見る。
「おぬし、今日は商談にでも来たのかえ?」
「え……えぇ、まぁ。娘から父が書き写した本をご所望だと聞きましたので」
「ワシが欲しがっておると……? そう聞いたのかえ?」
「いいえ、娘は本を差し出すようにと言っていましたが、暗号文で内容が読めないとはいえ父の遺品ですからね、手放すには惜しいですが……そこは代々商人の家系ですので」
コツコツとワシとフロイス子爵とを隔てるテーブルを指先で鳴らしつつフロイス子爵の戯言を聞き、こいつは何もわかっていないのか、それとも分かった上でワシ程度どうでもなると思ってこんなことを宣っているのか……もう一度嘆息しギッとフロイス子爵をねめつける。
「おぬしが言いたいことは分かったのじゃ」
「おぉ、では」
「んむ、フロイス子爵家は一族郎党根切りじゃ。おぬしの望み通りにの」
「なっ!」
ガタッと音を立ててフロイス子爵が立ち上がり、彼が待たされている間に出されたのであろう空のティーカップがその勢いに押されカチャリと倒れる。
「おや、それほど喜んで貰えるとはのぉ、ならば時期は早めた方がよいかの」
「なぜ! なぜ処刑が私の望みなどと!」
「ワシは差し出せと命令しておるのじゃ、それも我が儘などではなくワシを暗殺しようとした者たちの首謀者にの」
「そ、そんな大それたこと」
「確かに首謀者では無いかもしれんの、どうみても下っ端じゃ。しかし、暗殺者どもの巣窟に武器を納入しておる、それだけで十分ワシの暗殺をほう助したとして、首を括るに相応しい罪状とは思わんかえ?」
先ほどからフロイス子爵の目が跳ねまわるボールのように動き回っており、ワシの暗殺には関わっておらずとも、暗殺という手段を利用していたと勘繰るには十分過ぎる程の反応を見せている。
「本を素直に差し出せばおぬしの首一つで済む、牢の中で喋る内容次第では無事帰れるかもしれんのぉ」
「ぐっ、ぐぬぅ……何故」
「む?」
生意気な小僧にしてやったりと心の中で胸を張っていると、奥歯をギリリとこする様な声で呻いた後になぜ、なぜとフロイス子爵が呟き始めた。
「長く生きたいと願うのが罪なのか」
「ふむ、不老不死を人が願うならば過ぎた願いじゃろう、しかし長く壮健に過ごしたいのは誰しもが願うことじゃろう」
「ならばなぜ、獣人の貴様が、我々ヒューマンよりも短く生きる者がその願いを潰すのだ!」
「大抵の獣人は生き死に関しては達観しておるからの、短く生きようともそれで十分、己はそこまでの運命だったのだと……の。まぁ、ワシが短く生きる者のことを語っては鼻で笑われそうじゃがの」
不死では無いが不老、フロイス子爵彼の彼らの正に理想がワシ、だからこそ彼らの願いを鼻で笑うし踏みにじったところで惜しいとも何とも思わない。むしろ神ならぬ身で邪法に手を染めてまで踏み入ろうなどとは憤懣遣る方ない。
「まぁ、よい。おぬしは選択を幾つも間違った、反省は牢の中ですることじゃな。フレデリックや」
「はっ。フロイス子爵、大人しく付いて来てもらおうか」
ワシの言葉を受け、フレデリックがフロイス子爵の首根っこを掴み強制的に立ち上がらせ、付いて来てもらおうかと言いつつも、その背を押して強引に外へと連れだしていく。
ずいぶんと荒っぽい方法にフレデリックもあの邪法について思う所があるのだろうと、項垂れて部屋を出ていくフロイス子爵を一瞥することも無く、ワシはふぅと息を吐きアニスにお茶を淹れてくれるよう頼むのだった……。




