725手間
アニスが手にもったバスケットから落ちるように転がり出てきた子オオカミが、ワシの足元でぺふんぺふんと跳ねるのを止めて抱え上げる。
「お嬢様にお客様でございます」
「ワシに客?」
来客に心当たりがなくワシが小首を傾げると、抱えられ丸まっている子オオカミが真似して首を傾げる姿に相好を崩しお腹の毛をわしゃわしゃと撫でてやる。
「フロイス子爵がお目見えです」
「フロイス子爵……? ん? お、おぉ、そうじゃったな」
そう言えば自分でフレデリックを通じ呼び出したのだったと、両手が塞がっているので心の中でポンと手を叩く。
最初は自分でフロイス子爵の屋敷に乗りこむつもりだったのだが、相手が犯罪者でも無い限りこちらから向かうのは相手を立てることになるから向こうから来させますと、そういった感じだったのですっかり忘れていた。
犯罪者でもない限りと言うのは、要は家宅捜索のことらしいが普通は騎士でもない限り貴族はそんなことしないので相手を立てない限り、こちらの方が格上の場合はまず自分から先方に向かう事は無いらしい。
「ふむ、それでは行くとするかの」
「お会いする前におからだをお清めしたほうがよろしいかと」
「ふぅむ、それもそうじゃな」
アニスが言う通り汗はかいていないが運動した後なのだから、人に会うなら体を軽くでも流してからの方が良いだろう。
呼び出した上で待たせるのかとも思うのだが、今回は相手がこちらに来る前に先触れを送っておらず呼び出しはしたが突然来た形になるので、アニス曰くむしろ待たせるのが当たり前だそう。
先触れも無く来るのは余程慌てているかこちらを舐めているか、どちらにせよ先触れなく来るのはこちらを侮っている証拠なので、待たせるのはむしろマナーなのだとか。
焦っているのならば待たせて焦らせばいい、舐めているのならば待たせて苛立たせればいい、そうすれば何を話すにしろこちらに有利なのだとか、無論こちらが格上であることが大前提ではあるが。
何にせよそんな恐ろしい貴族のマナーに則り、心置きなく汗はかいてないが気分的に風呂で汗を流そうと思う。
ワシとしても舐められているというのは嫌いなのでしっかりと湯舟に浸かってやろうとクリスに挨拶すると、アニスとフレデリックを伴い訓練場を後にするのだった……。




